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本編

34 セレブ姐さんの心情

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※※※セレブ姐さんの心情※※※


 シロスケにセレブ姐さんというあだ名を付けられたゴージャスな美熟女は、個人娼館かつ宿屋でもある店先のベンチで、いつも通りに座りつつタバコを吹かしながら、日が暮れ始めた夕焼けに染まる通りをぼんやりと眺めていた。

 まるで嵐のような出来事だった。

 ふいに姿を見せた、エキゾチックな黒色の髪を持つ坊や。

 金髪碧眼が主流であるこの国では、それだけも魅力的なポイントだ。

 そんな坊やが、娼婦としての価値を失った私を銀貨5枚で指名して、短い時間だったとはいえ何度も抱き続けてくれたのだ。

 私の長い娼婦人生ですら一度も見たことがない、1人の男性による短時間の連続セックス回数である。

 夢だったのだろうか?

 いや、現実なのだ。

 なにせ、私の子宮内には、あの坊やの精液が吸収しきれずにタプタプに満たされているのだから。

 それが、たった1人の男性によってもたらされたわけである。
 ついつい、夢だったのではと流されそうになる私がおかしいわけではない。

 しかし、体内に蓄積された魔素によって日々、体調が崩れつつあったというのに、現実として坊やのおかげで、今は爽快感で満たされている。

 私は、心地良い感覚をもたらしてくれる腹部を擦りつつ、細い紙巻きタバコをくゆらせた。

 若い坊やらしい実にたどたどしい腰つきではあったが、今までのどんな屈強な男達よりも勇ましくて、逞しい姿として私には見えた。

 なにせ、魔素病による死を覚悟していた私を助けようと、全身から汗を吹き出しながら奮戦している坊やの姿は、何よりも尊く眩しかったのだから。

 もはや、私の救世主様である。

 坊やが必死に腰を振る姿を思い返すだけで、愛おしいやら格好良すぎやらで、とにかく頬が緩んでしまう。

 ちなみに、坊やが差し出してきた銀貨4枚はお返しした。
 命を救ってもらったというのに、頂くわけにはいかない。
 むしろ、最初の言葉通り、私が逆払いで銀貨4枚を渡そうとしたのだが、丁寧に断られた。

 それならば、無料でも良いと言ったのだが、坊やはどうしてもお金を支払いたいと聞かないので、一ツ星の相場である15分銅貨1枚換算で折り合いをつけた。

 あと、私を抱けば、その日の1泊はタダで泊まれるというサービスは受け取ってくれるらしく、更にはとても喜んでもくれており、これからは私の宿屋をよく利用させてもらおうかなとまで言ってくれた。

 つまり、坊やが泊まりに来てくれた日に、私は坊やに抱いてもらえるということだ。

 ……本当なの?

 そんなことが、この世にあるの?

 こんな年増を抱いてくれる男性がいるなど、まだ信じられない私がいる。

 今日の坊やは街を散策してくると言い残し、そのままふらりと行ってしまったのだが、果たして本当に帰ってくるのだろうか……。

 連続セックスの快楽が抜けきらないのもあるのだろう、私がぼんやりと放心状態で通りを眺めていると、ふと、見知った若い男達3人組が私の前にやってきた。

 外からの仕事帰りなのだろう、軽装備な若い男達が私の前でニヤニヤと笑っている。

「おいババア、生きてたみたいだな? でも、客は今日もさっぱりか! ま、逆払いの銀貨4枚は魅力的ではあるんだが、あんたみたいなババアでは、さすがに俺の暴れん棒でさえピクリともしないからなー!」
「ぎゃははは!」
「だはははは!」

 先頭に立つ男が放つ無情な侮蔑の言葉を聞いて、後ろの2人が楽しそうに笑う。

「どうせ、もう男娼達にも断られて買えなくなっているんだろう? 持っていても使い道の無い金なんだ。どうせ死ぬなら俺達に恵んでくれよババア」

 先頭に立つ男が気味の悪い笑顔を浮かべながら私を口汚く罵る。

 ……昼までの私ならば。
 あの坊やに出会う前の私だったならば。
 この男の汚い言葉でさえ、それなりの皮肉を込めつつ言い返す程度で、やり過ごしていただろう。

 お客である男性達の中における噂の伝わり方は異常に早い。
 それだけ、安くて良い娼婦を皆が常に探しているともいえる。
 だからこそ、素行の悪い娼婦は、すぐに干上がる。
 なにせ、代わりは「いくらでも」いるからだ。

 中には『嘘』の噂で干上がり、儚く死んでいった娼婦も多い。
 相手に選ばれるしかないということは、とにかく過酷なのだ。

 だけど、もういいかな。

 あの坊やが、二度とここに戻っては来ないかもしれないけれども、あのまま死ぬことを覚悟していた私だ。
 死ぬ前に坊やに優しくしてもらえただけで、あの世への手向けをもらえたとも思える。
 このまま死ぬとしても、なんだか笑って死ねそうな気がした。

 久方ぶりに体内の魔素が完全排除されたせいか、それだけ私は妙に気分が良かったのだ。

 私は無言でその場に立ち上がると、先頭の男を見下ろす。

「おいおい、相変わらずデカいババアだなー」

 先頭の男が唇の端を上げながら、クソみたいな苦笑いを浮かべた。

「欲しいならばくれてやるわよ」

 私は先頭の男が自慢にしている股間を豪快に蹴り上げた。

「――うぎょ!?」

 変な声を上げてうずくまろうとする先頭の男の顔を膝蹴りでかち上げるや、浮き上がった顔面に渾身の右ストレートを叩き込む。

「――ぐぼ!?」

 変な声を上げながら後方へと吹っ飛びながら地面を転がる先頭の男。
 後ろの2人が腰に下げている剣に手を伸ばそうとするが、私は殴りつけた右手の平をヒラヒラと動かしながら睨みつける。

「これでも私は猟犬でAランクまでいったんだけれどもさ、あんたらみたいなクソガキ共は私のことなんて知らないわよね……」

「――え、Aランク!?」

 男の1人が驚愕の声を漏らす。

「あんたらはどうせ一番下のランクでしょう? しかも、スライム狩りすらもまともにできず、魔素獣同士が争った後の死体を漁る『資源拾い』がせいぜいと言った所かしら」

「う、うぐぐ!」

「剣を抜くなら抜きなさいな。その剣を即座に奪って、あんたらの首をスッパリと斬り落としてあげるからさ」

 私は口にくわえていた細い紙巻きタバコを右手の人差し指と中指で挟んで取ると、すぼんだ口先から軽く紫煙を吹き出す。

「き、客である俺達にこんな事をしてタダで済むと思うなよ!! てめーの悪行を皆に言いふらしてやるからな」

「それは困るわねー。ならば、口封じにここで殺してしまおう、か、し、ら?」

 私が小馬鹿にするように冷たい微笑みを浮かべてそう呟くと、2人の若い男は顔から血の気を無くしてしまい、剣の柄から手を離すや、気を失い地べたに這いつくばっている先頭だった男を両脇から抱え込んで、そのまま引きずりつつ必死に逃げ去っていくのだった。

 私は鼻を小さく鳴らした後、店先のベンチに腰をかけて足を組み、膝に片肘を立てて頬を乗せるいつものスタイルに戻る。

 これで、完全の完璧にお客が来る可能性が潰えただろう。

 でも、どこか清々しかった。

 最後に1人の人間に戻れたような、そんな気さえした。

 私は賑やかな通りを眺めながら微笑むと、タバコを静かにくゆらせるのだった。
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