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第四章
4.決着 その④:四手目
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それから幾つかの無人部屋を駆け抜け、私は15m四方ほどもある広々とした天井の高い部屋――『実験室』に足を踏み入れる。
そこには、二人の女性が仁王立ちで私を待ち構えていた。
「我らが命に替えても――」
「――ここから先へは通さん!」
双子なのか、二人は瓜二つの相貌をしていた。服装からすると、この二人は戦闘員だろう。
次の足止めは真っ向勝負で来たか。ならば、彼女たちは相当な手練と見た。
バキ、バキ、と筋骨が軋みを上げて、彼女たち二人が同じ異形へと変じてゆく。広げられた両腕は羽根に覆われ、裸足だった脚先には鋭い爪が生え揃う。
この身体的特徴は――鳥人。彼女たちは、鳥人の月を蝕むものだ。
両腕が大きな翼と化しているために武器を持てないが、その脚先に伸びる爪の鋭さを見れば、無手であることがハンデでも何でもないと猿でも分かる。
彼女たちは私の魔力量の少なさを見ても、油断することなくそれぞれ慎重に別方向へ回り込み始めた。
一方は私の右側へ、もう一方は私の左側へ。
あからさまな挟撃の動き――単純だが、実際効果的な連携である。
(でもね、単純な戦法には単純な解があるものよ――!)
こういう場合、手をこまねいていても手痛い一撃をもらうだけだ。ならばどうするか? 答えは簡単。どちらか片方を集中的に狙い、先に仕留めて挟撃を崩してしまえばいい。
私は挟撃が完成する前にと剣を振り上げ、右の鳥人へ向けて解放で接近した。
だがその直後、私は強烈な違和感に襲われる。
(――距離が縮まらない?)
そして、すぐにその理由に気付いて私は戦慄した。これは、右の鳥人が私の解放に合わせて後方へ飛んでいたから引き起こされた錯覚だ。
(こいつら、解放の急加速に付いてきている……!?)
私と同等――いや、それ以上の速度・加速力を彼女たちが持っていることを、既に背後まで迫ってきていた左の鳥人に知る。
(既に――挟撃は完成されていたッ!)
私は急遽攻撃を取り止め、マネの補助で身を翻しつつ左の鳥人の攻撃に対応せねばならなかった。
重ねていうが、奴らの挟撃は既に完成されてしまっている。私が一方を相手取るならば、もう一方はその隙を突いてくるだろう。それが定石だ。案の定、逃げていた右の鳥人がすぐさま反転し、私に襲いかかってきた。
これだけは避けようと試みていた挟撃の構図にまんまと嵌ってしまっている。その上、彼女たちのスピードは私を上回ると来た。正に絶体絶命の危機的状況。
だが、それがどうした。
ただの一度だって、私は敵より優れたものを持ち合わせていると思ったことはない。
「――見える」
これはいい、と自画自賛する。
初めて実戦投入する戦術だったが、それは存外に上手く機能した。一方へは斬撃を見舞い、もう一方へは攻撃を躱しつつマネの触手を伸ばして牽制し、私は二人の攻撃を剣一本で卒なく捌き切ることに成功する。
私の的確すぎる反撃に耐えかね、二人は一度息を入れるために私から距離を取った。瓜二つの顔が、これまた瓜二つのしかめっ面に変わる。
「こ、こいつ……! 両眼が別々に動いてやがる!」
「キメェ! カメレオンかよッ!?」
そんなに褒めるんじゃあない。
戦術・其ノ二百三十――散眼。両の眼を別々に動かし、視野を広げる技だ。とある条件を満たしていないと使えないが、それさえ満たしてしまえば中々に有用な技だった。
挟撃の長所の一つは、容易に敵の死角に入り込めるところにあるのだが、私はそれを視野を広げることで対応した訳だ。
(散眼がこの調子なら発展型の方も問題なく使えそうね)
脳内でそんな別の算段を立てながら、私は両の眼でそれぞれ別の鳥人を見つめた。対する彼女たちは再び顔をしかめたが、すぐにその嫌悪の情を押し殺して襲いかかってくる。
(再び挟撃ぃ? 何度来ても同じこと! 次で仕留めるッ――!)
右と左、どちらから斬り伏せようかと構想を組み立てるうち、私はふとあることに気が付く。
(こいつら、死を予感していない……?)
なんとなく、だが確かに私はそう感じた。挟撃に対応する余裕が出来たからか、私は迫り来る彼女たちをじっくりと観察することができた。
彼女たちの眼。それは、少なくとも己の死を踏まえて戦っているものの眼ではないように思えた。さっき、戦いの手を止めて私から一度距離をとったのも今思えば不自然だ。
一押し――そう、一押しが欠けている。
死物狂いの圧がない。二人は、そのどこかに逃げ足を残しながら戦っている。
(まだ、自分たちが生き残れると思っている……?)
実際、私のこの推察はかなり良いところまで行っていた。しかし、それだけとも言える。最後の最後、もっとも重要な『核心』にまでは至れていなかったのだから。
彼女たちは再び挟撃をしかけると見せかけて、その直前で方向転換し離脱した。なぜ? とそう疑問に思う間もなく、私の頭部をとてつもない衝撃が襲う。
その衝撃の後に吹き抜けた突風が傷口を撫でる感触で、私は怪我の程度を把握させられた。
左側頭部が――くり抜かれている。
背後から発射された何らかの物体が、まるで切符をパンチしたかのように私の左側頭部をくり抜き、正面の壁に馬鹿でかいクレーターを作った。
せっかく再接続したばかりにも関わらず、衝撃でまた首からズリ落ちそうになる頭部を私は右手で支えた。
「おっとっと――アンタ、『ルクマーン・アル=ハキム』ね?」
〝人界〟でこんな訳の分からない凄まじい魔法を使える奴なんて、彼くらいのものだろう。もし、こんな使い手が民宗派にごろごろ居たのなら、イリュリア王国はとっくの昔に転覆している。
「こいつらを片付けたらアンタも殺してあげるから、今はちょいと待ってなさいな」
首の位置を直しながら二人の鳥人に眼を向けると、彼女たちは眼に見えて動揺していた。
「ひ、ひひっ……!」
「お前――脳ミソはどうしたァ!?」
彼女たちの動揺の訳は、私が頭をくり抜かれても生きていられる理由――この頭の中身を見てのことらしかった。
「――置いてきた」
ロクサーヌに露払いを任せてまで準備した甲斐があった。万全を期していなければ、私はここであっけなく死んでいた。
あの時、私は自分で自分の首を一度斬り落とし、脳ミソをそっくり避難させていた。つまり、今のこの私の身体は、マネを介して神経を繋ぐことで遠隔操作しているのだ。
その副作用として、電気信号のやり取りには毎回0.1秒前後の誤差が生じているが、それも私の才あれば全く問題ない。ここまでの道中で既に感覚の修正は済んでいた。
「弱点を取り除けるなら除くべき……でしょう?」
二人の鳥人は、そこまでやるかとばかりに引き攣ったような顔で押し黙った。
――さて、そろそろ彼女たちを仕留めるとしよう。
頭の中身が空なことを隠す必要がなくなった私は、ポッカリと空いた傷口の穴から頭の中にマネを迎え入れ、眼窩から眼球を押し出させる。
戦術・其ノ二百三十一――拡張視野。
眼球を眼窩・眼輪筋といった枷から解き放ち、更なる広い視野を得る技である。散眼も拡張視野も、あらかじめ既存の組織から眼球を分離させておかないと使えないのが困りものだが、実際にやってみるとその効果は面倒な制約を補って余りあるほどのものだった。
眼球を保持した二つの触手が、私の眼窩から天高く伸びる。それぞれ別々に稼働する眼球は、全球の立体角4πsrを自在に一望できた。
「感度良好――人間の視野ってここまで広げられるのね」
「うっ、きっも……」
「カタツムリかよ……」
言いたい放題言ってくれる。だが、減らず口を叩けるのもここまでだ。
私は剣を構えて右方の鳥人へ急接近する。二人の力量に差はなく、どうせ挟撃の形に持ち込まれることは分かっていたので、別にどちらから狙っても良かったが少しだけ近くにいたので右からにした。
鳥人たちはまだまだ余裕すら感じる速度で、すぐさま挟撃の動きに入る。しかし、死角の存在しない私に挟撃は意味をなさない。余裕があるのはこちらもまた同じだった。
膠着状態に陥る中、虎視眈々と仕掛けるタイミングを探っていると、不意に二人の鳥人が攻撃とは別の意図を持った動きをした。
「お前の弱点は――」
「――ヘレナから聞いてんだよ!」
結果的には、それが大きな隙となる。
(コンラッド直伝――【簡易結界】!)
仕込みは事前に済ませていた。地面二箇所に設置しておいた術式を刻んだナイフ二本と、たった今マネに天井めがけて射出させたナイフ一本の三点を起点に【簡易結界】を展開させた。
もちろん、魔力量の少ない私が張ったものだから、それは石ころの一つでもぶつければ、たちまちにして脆くも崩れ去ってしまうようなシャバい代物だが、一瞬進路を妨害できたならそれで十分だ。
私は、【簡易結界】で左方の鳥人の進路を遮りつつ、右方の鳥人の顔面へ魔力刃を叩き込んだ。
「ぐぅ、あ、あァ――ッ!」
「ん?」
顔面に魔力刃を叩き込んでやった右方の鳥人は気を失う直前、足を伸ばしてその大きな爪で私の腰の辺りを引っ掻いた。
初動から予測してその爪が私に当たらないことは分かっていたので、避けずにまだ健在な左方の鳥人へ注意を払っていたが、遅れてその意図に気付いた。
(……狙いはポーチか)
脚先の鋭い爪によってポーチのベルトが斬り裂かれ、その勢いで遠くまで蹴り出される。中にぎっしりと詰まったアメ玉を撒き散らしながら床を転がるポーチを、すかさず健在な鳥人が拾い上げた。
「その『スライム』は燃料がなければ動けない――そうだったな?」
「ええ」
素直に答えると、鳥人はしてやったりの笑みを浮かべる。
「でも――それくらいの弱点は補完してきているわ」
私は、これまでの戦闘でだいぶボロボロになってきていた制服の裾をまくりあげ、ぎっしりとアメ玉の詰まった腹部を見せつけた。
「お、お前……!」
「残念でした。置いてきたのは、脳ミソだけじゃなかったのよ」
私は、頭の中身だけでなく腹の中身も全てすっきり置いてきていた。そして、空いたスペースには、しこたまアメ玉と魔石を詰め込んである。ポーチを奪われたからと言って、燃料切れの心配は全くないのだった。
「うっ……あぁ……そんな……」
今この瞬間、ようやく彼女の死を覚悟したようだった。私は、もうロクな抵抗もしなくなった鳥人に接近し一刀で斬り伏せた。
「――さあて、『ルクマーン・アル=ハキム』さん? 次はアンタよ」
眼球を再び眼窩へ収めつつ先程の発射物のもとへ振り返ると、当然のようにそこには誰の姿もなかった。
そこには、二人の女性が仁王立ちで私を待ち構えていた。
「我らが命に替えても――」
「――ここから先へは通さん!」
双子なのか、二人は瓜二つの相貌をしていた。服装からすると、この二人は戦闘員だろう。
次の足止めは真っ向勝負で来たか。ならば、彼女たちは相当な手練と見た。
バキ、バキ、と筋骨が軋みを上げて、彼女たち二人が同じ異形へと変じてゆく。広げられた両腕は羽根に覆われ、裸足だった脚先には鋭い爪が生え揃う。
この身体的特徴は――鳥人。彼女たちは、鳥人の月を蝕むものだ。
両腕が大きな翼と化しているために武器を持てないが、その脚先に伸びる爪の鋭さを見れば、無手であることがハンデでも何でもないと猿でも分かる。
彼女たちは私の魔力量の少なさを見ても、油断することなくそれぞれ慎重に別方向へ回り込み始めた。
一方は私の右側へ、もう一方は私の左側へ。
あからさまな挟撃の動き――単純だが、実際効果的な連携である。
(でもね、単純な戦法には単純な解があるものよ――!)
こういう場合、手をこまねいていても手痛い一撃をもらうだけだ。ならばどうするか? 答えは簡単。どちらか片方を集中的に狙い、先に仕留めて挟撃を崩してしまえばいい。
私は挟撃が完成する前にと剣を振り上げ、右の鳥人へ向けて解放で接近した。
だがその直後、私は強烈な違和感に襲われる。
(――距離が縮まらない?)
そして、すぐにその理由に気付いて私は戦慄した。これは、右の鳥人が私の解放に合わせて後方へ飛んでいたから引き起こされた錯覚だ。
(こいつら、解放の急加速に付いてきている……!?)
私と同等――いや、それ以上の速度・加速力を彼女たちが持っていることを、既に背後まで迫ってきていた左の鳥人に知る。
(既に――挟撃は完成されていたッ!)
私は急遽攻撃を取り止め、マネの補助で身を翻しつつ左の鳥人の攻撃に対応せねばならなかった。
重ねていうが、奴らの挟撃は既に完成されてしまっている。私が一方を相手取るならば、もう一方はその隙を突いてくるだろう。それが定石だ。案の定、逃げていた右の鳥人がすぐさま反転し、私に襲いかかってきた。
これだけは避けようと試みていた挟撃の構図にまんまと嵌ってしまっている。その上、彼女たちのスピードは私を上回ると来た。正に絶体絶命の危機的状況。
だが、それがどうした。
ただの一度だって、私は敵より優れたものを持ち合わせていると思ったことはない。
「――見える」
これはいい、と自画自賛する。
初めて実戦投入する戦術だったが、それは存外に上手く機能した。一方へは斬撃を見舞い、もう一方へは攻撃を躱しつつマネの触手を伸ばして牽制し、私は二人の攻撃を剣一本で卒なく捌き切ることに成功する。
私の的確すぎる反撃に耐えかね、二人は一度息を入れるために私から距離を取った。瓜二つの顔が、これまた瓜二つのしかめっ面に変わる。
「こ、こいつ……! 両眼が別々に動いてやがる!」
「キメェ! カメレオンかよッ!?」
そんなに褒めるんじゃあない。
戦術・其ノ二百三十――散眼。両の眼を別々に動かし、視野を広げる技だ。とある条件を満たしていないと使えないが、それさえ満たしてしまえば中々に有用な技だった。
挟撃の長所の一つは、容易に敵の死角に入り込めるところにあるのだが、私はそれを視野を広げることで対応した訳だ。
(散眼がこの調子なら発展型の方も問題なく使えそうね)
脳内でそんな別の算段を立てながら、私は両の眼でそれぞれ別の鳥人を見つめた。対する彼女たちは再び顔をしかめたが、すぐにその嫌悪の情を押し殺して襲いかかってくる。
(再び挟撃ぃ? 何度来ても同じこと! 次で仕留めるッ――!)
右と左、どちらから斬り伏せようかと構想を組み立てるうち、私はふとあることに気が付く。
(こいつら、死を予感していない……?)
なんとなく、だが確かに私はそう感じた。挟撃に対応する余裕が出来たからか、私は迫り来る彼女たちをじっくりと観察することができた。
彼女たちの眼。それは、少なくとも己の死を踏まえて戦っているものの眼ではないように思えた。さっき、戦いの手を止めて私から一度距離をとったのも今思えば不自然だ。
一押し――そう、一押しが欠けている。
死物狂いの圧がない。二人は、そのどこかに逃げ足を残しながら戦っている。
(まだ、自分たちが生き残れると思っている……?)
実際、私のこの推察はかなり良いところまで行っていた。しかし、それだけとも言える。最後の最後、もっとも重要な『核心』にまでは至れていなかったのだから。
彼女たちは再び挟撃をしかけると見せかけて、その直前で方向転換し離脱した。なぜ? とそう疑問に思う間もなく、私の頭部をとてつもない衝撃が襲う。
その衝撃の後に吹き抜けた突風が傷口を撫でる感触で、私は怪我の程度を把握させられた。
左側頭部が――くり抜かれている。
背後から発射された何らかの物体が、まるで切符をパンチしたかのように私の左側頭部をくり抜き、正面の壁に馬鹿でかいクレーターを作った。
せっかく再接続したばかりにも関わらず、衝撃でまた首からズリ落ちそうになる頭部を私は右手で支えた。
「おっとっと――アンタ、『ルクマーン・アル=ハキム』ね?」
〝人界〟でこんな訳の分からない凄まじい魔法を使える奴なんて、彼くらいのものだろう。もし、こんな使い手が民宗派にごろごろ居たのなら、イリュリア王国はとっくの昔に転覆している。
「こいつらを片付けたらアンタも殺してあげるから、今はちょいと待ってなさいな」
首の位置を直しながら二人の鳥人に眼を向けると、彼女たちは眼に見えて動揺していた。
「ひ、ひひっ……!」
「お前――脳ミソはどうしたァ!?」
彼女たちの動揺の訳は、私が頭をくり抜かれても生きていられる理由――この頭の中身を見てのことらしかった。
「――置いてきた」
ロクサーヌに露払いを任せてまで準備した甲斐があった。万全を期していなければ、私はここであっけなく死んでいた。
あの時、私は自分で自分の首を一度斬り落とし、脳ミソをそっくり避難させていた。つまり、今のこの私の身体は、マネを介して神経を繋ぐことで遠隔操作しているのだ。
その副作用として、電気信号のやり取りには毎回0.1秒前後の誤差が生じているが、それも私の才あれば全く問題ない。ここまでの道中で既に感覚の修正は済んでいた。
「弱点を取り除けるなら除くべき……でしょう?」
二人の鳥人は、そこまでやるかとばかりに引き攣ったような顔で押し黙った。
――さて、そろそろ彼女たちを仕留めるとしよう。
頭の中身が空なことを隠す必要がなくなった私は、ポッカリと空いた傷口の穴から頭の中にマネを迎え入れ、眼窩から眼球を押し出させる。
戦術・其ノ二百三十一――拡張視野。
眼球を眼窩・眼輪筋といった枷から解き放ち、更なる広い視野を得る技である。散眼も拡張視野も、あらかじめ既存の組織から眼球を分離させておかないと使えないのが困りものだが、実際にやってみるとその効果は面倒な制約を補って余りあるほどのものだった。
眼球を保持した二つの触手が、私の眼窩から天高く伸びる。それぞれ別々に稼働する眼球は、全球の立体角4πsrを自在に一望できた。
「感度良好――人間の視野ってここまで広げられるのね」
「うっ、きっも……」
「カタツムリかよ……」
言いたい放題言ってくれる。だが、減らず口を叩けるのもここまでだ。
私は剣を構えて右方の鳥人へ急接近する。二人の力量に差はなく、どうせ挟撃の形に持ち込まれることは分かっていたので、別にどちらから狙っても良かったが少しだけ近くにいたので右からにした。
鳥人たちはまだまだ余裕すら感じる速度で、すぐさま挟撃の動きに入る。しかし、死角の存在しない私に挟撃は意味をなさない。余裕があるのはこちらもまた同じだった。
膠着状態に陥る中、虎視眈々と仕掛けるタイミングを探っていると、不意に二人の鳥人が攻撃とは別の意図を持った動きをした。
「お前の弱点は――」
「――ヘレナから聞いてんだよ!」
結果的には、それが大きな隙となる。
(コンラッド直伝――【簡易結界】!)
仕込みは事前に済ませていた。地面二箇所に設置しておいた術式を刻んだナイフ二本と、たった今マネに天井めがけて射出させたナイフ一本の三点を起点に【簡易結界】を展開させた。
もちろん、魔力量の少ない私が張ったものだから、それは石ころの一つでもぶつければ、たちまちにして脆くも崩れ去ってしまうようなシャバい代物だが、一瞬進路を妨害できたならそれで十分だ。
私は、【簡易結界】で左方の鳥人の進路を遮りつつ、右方の鳥人の顔面へ魔力刃を叩き込んだ。
「ぐぅ、あ、あァ――ッ!」
「ん?」
顔面に魔力刃を叩き込んでやった右方の鳥人は気を失う直前、足を伸ばしてその大きな爪で私の腰の辺りを引っ掻いた。
初動から予測してその爪が私に当たらないことは分かっていたので、避けずにまだ健在な左方の鳥人へ注意を払っていたが、遅れてその意図に気付いた。
(……狙いはポーチか)
脚先の鋭い爪によってポーチのベルトが斬り裂かれ、その勢いで遠くまで蹴り出される。中にぎっしりと詰まったアメ玉を撒き散らしながら床を転がるポーチを、すかさず健在な鳥人が拾い上げた。
「その『スライム』は燃料がなければ動けない――そうだったな?」
「ええ」
素直に答えると、鳥人はしてやったりの笑みを浮かべる。
「でも――それくらいの弱点は補完してきているわ」
私は、これまでの戦闘でだいぶボロボロになってきていた制服の裾をまくりあげ、ぎっしりとアメ玉の詰まった腹部を見せつけた。
「お、お前……!」
「残念でした。置いてきたのは、脳ミソだけじゃなかったのよ」
私は、頭の中身だけでなく腹の中身も全てすっきり置いてきていた。そして、空いたスペースには、しこたまアメ玉と魔石を詰め込んである。ポーチを奪われたからと言って、燃料切れの心配は全くないのだった。
「うっ……あぁ……そんな……」
今この瞬間、ようやく彼女の死を覚悟したようだった。私は、もうロクな抵抗もしなくなった鳥人に接近し一刀で斬り伏せた。
「――さあて、『ルクマーン・アル=ハキム』さん? 次はアンタよ」
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