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最終章
2.英雄譚 その②:剣術の天才
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夜半、私は人目を避けるように自宅を抜け出した。
この自宅はイスラエル・レカペノスから下賜されたものだ。高級住宅街という立地上、監視の眼がそこら中に張り巡らされており、私のような腹に一物を抱える後ろ暗い人間には少々居心地が悪い。
警備員の死角を縫って高級住宅街を囲む塀を透過した私は、裏路地で眠る乞食どもの側を密やかに走り抜ける。そうして目的の待ち合わせ場所にまでやってくると、待ち合わせ相手は待ちくたびれた様子で頬杖をついていた。
「こんばんは、良い夜ね。ワキール」
「約束の時間から一時間遅れだよぉ……もう少しで帰るところだった」
「それは普通にごめんなさい」
寝過ごした。手落ちの気まずさを誤魔化すように、私はワキールに報告を求める。
「で、どうなの。成果のほどは」
「まずまず、かな。お前の出した条件が厳しかったからねぇ……」
ワキールの差し出したファイルを受け取り、ざっと中身を確認する。そこに書かれているのは、今はもうこの国の軍隊ではあまり使われていない傭兵の情報だ。
多くは廃業するか国外へ出ていったが、その中でも未だ傭兵を名乗りつつこの国に巣食う野盗まがいのカスどもをリストアップしてもらった。
リストを上から下まで流し見て、私は一つの傭兵団――正確には、その団長――に眼を止めた。
「――コイツが良い」
一眼惚れした。
コイツは掛け値なしにイイオトコだ。
ワキールが、私の手元を覗き込んでくる。
「『ヴァレンシュタイン傭兵団』……比較的新しい傭兵団だねぇ。団長も年若い」「そこが気に入った」
新進気鋭、この御時世に傭兵団を立ち上げる気概。戦場に長く居すぎたがゆえに傭兵業に固執している訳ではなく、遠ざかっていたがゆえに夢を見ているタイプと見た。
(だけど、ズラーラと違うのは……)
才能。そして、甲斐性だ。
曲がりなりにも、一国一城の主。荒くれ者の纏め役が、軟派な優男に務めるものか。彼、ヴァレンシュタインの自信に満ちた顔を見れば、写真越しにも分かってしまうものだ。
彼が、『本物』かどうかぐらいは。
「――しかし、時代が悪かったねぇ。未だ解散していないのが不思議なくらいだよぉ」
「違うわ。時代に逆行しているからこそ、彼はこの時代に傭兵団なんてものを立ち上げたのよ」
「……お前は時たま理解できない事を言う。どうして、そんなことが分かる?」
私は、ワキールに向き直って自分の「眼」を指さした。
「眼を凝らしなさい。まずは眼に映るもの全てを頭に入れること。そこからは経験と知能と勘よ」
「……いけすかない言い方をするねぇ」
気に障ったのなら謝罪してもいい。求められなきゃしないが。
ともあれ、いつまでもここでワキールと仲良く管を巻いている暇はない。私は情報に記されていた『ヴァレンシュタイン傭兵団』の本拠地――シェケムへ向けて足を蹴り出した。
「それじゃ、行きましょうか」
「え……まさか、今からかいぃ!?」
「ええ、そのつもりよ」
歩き出した私を、ワキールが慌てて後ろから追いかけてくる。
瞬間移動の魔法を使うのであれば、もう少し見晴らしの良い場所が適切だ。うんざりした顔のワキールを連れて、私は一直線に高所を目指した。
シェケム。特に秀でたところのない田舎街で、特徴らしい特徴はクラウディアさんも収監されていた『シェケム監獄』があるぐらいか。
地理的なところでは、谷間に広がる街で南北をエバル山とゲリジム山に挟まれている。そのうち、北側に位置するゲリジム山の頂上に『ヴァレンシュタイン傭兵団』は居を構えていた。
団員は三十余名。
もちろん、傭兵としての仕事などない。では、どうやって生計を立てているかというと、それは主に『用心棒業』だった。
しかし、それは字面から受ける印象ほど真っ当なものではない。
彼らはこの荒れる時代に付き物である暴動や揉め事への積極的な対処、介入を謳い、住民から『用心棒代』の名目で金品を巻き上げていた。その上、朝から晩まで酒場や飯屋に入り浸っては騒ぎ通し、威張り散らし、そのくせ代金はツケで済ます……と、やりたい放題らしい。
地元の住民が反発しないのは、既に有力者たちが取り入られていることもあるが、一番は『ヴァレンシュタイン傭兵団』の団長、ヴァレンシュタインの存在が大きい。
嘘か真か、かつて私闘の場で魔法使いを殺したと嘯く彼の剣術の腕は、少なくとも常人を凌ぐ程度のものではあるようで、これまでに何度か受けた襲撃の全てを退けている。
軍隊が出動するほどの被害が出ている訳でもないが、現地の治安維持組織では手に余る。
そういう訳で、もはや彼らの横暴を咎められるものは誰一人として存在しなかった。
(――この私を除いて、ね)
ゲリジム山に登ると、頂上の一角に位置する屋敷の中で馬鹿騒ぎする声が聞こえてきた。情報を参照するまでもなく、そこが『ヴァレンシュタイン傭兵団』の本拠地であるとすぐに分かった。
「ワキール。アンタ、邪魔だからどっかいってなさい」
「はいはい……まったく、人使いが荒いんだから。困ったものだねぇ……」
ワキールが地面に潜るのを見届けてから、私はその辺の石を拾ってその屋敷の窓に投げ入れた。
ガシャン――という音の後、暫し馬鹿騒ぎの声が密やかになったかと思うと、今度は一転してドタドタと慌ただしく走り回る音が聞こえてきた。そして、誰かが窓に近付き顔を覗かせたところを狙い、もう一つ石を投げてぶつけてやった。
すると、大声を上げて挨拶するまでもなく、向こうの方から屋敷の外まで来客である私を出迎えにきてくれた。
「こんばんは」
「手前ェ、何のつもりだ。俺たちが『ヴァレンシュタイン傭兵団』と知っての狼藉か?」
ドスを利かせた声で、団員の一人がつまらない脅し文句を口にする。その手には、見せびらかすように実剣が握られていた。
「だったら、どうするの」
「手前ェ――!」
「おい、待て」
激昂しかけた団員の背後から、冷静な顔付きをした別の団員が出てきて仲間を制する。
「その杖……魔女だな? それも、将校魔法士官の」
「ご名答」
「っ――何の用だ!」
彼の質問には答えず、私は周囲をじりじりと取り囲んでゆく団員たちをじっくりと観察する。外に出てきているのが十人、中には五、六人。三十余名という話だったが、残りの半分はどこかへ出払っているか、おねんね中のようだった。
「用と言っても、大した用事じゃありません」
私は、彼らに魅せつけるように杖とカラギウスの剣を取り上げた。
「ただ、ヴァレンシュタイン傭兵団の皆々様方には、本日をもって解散していただこうかと思いまして、こうして尋ねた次第です」
そう言った瞬間、ピリついていた空気が更にピリついたのを感じた。すると、私の背後に回り込んでいた団員の一人がこの空気に堪えきれなかったようで、怒りに任せて猛然と斬りかかってきた。
「――ざっけんな、ゴラァ!」
「おい、早まるな! こいつは――!」
背後より斜めに振り降ろされる白刃を掻い潜りつつ、指揮者の振るうタクトのように実体化させた魔力刃を軽く振る。
――斬った。
襲いかかってきた団員の頭は霞の如く吹き飛び、夜闇に血のアーチをかけた。
「馬鹿がっ! 先走りやがって……! こいつは今、例の若き『天才』とか呼ばれてる奴だ! 新聞で顔写真を見たことがある!」
「若き『天才』って――リン中将か!?」
「はっ……リン中将って言やあ、民衆に大砲ぶっ放したっていうイカレじゃねえか!」
そのこと、こんな田舎にまで伝わっているのか。少なくとも、無闇矢鱈に死体を増やさず済みそうだ。私の正体を知った彼ら団員は皆、明らかに腰が引けているから。
その時、屋敷の奥から雰囲気の違う男が現れた。
「――退け、愚図ども。お前らでは勝てん」
「おお、真打ち登場ね」
「フンッ……」
傲岸なる顔つきの男が姿を現すと、団員たちは口々に「団長!」「ヴァレンシュタイン団長!」と彼を呼び、尊敬の眼差しで彼を見上げた。随分と、慕われているようだ。
スラッと伸びる彼の長身は、イリュリアの平均身長を大幅に上回っている。情報では210cm。だが、こうして見るとそれ以上に感じるのはなぜだろうか。私の眼は、一目で彼が数字以上の背丈に見える錯覚の所以を見抜いていた。
それは『厚み』だ。
(よく鍛え上げられている……まるで、戦場を駆ける軍馬のような筋肉の厚み……)
惚れ惚れする。
そして、彼の手に握られている剣。
飾り気はないが、あれは紛うことなき魔法剣だ。
通常、魔法使いでない一般人に魔法剣は扱えない。魔道具と違って、使用者が己の魔力を燃料として供給する必要があるからだ。しかし、彼の持つ魔法剣にはその問題を解決するためであろう『工夫』が施されている。
その魔法剣の柄には、まるで銃の引き金のような部品が取り付けられていた。
(あの部品は魔道具だ)
魔法剣と魔道具――新旧技術の融合。
剣身こそ魔法剣のままだが、その柄は魔道具に換装されていた。恐らく、『魔石』の魔力を魔法剣に注ぎ込むような仕掛けだろう。
誰の拵え物か知らないが、業物だ。
天才、ナタン・メーイールの作品のような『華』はなくとも、一本芯の通った『実』がある。
ヴァレンシュタインは、魔法剣を上段に構えた。
「お、やる気なんだ」
「アァ? 怖じ気付いたか、『天才』」
「ククッ……良いわよ。それじゃあ――」
私は、杖を投げ捨てた。
「私は魔法を使わない」
そして、月を蝕むものとしての異形も封じて戦おう。
私は、柄の底部スイッチを弾いてカラギウスの剣の魔力刃を非実体化させる。ヴァレンシュタインを罷り間違っても殺してはならない。
その腕前を見るまでは。
「純粋に剣技の優劣のみを試合おう」
「魔女めが――この俺を舐めているらしいなッ! ヴァレンシュタイン傭兵団の看板に泥を塗ったこと、あの世で後悔すると良い!」
団員たちの隙間を器用に擦り抜けて、ヴァレンシュタインが私へ斬りかかってくる。
それが、勢いに任せた無策の突撃でないことは、巧緻を極めた彼の剣筋が奇しくも教えてくれていた。ファラフナーズのような流麗さはないが、大自然の持つ力強さを想起させる剣筋は、しかしどういうことか私を狙ったものではないように見える。
(様子見でもない……けど、決めにきている)
決めにきているのに、私を狙わないとはいかなる了見か。
私は当初、カラギウスの剣にて彼の剣撃を捌こうと思っていたが、言い知れぬ疑心に駆られてサッと身を引いた。
結果からいうと、この判断は功を奏した。
魔法剣が振り降ろされるその瞬間、ヴァレンシュタインの長い指が一本、獲物に絡みつく蛇のように伸びて、引き金を引いた。
カチリ――と、金属と金属が触れ合うような音がした後、魔法剣は鞭のようなしなりを伴い、急激に伸長した。
大事を取って作っておいた距離の分、私は予想外の角度から強襲する剣にも、余裕を持って対応することができた。カラギウスの剣を軽く下から振り上げ、その軌道を上方へ捻じ曲げるように弾く。すると、魔法剣の白刃はうねりながら私の頭上を空過していった。
「――アァ?」
「なかなか面白い玩具ね。慢心した普通の魔法使いなら、今ので死んでたかも」
これは想像以上の掘り出し物かもしれないとほくそ笑んでいると、ヴァレンシュタインは怪訝そうに眉根を顰めて私を睨み付けた。
「おい、『天才』。お前は何をしに現れた」
「ヴァレンシュタイン傭兵団を解散させて――アンタを勧誘する」
「勧誘、だと……?」
なんだ、その顔は。まさか、成敗されるとでも思っていたのか? それなら一人では来ないし、私自身が直接戦うこともないと分からないのだろうか。
どうやら、ヴァレンシュタインは説明を欲しているようだったので、私は彼の心を掴むために演説をぶち上げてやることにした。
「有史以来、軍事力という語は魔法使いのことを指していた。そして、それが概ね正しかったわ。だけど、未来は違う。これより先の戦史は、銃と魔道具によって紡がれるのよ」
「……装甲部隊か」
「そうよ。アンタにはその隊長をやってもらおうと思ってね」
銃の登場によって、旧時代の金属鎧は意味をなさなくなった。弾丸は、人が纏える厚さの金属板を容易く貫くばかりか、内側への返しを作って銃創をより悪化させてしまう。
ここで、防具の進化の方向性は二極化した。
〝軽装化〟と〝重装化〟だ。
昨今、一般兵士は誰も金属鎧など着ていない。先述の通り、銃の前ではただただ重いだけの役立たずとなってしまうからだ。ならば、潔く脱ぎ捨ててしまった方が身軽でいい。
これが〝軽装化〟だ。
一般兵はどんどんと鎧を脱ぎ、今や胸部や頭部などの一部に着込むのみである。
元より、金属鎧など戦場においては魔法使いの随伴歩兵――通常、魔法使いは魔法使い同士、歩兵は歩兵同士で戦うものである。紳士協定と呼ばれることもあるが、単に歩兵相手に魔力を使うことを惜しんだことから始まった――が、魔法の飛沫を防ぐために着込む程度の役割しか持っていなかったのだから、脱ぎ捨てるのにさしたる抵抗はなかった。
その一方で、銃に対抗できる厚さを纏えないかという試みもなされていた。これは、防具によって魔法を防ぐ試みの延長線上にある。
そうした〝重装化〟の末に出来上がったものが――装甲部隊だ。
先の戦争でイリュリア共和国が予想外の勝利を収めた要因は、この装甲部隊の活躍と、紳士協定を破ってそれを生かしてみせたルシュディーの天才的な指揮が大きい。
だが、これまで何千年と『一般歩兵』を軽視してきたツケか、前線で装甲部隊を指揮できるものが居なかった。
必要なのは実力と求心力。
戦術面に関してはルシュディーにでも教え込ませれば良い。その点、ヴァレンシュタインは適任と言えた。
この自宅はイスラエル・レカペノスから下賜されたものだ。高級住宅街という立地上、監視の眼がそこら中に張り巡らされており、私のような腹に一物を抱える後ろ暗い人間には少々居心地が悪い。
警備員の死角を縫って高級住宅街を囲む塀を透過した私は、裏路地で眠る乞食どもの側を密やかに走り抜ける。そうして目的の待ち合わせ場所にまでやってくると、待ち合わせ相手は待ちくたびれた様子で頬杖をついていた。
「こんばんは、良い夜ね。ワキール」
「約束の時間から一時間遅れだよぉ……もう少しで帰るところだった」
「それは普通にごめんなさい」
寝過ごした。手落ちの気まずさを誤魔化すように、私はワキールに報告を求める。
「で、どうなの。成果のほどは」
「まずまず、かな。お前の出した条件が厳しかったからねぇ……」
ワキールの差し出したファイルを受け取り、ざっと中身を確認する。そこに書かれているのは、今はもうこの国の軍隊ではあまり使われていない傭兵の情報だ。
多くは廃業するか国外へ出ていったが、その中でも未だ傭兵を名乗りつつこの国に巣食う野盗まがいのカスどもをリストアップしてもらった。
リストを上から下まで流し見て、私は一つの傭兵団――正確には、その団長――に眼を止めた。
「――コイツが良い」
一眼惚れした。
コイツは掛け値なしにイイオトコだ。
ワキールが、私の手元を覗き込んでくる。
「『ヴァレンシュタイン傭兵団』……比較的新しい傭兵団だねぇ。団長も年若い」「そこが気に入った」
新進気鋭、この御時世に傭兵団を立ち上げる気概。戦場に長く居すぎたがゆえに傭兵業に固執している訳ではなく、遠ざかっていたがゆえに夢を見ているタイプと見た。
(だけど、ズラーラと違うのは……)
才能。そして、甲斐性だ。
曲がりなりにも、一国一城の主。荒くれ者の纏め役が、軟派な優男に務めるものか。彼、ヴァレンシュタインの自信に満ちた顔を見れば、写真越しにも分かってしまうものだ。
彼が、『本物』かどうかぐらいは。
「――しかし、時代が悪かったねぇ。未だ解散していないのが不思議なくらいだよぉ」
「違うわ。時代に逆行しているからこそ、彼はこの時代に傭兵団なんてものを立ち上げたのよ」
「……お前は時たま理解できない事を言う。どうして、そんなことが分かる?」
私は、ワキールに向き直って自分の「眼」を指さした。
「眼を凝らしなさい。まずは眼に映るもの全てを頭に入れること。そこからは経験と知能と勘よ」
「……いけすかない言い方をするねぇ」
気に障ったのなら謝罪してもいい。求められなきゃしないが。
ともあれ、いつまでもここでワキールと仲良く管を巻いている暇はない。私は情報に記されていた『ヴァレンシュタイン傭兵団』の本拠地――シェケムへ向けて足を蹴り出した。
「それじゃ、行きましょうか」
「え……まさか、今からかいぃ!?」
「ええ、そのつもりよ」
歩き出した私を、ワキールが慌てて後ろから追いかけてくる。
瞬間移動の魔法を使うのであれば、もう少し見晴らしの良い場所が適切だ。うんざりした顔のワキールを連れて、私は一直線に高所を目指した。
シェケム。特に秀でたところのない田舎街で、特徴らしい特徴はクラウディアさんも収監されていた『シェケム監獄』があるぐらいか。
地理的なところでは、谷間に広がる街で南北をエバル山とゲリジム山に挟まれている。そのうち、北側に位置するゲリジム山の頂上に『ヴァレンシュタイン傭兵団』は居を構えていた。
団員は三十余名。
もちろん、傭兵としての仕事などない。では、どうやって生計を立てているかというと、それは主に『用心棒業』だった。
しかし、それは字面から受ける印象ほど真っ当なものではない。
彼らはこの荒れる時代に付き物である暴動や揉め事への積極的な対処、介入を謳い、住民から『用心棒代』の名目で金品を巻き上げていた。その上、朝から晩まで酒場や飯屋に入り浸っては騒ぎ通し、威張り散らし、そのくせ代金はツケで済ます……と、やりたい放題らしい。
地元の住民が反発しないのは、既に有力者たちが取り入られていることもあるが、一番は『ヴァレンシュタイン傭兵団』の団長、ヴァレンシュタインの存在が大きい。
嘘か真か、かつて私闘の場で魔法使いを殺したと嘯く彼の剣術の腕は、少なくとも常人を凌ぐ程度のものではあるようで、これまでに何度か受けた襲撃の全てを退けている。
軍隊が出動するほどの被害が出ている訳でもないが、現地の治安維持組織では手に余る。
そういう訳で、もはや彼らの横暴を咎められるものは誰一人として存在しなかった。
(――この私を除いて、ね)
ゲリジム山に登ると、頂上の一角に位置する屋敷の中で馬鹿騒ぎする声が聞こえてきた。情報を参照するまでもなく、そこが『ヴァレンシュタイン傭兵団』の本拠地であるとすぐに分かった。
「ワキール。アンタ、邪魔だからどっかいってなさい」
「はいはい……まったく、人使いが荒いんだから。困ったものだねぇ……」
ワキールが地面に潜るのを見届けてから、私はその辺の石を拾ってその屋敷の窓に投げ入れた。
ガシャン――という音の後、暫し馬鹿騒ぎの声が密やかになったかと思うと、今度は一転してドタドタと慌ただしく走り回る音が聞こえてきた。そして、誰かが窓に近付き顔を覗かせたところを狙い、もう一つ石を投げてぶつけてやった。
すると、大声を上げて挨拶するまでもなく、向こうの方から屋敷の外まで来客である私を出迎えにきてくれた。
「こんばんは」
「手前ェ、何のつもりだ。俺たちが『ヴァレンシュタイン傭兵団』と知っての狼藉か?」
ドスを利かせた声で、団員の一人がつまらない脅し文句を口にする。その手には、見せびらかすように実剣が握られていた。
「だったら、どうするの」
「手前ェ――!」
「おい、待て」
激昂しかけた団員の背後から、冷静な顔付きをした別の団員が出てきて仲間を制する。
「その杖……魔女だな? それも、将校魔法士官の」
「ご名答」
「っ――何の用だ!」
彼の質問には答えず、私は周囲をじりじりと取り囲んでゆく団員たちをじっくりと観察する。外に出てきているのが十人、中には五、六人。三十余名という話だったが、残りの半分はどこかへ出払っているか、おねんね中のようだった。
「用と言っても、大した用事じゃありません」
私は、彼らに魅せつけるように杖とカラギウスの剣を取り上げた。
「ただ、ヴァレンシュタイン傭兵団の皆々様方には、本日をもって解散していただこうかと思いまして、こうして尋ねた次第です」
そう言った瞬間、ピリついていた空気が更にピリついたのを感じた。すると、私の背後に回り込んでいた団員の一人がこの空気に堪えきれなかったようで、怒りに任せて猛然と斬りかかってきた。
「――ざっけんな、ゴラァ!」
「おい、早まるな! こいつは――!」
背後より斜めに振り降ろされる白刃を掻い潜りつつ、指揮者の振るうタクトのように実体化させた魔力刃を軽く振る。
――斬った。
襲いかかってきた団員の頭は霞の如く吹き飛び、夜闇に血のアーチをかけた。
「馬鹿がっ! 先走りやがって……! こいつは今、例の若き『天才』とか呼ばれてる奴だ! 新聞で顔写真を見たことがある!」
「若き『天才』って――リン中将か!?」
「はっ……リン中将って言やあ、民衆に大砲ぶっ放したっていうイカレじゃねえか!」
そのこと、こんな田舎にまで伝わっているのか。少なくとも、無闇矢鱈に死体を増やさず済みそうだ。私の正体を知った彼ら団員は皆、明らかに腰が引けているから。
その時、屋敷の奥から雰囲気の違う男が現れた。
「――退け、愚図ども。お前らでは勝てん」
「おお、真打ち登場ね」
「フンッ……」
傲岸なる顔つきの男が姿を現すと、団員たちは口々に「団長!」「ヴァレンシュタイン団長!」と彼を呼び、尊敬の眼差しで彼を見上げた。随分と、慕われているようだ。
スラッと伸びる彼の長身は、イリュリアの平均身長を大幅に上回っている。情報では210cm。だが、こうして見るとそれ以上に感じるのはなぜだろうか。私の眼は、一目で彼が数字以上の背丈に見える錯覚の所以を見抜いていた。
それは『厚み』だ。
(よく鍛え上げられている……まるで、戦場を駆ける軍馬のような筋肉の厚み……)
惚れ惚れする。
そして、彼の手に握られている剣。
飾り気はないが、あれは紛うことなき魔法剣だ。
通常、魔法使いでない一般人に魔法剣は扱えない。魔道具と違って、使用者が己の魔力を燃料として供給する必要があるからだ。しかし、彼の持つ魔法剣にはその問題を解決するためであろう『工夫』が施されている。
その魔法剣の柄には、まるで銃の引き金のような部品が取り付けられていた。
(あの部品は魔道具だ)
魔法剣と魔道具――新旧技術の融合。
剣身こそ魔法剣のままだが、その柄は魔道具に換装されていた。恐らく、『魔石』の魔力を魔法剣に注ぎ込むような仕掛けだろう。
誰の拵え物か知らないが、業物だ。
天才、ナタン・メーイールの作品のような『華』はなくとも、一本芯の通った『実』がある。
ヴァレンシュタインは、魔法剣を上段に構えた。
「お、やる気なんだ」
「アァ? 怖じ気付いたか、『天才』」
「ククッ……良いわよ。それじゃあ――」
私は、杖を投げ捨てた。
「私は魔法を使わない」
そして、月を蝕むものとしての異形も封じて戦おう。
私は、柄の底部スイッチを弾いてカラギウスの剣の魔力刃を非実体化させる。ヴァレンシュタインを罷り間違っても殺してはならない。
その腕前を見るまでは。
「純粋に剣技の優劣のみを試合おう」
「魔女めが――この俺を舐めているらしいなッ! ヴァレンシュタイン傭兵団の看板に泥を塗ったこと、あの世で後悔すると良い!」
団員たちの隙間を器用に擦り抜けて、ヴァレンシュタインが私へ斬りかかってくる。
それが、勢いに任せた無策の突撃でないことは、巧緻を極めた彼の剣筋が奇しくも教えてくれていた。ファラフナーズのような流麗さはないが、大自然の持つ力強さを想起させる剣筋は、しかしどういうことか私を狙ったものではないように見える。
(様子見でもない……けど、決めにきている)
決めにきているのに、私を狙わないとはいかなる了見か。
私は当初、カラギウスの剣にて彼の剣撃を捌こうと思っていたが、言い知れぬ疑心に駆られてサッと身を引いた。
結果からいうと、この判断は功を奏した。
魔法剣が振り降ろされるその瞬間、ヴァレンシュタインの長い指が一本、獲物に絡みつく蛇のように伸びて、引き金を引いた。
カチリ――と、金属と金属が触れ合うような音がした後、魔法剣は鞭のようなしなりを伴い、急激に伸長した。
大事を取って作っておいた距離の分、私は予想外の角度から強襲する剣にも、余裕を持って対応することができた。カラギウスの剣を軽く下から振り上げ、その軌道を上方へ捻じ曲げるように弾く。すると、魔法剣の白刃はうねりながら私の頭上を空過していった。
「――アァ?」
「なかなか面白い玩具ね。慢心した普通の魔法使いなら、今ので死んでたかも」
これは想像以上の掘り出し物かもしれないとほくそ笑んでいると、ヴァレンシュタインは怪訝そうに眉根を顰めて私を睨み付けた。
「おい、『天才』。お前は何をしに現れた」
「ヴァレンシュタイン傭兵団を解散させて――アンタを勧誘する」
「勧誘、だと……?」
なんだ、その顔は。まさか、成敗されるとでも思っていたのか? それなら一人では来ないし、私自身が直接戦うこともないと分からないのだろうか。
どうやら、ヴァレンシュタインは説明を欲しているようだったので、私は彼の心を掴むために演説をぶち上げてやることにした。
「有史以来、軍事力という語は魔法使いのことを指していた。そして、それが概ね正しかったわ。だけど、未来は違う。これより先の戦史は、銃と魔道具によって紡がれるのよ」
「……装甲部隊か」
「そうよ。アンタにはその隊長をやってもらおうと思ってね」
銃の登場によって、旧時代の金属鎧は意味をなさなくなった。弾丸は、人が纏える厚さの金属板を容易く貫くばかりか、内側への返しを作って銃創をより悪化させてしまう。
ここで、防具の進化の方向性は二極化した。
〝軽装化〟と〝重装化〟だ。
昨今、一般兵士は誰も金属鎧など着ていない。先述の通り、銃の前ではただただ重いだけの役立たずとなってしまうからだ。ならば、潔く脱ぎ捨ててしまった方が身軽でいい。
これが〝軽装化〟だ。
一般兵はどんどんと鎧を脱ぎ、今や胸部や頭部などの一部に着込むのみである。
元より、金属鎧など戦場においては魔法使いの随伴歩兵――通常、魔法使いは魔法使い同士、歩兵は歩兵同士で戦うものである。紳士協定と呼ばれることもあるが、単に歩兵相手に魔力を使うことを惜しんだことから始まった――が、魔法の飛沫を防ぐために着込む程度の役割しか持っていなかったのだから、脱ぎ捨てるのにさしたる抵抗はなかった。
その一方で、銃に対抗できる厚さを纏えないかという試みもなされていた。これは、防具によって魔法を防ぐ試みの延長線上にある。
そうした〝重装化〟の末に出来上がったものが――装甲部隊だ。
先の戦争でイリュリア共和国が予想外の勝利を収めた要因は、この装甲部隊の活躍と、紳士協定を破ってそれを生かしてみせたルシュディーの天才的な指揮が大きい。
だが、これまで何千年と『一般歩兵』を軽視してきたツケか、前線で装甲部隊を指揮できるものが居なかった。
必要なのは実力と求心力。
戦術面に関してはルシュディーにでも教え込ませれば良い。その点、ヴァレンシュタインは適任と言えた。
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突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
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