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第三章
1.寄合 その②:我が同志、リン殿!
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捕まえてやる……と、そう意気込んで飛び出してきた筈が、どうしてこうなったのか。
「待ち給え、貴殿はリン殿ではないか!?」
「ちょっ……こ、こないで!」
筋肉もりもりの全裸男に追いかけられながら、私は屋根から屋根へ飛び移る。
事は数分前、ベンに言われた配置に付き定められたルートを辿っていると、早々に人気のない路地裏の方から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。もしやと思いすぐに駆け付けてみれば、裸の男とバッタリだ。
これが例の〝露出狂〟か、それとも模倣犯か、そんなことはどうでもいい。
今すぐ斬り伏せてやろうと剣を構えたまでは良かったが、その後、どうやってベンたちのもとまで運べばいいのかという疑問に行き着いた。マネに運ばせたら溶かしてしまうし、かといって私は絶対に触りたくない。その場に置いといて呼びに行けば逃げられてしまうかもしれない。
なにか、手頃な台車でもその辺に転がってないかと悩んでいると、暫定〝露出狂〟である裸の男は何を思ったかその正視に堪えない格好のまま真っ直ぐこちらに突っ込んできた。
そして、冒頭に至る。
「おい、リン! なに逃げてんだ。さっさと斬っちまえよ!」
「ふざけっ――うげぇ、ちょっと見ちゃったじゃない!」
見たくもない汚いアレが街灯の光を受けて右に左に激しく揺れていた。生理的な嫌悪感が掻き立てられ、私は力の限り屋根を蹴って加速した。しかし、男は悠々食らいついてくる。
(逃げる方向を間違えた……)
他の王党派人員が配置されている方へ逃げて救援を願えば良かったのだが、今現在、私はその逆を行ってしまっている。どうにか方向修正できないものかと周囲を見渡し、チラと視界の端に裸体が映ったところで方向修正は諦めた。
「そのゲル状の使い魔――やはり、リン殿で間違いない! 情報通りに出会うことが出来たか! どうか、話しだけでも!」
「――というか、アンタはなんで私の名前を知ってるのよ!」
「それは……有名であるゆえ! 我が同志、リン殿!」
「何が同志だ、ぶっ殺すわよ!」
同志とは露出狂の同志ってこと!? どっからその話を聞きやがった!? 諸侯派か? 諸侯民宗派なのか? あの野郎ども――ぶっ殺しちゃる!
「リン殿! 殺すだなんて……冗談でもそんなことを言ってはいけない」
「裸で説教くれるな、変態が!」
「非暴力、不服従! それこそ我が信条! 人と人は分かり合える! そう――胸襟を開き、腹の中をすっぱり曝け出せば、分かり合えないなんてことはない!」
「知るか! 少なくともアンタとは分かり合える気がしないわ!」
なんなのだこいつは。ムカついてしょうがない。
しかし、本当にどうしたものか。いつまでも追いかけっこをしていたって仕方がない。
(――そうだ! アーシムさんの居る警察署まで誘導すれば良い!)
これは名案だ。警察署の近くまで誘導すれば、わざわざあの変態に触れずとも済む。眼下の景色を見ながら、私が少しだけ進路を変更すると、不意に変態が声を上げた。
「……ん? あれは――暫し御免!」
「は? 今度は何を――!」
俄に突風が吹く。その圧力に押されて屋根の上で蹌踉めきつつ何事かと振り向くと、私の背丈を優に超える巨大な狼が、私を無視して颯爽とすっ飛んでいった。
(――それ、自在に成れるものなの!?)
大狼は屋根を飛び降り、とある路地に入り込んでいった。慌てて、その後を追いかける。一瞬で立場が逆転した。さっきまでは私が追われ、彼が追っていたというのに。これは一体どういうことだ。
ようやく追いついた時、巨大な狼は既に元の全裸の変態に戻っていた。
「待たれい! この神聖なる月の下、そのような狼藉はこの私が許さん!」
変態の前方には怯える商人風の男と、その男を取り囲む酔気を漂わせた不逞の輩が数名。商人風の男が胸ぐらを掴まれているところから察するに、暴力沙汰が起こる寸前だったようだ。
しかし、なぜ変態がこの場に介入しようとする?
「アァン――って、なんだコイツ! 裸じゃねえか! 汚えもんしまえ!」
「事情を聞かせたまえ! 暴力は何も解決しない、新たな争いごとの種を生むだけだ! 人と人は分かり合える!」
「何言ってんだコイツ! やべーぞ!」
怒気を孕ませ振り向いた不逞の輩たちだったが、予期せぬ出来事に面食らっているようだ。ちょっとだけ、彼らに同情した。
疑問はさておき、カラギウスの剣の魔力刃を展開しておく。すぐに私も介入しても良かったが、ここは変態の出方を伺うことにした。さっき『非暴力不服従』とか言っていた男が、この場をどう収めるつもりなのか気になったからだ。
「さあ、離したまえ、話したまえ!」
「お、おい! にじり寄ってくるんじゃねえ!」
動揺から抜け出し、怒りを思い出したらしい不逞の輩の一人が変態に殴りかかる。しかし、案の定と言うべきか、月を蝕むものである変態は難なくパンチを躱し、ヌルッと気持ち悪い動きで不逞の輩の背面に回り込んだかと思うと、ヒシと抱きついた。
――ボギィ。
「うわ、えっぐ……」
抱擁だ。一瞬の締め付けで肋骨が逝ったか、解放された不逞の輩は声も出せず地面を這いずることしかできなかった。月を蝕むものの膂力でやれば一般人など簡単に縊り殺せるのだから、アレでも手加減しているのだろう。
「て、てめぇ! 何が『暴力は何も解決しない』だ! 思いっきり暴力ふるってんじゃねえか!」
「昔……大学の講義で『子供がグレる原因の一つは親の愛情不足だ』と聞いたことがある」
「はァ!?」
「聞き分けのない坊やには愛を込めて熱烈なハグをくれてやったまでのこと」
「ハグだと!? 見ろッ、痙攣してんじゃねえか!」
愚かな不逞の輩たちはまだ戦力差が分からないのか、誰かが「囲め!」と言ったのを合図に変態を囲んで一斉に襲いかかった。
もう、見なくとも良いだろう。
私は不逞の輩たちの上げる悲鳴をBGMに、急に解放されて呆然と尻餅をつく商人風の男のもとへ降り立った。
「アンタ、大丈夫?」
「あ、ああ……」
男は私が差し出した手を借りて立ち上がる。色々と突然のことで戸惑っているらしい。さもありなん。
「何があったの?」
「すれ違った時に肩がぶつかっただけだよ。そしたら、彼らを怒らせてしまったみたいでね。こんな御時世だ、きっと憂さ晴らしにちょうどよかったから因縁つけられたんだろう! もう少し彼が来るのが遅かったら殴られた上に金も盗られてただろうね」
「そう……じゃあ、同情はしなくていいわね」
そうこうしているうちに向こうは終わったようだ。地面に這いつくばる不逞の輩たちの中心に立つ変態は、ゆっくりと私の方を見る。見るな。
「ねえ、助けられといてなんでしょうけど、あの変態絶対やーばいでしょ。捕まえたいから警察を呼んできてくれない? 警察署の場所は分かる?」
「わ、わかる。任せてくれ」
「じゃ、お願い」
私は後ろの男に手を振り早く行くように促すと、男は戸惑いながらも礼を言って警察署の方へ走っていった。これで変態を斬っても警察が来てくれるから、あの汚い体に触らずに済む。
「ようやく、話してくれる気になったのかな。リン殿」
「うーん……よし」
だいぶこの変態との向き合い方にも慣れてきた。要は股間を見なければいいのだ。ちょっと視線を上に傾けて、変態の首から上だけを視界に入れれば問題ない。
問題ない、筈……。
「待ち給え、貴殿はリン殿ではないか!?」
「ちょっ……こ、こないで!」
筋肉もりもりの全裸男に追いかけられながら、私は屋根から屋根へ飛び移る。
事は数分前、ベンに言われた配置に付き定められたルートを辿っていると、早々に人気のない路地裏の方から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。もしやと思いすぐに駆け付けてみれば、裸の男とバッタリだ。
これが例の〝露出狂〟か、それとも模倣犯か、そんなことはどうでもいい。
今すぐ斬り伏せてやろうと剣を構えたまでは良かったが、その後、どうやってベンたちのもとまで運べばいいのかという疑問に行き着いた。マネに運ばせたら溶かしてしまうし、かといって私は絶対に触りたくない。その場に置いといて呼びに行けば逃げられてしまうかもしれない。
なにか、手頃な台車でもその辺に転がってないかと悩んでいると、暫定〝露出狂〟である裸の男は何を思ったかその正視に堪えない格好のまま真っ直ぐこちらに突っ込んできた。
そして、冒頭に至る。
「おい、リン! なに逃げてんだ。さっさと斬っちまえよ!」
「ふざけっ――うげぇ、ちょっと見ちゃったじゃない!」
見たくもない汚いアレが街灯の光を受けて右に左に激しく揺れていた。生理的な嫌悪感が掻き立てられ、私は力の限り屋根を蹴って加速した。しかし、男は悠々食らいついてくる。
(逃げる方向を間違えた……)
他の王党派人員が配置されている方へ逃げて救援を願えば良かったのだが、今現在、私はその逆を行ってしまっている。どうにか方向修正できないものかと周囲を見渡し、チラと視界の端に裸体が映ったところで方向修正は諦めた。
「そのゲル状の使い魔――やはり、リン殿で間違いない! 情報通りに出会うことが出来たか! どうか、話しだけでも!」
「――というか、アンタはなんで私の名前を知ってるのよ!」
「それは……有名であるゆえ! 我が同志、リン殿!」
「何が同志だ、ぶっ殺すわよ!」
同志とは露出狂の同志ってこと!? どっからその話を聞きやがった!? 諸侯派か? 諸侯民宗派なのか? あの野郎ども――ぶっ殺しちゃる!
「リン殿! 殺すだなんて……冗談でもそんなことを言ってはいけない」
「裸で説教くれるな、変態が!」
「非暴力、不服従! それこそ我が信条! 人と人は分かり合える! そう――胸襟を開き、腹の中をすっぱり曝け出せば、分かり合えないなんてことはない!」
「知るか! 少なくともアンタとは分かり合える気がしないわ!」
なんなのだこいつは。ムカついてしょうがない。
しかし、本当にどうしたものか。いつまでも追いかけっこをしていたって仕方がない。
(――そうだ! アーシムさんの居る警察署まで誘導すれば良い!)
これは名案だ。警察署の近くまで誘導すれば、わざわざあの変態に触れずとも済む。眼下の景色を見ながら、私が少しだけ進路を変更すると、不意に変態が声を上げた。
「……ん? あれは――暫し御免!」
「は? 今度は何を――!」
俄に突風が吹く。その圧力に押されて屋根の上で蹌踉めきつつ何事かと振り向くと、私の背丈を優に超える巨大な狼が、私を無視して颯爽とすっ飛んでいった。
(――それ、自在に成れるものなの!?)
大狼は屋根を飛び降り、とある路地に入り込んでいった。慌てて、その後を追いかける。一瞬で立場が逆転した。さっきまでは私が追われ、彼が追っていたというのに。これは一体どういうことだ。
ようやく追いついた時、巨大な狼は既に元の全裸の変態に戻っていた。
「待たれい! この神聖なる月の下、そのような狼藉はこの私が許さん!」
変態の前方には怯える商人風の男と、その男を取り囲む酔気を漂わせた不逞の輩が数名。商人風の男が胸ぐらを掴まれているところから察するに、暴力沙汰が起こる寸前だったようだ。
しかし、なぜ変態がこの場に介入しようとする?
「アァン――って、なんだコイツ! 裸じゃねえか! 汚えもんしまえ!」
「事情を聞かせたまえ! 暴力は何も解決しない、新たな争いごとの種を生むだけだ! 人と人は分かり合える!」
「何言ってんだコイツ! やべーぞ!」
怒気を孕ませ振り向いた不逞の輩たちだったが、予期せぬ出来事に面食らっているようだ。ちょっとだけ、彼らに同情した。
疑問はさておき、カラギウスの剣の魔力刃を展開しておく。すぐに私も介入しても良かったが、ここは変態の出方を伺うことにした。さっき『非暴力不服従』とか言っていた男が、この場をどう収めるつもりなのか気になったからだ。
「さあ、離したまえ、話したまえ!」
「お、おい! にじり寄ってくるんじゃねえ!」
動揺から抜け出し、怒りを思い出したらしい不逞の輩の一人が変態に殴りかかる。しかし、案の定と言うべきか、月を蝕むものである変態は難なくパンチを躱し、ヌルッと気持ち悪い動きで不逞の輩の背面に回り込んだかと思うと、ヒシと抱きついた。
――ボギィ。
「うわ、えっぐ……」
抱擁だ。一瞬の締め付けで肋骨が逝ったか、解放された不逞の輩は声も出せず地面を這いずることしかできなかった。月を蝕むものの膂力でやれば一般人など簡単に縊り殺せるのだから、アレでも手加減しているのだろう。
「て、てめぇ! 何が『暴力は何も解決しない』だ! 思いっきり暴力ふるってんじゃねえか!」
「昔……大学の講義で『子供がグレる原因の一つは親の愛情不足だ』と聞いたことがある」
「はァ!?」
「聞き分けのない坊やには愛を込めて熱烈なハグをくれてやったまでのこと」
「ハグだと!? 見ろッ、痙攣してんじゃねえか!」
愚かな不逞の輩たちはまだ戦力差が分からないのか、誰かが「囲め!」と言ったのを合図に変態を囲んで一斉に襲いかかった。
もう、見なくとも良いだろう。
私は不逞の輩たちの上げる悲鳴をBGMに、急に解放されて呆然と尻餅をつく商人風の男のもとへ降り立った。
「アンタ、大丈夫?」
「あ、ああ……」
男は私が差し出した手を借りて立ち上がる。色々と突然のことで戸惑っているらしい。さもありなん。
「何があったの?」
「すれ違った時に肩がぶつかっただけだよ。そしたら、彼らを怒らせてしまったみたいでね。こんな御時世だ、きっと憂さ晴らしにちょうどよかったから因縁つけられたんだろう! もう少し彼が来るのが遅かったら殴られた上に金も盗られてただろうね」
「そう……じゃあ、同情はしなくていいわね」
そうこうしているうちに向こうは終わったようだ。地面に這いつくばる不逞の輩たちの中心に立つ変態は、ゆっくりと私の方を見る。見るな。
「ねえ、助けられといてなんでしょうけど、あの変態絶対やーばいでしょ。捕まえたいから警察を呼んできてくれない? 警察署の場所は分かる?」
「わ、わかる。任せてくれ」
「じゃ、お願い」
私は後ろの男に手を振り早く行くように促すと、男は戸惑いながらも礼を言って警察署の方へ走っていった。これで変態を斬っても警察が来てくれるから、あの汚い体に触らずに済む。
「ようやく、話してくれる気になったのかな。リン殿」
「うーん……よし」
だいぶこの変態との向き合い方にも慣れてきた。要は股間を見なければいいのだ。ちょっと視線を上に傾けて、変態の首から上だけを視界に入れれば問題ない。
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