触手の魔女 ‐Tentacle witch‐

塩麹絢乃

文字の大きさ
105 / 158
第四章

4.決着 その①:一手目

しおりを挟む
 4.決着

「グィネヴィア、その柱を凍らせて! そこが軸になってるから!」
「――はあ!? どの柱!?」

 糸電話の糸のように伸びるマネの体組織からグィネヴィアの怒声が伝わってくる。今回はアメ玉・魔石ノクティルカともに潤沢な備えがあるため、このような体組織の消費が激しい使い方も躊躇うことなくできた。

 そのままグィネヴィアに繋げると彼女を溶かしてしまうので、ステンレス鋼で作った耐腐食性のあるナイフを持たせてある。ステンレス鋼は、不働態皮膜ふどうたいひまくといって酸化した表面が膜となり、バリアの役割を果たすため耐腐食性があるのだ。

 マネはそのナイフに繋がっており、私とグィネヴィアの声を交換する伝声管の役割を果たしてくれている。

 私は頭の中の図面とマネの伸び具合を照らし合わせながら、更に指示を飛ばしてゆく。

「えーと、いまのところから見て右! いや、違うって、それじゃないそれじゃない。その左の……だから、違うって!」
「あ~、もう! こうすれば解決だろう!?」

 ドン、という衝撃がマネの体組織を通じて伝わってきた。グィネヴィアが何をしたかは明らかだ。その部屋の柱という柱を丸ごと全部凍らせてしまったのだろう。

「……まあ、それで魔力が枯渇しないっていうなら何でも良いわ。次はこれから進む扉を除いた全部の扉を凍らせてくれる?」
「やったわ」

 仕事が早い。全くもって羨ましい限りだ。それほどまでに素早く、大規模な魔法を連発できるだなんて。蓋をしていた嫉妬心にまたぞろ大きな火が灯りそうだった。

 それからも、さっきと同様に軸と扉の凍結をグィネヴィアに指示しながら、並行して私自身も動き出す。

(とにかく、まずはロクサーヌを迎えにゆく……!)

 今のままでは駒数が足りていない。ロクサーヌという大駒なしに詰めきれる相手ではない。

「全く……マネがキチンとロクサーヌの動向にも目を光らせていてくれりゃあね!」
「無茶言うな! ただでさえ仕事量が多すぎて脳ミソが焼き切れそうだってのに、そんなところまでカバーできるかァ!」
「アンタに、もないでしょうが!」

 来た道に残してきたマネの体組織を辿りながら、私は最後に彼女の姿を確認した地点を思い出す。それは確か、ちょうど三部屋ほど戻った時に振り返ったのが最後の筈だ。

 大急ぎでその地点にまで戻ると、そこには息を呑むほど凄惨な光景が広がっていた。

「これは……」

 道中で私が斬り伏せてきた民宗派構成員の頭部が、皆一様に潰されていた。点々と床に広がる赤色は、まるで輸送馬車の積荷から転がり落ちたスイカが轍を赤く彩るかのようだ。

 間違いなく、ロクサーヌの仕業だろう。

(手心を加える余裕すら今のロクサーヌにはないか……)

 奇しくも、頭部の潰れた死体がロクサーヌの足跡を示す道標のような役割を果たしていた。死体は、ある地点から私が進んだ道とは別の道に進んでいる。

(回転ではぐれた訳じゃなかったのね)

 考えてもみれば、マネの体組織が回転に巻き込まれた気配はなかった。恐らく、回転で流されてきたのはグィネヴィアの方だったのだろう。しかし、この際それはどうでもいい。

 今考えるべきは、そんな精神状態のロクサーヌがということ。

「あっち……よね」

 そこには大きく扉があった。どんな馬鹿力をぶつけたらそうなるのか、紙を丸めたようにくしゃくしゃに折れ曲がった扉が、きいきいと音を立てて頼りなさげに揺れていた。

 その扉のひときわ深く窪んだところには、ありありと靴裏の跡が残されている。ロクサーヌは、あの扉を蹴破ってその先へ向かったらしい。

 ここで、マネの体組織を通じてグィネヴィアの声が響く。

「――リン、敵を掃討した。次はどこを凍らせればいい?」
「柱を全部。扉はもう良いわ。それと――これから少し指示が出せなくなる」
「どれくらいだ」
「……一分」
「了解した。それまでは敵の掃討に専念するとしよう」

 一分、とは我ながら大きく出た。私の脳内演算ではそれで事足りるという目処が既に立っているとはいえ、口にしてしまったからには実現させなくてはならない。

(――解放バースト!)

 壊れた扉を蹴破るようにして、私はその扉の先――『実験体処理室』へ踏み込んだ。

 部屋の中に飛び込んでから地面に着地するまでの僅かな数瞬で、中の状況を全て把握する。

 濃厚な血の匂いと僅かな薬品臭、天井を這う得体の知れないパイプ群と換気ダクト、めちゃくちゃに荒らされた実験器具と資料、部屋の隅で縮こまる、そして点々と地面に続く死体、死体、死体。

 しかし、さっきまでの死体と違うのは、その死体たちの損壊部位は頭部だけに留まらず、高山から滑落してきたかのように全身がめちゃくちゃにされていた。

(ここの死体は職員風のものが多数……だけど、向こうにはちらほらと異形の死体が続いているのが見える)

 私は迷うことなくその異形の死体が続く方へ進路を取った。そちらの死体の方が比較的新しいように見えたからだ。

 小刻みに解放バーストを使って異形の死体を辿りながら、左右の部屋にも目を配る。それはどこか見覚えのある光景だった。

 収容所――いや、それよりも処理室の名の通り、屠殺場や処刑場の光景に近いかもしれない。

 ここは、異形が『定着』しなかった失敗作の月を蝕むものリクィヤレハたちを解体バラし、調査し、そして処理するための場所。

 定着の成否を分ける要因は統計によって明らかになりつつある。だが、その原理に関してまでは、いかに『天才アン=ナービガ』といえど未だ解明には至っていないのだとか。

 処理室ここのことは、あらかじめ説明を受けていたので衝撃は少ない。民宗派が〘人魔合一アハド・タルマ〙の術を急激に発展させた背景には、こういった非人道的な人体実験の数々があった。

(どいつもこいつも、血なまぐさい匂いをぷんぷんさせやがって……そんなに血が好きか?)

 ならば、お望み通り血祭りに上げてやろう。血と肉と骨を渾然一体となるまで切り刻んでやろう。原形が分からなくなるぐらいに叩き潰してやろう。立ち込める血漿の匂いに酔いしれながら死ね。

 だが、今は――ロクサーヌだ。

 柄でもない義憤は心の奥底に仕舞い込み、ロクサーヌの痕跡を探る。

 すると、今度は地面に血の足跡が残されていた。血を踏んでから歩いたのだろう。足長27cm、足幅11.5cm、歩幅はもっとも大きなところで5m。まるで飛んでいるかのような大股。

(――ロクサーヌのものだ)

 私は、その足跡の主をロクサーヌだと頭で結論付ける前から、反射的にその足跡を追跡トレースしていた。その直感が実り、私は遂にロクサーヌの背中を視界内に捉える。

(見付けた――!)

 グィネヴィアに「一分」と告げてから、ここまでに要した時間は約三秒。概ね想定通りだ。

「ロクサーヌ、状況が変わったッ! 悠長にの起動を待ってはいられない!」
「――来てはいけませんわッ!」

 それが、いつも余裕を纏うロクサーヌらしからぬ切羽詰まった声音だったというだけでも、この事態を軽く見る気は全く起きなかったが、こちらを振り向いたロクサーヌの横顔を見てその考えはより強まった。

 ロクサーヌの顔の左半分が、まるで酸をぶっかけられたかのように醜く

 誰だ? ロクサーヌの端正なお顔をこんなにしやがった奴は。敵影を探して辺りを見回すと、どこからともなく下品なダミ声が聞こえてくる。

「何だぁ? なんてぇ微小な魔力量だよ。貴様きさん、それでも魔女ウィッチか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

処理中です...