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第四章
3.ターニングポイント その②:独断専行
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それから馬車に揺られること三十分。目的地周辺に着いた馬車が緩やかに減速し始める。完全に停まるのを待ってはいられない。まだ動いている馬車から飛び降りた私は、急いで積んでおいた荷物を下ろしてゆく。
ここは内海の南東に位置する街、クムラン。
突入の合図はまだ先なので、今のうちに下ろした荷物をセーフハウスの方へ運び込んでおく。私の荷物は他人より特別多いので、少し早めの出発にしてもらったから時間的な余裕は十分にある筈だ。
荷運びはロクサーヌにやらせた方が早いので、私は最低限の荷物を運んで自分の準備に入った。
武具、魔道具、薬品……がちゃがちゃと忙しなく荷解きをしながら、セーフハウスの窓から突入予定先をちらと覗き見る。
それは傍目にはただの民家と相違なかった。しかし、もちろんそれはガワだけだ。あの民家をすっかり取り壊せば、その下に広がる巨大な『地下空間』があらわになるだろう。そして、その『地下空間』は内海方面に向かって広がっている筈だ。
あの民家へ私たちが突入した後、間もなく到着する予定の後詰め部隊がこのセーフハウスを拠点化し、後方支援を担当する手筈となっている。
その時、不意にロクサーヌが荷運びの手をピタリと止めた。何事かと思ってそちらへ目をやると、ロクサーヌが呟く。
「狼煙が、上がりましたわ」
「なに……?」
別の窓を見ると、確かに狼煙が上がっていた。これは突入の合図だ。
予定より早い……どこかでトラブルでもあったのか? ともあれ、狼煙が上がったのなら私たち突入部隊はすぐに突入しなくてはならない。他の部隊と突入タイミングがバラけてしまうと、奇襲の効果が半減してしまう。
しかし、困ったことに私の準備が全く終わっていなかった。じわりと僅かばかりの焦燥感が湧き出てくる。
(どうする……アレはなしで行くべき?)
そんな私の逡巡を見て取ってか、ロクサーヌがふっと笑みを浮かべる。
「リンさん、そう焦る必要はありませんわ。露払いはわたくしが務めさせていただきますから」
さっきまでロクサーヌの体を満たしていた怒気はどこかへ引っ込んでおり、戦意だけが極限まで研ぎ澄まされていた。そんな彼女の様子を見て、任せても問題ないと私は判断する。
「……悪いわね。万全を期したいし、お言葉に甘えさせてもらうわ。数分で追いつくから」
「ごゆるりと」
ロクサーヌは不敵な笑みを残して、窓から出ていった。よくよく普通に出入りできない奴だな。相変わらずな彼女の言動に少しだけ緊張が和らいだ。
「さて、ロクサーヌばかりに頼ってちゃいけないわ。急いで準備しなきゃね」
「……いつでも良いぞ」
マネの方も心は決まっているようだ。
私は、カラギウスの剣の魔力刃を展開させ――自分の腹に突き入れた。
手早く準備を終えた私は民家へ急行した。そして、戦闘音の聞こえる地下へ続く階段を飛ぶように降りてゆく。
広い地下空間に辿り着いた時、まず最初に見えたのは頼りない灯りの中に佇む、それはそれは大きなロクサーヌの背中だった。高等部に上がって私も背丈が伸び、ロクサーヌと大して変わらぬぐらいにはなったのだが、どうしてか今でも彼女の背中を見る度に山のように広大な印象を持って見てしまう。
そんなロクサーヌの大きな背中へ、暗がりから飛び出してきた異形が襲いかかる。
「ロクサー……」
思わず大声を上げようとして、それは尻切れトンボに終わった。私としたことが、ロクサーヌほどの魔女に注意喚起など必要ないということを忘れていた。
鎧袖一触。背を向けたままロクサーヌが引っ掻くように指を曲げ、羽虫を振り払うようにさっと異形を掻けば、次の瞬間には異形の輪郭が蜃気楼のように揺らぐ。
蜃気楼のようにと言ったが、これは眼の錯覚ではない。実際に、異形の輪郭はその見た目通りに歪んでしまっているのだ。
少しの間を置いて、異形の肉体がようやく引き裂かれたことに気が付き、ばらばらと細切れに別れて崩れ落ちる。ロクサーヌの五指がなぞった軌道の通りに血肉を削り取られた無残な死体が、これでまた一つ地面に積み上がった。
(薄々気付いてはいたけど、これが本来のロクサーヌの力か……!)
私の振るうカラギウスの剣や、他の魔法使いの魔法のように、簡単に非殺傷設定にすることが出来ないのが、ロクサーヌの長所たる【身体強化】だ。少しでも力を入れ過ぎれば、今見たように私たちは一瞬でミンチになってしまうのだから、きっとロクサーヌは常日頃から繊細な手加減のために注意を払っていたことだろう。
その枷から解き放たれたロクサーヌは正に人間凶器というに相応しい。私が準備をしていた数分間、血の滴るあの細腕で何人の戦闘員を葬り去ったのだろうか。周囲に散乱する死体の数はすぐには数え上げられない。
ロクサーヌは、自然体でだらりと垂れ下げた両手に力を込め、ゴキリと威圧的な音を鳴らした。最後に残った眼前の敵に対して、次はお前の番だと告げるように。
「キ、キヒヒッ……! とんでもねぇ、嬢ちゃんだ。俺の部隊が全滅かよ……!」
最後に残った竜頭の異形は、その口振りからすると戦闘員を纏め上げていた隊長格――高等戦闘員なのだろう。私も助勢しようかと剣を構えたところで、ロクサーヌに制される。
「リンさん……少々お時間を頂いてもよろしいですか?」
「……アンタが?」
「実は、彼奴めにまんまと入口の扉を施錠されてしまいまして……この扉が結構な曲者なのですわ」
見ると、鋼鉄製の扉が魔力的な気配を発しながら、図面に有った入口のところに立ちふさがっていた。恐らく緊急時用の施錠をだろう。見たところ、あれは生半な結界よりも頑強そうだ。
「全てはわたくしの不徳の致すところ。ですから――十秒ほど、お待ちあそばせ」
「ふーん……そう」
そうまで言うのであれば、ここはロクサーヌに任せるとしよう。
ロクサーヌに「扉を込みで十秒で片付ける」と言われた竜頭の異形は、その苛立ちをあらわにする。だが、油断した様子はない。部下たちが紙屑を引き裂くように屠られる光景を見ていたからだろう。
まず、ロクサーヌが構えた。
「何を……している?」
手首に金属製のバングルを付けた右腕を、思い切り後ろに引き絞る。子供だって分かる明快なジェスチャー。「これからお前を殴る」という、これ以上ないほど原始的な意思表示。
「と、届くものかよ! そんな距離から……!」
「届きますわ」
向かい合う両者の距離は約10m。とどのつまり――問題なく、ロクサーヌの射程距離内だ。ギリ、ギリ……と、まるで強弓を引き絞るかのような異音が、ロクサーヌの筋骨から発せられる。
「か、仮に届いたとして……! 偉大なる呪祷士の作ったこの扉は決して……決して、破れぬ……!」
「破れますわ」
ロクサーヌはハッキリとそう宣言した。その短い言葉の中に嘘偽りが入り込む余地が存在しないことは、この場の誰もが理解していた。それでも、竜頭の異形は気丈に虚勢を張る。
「嘘……嘘だッ!」
「嘘ではありません。なぜなら――殴るのはわたくしではありませんから」
その時、何かの砕け散るような音がした。
砕け散ったのは――ロクサーヌの掌中に握られた幾つもの『魔石』。
枷を外され、肌を焼き尽くすような魔力の熱風が、頭上の民家を吹き飛ばし一つの巨大な影を成す。
「わたくしは、ただ彼を導くだけ」
「巨大……すぎる……」
竜頭の異形が見上げるその先には、ロクサーヌの使い魔――巨人の恐ろしい巨影が破壊された民家の上から覆いかぶさっていた。
これまで度々見せたロクサーヌの不可解な攻撃の正体は【部分召喚】だった。かつて、『サバイバル実習』にてグィネヴィアが白龍の首だけを召喚したのと同じことを、ロクサーヌもやっていたのだ。
全身を完全に召喚するには、今のように貴重な『魔石』を幾つも消費しなくてはならない。ゆえに普段は魔力消費を抑えるため瞬きほどの極々短時間だけ召喚し、攻撃方向を指示するためにロクサーヌ自身の動きをなぞらせていた。
「と、届くもの、か……や、破れる、もの、か――」
そんな魂から絞り出すような虚勢も、ロクサーヌが地面を砕くほどの踏み込みをした瞬間、激しい衝撃音の中に霞んで消えた。破片と共に舞い上がった砂埃が落ち着いた時、そこには竜頭の異形も施錠された扉も何もかもが跡形もなく消し飛んでいた。
お役御免となった巨人が雄叫びを上げながら消えてゆく。
「ヒューッ! やるじゃない」
私は、ぱらぱらと瓦礫の舞い落ちてくる中に佇んでいたロクサーヌの背中をポンと叩いた。
「……リンさん。少しの間、戦闘を代わって頂けますか? 先程の扉、想像よりも厄介な作りをしていたようで、触れたのは僅かな時間だけでしたが魔力を半分ほど持っていかれました……」
「へえ、『ルクマーン・アル=ハキム』の仕掛けかしらね。そういうことなら、先に行かせてもらうわ! 入口、後で塞いどいてね」
「了解しましたわ」
さて、ロクサーヌは宣言通り露払いを務め上げた。ならば、今度は私がどこまでも先行し、これ以上彼女の手を煩わすことのないようにしてやる。
そんな子供じみた対抗意識を抱きつつも、私は焦ったり、冷静さを失ってはいない。用心深く、あらかじめマネを先の部屋に潜航させ中の様子を偵察させながら、先へ進んでゆく。
――誰もいないぜ。
よし!
魔力を練り上げ始めたロクサーヌをその場に置いて、私は瓦礫を飛び越え民宗派の本拠地へ侵入した。
本作戦の概要はこうだ。
まず、本拠地へ続く無数の入口から私たち戦闘員が突入し、中の敵を掃討する。そして、後から到着した後詰め部隊が入口を固め後方支援と討ち漏らしを防ぐ。
そして、秘密兵器の起動と共に最終段階へ移行する――という予定だ。
現実に思考を戻し、ヘレナの齎した図面を脳裏に描き出しながら二又の道を右折する。私の記憶が確かなら、右の道が研究室へ繋がる道だった筈だ。
まずは――『ルクマーン・アル=ハキム』の首から取りにゆく。
因みに言っておくと、これは堂々たる命令違反だった。本来は、秘密兵器の起動までは入口付近を固めるのが我々に与えられた仕事なのだが、そんな悠長なことをしている暇はないというのが私の考えだった。
(絶対に間に合わない――ルクマーン・アル=ハキムとは、それぐらいのことはしてくる相手!)
とはいえ、作戦を知らされてから決行までの短い時間では上層部を説得することも、新たな作戦を周知させることも難しい。なので、ロクサーヌと相談をした上でこうして独断専行することと相なった。
ここは内海の南東に位置する街、クムラン。
突入の合図はまだ先なので、今のうちに下ろした荷物をセーフハウスの方へ運び込んでおく。私の荷物は他人より特別多いので、少し早めの出発にしてもらったから時間的な余裕は十分にある筈だ。
荷運びはロクサーヌにやらせた方が早いので、私は最低限の荷物を運んで自分の準備に入った。
武具、魔道具、薬品……がちゃがちゃと忙しなく荷解きをしながら、セーフハウスの窓から突入予定先をちらと覗き見る。
それは傍目にはただの民家と相違なかった。しかし、もちろんそれはガワだけだ。あの民家をすっかり取り壊せば、その下に広がる巨大な『地下空間』があらわになるだろう。そして、その『地下空間』は内海方面に向かって広がっている筈だ。
あの民家へ私たちが突入した後、間もなく到着する予定の後詰め部隊がこのセーフハウスを拠点化し、後方支援を担当する手筈となっている。
その時、不意にロクサーヌが荷運びの手をピタリと止めた。何事かと思ってそちらへ目をやると、ロクサーヌが呟く。
「狼煙が、上がりましたわ」
「なに……?」
別の窓を見ると、確かに狼煙が上がっていた。これは突入の合図だ。
予定より早い……どこかでトラブルでもあったのか? ともあれ、狼煙が上がったのなら私たち突入部隊はすぐに突入しなくてはならない。他の部隊と突入タイミングがバラけてしまうと、奇襲の効果が半減してしまう。
しかし、困ったことに私の準備が全く終わっていなかった。じわりと僅かばかりの焦燥感が湧き出てくる。
(どうする……アレはなしで行くべき?)
そんな私の逡巡を見て取ってか、ロクサーヌがふっと笑みを浮かべる。
「リンさん、そう焦る必要はありませんわ。露払いはわたくしが務めさせていただきますから」
さっきまでロクサーヌの体を満たしていた怒気はどこかへ引っ込んでおり、戦意だけが極限まで研ぎ澄まされていた。そんな彼女の様子を見て、任せても問題ないと私は判断する。
「……悪いわね。万全を期したいし、お言葉に甘えさせてもらうわ。数分で追いつくから」
「ごゆるりと」
ロクサーヌは不敵な笑みを残して、窓から出ていった。よくよく普通に出入りできない奴だな。相変わらずな彼女の言動に少しだけ緊張が和らいだ。
「さて、ロクサーヌばかりに頼ってちゃいけないわ。急いで準備しなきゃね」
「……いつでも良いぞ」
マネの方も心は決まっているようだ。
私は、カラギウスの剣の魔力刃を展開させ――自分の腹に突き入れた。
手早く準備を終えた私は民家へ急行した。そして、戦闘音の聞こえる地下へ続く階段を飛ぶように降りてゆく。
広い地下空間に辿り着いた時、まず最初に見えたのは頼りない灯りの中に佇む、それはそれは大きなロクサーヌの背中だった。高等部に上がって私も背丈が伸び、ロクサーヌと大して変わらぬぐらいにはなったのだが、どうしてか今でも彼女の背中を見る度に山のように広大な印象を持って見てしまう。
そんなロクサーヌの大きな背中へ、暗がりから飛び出してきた異形が襲いかかる。
「ロクサー……」
思わず大声を上げようとして、それは尻切れトンボに終わった。私としたことが、ロクサーヌほどの魔女に注意喚起など必要ないということを忘れていた。
鎧袖一触。背を向けたままロクサーヌが引っ掻くように指を曲げ、羽虫を振り払うようにさっと異形を掻けば、次の瞬間には異形の輪郭が蜃気楼のように揺らぐ。
蜃気楼のようにと言ったが、これは眼の錯覚ではない。実際に、異形の輪郭はその見た目通りに歪んでしまっているのだ。
少しの間を置いて、異形の肉体がようやく引き裂かれたことに気が付き、ばらばらと細切れに別れて崩れ落ちる。ロクサーヌの五指がなぞった軌道の通りに血肉を削り取られた無残な死体が、これでまた一つ地面に積み上がった。
(薄々気付いてはいたけど、これが本来のロクサーヌの力か……!)
私の振るうカラギウスの剣や、他の魔法使いの魔法のように、簡単に非殺傷設定にすることが出来ないのが、ロクサーヌの長所たる【身体強化】だ。少しでも力を入れ過ぎれば、今見たように私たちは一瞬でミンチになってしまうのだから、きっとロクサーヌは常日頃から繊細な手加減のために注意を払っていたことだろう。
その枷から解き放たれたロクサーヌは正に人間凶器というに相応しい。私が準備をしていた数分間、血の滴るあの細腕で何人の戦闘員を葬り去ったのだろうか。周囲に散乱する死体の数はすぐには数え上げられない。
ロクサーヌは、自然体でだらりと垂れ下げた両手に力を込め、ゴキリと威圧的な音を鳴らした。最後に残った眼前の敵に対して、次はお前の番だと告げるように。
「キ、キヒヒッ……! とんでもねぇ、嬢ちゃんだ。俺の部隊が全滅かよ……!」
最後に残った竜頭の異形は、その口振りからすると戦闘員を纏め上げていた隊長格――高等戦闘員なのだろう。私も助勢しようかと剣を構えたところで、ロクサーヌに制される。
「リンさん……少々お時間を頂いてもよろしいですか?」
「……アンタが?」
「実は、彼奴めにまんまと入口の扉を施錠されてしまいまして……この扉が結構な曲者なのですわ」
見ると、鋼鉄製の扉が魔力的な気配を発しながら、図面に有った入口のところに立ちふさがっていた。恐らく緊急時用の施錠をだろう。見たところ、あれは生半な結界よりも頑強そうだ。
「全てはわたくしの不徳の致すところ。ですから――十秒ほど、お待ちあそばせ」
「ふーん……そう」
そうまで言うのであれば、ここはロクサーヌに任せるとしよう。
ロクサーヌに「扉を込みで十秒で片付ける」と言われた竜頭の異形は、その苛立ちをあらわにする。だが、油断した様子はない。部下たちが紙屑を引き裂くように屠られる光景を見ていたからだろう。
まず、ロクサーヌが構えた。
「何を……している?」
手首に金属製のバングルを付けた右腕を、思い切り後ろに引き絞る。子供だって分かる明快なジェスチャー。「これからお前を殴る」という、これ以上ないほど原始的な意思表示。
「と、届くものかよ! そんな距離から……!」
「届きますわ」
向かい合う両者の距離は約10m。とどのつまり――問題なく、ロクサーヌの射程距離内だ。ギリ、ギリ……と、まるで強弓を引き絞るかのような異音が、ロクサーヌの筋骨から発せられる。
「か、仮に届いたとして……! 偉大なる呪祷士の作ったこの扉は決して……決して、破れぬ……!」
「破れますわ」
ロクサーヌはハッキリとそう宣言した。その短い言葉の中に嘘偽りが入り込む余地が存在しないことは、この場の誰もが理解していた。それでも、竜頭の異形は気丈に虚勢を張る。
「嘘……嘘だッ!」
「嘘ではありません。なぜなら――殴るのはわたくしではありませんから」
その時、何かの砕け散るような音がした。
砕け散ったのは――ロクサーヌの掌中に握られた幾つもの『魔石』。
枷を外され、肌を焼き尽くすような魔力の熱風が、頭上の民家を吹き飛ばし一つの巨大な影を成す。
「わたくしは、ただ彼を導くだけ」
「巨大……すぎる……」
竜頭の異形が見上げるその先には、ロクサーヌの使い魔――巨人の恐ろしい巨影が破壊された民家の上から覆いかぶさっていた。
これまで度々見せたロクサーヌの不可解な攻撃の正体は【部分召喚】だった。かつて、『サバイバル実習』にてグィネヴィアが白龍の首だけを召喚したのと同じことを、ロクサーヌもやっていたのだ。
全身を完全に召喚するには、今のように貴重な『魔石』を幾つも消費しなくてはならない。ゆえに普段は魔力消費を抑えるため瞬きほどの極々短時間だけ召喚し、攻撃方向を指示するためにロクサーヌ自身の動きをなぞらせていた。
「と、届くもの、か……や、破れる、もの、か――」
そんな魂から絞り出すような虚勢も、ロクサーヌが地面を砕くほどの踏み込みをした瞬間、激しい衝撃音の中に霞んで消えた。破片と共に舞い上がった砂埃が落ち着いた時、そこには竜頭の異形も施錠された扉も何もかもが跡形もなく消し飛んでいた。
お役御免となった巨人が雄叫びを上げながら消えてゆく。
「ヒューッ! やるじゃない」
私は、ぱらぱらと瓦礫の舞い落ちてくる中に佇んでいたロクサーヌの背中をポンと叩いた。
「……リンさん。少しの間、戦闘を代わって頂けますか? 先程の扉、想像よりも厄介な作りをしていたようで、触れたのは僅かな時間だけでしたが魔力を半分ほど持っていかれました……」
「へえ、『ルクマーン・アル=ハキム』の仕掛けかしらね。そういうことなら、先に行かせてもらうわ! 入口、後で塞いどいてね」
「了解しましたわ」
さて、ロクサーヌは宣言通り露払いを務め上げた。ならば、今度は私がどこまでも先行し、これ以上彼女の手を煩わすことのないようにしてやる。
そんな子供じみた対抗意識を抱きつつも、私は焦ったり、冷静さを失ってはいない。用心深く、あらかじめマネを先の部屋に潜航させ中の様子を偵察させながら、先へ進んでゆく。
――誰もいないぜ。
よし!
魔力を練り上げ始めたロクサーヌをその場に置いて、私は瓦礫を飛び越え民宗派の本拠地へ侵入した。
本作戦の概要はこうだ。
まず、本拠地へ続く無数の入口から私たち戦闘員が突入し、中の敵を掃討する。そして、後から到着した後詰め部隊が入口を固め後方支援と討ち漏らしを防ぐ。
そして、秘密兵器の起動と共に最終段階へ移行する――という予定だ。
現実に思考を戻し、ヘレナの齎した図面を脳裏に描き出しながら二又の道を右折する。私の記憶が確かなら、右の道が研究室へ繋がる道だった筈だ。
まずは――『ルクマーン・アル=ハキム』の首から取りにゆく。
因みに言っておくと、これは堂々たる命令違反だった。本来は、秘密兵器の起動までは入口付近を固めるのが我々に与えられた仕事なのだが、そんな悠長なことをしている暇はないというのが私の考えだった。
(絶対に間に合わない――ルクマーン・アル=ハキムとは、それぐらいのことはしてくる相手!)
とはいえ、作戦を知らされてから決行までの短い時間では上層部を説得することも、新たな作戦を周知させることも難しい。なので、ロクサーヌと相談をした上でこうして独断専行することと相なった。
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