異世界に来たら住人が一人しかいなかった

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 とりあえずまっすぐ進むことにした森の中、道を作りながら進むハロルドさんの、少し後ろをついて歩く。

 歩くところに道ができる。精神論じゃなく物理的に。

 気分はブルドーザーか、モーゼの海割りか。なんて思ったけど、んー、ちょっと違うか。
 木は倒れていくのではなくて、立ったままフッと消えていく。足元は土を固めたような道で、わだちはない。これもハロルドさんのイメージで出来ているのだろう。凹凸は無くて、小石が飛び出したりもしていない。靴の裏にざらざらとした感触が伝わっては来るけど、歩き心地はほぼアスファルトのようだ。

 何となく口を開くのがはばかられるのは、お仕事を見ているような気分だから。前を行く背中を見ながら、時々辺りにも視線を向けつつ歩く。

 ずっと同じ景色。木が並ぶだけの森が続いている。――寂しい景色だ。ただ木が並んでいるだけの、空っぽの景色。
 何故だかそんな感想が浮かんできて、歩くのも無意識のうちに遅れていたらしい。

「冬真?」

 声を掛けられて前に視線を戻すと、ハロルドさんが立ち止まって振り返っている。

「静かだから、気になった」

 本当は、この空間が消えるまで一人でいるはずだったと言っていた。最初の出会いが思い出される。誰も来ないはずのこの空間に、僕が現れて混乱していた様子だったのに、僕のことを優先してくれた。何もかもハロルドさんの思い通りになるこの空間で。

 たまらない気持ちを振り切るように、小走りでハロルドさんに追いつく。

「お仕事見学みたいで、何か邪魔しちゃいけないような気持ちになってた」
「そんなに真面目に見ていたのか」

 ハロルドさんがくくっと笑う。

「えー、そこ笑うとこ?」
「いや、すまない。私が集中しすぎていたせいだな。ほら、もう少しだ」

 促されて目を向けた少し先の方、どうやら森がそこで途切れて、開けているらしい。今度はハロルドさんの隣を歩いて、そこを目指す。

「端っこはどうなってるの?」

 いきなり風景が途切れるのか、壁があるのか。景色はあってもそれ以上進めないRPGゲームのグラフィックマップを思い浮かべながらハロルドさんに尋ねると「どうなっていると思う?」と逆に返される。

 ちょっといたずらっ子を思わせる笑顔に、胸がきゅっとなる。

 ねえ、こんな顔をする人が、僕がここに来なかったらどうやって過ごしていたんだろう。胸が重くなるような寂しい風景の中で、一人きりで過ごすはずだったの? 想像もつかない。

 でも、まだそこに踏み込めない。泣きたくなるような気持ちを隠して、なんでもないような顔をする。

「質問に質問で返すのは、いけないと思います」

 ハロルドさんが笑ってくれているのなら、今はまだ、それでいいよね?




 最初に黙々と歩いていたから時間の感覚がよく分からないけど、家を出てから30分ほどは歩いたらしい。

 そんなことを話しながらだと、あっという間に森を抜けた。開けた場所に着くと、なんだか達成感がある。

「着いた!」
「あぁ。お茶でも飲むか?」
「ん?」

 まるで歩き疲れたところに喫茶店でも出てきたような流れだけれど、確かにそこに建物がある。あのログハウスに似ているような、と思ったけど、似てるというより、同じ?

「あれ?」
「気付いたか?」

 ひょい、と向こう側を覗いて見ると、森の中に伸びていく道がある。

「戻って来た?」
「そうだ、ループさせている」
「ほあー」

 そうきたかー、とか思ったらなんか気の抜けた変な声を出してしまった。

「くふっ」

 肩を震わせるハロルドさんの脇腹をつついて抗議をする。

「ハロルドさんの吹き出し方も、中々かわいーからねー。人のこと笑えないと思うなー」

 わざと棒読みで話しながらつつきまくってみるけど、逆に笑いのつぼに入れたかもしれない。やめ、とか、おい、とか言いかけてる気がするけど笑いのほうが勝っている。

 ひとしきりこちらの気が済むまでつついて、さすがに苦しそうでやめてあげた。

 はー、って息を吐いたハロルドさんが、背中を伸ばしながらこちらを見る。

「こんなに笑ったのは人生で初めてだよ。すごいな、冬真は」
「ハロルドさんの笑いのツボが浅いだけだと思う」

 言い返す、気安いやり取り。もしハロルドさんと同級生だったらこんな感じなのかな。
 ハロルドさんの顔を見返すと、涙目になっていた。笑い過ぎだと思う。いや、仕返しにわざと笑わせたせいだけど。

 森から出て、景色の明るさが変わる。

「お日さまが無くても、明るさはやっぱり中と外で違うんだね」
「ああ、感覚が反映されてるんだろうな」

 急に明るくなったから、すこし眩しい。

「あ、」
「ん? どうかしたか?」

 少し見上げたハロルドさんの瞳が、不思議な色に煌めく。少し見開いているから、よりはっきりと虹彩の色が見えた。

「きれい……」

 琥珀のような黄色味がかったブラウンやそれよりも少し暗いブラウン、それからグリーンへと変わるグラデーション。首をかしげる角度によって、色合いを変える。ヘーゼルアイって言うんだっけ、こういうの。

 昨日からずっと顔を合わせていたけれど、気付かなかった。明るさの違いで随分印象が変わるらしい。

 ハロルドさんの瞳をじっと見つめる僕の顔を、ハロルドさんもまたじっと見ていたことに気付いたのはもう数秒経ってから。

「ごめんなさい! 初めて見た目の色で、きれいだったから、つい……」

 だんだん弱くなっていく声に、ふっと微笑んだハロルドさんの顔から目をそらす。子どもじゃないんだから、気になったからって人の顔じっと見るとか、もう……。

「――いや、夢中になっている冬真の目の色もキラキラしてきれいだった。髪と同じ黒かと思ったんだが、確かに外で見ると色味が違うな。樹蜜のような明るいブラウン、甘そうな色だ」

 だからフォローが甘すぎるんだって!

 自分の失態との二重の恥ずかしさに、顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

「陽の光に当たると髪の色も違う色に見えるらしいよ」

 ごまかし紛れに、以前窓際に座っている時に「髪染めたの?」なんて言われたことがあったのを口にしてみる。

 ハロルドさんの緑の髪は陽の光の下ではどういうふうに見えるんだろう。そう思っただけだったんだけど。

「――よし。やはり太陽も作るか」

 大変だから作ってないだけだとは聞いていたけど、改めてそれだけ聞くと、結構なパワーワードな気がする。太陽は、作れる。

 ハロルドさんは色素が薄くて日差しに弱そうだから、無くてもいいんじゃないかな……。
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