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第五章
2.祖国は危機にあり その③:往く者は追わず
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祖国は危機にあり――と、議会は声高に叫んだ。
戦争はやっぱり負けている。将校魔法士官の間でも亡命が相次ぎ、軍の指揮系統はガタガタ。訓練すら受けていない義勇兵を中心とする我が軍は、貴族士官と平民との間に深刻な内部対立を抱えており、敗走に敗走を重ねているらしい。
さもありなんといった結果だが、世間と議会は妙にショックを受けていた。馬鹿なのだろうか?
そして、このままではマズイと思ったのか、先のように『祖国は危機にあり』と訴え、議会は更なる義勇兵を募ろうとしている訳だ。けれども、単に数を揃えたところで勝てるとは思えない。ここぞとばかりにパルティア王国もアルゲニア王国との同盟を理由に再び参戦してきているし、本当にしっちゃかめっちゃかだ。
国が亡ぶ時というのはこんな感じなのだろうかと他人事のように思う。
革命は徐々に中産階級の手を離れつつある。現在、革命の主役を担っているのは、一般から貧困階級を形成する平民たちである。議会は、急進化する世間の要望を後追いをするばかりとなっていた。
最近は、疑心暗鬼に陥った民衆が、敵国と〝狂王〟が内通しているのではないかと疑って宮殿に押しかけるまでになっており、そこで捕縛された国王一家は今どこぞの塔に囚えられているそうだ。あまり興味がないので詳しくは知らない。
とにかく、そのような流れもあって議会で立憲派として頑張っていたベルンハルト中将も遂に亡命してしまい、本当の本当に終わりの予感がしてきた。
「うおおおおおおおお! 反革命主義者を殺せぇ!」
さて、今回の暴動は一味違った。
ここのところ、とある噂が王都中に流れていた。それは、革命に賛同するものたちが義勇兵として王都を発つのに合わせ、反革命主義者がその家族を虐殺するという噂だ。
この噂は、民衆の抱く漠然とした不安感に確固たる形を与えてしまった。
革命に対する諸外国の反応は極めて冷たい。民衆は、国王一家の逃亡事件以降〝狂王〟が外患を呼び込むのではないかという懸念を示しており、その不安が暴力的な発露を遂げた。
「やめてくれー! 俺は……俺は反革命主義者じゃ……!」
「――耳を貸すな! こいつは間違いなく反革命主義者だ!」
監獄を襲撃した民衆はその場で人民裁判――平民が勝手に開廷する裁判の真似事――を始め、そこで有罪判決が下された囚人は全員殺し、それ以外の囚人は解放した。
何がしたいのか分からない。まさか楽しんでいるのか? この状況を。反革命主義者を殺したいなら全員殺せばいい。なぜ、取り逃すようなリスクをわざわざ作る。
薬でもやっているのなら一応の納得はできるが、そうでないなら生まれてきたことがまず間違いな救いようのない馬鹿どもだ。
後の歴史書に記されるであろう人類知性の敗北をまじまじと見学した私は、そそくさと監獄を後にした。
どうして私がその場に居合わせていたのかと言うと、最近は酒屋から満足のゆく量の酒を入手することが難しくなってきていたからだ。それでもアルコールを欲した私は、市井に溢れる暴徒に眼を付けた。
暴徒の中には酒瓶を抱えて参戦しているお祭り気分の連中が多数混じっている。私は、ぶっ殺された奴や袋にされた奴の手元から酒をぶんどることで酒欲を満たしていた。
今日は実入りが良く、明日の分ぐらいまでの酒を手に入れることができたので、久しぶりに学院へ戻ることにした。
酒瓶の口を舐めながら、ふらふらと歩いていたその時、視界の端っこに到底無視できない光景が飛び込んでくる。
そこには二、三歳ぐらいの女の子を庇うように抱きしめる婦女がいた。その頭上にはむくつけき三人の暴漢がいて――考えるより先に身体が動いた。
カラギウスの剣を抜き打ち、非実体の魔力刃で一番近くに居た男の胴体を斬る。そして、返す刀でこちらを振り向く二人の首を一挙に払った。少しの間を置いて糸の切れた人形のように崩れ落ちる男たちの眼から光が失われているのを確認し、私は襲われていた女の子と婦女の方に向き直った。
「――イーナースさん、ご無事ですか?」
「リ、リンちゃん……!」
店長あらためイーナースさんが、女の子を抱きしめる手を緩めて私を見上げる。その女の子は、恐らく妊娠していた子供だろう。女の子の方も、イーナースさんを抱きしめ返しており、強く信頼しているように見える。
「どうしてこんなところに? 暴動に近付くものではありませんよ。特に今日のは格別ですから」
「違うの、暴動の方がやってきたのよ!」
確かに、そういうこともあるかと納得した。とにかく、早いところこの場を離れようとイーナースさんの手を取って急かしたが、彼女は後ろ髪を引かれるような眼で暴動の方を振り返った。
「――待って、夫と荷物が! まだあそこにあるの!」
「あそこに……?」
イーナースさんの指さしたのは暴動の中心地のような盛況ぶりで、人と物と熱狂が渾然一体となっているようなところだった。まあ、幸いにして月を蝕むものは混じっていないようだし、御するのは容易だろう。
「分かりました。これでも魔女見習いですから、助けてきて上げますよ。どれが旦那さんですか?」
「浅緑色の服を着ているのが私の夫よ!」
「あー、彼ですか」
真ん中でめちゃくちゃにタコ殴りにされているのがイーナースさんの旦那さんらしい。これは早く助けないと死にそうだ。私はイーナースさんに離れているように言い、荷物を預ける。
そして、今手元にある分の酒だけは呑み切ってその辺に空き瓶を投げ捨てつつ、暴動の中心地へ身を投じた。といっても、さっき言ったようにこれぐらいの相手を御するのは容易だ。
私がやったことは、旦那さんをタコ殴りにしていた連中を実体化させた魔力刃で纏めて一刀にて斬り伏せ、それでもまだ血に酔った連中が襲ってくるのを待ち、そいつらもまた斬り伏せてやったまでのこと。
所詮は素人の集まり。自分が殺す側でなく殺される側だと自覚させれば、そこには狂奔で覆い隠されていた臆病な羊の本性が残るだけ。次はお前を斬ってやろうかとばかりに流し眼を向けてやれば、暴徒たちは脱兎の如く散り散りに逃げ出していった。
これで一丁上がりである。それから、私は地面に散らばった荷物を回収できるだけ回収し、頭から血をかぶって真っ赤に染まった旦那さんを連れてイーナースさんのもとに戻った。
だが、感謝しきりの旦那さんに対し、イーナースさんは少し悲しそうな眼で私を見つめる。
「私たち、これから夫の故郷のパルティアに行く予定なの……」
「へえ、そうなんですか」
「……ごめんなさい」
イーナースさんは沈痛な面持ちで謝罪の言葉を口にした。「なぜ?」と率直に思い、その疑問をすっと口にした。
「どうして、謝るんですか?」
「だって、夫の故郷は『未回収のイリュリア』にある村だから……」
「ははは」
思わず乾いた笑いが漏れた。何だ、そんなことか。わざわざ「パルティア王国」ではなく、『未回収のイリュリア』なんて言い方をして。律儀な人だ。
「だから、イリュリア共和国に背くことになるとか、イーナースさんはそういうことを言いたいんですか? それとも魔女見習いである私に気を遣って?」
イーナースさんは何も答えなかったが、黙って俯くことが何にも勝る肯定だった。私はそれがおかしくてまた笑ってしまった。
「はははっ。そんなこと、私たち個々人には何の関係もないでしょう。どうでもいい。私たちは私たちの幸せを追求して良いんです。この国はクソだ。子育てには向きませんよ。その子のことを思えば、出国する選択は悪くない選択だと思います」
「リンちゃん……そうね。この子のために決めたことだもの」
イーナースさんは思い直したようで、旦那さんと出国の意思を確認するように頷きあった。
「リンちゃんは強いから大丈夫だと思うけど……元気でね!」
「はい、イーナースさんもお気を付けて」
私は屈み込んで女の子にも手を振った。
「アンタもね」
すると、女の子は「きゃっ」と小さく悲鳴を上げてイーナースさんの後ろに隠れてしまった。
私たちの間に気まずい沈黙が流れる。
傷ついた。そんな化け物を見るような眼で見られたのは初めてだ。まさか、この私が他人に恐れられるようになるなんて、まったく思いも寄らなかった。
「ムナは……リンちゃんのことが怖いみたい」
女の子の名前は『ムナ』というらしい。もう少し前に聞いていたら、心から「良い名前ですね」ぐらいのお世辞は言えただろうに。
「……無理もないですよ。子供には刺激の強い光景でしたから」
見ると私が今振った右手には、僅かだが血が付いていた。返り血は全て避けたつもりだったが、飛沫のひとつが跳ねていたようだ。
(そういえば、普通は殺人とか駄目か)
殺人というか、暴力を振るうこと自体が道徳的にはいけないことだ。そんなこと、子供でも……いや、なんなら赤子でも本能的に知っているかもしれない。当たり前のこと。
だが、革命の荒波に揉まれるうちに、私はそんな当たり前のことすら忘れていた。この国を教育に悪い国だと誹りながら、そういう私も教育に悪い存在だった。これはとんだお笑い草だ。
「あっはははは」
イーナースさん家族は、これから知り合いの家に泊まり、明日中に鉄道に乗ってこの国を出るそうだ。しかし、まったく皮肉なものだ。ツォアル侯が二代にわたり、この国の発展と繁栄を願って敷いた筈の鉄道が、今や出国のために使われるとは。
私は、去りゆくイーナースさんとその旦那さん、そしてムナちゃんを笑顔で見送った。
願わくば、三人の旅路に幸多からんことを。
戦争はやっぱり負けている。将校魔法士官の間でも亡命が相次ぎ、軍の指揮系統はガタガタ。訓練すら受けていない義勇兵を中心とする我が軍は、貴族士官と平民との間に深刻な内部対立を抱えており、敗走に敗走を重ねているらしい。
さもありなんといった結果だが、世間と議会は妙にショックを受けていた。馬鹿なのだろうか?
そして、このままではマズイと思ったのか、先のように『祖国は危機にあり』と訴え、議会は更なる義勇兵を募ろうとしている訳だ。けれども、単に数を揃えたところで勝てるとは思えない。ここぞとばかりにパルティア王国もアルゲニア王国との同盟を理由に再び参戦してきているし、本当にしっちゃかめっちゃかだ。
国が亡ぶ時というのはこんな感じなのだろうかと他人事のように思う。
革命は徐々に中産階級の手を離れつつある。現在、革命の主役を担っているのは、一般から貧困階級を形成する平民たちである。議会は、急進化する世間の要望を後追いをするばかりとなっていた。
最近は、疑心暗鬼に陥った民衆が、敵国と〝狂王〟が内通しているのではないかと疑って宮殿に押しかけるまでになっており、そこで捕縛された国王一家は今どこぞの塔に囚えられているそうだ。あまり興味がないので詳しくは知らない。
とにかく、そのような流れもあって議会で立憲派として頑張っていたベルンハルト中将も遂に亡命してしまい、本当の本当に終わりの予感がしてきた。
「うおおおおおおおお! 反革命主義者を殺せぇ!」
さて、今回の暴動は一味違った。
ここのところ、とある噂が王都中に流れていた。それは、革命に賛同するものたちが義勇兵として王都を発つのに合わせ、反革命主義者がその家族を虐殺するという噂だ。
この噂は、民衆の抱く漠然とした不安感に確固たる形を与えてしまった。
革命に対する諸外国の反応は極めて冷たい。民衆は、国王一家の逃亡事件以降〝狂王〟が外患を呼び込むのではないかという懸念を示しており、その不安が暴力的な発露を遂げた。
「やめてくれー! 俺は……俺は反革命主義者じゃ……!」
「――耳を貸すな! こいつは間違いなく反革命主義者だ!」
監獄を襲撃した民衆はその場で人民裁判――平民が勝手に開廷する裁判の真似事――を始め、そこで有罪判決が下された囚人は全員殺し、それ以外の囚人は解放した。
何がしたいのか分からない。まさか楽しんでいるのか? この状況を。反革命主義者を殺したいなら全員殺せばいい。なぜ、取り逃すようなリスクをわざわざ作る。
薬でもやっているのなら一応の納得はできるが、そうでないなら生まれてきたことがまず間違いな救いようのない馬鹿どもだ。
後の歴史書に記されるであろう人類知性の敗北をまじまじと見学した私は、そそくさと監獄を後にした。
どうして私がその場に居合わせていたのかと言うと、最近は酒屋から満足のゆく量の酒を入手することが難しくなってきていたからだ。それでもアルコールを欲した私は、市井に溢れる暴徒に眼を付けた。
暴徒の中には酒瓶を抱えて参戦しているお祭り気分の連中が多数混じっている。私は、ぶっ殺された奴や袋にされた奴の手元から酒をぶんどることで酒欲を満たしていた。
今日は実入りが良く、明日の分ぐらいまでの酒を手に入れることができたので、久しぶりに学院へ戻ることにした。
酒瓶の口を舐めながら、ふらふらと歩いていたその時、視界の端っこに到底無視できない光景が飛び込んでくる。
そこには二、三歳ぐらいの女の子を庇うように抱きしめる婦女がいた。その頭上にはむくつけき三人の暴漢がいて――考えるより先に身体が動いた。
カラギウスの剣を抜き打ち、非実体の魔力刃で一番近くに居た男の胴体を斬る。そして、返す刀でこちらを振り向く二人の首を一挙に払った。少しの間を置いて糸の切れた人形のように崩れ落ちる男たちの眼から光が失われているのを確認し、私は襲われていた女の子と婦女の方に向き直った。
「――イーナースさん、ご無事ですか?」
「リ、リンちゃん……!」
店長あらためイーナースさんが、女の子を抱きしめる手を緩めて私を見上げる。その女の子は、恐らく妊娠していた子供だろう。女の子の方も、イーナースさんを抱きしめ返しており、強く信頼しているように見える。
「どうしてこんなところに? 暴動に近付くものではありませんよ。特に今日のは格別ですから」
「違うの、暴動の方がやってきたのよ!」
確かに、そういうこともあるかと納得した。とにかく、早いところこの場を離れようとイーナースさんの手を取って急かしたが、彼女は後ろ髪を引かれるような眼で暴動の方を振り返った。
「――待って、夫と荷物が! まだあそこにあるの!」
「あそこに……?」
イーナースさんの指さしたのは暴動の中心地のような盛況ぶりで、人と物と熱狂が渾然一体となっているようなところだった。まあ、幸いにして月を蝕むものは混じっていないようだし、御するのは容易だろう。
「分かりました。これでも魔女見習いですから、助けてきて上げますよ。どれが旦那さんですか?」
「浅緑色の服を着ているのが私の夫よ!」
「あー、彼ですか」
真ん中でめちゃくちゃにタコ殴りにされているのがイーナースさんの旦那さんらしい。これは早く助けないと死にそうだ。私はイーナースさんに離れているように言い、荷物を預ける。
そして、今手元にある分の酒だけは呑み切ってその辺に空き瓶を投げ捨てつつ、暴動の中心地へ身を投じた。といっても、さっき言ったようにこれぐらいの相手を御するのは容易だ。
私がやったことは、旦那さんをタコ殴りにしていた連中を実体化させた魔力刃で纏めて一刀にて斬り伏せ、それでもまだ血に酔った連中が襲ってくるのを待ち、そいつらもまた斬り伏せてやったまでのこと。
所詮は素人の集まり。自分が殺す側でなく殺される側だと自覚させれば、そこには狂奔で覆い隠されていた臆病な羊の本性が残るだけ。次はお前を斬ってやろうかとばかりに流し眼を向けてやれば、暴徒たちは脱兎の如く散り散りに逃げ出していった。
これで一丁上がりである。それから、私は地面に散らばった荷物を回収できるだけ回収し、頭から血をかぶって真っ赤に染まった旦那さんを連れてイーナースさんのもとに戻った。
だが、感謝しきりの旦那さんに対し、イーナースさんは少し悲しそうな眼で私を見つめる。
「私たち、これから夫の故郷のパルティアに行く予定なの……」
「へえ、そうなんですか」
「……ごめんなさい」
イーナースさんは沈痛な面持ちで謝罪の言葉を口にした。「なぜ?」と率直に思い、その疑問をすっと口にした。
「どうして、謝るんですか?」
「だって、夫の故郷は『未回収のイリュリア』にある村だから……」
「ははは」
思わず乾いた笑いが漏れた。何だ、そんなことか。わざわざ「パルティア王国」ではなく、『未回収のイリュリア』なんて言い方をして。律儀な人だ。
「だから、イリュリア共和国に背くことになるとか、イーナースさんはそういうことを言いたいんですか? それとも魔女見習いである私に気を遣って?」
イーナースさんは何も答えなかったが、黙って俯くことが何にも勝る肯定だった。私はそれがおかしくてまた笑ってしまった。
「はははっ。そんなこと、私たち個々人には何の関係もないでしょう。どうでもいい。私たちは私たちの幸せを追求して良いんです。この国はクソだ。子育てには向きませんよ。その子のことを思えば、出国する選択は悪くない選択だと思います」
「リンちゃん……そうね。この子のために決めたことだもの」
イーナースさんは思い直したようで、旦那さんと出国の意思を確認するように頷きあった。
「リンちゃんは強いから大丈夫だと思うけど……元気でね!」
「はい、イーナースさんもお気を付けて」
私は屈み込んで女の子にも手を振った。
「アンタもね」
すると、女の子は「きゃっ」と小さく悲鳴を上げてイーナースさんの後ろに隠れてしまった。
私たちの間に気まずい沈黙が流れる。
傷ついた。そんな化け物を見るような眼で見られたのは初めてだ。まさか、この私が他人に恐れられるようになるなんて、まったく思いも寄らなかった。
「ムナは……リンちゃんのことが怖いみたい」
女の子の名前は『ムナ』というらしい。もう少し前に聞いていたら、心から「良い名前ですね」ぐらいのお世辞は言えただろうに。
「……無理もないですよ。子供には刺激の強い光景でしたから」
見ると私が今振った右手には、僅かだが血が付いていた。返り血は全て避けたつもりだったが、飛沫のひとつが跳ねていたようだ。
(そういえば、普通は殺人とか駄目か)
殺人というか、暴力を振るうこと自体が道徳的にはいけないことだ。そんなこと、子供でも……いや、なんなら赤子でも本能的に知っているかもしれない。当たり前のこと。
だが、革命の荒波に揉まれるうちに、私はそんな当たり前のことすら忘れていた。この国を教育に悪い国だと誹りながら、そういう私も教育に悪い存在だった。これはとんだお笑い草だ。
「あっはははは」
イーナースさん家族は、これから知り合いの家に泊まり、明日中に鉄道に乗ってこの国を出るそうだ。しかし、まったく皮肉なものだ。ツォアル侯が二代にわたり、この国の発展と繁栄を願って敷いた筈の鉄道が、今や出国のために使われるとは。
私は、去りゆくイーナースさんとその旦那さん、そしてムナちゃんを笑顔で見送った。
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