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最終章
2.英雄譚 その③:序章の終わり
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「ヴァレンシュタイン、私のもとへ来い! 共に戦場を駆け巡ろうぞ!」
「……断る、と言ったら?」
「アンタは断らない」
断言してみせると、ヴァレンシュタインは不愉快そうに顔を歪めた。だが、それが単なるポーズに過ぎないことなど私にはお見通しである。
ここは押しの一手。
「己の心に問いかけてみなさいよ。このまま、傭兵とは名ばかりの破落戸どもの首魁として一生を終えるのか。それとも、夢にまで見た栄光の戦場へ行くチャンスを掴むか。――悩むほどでもないでしょう」
「ふっ……かもな」
先程までの態度を一変させ、ヴァレンシュタインは薄っすらと笑みを浮かべる。それを見て、団員たちに動揺が走った。
「そんな、団長……!」
「俺たちを捨てて、端武者になるってんですかい!?」
「黙れ、愚図ども」
たった一喝。声を張り上げた訳でもないその一喝で、場はピシャリと水を打ったように静まり返った。そうして作り上げた静寂の舞台で、ヴァレンシュタインは朗々と低声を響かせる。
「そうだな、考えるまでもない。これはまたとないチャンスだ。天から零れ落ちてきた幸福。この話に乗っかれば、俺はこの田舎町から戦場へ飛躍することができるのだろうな」
「じゃあ、私と共に来てくれるって訳?」
「――ンな訳ないだろ」
なんとなく、そう答えるだろうなと分かっていた。なぜって、さっきも今も、ヴァレンシュタインの眼の中には得体のしれぬ情念が炯々と燃え盛っているからだ。
「テメェ、この俺を――『ヴァレンシュタイン傭兵団』を舐めて五体満足で帰れると思うなよ? この屈辱は戦場に吹き抜ける血風でしか拭うことは出来ないッ!」
――証明してみせろ。
ヴァレンシュタインの眼に宿る情念は、私にそう強く訴えかけていた。従うにたる力量を示してみせろ、と。
「なァ、野郎ども! 傭兵に逆風が吹き荒れるこの時代、これ以上の好機は二度と訪れないだろうぜ! ――分かるだろ? 勝っても敗けても、これが『ヴァレンシュタイン傭兵団』の最後の戦場なんだッ! 命、捨てる時――それは今を置いて他にない!」
激しく燃えるヴァレンシュタインの情念は彼の眼のみに留まらず、言葉を介して辺り一面に燃え広がってゆく。
(これもまた才能ね)
腰の引けていた団員たちが、今や歴戦の勇士のような精悍な顔つきになっている。さっきまで、ヴァレンシュタインの背に隠れ、暴漢に怯える生娘のように縮み上がっていた彼らが、だ。
「――行くぞ、野郎どもォ!」
地鳴りのような雄叫びが夜の静寂を引き裂き、団員たちが各々の武器を振り上げ私へ向かって殺到する。
(口達者め)
死ぬと分かっていながら、勝利のための捨て駒として仲間をけしかけやがった。
「ヴァレンシュタイン――なおさら欲しくなったわ!」
「ならば、勝て『天才』よ! 俺たちに勝ってみせろォォォォ!」
先陣を切って突っ込んできた団員が私の振るう魔力刃に触れると同時、ヴァレンシュタインは全身全霊で魔法剣を振るった。
(――味方ごと来るか!)
ヴァレンシュタインの弁舌スキルは、私の想定を遥かに越えていた。
驚いたことに、団員たちは自らをも併呑するヴァレンシュタインの白刃を恐れぬばかりか、巻き込まれて当然とばかりに戦うことを止めない。完全なる死兵と化していた。
血煙の向こうから襲いかかる白刃を捌いたその時、私の戦術眼はとある事実を告げていた。
(あ、私……三振り目に負けるわ)
団員どもの配置、その肉の質量、ヴァレンシュタインとの距離、位置関係、魔法剣の推定射程距離、そして――先端速度。
今のを一振り目として、次の次――三振り目が訪れた時、私は敗北する。
あの魔法剣、伸張時には先端に向かうほど細くなっている。これは鞭と同じ形状。であれば、魔法剣の先端速度もまた、音速の壁を容易く越えていることだろう。鞭を振るった時の炸裂音は、音速の壁を叩く音なのだから。
それら全ての情報を糾合した結果、どう足掻いても三振り目に『私の敗北』という未来に収束することが予測できた。
(けどね――ただ負けてやるつもりは毛頭ないわよ)
試合に負けた上で、私の〝力〟を示させてもらうとしよう。
団員たちを諸共に引き裂きながら、二振り目が臓物の中を走る。決着を齎す三振り目は、二振り目の直後に来るだろう。その先に敗北の未来を思い描きながらも、私は力を緩めることなく懸命に足掻く。
位置取り、良し。
視界、良し。
仕掛け、良し。
さあ、いつでも来いと待ち構える私へ、音速の壁を突き破りながら二振り目が迫る。そして、その二振り目は――私に触れる直前で方向転換した。
「――命、獲ったァりィィィィ!」
間髪入れず、それは三振り目へと移行する。
人間の反射速度では……いや、魔法使いや月を蝕むものの反射速度でも、見てからの対応は不可能であろう音速の切り返し。これを防ぎたいのであれば、剣ではなく腕の振りに注目してそこから剣の軌道を予測する必要がある。
しかし、それができない事情があった。
二振り目から三振り目への移行。それは腕の振りでなく、指先の神妙な引き金さばきによる僅かな伸張の結果として実現されたものだからだ。
ゆえに、見てからでは遅れをとる。
(分かってはいたんだけどね……避けるのは無理だわ、こりゃ)
なぜ、私がそれを予測できたかと言えば、自在な伸張が出来る剣を持っているなら、私はそのような使い方をするからだ。その程度には、ヴァレンシュタインの才能を信頼していた。
私は早々に対応を諦め、うねる白刃が自分の胴体を通過する様をただ見届けた。
「ごめんなさいね。私、人間じゃないのよ」
「なん……だと……ッ!」
ヴァレンシュタインの驚きは、二つの物事へ向けられていた。
一つはもちろん、私が死ななかったことに対して。
もう一つは、自分の喉元を刺し貫いたカラギウスの剣に対して。
仕掛けは上手く機能したようだ。隠し持っていた予備のカラギウスの剣を、死体の影へ私の体組織と共に設置し、タイミングを計って射出した。
この身体になってからは監視も多く、分離させた体組織を動かす練習をする暇もなかったので、これがぶっつけ本番だったのだが、殊の外、上手いこといったようでよかった。
「――団長!?」
動揺する団員たちを手早く斬り伏せると、この場に立つものは私一人となった。
「殺し合いなら私の勝ち。だけど――この勝負はアンタの勝ちね。結局、異形の力を使わされちゃったし」
「ぐっ……魔法は、使ってないがな……」
そういえば、宣言したのは魔法の方だけだったか。
まあ、とにかく、純粋な剣技ではヴァレンシュタインに敵うものは居ないのかもしれない。この私が負けてしまうのだから。
この上、更にナタン・メーイールの魔道具なんて使おうものなら、もはや手のつけようもなくなるのではないか。もし、造反でも起こされれば、ひとたまりもないだろう。
しかし、そんな危うさを知ってますます私は彼に惹かれていた。
「はぁ、はぁ……目的は、何だ?」
ヴァレンシュタインは、喉に刺さった非実体の魔力刃を引き抜き、息も絶え絶えに私へ尋ねる。
「テメェの眼は……何を見る?」
答えは決まりきっていた。
「革命を完遂らせる。ヴァレンシュタイン……アンタにはその手伝いを頼みたい」
「ふっ、くく……革命を完遂らせる、か」
私は、地面のヴァレンシュタインに向かって手を差し伸べた。
「全ての事が成った暁には、アンタにも相応の礼をするわ。もちろん、その時までアンタが生きていればの話だけどね」
「誰に物を言っている。当然、生き残るさ。俺は」
ヴァレンシュタインは、力強く私の手を取った。
パルティア方面軍の総司令官に着任した私は前・総司令官をクビにし、トゥトゥルからテフサまで兵を退却させた。
ひとまず、ここで消耗した軍の建て直しを図る腹づもりだ。
私は、密かに準備しておいた資材を順次テフサへ運び込ませると同時、イスラエル・レカペノスを介してこれまで唾を付けておいた各地の『才人』たちをパルティア方面軍へ呼び寄せる。
反乱軍の鎮圧を終えたルシュディー、『星団』が解散してフリーになったグィネヴィアとレイラ、そして元・傭兵団団長のヴァレンシュタイン。いずれも皆、各部隊の長を任せる予定の天才たちだ。
(まあ、私一人でも勝てるっちゃ勝てるけどね)
これは驕りではない。予感だ。
しかし、使えるものを使わないというのも芸がない。私は、省ける手間は省く主義だ。それに人的資源の消耗も少なく抑えられることだろうし、そういう意味でも頼らない理由がない。
グィネヴィアには特殊な魔法士部隊を、ルシュディーには幕僚長を、ヴァレンシュタインには装甲部隊をそれぞれ任せた。
そして、レイラには軍事とはまた別の分野における活躍を期待している。まあ、それはおいおい。
さて、人事は尽くし、後は時を待つだけとなった。
そういう訳で、果報は寝て待てとばかりに、暇になった私はここのところ惰眠を貪っていた。
「――失礼します」
総司令官用の天幕にて日課の昼寝に精を出していると、秘書官に任命したヨシュア君がやってくる。私がアイマスクをずらすと、彼は淀みなく報告を始めた。
「仰せつかった軍の再編は、今のところ順調に進んでおります。ですが……」
ヨシュア君が言葉を濁した理由を私はとっくに察していた。
「私が連れてきた奴ら、でしょ?」
「……はい」
どうやら、上手く馴染めていないらしい。
私の威光でどうにかならないかと期待したのだが、奴らの方も私に負けず劣らず我の強い人間揃いだ。やはり、どうしても軋轢は生じてしまうのだろう。予想通りといえば予想通りだ。
「まあ、問題ないわ。アイツらの『才能』は私が保証する。皆も、戦場での活躍を見れば認めることでしょう」
「……そういうものでしょうか」
「そういうもんよ……たぶん」
無責任なと批難するヨシュア君の視線から逃げるように、私は再びアイマスクを顔に被せた。
――静寂。
葉擦れの音も、せせらぎの音も、鳥獣の声すら聞こえぬ完全なる静寂の中、私は壇上へと続く短い階段を一段一段、踏みしめながら登る。
時は来たれり。
惰眠を貪る日々も今日まで。これからはうんと忙しくなる。寝る間も惜しんで戦争、戦争、戦争尽くしの一年だ。
ヨシュア君に用意させた演壇に立つと、眼下には約6万3千にも上る隊列が整然と並んでいた。身じろぎ一つすることなく私の言葉を待ってくれている彼らへ、私は慈愛と感謝を込めてその隅々にまで視線を巡らす。
「――兵士諸君。よくぞ、この国に残ってくれた」
一人一人、その眼の奥を覗き込めば、古参兵からも新参兵からも皆一様に私への揺るがぬ信頼が返ってくる。そして、それはグィネヴィアとレイラ、ルシュディー、ヴァレンシュタインらも同様であった。もちろん、隣に立つ秘書官のヨシュア君も。
皆の信頼、決して無碍にはしない。
全身全霊で応えることをここに誓おう。
「諸君、我々の手に何がある? ――何もない。空手だ。明日の朝食も、軍隊然とした衣服も、のみならず敵を穿つ弾丸すらも、五頭政府は何一つ諸君に与えてはくれない!」
唐突な政権批判を受けて、統率されていた兵士らの中に小さくないざわめきが起こる。動揺する声もあり、賛同する声もあり、実に種々様々な反応が見られた。だが、それも次に私が声を発するまでの話。
「私は、諸君を世界で最も肥沃な大地――『理想郷』へと連れてゆく」
ピタリ、とざわめきが止まる。私は、優秀な聴衆たちが作る静寂の中に朗々と声を響かせた。
「諸君、勝て」
煽動家の手口は、もう見飽きるほどに見た。
最近気付いたことなのだが、私は模倣が人より得意らしい。それが才能と呼べるものかは知らないが、私の才能を支える要因の一つであることは確かだ。
要するに、見飽きるほど見たおかげで、もはや煽動ぐらいはお手の物ということである。
「勝って、手に入れろ。諸君の栄光は、勝利することでしか得ることはできない」
私の放つ熱が、言葉を介して聴衆へ伝播してゆく。
――これは錯覚だ。
物理的にも、或いは精神的にも、言葉を介して熱が伝わることなどない。では、現実に私の言葉に呼応して聴衆から発せられるこの盛り上がりは一体何なのか。
それは、元から彼らの心にあったものなのだ。
熱は最初から彼らの中にあり、私は言葉によってそれを喚び起こしているに過ぎない。
(時季が来る)
私は声の限り叫んだ。
「欲するならば、勝ち取れ!」
熱が溢れ、割れんばかりの歓声が私を包む。きっと、コンサートなんかで演奏後に万雷の拍手を浴びる指揮者はこんな気分だろう。脳内物質が、ジワリと滲み出たのがわかった。
ダメ押しにもう一声。
「――宣言しよう! 今、ここに集う才能こそが未来のイリュリアだ!」
観衆の盛り上がりは最高潮に達し、比喩でなく――地が揺れた。
演説は大成功と言っていいだろう。士気は申し分ないほど上がった筈だ。
(死ね)
私は、これから私の手足となって働く彼らに不敵な笑顔を向けつつ、心中で罵った。
死ね。無知蒙昧のクズども。
私のために、死ね。
「……断る、と言ったら?」
「アンタは断らない」
断言してみせると、ヴァレンシュタインは不愉快そうに顔を歪めた。だが、それが単なるポーズに過ぎないことなど私にはお見通しである。
ここは押しの一手。
「己の心に問いかけてみなさいよ。このまま、傭兵とは名ばかりの破落戸どもの首魁として一生を終えるのか。それとも、夢にまで見た栄光の戦場へ行くチャンスを掴むか。――悩むほどでもないでしょう」
「ふっ……かもな」
先程までの態度を一変させ、ヴァレンシュタインは薄っすらと笑みを浮かべる。それを見て、団員たちに動揺が走った。
「そんな、団長……!」
「俺たちを捨てて、端武者になるってんですかい!?」
「黙れ、愚図ども」
たった一喝。声を張り上げた訳でもないその一喝で、場はピシャリと水を打ったように静まり返った。そうして作り上げた静寂の舞台で、ヴァレンシュタインは朗々と低声を響かせる。
「そうだな、考えるまでもない。これはまたとないチャンスだ。天から零れ落ちてきた幸福。この話に乗っかれば、俺はこの田舎町から戦場へ飛躍することができるのだろうな」
「じゃあ、私と共に来てくれるって訳?」
「――ンな訳ないだろ」
なんとなく、そう答えるだろうなと分かっていた。なぜって、さっきも今も、ヴァレンシュタインの眼の中には得体のしれぬ情念が炯々と燃え盛っているからだ。
「テメェ、この俺を――『ヴァレンシュタイン傭兵団』を舐めて五体満足で帰れると思うなよ? この屈辱は戦場に吹き抜ける血風でしか拭うことは出来ないッ!」
――証明してみせろ。
ヴァレンシュタインの眼に宿る情念は、私にそう強く訴えかけていた。従うにたる力量を示してみせろ、と。
「なァ、野郎ども! 傭兵に逆風が吹き荒れるこの時代、これ以上の好機は二度と訪れないだろうぜ! ――分かるだろ? 勝っても敗けても、これが『ヴァレンシュタイン傭兵団』の最後の戦場なんだッ! 命、捨てる時――それは今を置いて他にない!」
激しく燃えるヴァレンシュタインの情念は彼の眼のみに留まらず、言葉を介して辺り一面に燃え広がってゆく。
(これもまた才能ね)
腰の引けていた団員たちが、今や歴戦の勇士のような精悍な顔つきになっている。さっきまで、ヴァレンシュタインの背に隠れ、暴漢に怯える生娘のように縮み上がっていた彼らが、だ。
「――行くぞ、野郎どもォ!」
地鳴りのような雄叫びが夜の静寂を引き裂き、団員たちが各々の武器を振り上げ私へ向かって殺到する。
(口達者め)
死ぬと分かっていながら、勝利のための捨て駒として仲間をけしかけやがった。
「ヴァレンシュタイン――なおさら欲しくなったわ!」
「ならば、勝て『天才』よ! 俺たちに勝ってみせろォォォォ!」
先陣を切って突っ込んできた団員が私の振るう魔力刃に触れると同時、ヴァレンシュタインは全身全霊で魔法剣を振るった。
(――味方ごと来るか!)
ヴァレンシュタインの弁舌スキルは、私の想定を遥かに越えていた。
驚いたことに、団員たちは自らをも併呑するヴァレンシュタインの白刃を恐れぬばかりか、巻き込まれて当然とばかりに戦うことを止めない。完全なる死兵と化していた。
血煙の向こうから襲いかかる白刃を捌いたその時、私の戦術眼はとある事実を告げていた。
(あ、私……三振り目に負けるわ)
団員どもの配置、その肉の質量、ヴァレンシュタインとの距離、位置関係、魔法剣の推定射程距離、そして――先端速度。
今のを一振り目として、次の次――三振り目が訪れた時、私は敗北する。
あの魔法剣、伸張時には先端に向かうほど細くなっている。これは鞭と同じ形状。であれば、魔法剣の先端速度もまた、音速の壁を容易く越えていることだろう。鞭を振るった時の炸裂音は、音速の壁を叩く音なのだから。
それら全ての情報を糾合した結果、どう足掻いても三振り目に『私の敗北』という未来に収束することが予測できた。
(けどね――ただ負けてやるつもりは毛頭ないわよ)
試合に負けた上で、私の〝力〟を示させてもらうとしよう。
団員たちを諸共に引き裂きながら、二振り目が臓物の中を走る。決着を齎す三振り目は、二振り目の直後に来るだろう。その先に敗北の未来を思い描きながらも、私は力を緩めることなく懸命に足掻く。
位置取り、良し。
視界、良し。
仕掛け、良し。
さあ、いつでも来いと待ち構える私へ、音速の壁を突き破りながら二振り目が迫る。そして、その二振り目は――私に触れる直前で方向転換した。
「――命、獲ったァりィィィィ!」
間髪入れず、それは三振り目へと移行する。
人間の反射速度では……いや、魔法使いや月を蝕むものの反射速度でも、見てからの対応は不可能であろう音速の切り返し。これを防ぎたいのであれば、剣ではなく腕の振りに注目してそこから剣の軌道を予測する必要がある。
しかし、それができない事情があった。
二振り目から三振り目への移行。それは腕の振りでなく、指先の神妙な引き金さばきによる僅かな伸張の結果として実現されたものだからだ。
ゆえに、見てからでは遅れをとる。
(分かってはいたんだけどね……避けるのは無理だわ、こりゃ)
なぜ、私がそれを予測できたかと言えば、自在な伸張が出来る剣を持っているなら、私はそのような使い方をするからだ。その程度には、ヴァレンシュタインの才能を信頼していた。
私は早々に対応を諦め、うねる白刃が自分の胴体を通過する様をただ見届けた。
「ごめんなさいね。私、人間じゃないのよ」
「なん……だと……ッ!」
ヴァレンシュタインの驚きは、二つの物事へ向けられていた。
一つはもちろん、私が死ななかったことに対して。
もう一つは、自分の喉元を刺し貫いたカラギウスの剣に対して。
仕掛けは上手く機能したようだ。隠し持っていた予備のカラギウスの剣を、死体の影へ私の体組織と共に設置し、タイミングを計って射出した。
この身体になってからは監視も多く、分離させた体組織を動かす練習をする暇もなかったので、これがぶっつけ本番だったのだが、殊の外、上手いこといったようでよかった。
「――団長!?」
動揺する団員たちを手早く斬り伏せると、この場に立つものは私一人となった。
「殺し合いなら私の勝ち。だけど――この勝負はアンタの勝ちね。結局、異形の力を使わされちゃったし」
「ぐっ……魔法は、使ってないがな……」
そういえば、宣言したのは魔法の方だけだったか。
まあ、とにかく、純粋な剣技ではヴァレンシュタインに敵うものは居ないのかもしれない。この私が負けてしまうのだから。
この上、更にナタン・メーイールの魔道具なんて使おうものなら、もはや手のつけようもなくなるのではないか。もし、造反でも起こされれば、ひとたまりもないだろう。
しかし、そんな危うさを知ってますます私は彼に惹かれていた。
「はぁ、はぁ……目的は、何だ?」
ヴァレンシュタインは、喉に刺さった非実体の魔力刃を引き抜き、息も絶え絶えに私へ尋ねる。
「テメェの眼は……何を見る?」
答えは決まりきっていた。
「革命を完遂らせる。ヴァレンシュタイン……アンタにはその手伝いを頼みたい」
「ふっ、くく……革命を完遂らせる、か」
私は、地面のヴァレンシュタインに向かって手を差し伸べた。
「全ての事が成った暁には、アンタにも相応の礼をするわ。もちろん、その時までアンタが生きていればの話だけどね」
「誰に物を言っている。当然、生き残るさ。俺は」
ヴァレンシュタインは、力強く私の手を取った。
パルティア方面軍の総司令官に着任した私は前・総司令官をクビにし、トゥトゥルからテフサまで兵を退却させた。
ひとまず、ここで消耗した軍の建て直しを図る腹づもりだ。
私は、密かに準備しておいた資材を順次テフサへ運び込ませると同時、イスラエル・レカペノスを介してこれまで唾を付けておいた各地の『才人』たちをパルティア方面軍へ呼び寄せる。
反乱軍の鎮圧を終えたルシュディー、『星団』が解散してフリーになったグィネヴィアとレイラ、そして元・傭兵団団長のヴァレンシュタイン。いずれも皆、各部隊の長を任せる予定の天才たちだ。
(まあ、私一人でも勝てるっちゃ勝てるけどね)
これは驕りではない。予感だ。
しかし、使えるものを使わないというのも芸がない。私は、省ける手間は省く主義だ。それに人的資源の消耗も少なく抑えられることだろうし、そういう意味でも頼らない理由がない。
グィネヴィアには特殊な魔法士部隊を、ルシュディーには幕僚長を、ヴァレンシュタインには装甲部隊をそれぞれ任せた。
そして、レイラには軍事とはまた別の分野における活躍を期待している。まあ、それはおいおい。
さて、人事は尽くし、後は時を待つだけとなった。
そういう訳で、果報は寝て待てとばかりに、暇になった私はここのところ惰眠を貪っていた。
「――失礼します」
総司令官用の天幕にて日課の昼寝に精を出していると、秘書官に任命したヨシュア君がやってくる。私がアイマスクをずらすと、彼は淀みなく報告を始めた。
「仰せつかった軍の再編は、今のところ順調に進んでおります。ですが……」
ヨシュア君が言葉を濁した理由を私はとっくに察していた。
「私が連れてきた奴ら、でしょ?」
「……はい」
どうやら、上手く馴染めていないらしい。
私の威光でどうにかならないかと期待したのだが、奴らの方も私に負けず劣らず我の強い人間揃いだ。やはり、どうしても軋轢は生じてしまうのだろう。予想通りといえば予想通りだ。
「まあ、問題ないわ。アイツらの『才能』は私が保証する。皆も、戦場での活躍を見れば認めることでしょう」
「……そういうものでしょうか」
「そういうもんよ……たぶん」
無責任なと批難するヨシュア君の視線から逃げるように、私は再びアイマスクを顔に被せた。
――静寂。
葉擦れの音も、せせらぎの音も、鳥獣の声すら聞こえぬ完全なる静寂の中、私は壇上へと続く短い階段を一段一段、踏みしめながら登る。
時は来たれり。
惰眠を貪る日々も今日まで。これからはうんと忙しくなる。寝る間も惜しんで戦争、戦争、戦争尽くしの一年だ。
ヨシュア君に用意させた演壇に立つと、眼下には約6万3千にも上る隊列が整然と並んでいた。身じろぎ一つすることなく私の言葉を待ってくれている彼らへ、私は慈愛と感謝を込めてその隅々にまで視線を巡らす。
「――兵士諸君。よくぞ、この国に残ってくれた」
一人一人、その眼の奥を覗き込めば、古参兵からも新参兵からも皆一様に私への揺るがぬ信頼が返ってくる。そして、それはグィネヴィアとレイラ、ルシュディー、ヴァレンシュタインらも同様であった。もちろん、隣に立つ秘書官のヨシュア君も。
皆の信頼、決して無碍にはしない。
全身全霊で応えることをここに誓おう。
「諸君、我々の手に何がある? ――何もない。空手だ。明日の朝食も、軍隊然とした衣服も、のみならず敵を穿つ弾丸すらも、五頭政府は何一つ諸君に与えてはくれない!」
唐突な政権批判を受けて、統率されていた兵士らの中に小さくないざわめきが起こる。動揺する声もあり、賛同する声もあり、実に種々様々な反応が見られた。だが、それも次に私が声を発するまでの話。
「私は、諸君を世界で最も肥沃な大地――『理想郷』へと連れてゆく」
ピタリ、とざわめきが止まる。私は、優秀な聴衆たちが作る静寂の中に朗々と声を響かせた。
「諸君、勝て」
煽動家の手口は、もう見飽きるほどに見た。
最近気付いたことなのだが、私は模倣が人より得意らしい。それが才能と呼べるものかは知らないが、私の才能を支える要因の一つであることは確かだ。
要するに、見飽きるほど見たおかげで、もはや煽動ぐらいはお手の物ということである。
「勝って、手に入れろ。諸君の栄光は、勝利することでしか得ることはできない」
私の放つ熱が、言葉を介して聴衆へ伝播してゆく。
――これは錯覚だ。
物理的にも、或いは精神的にも、言葉を介して熱が伝わることなどない。では、現実に私の言葉に呼応して聴衆から発せられるこの盛り上がりは一体何なのか。
それは、元から彼らの心にあったものなのだ。
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(時季が来る)
私は声の限り叫んだ。
「欲するならば、勝ち取れ!」
熱が溢れ、割れんばかりの歓声が私を包む。きっと、コンサートなんかで演奏後に万雷の拍手を浴びる指揮者はこんな気分だろう。脳内物質が、ジワリと滲み出たのがわかった。
ダメ押しにもう一声。
「――宣言しよう! 今、ここに集う才能こそが未来のイリュリアだ!」
観衆の盛り上がりは最高潮に達し、比喩でなく――地が揺れた。
演説は大成功と言っていいだろう。士気は申し分ないほど上がった筈だ。
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戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
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