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第二章
2.里帰り その①:異物
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2.里帰り
学院は夏季休暇を迎え、生徒たちが狭苦しい学生寮を抜け出して各々羽根を伸ばす中、私もそのご多分に漏れず里帰りを果たしていた。
王都から北西へ向かい、イリュリア王国を南北に貫く『王の道』を横断し、そこから更に西進し、アラブ新領地に程近い僻地に、私の故郷の村――ドマはある。
大移動の際、もとは不毛の荒野だったところを魔法によって無理矢理に開墾した農村だ。しかし、色々あって開墾が中止された所為で今なお交通の便は悪く、他の村落との交通も一本の馬車道だけしかない。要するにド田舎だ。
「すみませんね、こんなガタガタのダートの道まで走らせちゃって」
「な~に、良いってことよ! 将来は『星団』に入るリンちゃんの頼みだ!」
「ふふ、ありがとうございます」
親戚の叔父さんに、最寄りの村から馬車を出してもらっていた。用事のついでに私を送ってくれるということで、遠慮なくご厚意に甘えた。
「リンちゃん、ここらでいいかい?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ!」
叔父さんは、私の母や妹たちとは挨拶もせずに用事の方へ行ってしまうらしい。ちょっと寂しいようにも感じるが、私と違って会おうと思えば好きな時に会えるのだから、別に特別感もないのだろう。私は手を振って、もと来た道を戻ってゆく叔父さんを見送った。
(懐かしい……全然変わってないわ……)
振り向くと、そこにはどこか既視感のある景色が広がっていた。しかし、景色よりもこの何とも言えぬ土くさい匂いの方が、私に郷愁の念を呼び起こさせた。
去年はバイトで忙しくて……あと、中等部に上がってから余計に落ちこぼれたものだから、なんとなく家族と顔を合わせづらくて帰省はしなかった。その所為もあって、余計に懐かしく感じる。
遠くから聞こえる童子らのはしゃぎ声と、広大な田畑を吹き抜ける自由な風に耳を澄ませながら、私は実家へ続く道をとぼとぼ歩く。久しぶりに見るドマ村の景色は、少しだけ小さく見えた。
「おうおう、ここがリンの故郷か。……なんもねえな!」
「田舎の農村なんてこんなもんよ。つか、来る前にも言ったけど、紹介するまで黙ってなさいよね。まだマネのこと詳しくは伝えてないんだから、ここはいっちょ驚かせてやりましょ!」
「そりゃあいいや。おもしろそうだ」
そう意気込んで来た筈が、いざ実家の扉の前に立つと変に緊張してしまった。
(なんて言おう。……久しぶり、とか?)
柄にもなく尻込みしていた、そんな時だった。
「「あーっ!」」
不意に二重の大声が背後から襲いかかってきた。
「お姉ちゃん? お姉ちゃんだ!」
「帰ってきたんだー!」
懐かしい声の方へ振り向いた時、私は何も考えていなかった。だが、口は自然にすらすらと動いた。
「ただいま」
久しぶりに見る妹たちは、少しだけ大きく見えた。
「アンタたち、背のびた?」
「おかえり、もう少しで夕飯できるわよ」
正面から抱きついてきた妹たちと違って、ママは台所から背中でのお出迎えだった。でも、別にそれをぞんざいだとは感じず、むしろ暖かく感じた。
昔を思い出す……日がな一日、飽きもせず剣を振り回しては泥だらけで帰ってきた私を、ママは今日と同じように背中で迎え入れてくれた。
「せっかく帰ってきたんだから、ゆっくり休んでいきなさい」
「分かった」
ソファの横に荷物置くと、また妹たちが飛びついてきた。妹たちは双子で、名前はヤエルとロニエル。昔はどっちがどっちか簡単に見分けがついたけど、学院に通うようになってからは実は自信ない。
「アンタらちゃんと勉強とかしてるの?」
「「してるよー!」」
妹たちは私の二歳下。学院でいう初等部六年生ぐらいだと思うと、些か精神年齢が幼く感じた。良く言えば邪気がなく、明け透けな言い方をすれば阿呆っぽい。田舎の狭い人間関係がそうさせるのか。
(でも……)
姉バカだと言われてしまうだろうが、そんな天真爛漫さも愛くるしくて仕方がなかった。彼女たちは擦れていないだけなのだ。贔屓目と笑いたければ笑え。
私は二人の頭を優しく抱きしめながら、三人一緒になってソファに身を沈めた。
「ねーねー、使い魔っての見せてよ!」
「マネって言うんでしょー? ねーねー」
「見たい? 見たいの? なら、しょーがないわねー!」
私は得意げだった。家では、誰も私を『落ちこぼれ』だと蔑まない。『星団』に入る将来有望な魔女見習いだと、尊敬と期待の目を向けてくれる。以前はそれすら苦痛に感じたものだが、今となっては明日を生きる活力となってくれた。
「それじゃあ、行くわよ? 驚いて腰抜かさないでよ? マネ、出てき――」
「――へえ、それが新種とか言われてる『スライム』?」
マネが服の下から飛び出る。しかし、タイミング悪くやってきた来客の所為で、ヤエルとロニエルが余所見をしてしまいサプライズは失敗する。
(男……男だ)
慣れ親しんだ我が家に異物が一つ。黒い肌のラフな格好をした男が、自然体でそこにいた。
いや、誰? そんな率直な感想が湧いた。
サプライズに失敗したマネの触手が所在なげに揺れる。取り敢えず、邪魔なので服の下に触手を戻させた。
「あー! ムウニスだー!」
「ムウニスー!」
ヤエルとロニエルが男をそう呼ぶ。その名には聞き覚えがあった。私のために護衛として捩じ込んで貰ったという土地管理官の名が、確か「ムウニス」だった。
「どうも、リンちゃん。久しぶり」
一応言っておくが、私とムウニスはこれが初対面である。護衛対象と自然に近付くために、そういう嘘をついたのだろう。ここは合わせるか。
「ええ……久しぶり。どうして、ここに?」
「そりゃあ、呼ばれたからさ。リンちゃんとは知り合いだって言ってあったからね、今日帰ってくるから一緒にご飯を食べないかと誘われたんだ」
ここに居る間は、王党派とかそういう煩わしいことを忘れようと思っていた。
(そうだった、土地管理官が居たんだった……)
しかし、派遣されてからそう時間は経ってないってのに、馴染み過ぎじゃないか? ヤエルとロニエルもなんかめちゃ懐いてるし、それに……。
「あ、ムウニスさん! いらしてたんですね。お出迎えもできずにすみません。どうぞ、かけてください」
「ええ……そうさせてもらいます」
そんな二人のやり取りを見て、私は思わず手で額を覆ってしまった。
(完っ全に! 『恋』しちゃってんじゃん!)
上気した頬、いつもより高い声、いじらしくも彷徨う視線。私の観察眼は、その事実をしっかりと見て取ってしまった。
(しかも……両方とも!)
ムウニス……アンタは仕事で来ているんじゃないのか? 食卓に付き、親しげな雰囲気で盛り上がる我が家族(+ムウニス)を余所目に、私は一人憂鬱な気分にさせられていた。
ムウニス――二十六歳、男性。見習いの学院生時代から〝道化〟の異名を取る魔法使いで、座学面の成績が足を引っ張り特進クラスへは入れなかったものの、実技における成績はトップクラスであり、その腕は確かだ。
派閥に関係のない外国の出自で、中等部までは中立的な立ち位置を貫いていたが、高等部二年生の時に諸侯派の生徒とトラブルを起こし、報復からの庇護を求めて王党派に身を寄せた。
学院卒業後は軍属となったが、逼迫する国際情勢と危険を伴う仕事内容に不満を持ち、比較的安全な土地管理官へ異動願いを出していた。土地管理官は閑職とされるため、異動願いが却下されることは滅多にない。
しかし、何事にも適性というものがある。彼の得意属性は火だけであり、土地管理官に求められるのは土・水・木属性の適性。異動願いは却下され続けた。
そこに目を付けたのが王党派だ。数年後には土地管理官どころか『王都勤務』にしてやると約束し、その代わりにドマ村にて私の家族を護衛するよう要求した。ムウニスは渡りに舟とこれを快諾した。
――と、彼が選定されたあらましはそう聞いている。
(……食事が喉を通らないんだけど)
百歩譲って護衛対象と友好な関係を築くのは理解できる。だが、ママは年増の未亡人だぞ。懸想するなんて信じられない。というか、ママもママで良い歳こいて何をやっているんだ。親の恋愛事情より子供が気を遣うこともない。
ムウニスとママは幾度となく熱っぽい視線を交わし、その度にすぐ逸らしてを繰り返していた。そして、それに気付かず無邪気に燥ぐ妹たち。
私は、そんな妙な空気に堪えかね、旅疲れを理由にして早々に自室へと退散した。荷物を適当に放り投げ、自らの身もベッドへ投げ出す。
「これは……予想外ね」
「ああ、サプライズに失敗しちまったな。オレ様の雄姿を誰も拝まねえでやんの」
「それはどうでもいいわよ! ムウニスのことよ、ムウニス!」
久々に帰ってみたら、まさかこんなことになっているとは思いもよらなかった。
「はあ、別にいんじゃねーの。なんか問題あるか?」
「アリアリ、大アリよ。聞いた話では、ムウニスの赴任期間は数年程度を予定してて、王都の方に空きができ次第そっちへ行くらしいから、いつまでもこの村に土地管理官として居るわけじゃないのよ。その時、どうなると思う?」
ママはこの村を気に入っている。思い出もあるしパパのお墓もあるから、住み慣れたこの村を離れたがらないのは理解できる。私もそれを知っていたから、ママに王都への移住を拒否された後、スムーズに護衛の土地管理官を捩じ込む方にシフトしたのだ。
「きっと、ママはアイツが誘っても王都移住に難色を示すわ……そしたら、アイツは絶対ママを捨てて一人で王都に行くに決まってる!」
「――そうはならないよ」
声に遅れて、コンコンとノックの音がした。ドアの方へ眼をやると、私が開きっぱなしにしていた部屋の入口にムウニスが立っていた。実のところ、彼が近付いて来ているのは気配で分かっていた。彼の耳に入ることを分かっていて、私は大声で言ってやったのだ。
「リンちゃん。今、良いかな?」
「もちろん良いですよ」
私は起き上がってベッドに座り、ムウニスに正対した。
「さっきの口振りだと、リンちゃんのお母さんと俺のことにもう気付いてるみたいだね。……あまりに突然のことで混乱していると思う。だけど、俺たちは真剣なんだ」
「土地管理官は単なる腰掛けでしょう?」
「『そうはならない』と言った。――俺はこの村に骨を埋める覚悟だ」
ムウニスは毅然とそう言い放ち、下の階の家族に会話が聞こえないよう後ろ手に入口のドアを閉めた。
彼は本気で言っている。何分、短期間に急展開した関係だから、一過性の盛り上がりかもしれない。だがそれでも、今この瞬間に限って彼は心からそう思っている。
「少し、話そう。俺は、リンちゃんの信頼を得たいんだ。そのためには適切な自己開示が肝要だと思う。だから、俺のことを話すよ」
ムウニスは椅子に腰掛け、私の反応を見ながら慎重に言葉を紡いでゆく。
「――実は、俺はヒジャーズ王国の元・奴隷だったんだ」
学院は夏季休暇を迎え、生徒たちが狭苦しい学生寮を抜け出して各々羽根を伸ばす中、私もそのご多分に漏れず里帰りを果たしていた。
王都から北西へ向かい、イリュリア王国を南北に貫く『王の道』を横断し、そこから更に西進し、アラブ新領地に程近い僻地に、私の故郷の村――ドマはある。
大移動の際、もとは不毛の荒野だったところを魔法によって無理矢理に開墾した農村だ。しかし、色々あって開墾が中止された所為で今なお交通の便は悪く、他の村落との交通も一本の馬車道だけしかない。要するにド田舎だ。
「すみませんね、こんなガタガタのダートの道まで走らせちゃって」
「な~に、良いってことよ! 将来は『星団』に入るリンちゃんの頼みだ!」
「ふふ、ありがとうございます」
親戚の叔父さんに、最寄りの村から馬車を出してもらっていた。用事のついでに私を送ってくれるということで、遠慮なくご厚意に甘えた。
「リンちゃん、ここらでいいかい?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ!」
叔父さんは、私の母や妹たちとは挨拶もせずに用事の方へ行ってしまうらしい。ちょっと寂しいようにも感じるが、私と違って会おうと思えば好きな時に会えるのだから、別に特別感もないのだろう。私は手を振って、もと来た道を戻ってゆく叔父さんを見送った。
(懐かしい……全然変わってないわ……)
振り向くと、そこにはどこか既視感のある景色が広がっていた。しかし、景色よりもこの何とも言えぬ土くさい匂いの方が、私に郷愁の念を呼び起こさせた。
去年はバイトで忙しくて……あと、中等部に上がってから余計に落ちこぼれたものだから、なんとなく家族と顔を合わせづらくて帰省はしなかった。その所為もあって、余計に懐かしく感じる。
遠くから聞こえる童子らのはしゃぎ声と、広大な田畑を吹き抜ける自由な風に耳を澄ませながら、私は実家へ続く道をとぼとぼ歩く。久しぶりに見るドマ村の景色は、少しだけ小さく見えた。
「おうおう、ここがリンの故郷か。……なんもねえな!」
「田舎の農村なんてこんなもんよ。つか、来る前にも言ったけど、紹介するまで黙ってなさいよね。まだマネのこと詳しくは伝えてないんだから、ここはいっちょ驚かせてやりましょ!」
「そりゃあいいや。おもしろそうだ」
そう意気込んで来た筈が、いざ実家の扉の前に立つと変に緊張してしまった。
(なんて言おう。……久しぶり、とか?)
柄にもなく尻込みしていた、そんな時だった。
「「あーっ!」」
不意に二重の大声が背後から襲いかかってきた。
「お姉ちゃん? お姉ちゃんだ!」
「帰ってきたんだー!」
懐かしい声の方へ振り向いた時、私は何も考えていなかった。だが、口は自然にすらすらと動いた。
「ただいま」
久しぶりに見る妹たちは、少しだけ大きく見えた。
「アンタたち、背のびた?」
「おかえり、もう少しで夕飯できるわよ」
正面から抱きついてきた妹たちと違って、ママは台所から背中でのお出迎えだった。でも、別にそれをぞんざいだとは感じず、むしろ暖かく感じた。
昔を思い出す……日がな一日、飽きもせず剣を振り回しては泥だらけで帰ってきた私を、ママは今日と同じように背中で迎え入れてくれた。
「せっかく帰ってきたんだから、ゆっくり休んでいきなさい」
「分かった」
ソファの横に荷物置くと、また妹たちが飛びついてきた。妹たちは双子で、名前はヤエルとロニエル。昔はどっちがどっちか簡単に見分けがついたけど、学院に通うようになってからは実は自信ない。
「アンタらちゃんと勉強とかしてるの?」
「「してるよー!」」
妹たちは私の二歳下。学院でいう初等部六年生ぐらいだと思うと、些か精神年齢が幼く感じた。良く言えば邪気がなく、明け透けな言い方をすれば阿呆っぽい。田舎の狭い人間関係がそうさせるのか。
(でも……)
姉バカだと言われてしまうだろうが、そんな天真爛漫さも愛くるしくて仕方がなかった。彼女たちは擦れていないだけなのだ。贔屓目と笑いたければ笑え。
私は二人の頭を優しく抱きしめながら、三人一緒になってソファに身を沈めた。
「ねーねー、使い魔っての見せてよ!」
「マネって言うんでしょー? ねーねー」
「見たい? 見たいの? なら、しょーがないわねー!」
私は得意げだった。家では、誰も私を『落ちこぼれ』だと蔑まない。『星団』に入る将来有望な魔女見習いだと、尊敬と期待の目を向けてくれる。以前はそれすら苦痛に感じたものだが、今となっては明日を生きる活力となってくれた。
「それじゃあ、行くわよ? 驚いて腰抜かさないでよ? マネ、出てき――」
「――へえ、それが新種とか言われてる『スライム』?」
マネが服の下から飛び出る。しかし、タイミング悪くやってきた来客の所為で、ヤエルとロニエルが余所見をしてしまいサプライズは失敗する。
(男……男だ)
慣れ親しんだ我が家に異物が一つ。黒い肌のラフな格好をした男が、自然体でそこにいた。
いや、誰? そんな率直な感想が湧いた。
サプライズに失敗したマネの触手が所在なげに揺れる。取り敢えず、邪魔なので服の下に触手を戻させた。
「あー! ムウニスだー!」
「ムウニスー!」
ヤエルとロニエルが男をそう呼ぶ。その名には聞き覚えがあった。私のために護衛として捩じ込んで貰ったという土地管理官の名が、確か「ムウニス」だった。
「どうも、リンちゃん。久しぶり」
一応言っておくが、私とムウニスはこれが初対面である。護衛対象と自然に近付くために、そういう嘘をついたのだろう。ここは合わせるか。
「ええ……久しぶり。どうして、ここに?」
「そりゃあ、呼ばれたからさ。リンちゃんとは知り合いだって言ってあったからね、今日帰ってくるから一緒にご飯を食べないかと誘われたんだ」
ここに居る間は、王党派とかそういう煩わしいことを忘れようと思っていた。
(そうだった、土地管理官が居たんだった……)
しかし、派遣されてからそう時間は経ってないってのに、馴染み過ぎじゃないか? ヤエルとロニエルもなんかめちゃ懐いてるし、それに……。
「あ、ムウニスさん! いらしてたんですね。お出迎えもできずにすみません。どうぞ、かけてください」
「ええ……そうさせてもらいます」
そんな二人のやり取りを見て、私は思わず手で額を覆ってしまった。
(完っ全に! 『恋』しちゃってんじゃん!)
上気した頬、いつもより高い声、いじらしくも彷徨う視線。私の観察眼は、その事実をしっかりと見て取ってしまった。
(しかも……両方とも!)
ムウニス……アンタは仕事で来ているんじゃないのか? 食卓に付き、親しげな雰囲気で盛り上がる我が家族(+ムウニス)を余所目に、私は一人憂鬱な気分にさせられていた。
ムウニス――二十六歳、男性。見習いの学院生時代から〝道化〟の異名を取る魔法使いで、座学面の成績が足を引っ張り特進クラスへは入れなかったものの、実技における成績はトップクラスであり、その腕は確かだ。
派閥に関係のない外国の出自で、中等部までは中立的な立ち位置を貫いていたが、高等部二年生の時に諸侯派の生徒とトラブルを起こし、報復からの庇護を求めて王党派に身を寄せた。
学院卒業後は軍属となったが、逼迫する国際情勢と危険を伴う仕事内容に不満を持ち、比較的安全な土地管理官へ異動願いを出していた。土地管理官は閑職とされるため、異動願いが却下されることは滅多にない。
しかし、何事にも適性というものがある。彼の得意属性は火だけであり、土地管理官に求められるのは土・水・木属性の適性。異動願いは却下され続けた。
そこに目を付けたのが王党派だ。数年後には土地管理官どころか『王都勤務』にしてやると約束し、その代わりにドマ村にて私の家族を護衛するよう要求した。ムウニスは渡りに舟とこれを快諾した。
――と、彼が選定されたあらましはそう聞いている。
(……食事が喉を通らないんだけど)
百歩譲って護衛対象と友好な関係を築くのは理解できる。だが、ママは年増の未亡人だぞ。懸想するなんて信じられない。というか、ママもママで良い歳こいて何をやっているんだ。親の恋愛事情より子供が気を遣うこともない。
ムウニスとママは幾度となく熱っぽい視線を交わし、その度にすぐ逸らしてを繰り返していた。そして、それに気付かず無邪気に燥ぐ妹たち。
私は、そんな妙な空気に堪えかね、旅疲れを理由にして早々に自室へと退散した。荷物を適当に放り投げ、自らの身もベッドへ投げ出す。
「これは……予想外ね」
「ああ、サプライズに失敗しちまったな。オレ様の雄姿を誰も拝まねえでやんの」
「それはどうでもいいわよ! ムウニスのことよ、ムウニス!」
久々に帰ってみたら、まさかこんなことになっているとは思いもよらなかった。
「はあ、別にいんじゃねーの。なんか問題あるか?」
「アリアリ、大アリよ。聞いた話では、ムウニスの赴任期間は数年程度を予定してて、王都の方に空きができ次第そっちへ行くらしいから、いつまでもこの村に土地管理官として居るわけじゃないのよ。その時、どうなると思う?」
ママはこの村を気に入っている。思い出もあるしパパのお墓もあるから、住み慣れたこの村を離れたがらないのは理解できる。私もそれを知っていたから、ママに王都への移住を拒否された後、スムーズに護衛の土地管理官を捩じ込む方にシフトしたのだ。
「きっと、ママはアイツが誘っても王都移住に難色を示すわ……そしたら、アイツは絶対ママを捨てて一人で王都に行くに決まってる!」
「――そうはならないよ」
声に遅れて、コンコンとノックの音がした。ドアの方へ眼をやると、私が開きっぱなしにしていた部屋の入口にムウニスが立っていた。実のところ、彼が近付いて来ているのは気配で分かっていた。彼の耳に入ることを分かっていて、私は大声で言ってやったのだ。
「リンちゃん。今、良いかな?」
「もちろん良いですよ」
私は起き上がってベッドに座り、ムウニスに正対した。
「さっきの口振りだと、リンちゃんのお母さんと俺のことにもう気付いてるみたいだね。……あまりに突然のことで混乱していると思う。だけど、俺たちは真剣なんだ」
「土地管理官は単なる腰掛けでしょう?」
「『そうはならない』と言った。――俺はこの村に骨を埋める覚悟だ」
ムウニスは毅然とそう言い放ち、下の階の家族に会話が聞こえないよう後ろ手に入口のドアを閉めた。
彼は本気で言っている。何分、短期間に急展開した関係だから、一過性の盛り上がりかもしれない。だがそれでも、今この瞬間に限って彼は心からそう思っている。
「少し、話そう。俺は、リンちゃんの信頼を得たいんだ。そのためには適切な自己開示が肝要だと思う。だから、俺のことを話すよ」
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