触手の魔女 ‐Tentacle witch‐

塩麹絢乃

文字の大きさ
68 / 158
第三章

1.寄合 その②:我が同志、リン殿!

しおりを挟む
 捕まえてやる……と、そう意気込んで飛び出してきた筈が、どうしてこうなったのか。

「待ち給え、貴殿はリン殿ではないか!?」
「ちょっ……こ、こないで!」

 筋肉もりもりの全裸男に追いかけられながら、私は屋根から屋根へ飛び移る。



 事は数分前、ベンに言われた配置に付き定められたルートを辿っていると、早々に人気のない路地裏の方から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。もしやと思いすぐに駆け付けてみれば、裸の男とバッタリだ。

 これが例の〝露出狂〟か、それとも模倣犯か、そんなことはどうでもいい。

 今すぐ斬り伏せてやろうと剣を構えたまでは良かったが、その後、どうやってベンたちのもとまで運べばいいのかという疑問に行き着いた。マネに運ばせたら溶かしてしまうし、かといって私は絶対に触りたくない。その場に置いといて呼びに行けば逃げられてしまうかもしれない。

 なにか、手頃な台車でもその辺に転がってないかと悩んでいると、暫定〝露出狂〟である裸の男は何を思ったかその正視に堪えない格好のまま真っ直ぐこちらに突っ込んできた。

 そして、冒頭に至る。

「おい、リン! なに逃げてんだ。さっさと斬っちまえよ!」
「ふざけっ――うげぇ、ちょっと見ちゃったじゃない!」

 見たくもない汚いアレが街灯の光を受けて右に左に激しく揺れていた。生理的な嫌悪感が掻き立てられ、私は力の限り屋根を蹴って加速した。しかし、男は悠々食らいついてくる。

(逃げる方向を間違えた……)

 他の王党派人員が配置されている方へ逃げて救援を願えば良かったのだが、今現在、私はその逆を行ってしまっている。どうにか方向修正できないものかと周囲を見渡し、チラと視界の端に裸体が映ったところで方向修正は諦めた。

「そのゲル状の使い魔メイト――やはり、リン殿で間違いない! に出会うことが出来たか! どうか、話しだけでも!」
「――というか、アンタはなんで私の名前を知ってるのよ!」
「それは……有名であるゆえ! 我が同志、リン殿!」
「何が同志だ、ぶっ殺すわよ!」

 同志とは露出狂の同志ってこと!? どっからその話を聞きやがった!? 諸侯派か? 諸侯民宗派なのか? あの野郎ども――ぶっ殺しちゃる!

「リン殿! 殺すだなんて……冗談でもそんなことを言ってはいけない」
「裸で説教くれるな、変態が!」
「非暴力、不服従! それこそ我が信条! 人と人は分かり合える! そう――胸襟を開き、腹の中をすっぱり曝け出せば、分かり合えないなんてことはない!」
「知るか! 少なくともアンタとは分かり合える気がしないわ!」

 なんなのだこいつは。ムカついてしょうがない。

 しかし、本当にどうしたものか。いつまでも追いかけっこをしていたって仕方がない。

(――そうだ! アーシムさんの居る警察署まで誘導すれば良い!)

 これは名案だ。警察署の近くまで誘導すれば、わざわざあの変態に触れずとも済む。眼下の景色を見ながら、私が少しだけ進路を変更すると、不意に変態が声を上げた。

「……ん? あれは――暫し御免!」
「は? 今度は何を――!」

 俄に突風が吹く。その圧力に押されて屋根の上で蹌踉めきつつ何事かと振り向くと、私の背丈を優に超える巨大な狼が、私を無視して颯爽とすっ飛んでいった。

(――それ、自在に成れるものなの!?)

 大狼マーナガルムは屋根を飛び降り、とある路地に入り込んでいった。慌てて、その後を追いかける。一瞬で立場が逆転した。さっきまでは私が追われ、彼が追っていたというのに。これは一体どういうことだ。

 ようやく追いついた時、巨大な狼は既に元の全裸の変態に戻っていた。

「待たれい! この神聖なる月の下、そのような狼藉はこの私が許さん!」

 変態の前方には怯える商人風の男と、その男を取り囲む酔気を漂わせた不逞の輩が数名。商人風の男が胸ぐらを掴まれているところから察するに、暴力沙汰が起こる寸前だったようだ。

 しかし、なぜ変態がこの場に介入しようとする?

「アァン――って、なんだコイツ! 裸じゃねえか! 汚えもんしまえ!」
「事情を聞かせたまえ! 暴力は何も解決しない、新たな争いごとの種を生むだけだ! 人と人は分かり合える!」
「何言ってんだコイツ! やべーぞ!」

 怒気を孕ませ振り向いた不逞の輩たちだったが、に面食らっているようだ。ちょっとだけ、彼らに同情した。

 疑問はさておき、カラギウスの剣の魔力刃を展開しておく。すぐに私も介入しても良かったが、ここは変態の出方を伺うことにした。さっき『非暴力不服従』とか言っていた男が、この場をどう収めるつもりなのか気になったからだ。

「さあ、離したまえ、話したまえ!」
「お、おい! にじり寄ってくるんじゃねえ!」

 動揺から抜け出し、怒りを思い出したらしい不逞の輩の一人が変態に殴りかかる。しかし、案の定と言うべきか、月を蝕むものリクィヤレハである変態は難なくパンチを躱し、ヌルッと気持ち悪い動きで不逞の輩の背面に回り込んだかと思うと、ヒシと抱きついた。

 ――ボギィ。

「うわ、えっぐ……」

 抱擁ベアハッグだ。一瞬の締め付けで肋骨が逝ったか、解放された不逞の輩は声も出せず地面を這いずることしかできなかった。月を蝕むものリクィヤレハの膂力でやれば一般人など簡単に縊り殺せるのだから、アレでも手加減しているのだろう。

「て、てめぇ! 何が『暴力は何も解決しない』だ! 思いっきり暴力ふるってんじゃねえか!」
「昔……大学の講義で『子供がグレる原因の一つは親の愛情不足だ』と聞いたことがある」
「はァ!?」
「聞き分けのない坊やには愛を込めて熱烈なハグをくれてやったまでのこと」
「ハグだと!? 見ろッ、痙攣してんじゃねえか!」

 愚かな不逞の輩たちはまだ戦力差が分からないのか、誰かが「囲め!」と言ったのを合図に変態を囲んで一斉に襲いかかった。

 もう、見なくとも良いだろう。

 私は不逞の輩たちの上げる悲鳴をBGMに、急に解放されて呆然と尻餅をつく商人風の男のもとへ降り立った。

「アンタ、大丈夫?」
「あ、ああ……」

 男は私が差し出した手を借りて立ち上がる。色々と突然のことで戸惑っているらしい。さもありなん。

「何があったの?」
「すれ違った時に肩がぶつかっただけだよ。そしたら、彼らを怒らせてしまったみたいでね。こんな御時世だ、きっと憂さ晴らしにちょうどよかったから因縁つけられたんだろう! もう少し彼が来るのが遅かったら殴られた上に金も盗られてただろうね」
「そう……じゃあ、同情はしなくていいわね」

 そうこうしているうちに向こうは終わったようだ。地面に這いつくばる不逞の輩たちの中心に立つ変態は、ゆっくりと私の方を見る。見るな。

「ねえ、助けられといてなんでしょうけど、あの変態絶対やーばいでしょ。捕まえたいから警察を呼んできてくれない? 警察署の場所は分かる?」
「わ、わかる。任せてくれ」
「じゃ、お願い」

 私は後ろの男に手を振り早く行くように促すと、男は戸惑いながらも礼を言って警察署の方へ走っていった。これで変態を斬っても警察が来てくれるから、あの汚い体に触らずに済む。

「ようやく、話してくれる気になったのかな。リン殿」
「うーん……よし」

 だいぶこの変態との向き合い方にも慣れてきた。要は股間を見なければいいのだ。ちょっと視線を上に傾けて、変態の首から上だけを視界に入れれば問題ない。

 問題ない、筈……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

処理中です...