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最終章
6.乱世の奸雄 その②:私は平和が好きだ
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二階、大きく突き出たバルコニーのある大部屋に、彼――イスラエル・レカペノスは居た。椅子に深く腰を落ち着け、入り口扉の方に身体を向けて、私が来るのを待っていたらしい。
「やあ、リン」
「こんにちは」
今日は天気も良いし、時季も良い。
「死ぬには良い日ね」
私はイスラエル・レカペノスの向かいに用意されていた椅子へ腰掛けた。もはや、私と彼を妨げるものは何もない。ならば、ここで最後に語らうのも良いだろう。彼も、そのつもりだろうから。
「なぜだ? なぜ、クーデターを起こした? 俺はこんなにもこの国の……いや、人類の発展を願っているというのに」
イスラエル・レカペノスが、そんな風に分かりきったことを聞いてくるものだから、私もまた分かりきった答えを口にした。
「それが、『嘘』だと分かってしまったから」
所詮、イスラエル・レカペノスという男は、〝思想〟に殉じる正義の体現者ではなく、我儘に支配された俗人に過ぎないのだと分かってしまったから。
この世に正義など存在しないと、魂の奥底で理解らせられてしまったから。
あの時、イスラエル・レカペノスの胸に抱かれた時、私は彼の瞳に交じる狂気以外の何かの正体を知った。
それは――欺瞞だ。
彼の中に偽りが存在していることを理解した私は、悲嘆するでも憤怒するでもなく、ただただ天啓を得た時の衝撃に耐えていた。
「私って、結構他人に遠慮してたところがあると思うのよ」
「……どこが?」
「私には〝思想〟がない。だから、国を導くとか、民を導くとか、そういう大層な仕事は〝思想〟を持つ高尚な人間にこそ相応しいものだと思ってた。欲に塗れる下卑た私には、その資格がないと」
でも、違った。
「私はもっと我儘になって良いんだって気付いたのよ」
この世の中が気に食わないのなら、私の思い通りになるよう努力するしかない。これはヨナちゃんが教えてくれたことだ。けれども、彼女には〝力〟がなく、私にはあった。
そして、そうしても良いのだと教えてくれたのは、他でもない――イスラエル・レカペノスだ。
「アンタは、この国の発展なんて欠片も望んでない。ましてや、人類の発展だなんてものは」
イスラエル・レカペノスは、その相貌に薄笑いを浮かべる。
「――どうして、バレたんだ?」
「勘、それ以外にない」
後から根拠と思しきものはいくつか見出すことができた。しかし、最初に気付くことができた理由は勘としか言い様がない。
或いは、私の才能が教えてくれたのかもしれない。
人望の才能とは、言い換えると演技の才能でもある。他人の望む姿を魅せることができる才能。ゆえに、彼の欺瞞を見抜くことは容易でない筈だ。
しかし、私の勝利の才能もまた、別の言い方ができる。それは観察の才能。生きるか死ぬかの極限状態に身を置き、対手の動きを観察し続けてきた私の眼が、彼の欺瞞を見破ったのかもしれない。
イスラエル・レカペノスは開き直ったように大笑いした。
「くくっ……はっ、はははははっ! そうさ、全て嘘っぱちだよ」
どうやら、彼はもう観念したらしい。
それもその筈、既に時季は私に味方している。先だって、新聞を通して私の帰還が大々的に発表されたが、その反応は好意的なものが9割超。民衆は、帰ってきた私に何かを期待しているようだった。
それは、彼らの中にも確固たる形としてある願望ではない。しかし、確かに存在はしている。時季を読むことに長けるイスラエル・レカペノスは、恐らく民衆たち本人よりも彼らの望みに詳しいだろう。
そして、私もまた理解している。
彼は時季に逆らい計画を前倒しした。そうせざるを得なかった。
しかし、私は時季の到来を辛抱強く待った。待つことができた。
その差こそ、唯一にして絶対なる勝負の分かれ目だ。
敢えて言おう。
時代が希求したのだ。――私の勝利を。
「なあ、遺言代わりに聞いてくれないかい? 俺の本当の望みを」
唐突にイスラエル・レカペノスはそう切り出した。
私は少し逡巡したが、時季がこちらにあることを理由に、そのまま喋らせてやることにした。
「そうさせて貰おうかしら。このまま殺すのもつまらないと思ってたところよ。語りたいというのなら、どうぞご自由に。もしかしたら、私を感化させられるかもしれないわよ?」
「ふっ……それはいい」
イスラエル・レカペノスは眼を閉じて、頭を椅子の背もたれに預けさせた。そして、徐に口から息を吸い込み静かに語り出す。
「あれは俺が二十歳になった時だったか――」
二十歳になったイスラエル・レカペノスは、大学の休暇を利用してイリュリア王国を訪れた。見識を深めるためというのが表向きの理由だが、実際のところは『逃避』の旅だった。
〝人界〟の覇者を気取る醜悪な怪物――人間なる種の計り知れない生き汚さに、イスラエル・レカペノスは心底嫌気が差していた。
暴力、詐欺、窃盗、恐喝、汚職……人間社会に蔓延る悪徳の数々。
誰もが、してはいけないことだと知っている筈だ。
なのに、なぜ、どうして……皆、綺麗に生きられないのか。
「人間の愚かしさをこれ以上見続けることは耐え難い苦痛だ」
豪商である父親にそう言い放ち、イスラエル・レカペノスは家出同然で生家を飛び出した。
あてどない旅だった。
まず、父親が遣わせた追手を振り切るために国境を越えようと考え、母国アルゲニア王国の隣国、イリュリア王国へ向かった。次に、都会のごみごみした喧騒を嫌ってなるべく田舎の方を目指した。そうして流されるように辿り着いた場所で、イスラエル・レカペノスは予期せぬ戦闘に巻き込まれた。
原因は、イリュリア諸侯派に属する現地将校の暴発だという。
だが、そんなことはイスラエル・レカペノス含む現地の民間人に取ってはどうでもいいことだった。くだらない理由だろうと、高尚な理由だろうと、殺されては堪らない。巻き込まれることを恐れた彼らは、住処を捨ててイリュリアの内部へと避難した。
そこで、イスラエル・レカペノスは人間という種が秘める『美』に出会う。
「ああ……美しい」
イスラエル・レカペノスの眼には、迫り来る死の恐怖など微塵も映っていなかった。ただただ、生き残ろうと足掻く人間たちが、全身より放つ『美しさ』だけを捉え続けていた。
そこは嘘のような『理想郷』だった。
避難民たちの形成するキャンプでは実際、盗人すらもいなかった。彼らは直面した苦難に真っ向から相対しながも曲がらず、共に助け合いながら逞しく『生』を営んでいた。
「やれば、できるじゃあないか」
人間という種は、まだ堕落し切ってはいない。
その光景に希望を見出したイスラエル・レカペノスは、積極的に避難民たちと交流を深めてゆく。そして、大学で得た知識を活かし、避難民たちの生活が改善されるよう働きかけた。
水の浄化方法を教え、軍隊と避難民の間に起きた諍いの調停をし、法を整備し、救援物資が円滑に行き届くよう有志を募って互助会を組織した。
イスラエル・レカペノスの持つ人望の才能が開花したのは、正にこの時である。
だが、悲しいことに彼は優秀すぎた。時季を無意識的に理解し、統率のために利用するほどに。
必然的な余裕が避難民たちの間に生まれると、イスラエル・レカペノスが嫌悪した人間の『堕落』が再び蔓延し始めた。
「なぜだ……まさか、足りないというのか? この程度の苦境では」
一度、見出した『美』を手放すことなど、イスラエル・レカペノスには出来なかった。
では、どうすべきか。その方法も既に分かっていた。
この戦争を通じて、避難民の中に混じる民宗派とも、現地調査に来ていたリンの父であるペールとも接点を得ていた。まるで、運命が斯くあれかしと執り成したかのように。
そして、イリュリアという国に渦巻く政変の兆し。
イスラエル・レカペノスは、革命の気配を世界で最初に読み取った男だった。
「――時季は来る」
各地に散らばり組織の体を成していなかった民宗派を纏め上げ、ペールを中心に体系的な研究を始めさせ、ルクマーンという天才の誕生を経て、イスラエル・レカペノスは遂に目的を実現させる手立て――大門へと辿り着いた。
「しかし、ヘレナやリンのような天才に阻まれ、ご覧の有様という訳だ」
恐らく、この男は大門を開いた後のことをロクに考えていなかったのだろう。そこが、イスラエル・レカペノスの上がりだったのだから。道理で、私が『五年を耐え忍べば良いだけだ』と言った時に、欠片の反感も抱かなかった訳だ。
制限なしに大門を解き放てば、たちまち〝人界〟と〝魔界〟の魔力濃度が一定となり、知性なき魔物のみならず不逞なる魔族までもが続々と〝人界〟へ進出してくるだろう。
それこそ、人間が再び経験することになる最大の苦境に違いない。
ということは、恐らく原種対策をするつもりもなかった筈だ。彼の〝思想〟に嘘がないのなら、そんな繊細な処置を施す必要がない。
民衆に計画を隠していた理由はその事実を隠蔽するためだろう。公の前で計画を進めれば、民宗派残党だけで内々に事を進めるということが難しくなる。そうなれば、早晩、イスラエル・レカペノスの嘘が知れ渡ることになった筈だ。五年という長い時間を要したのも頷ける。
屑には違いない。
イスラエル・レカペノスは、己の願望を実現せんとするために全世界を躊躇なく巻き込もうとしていた人間の屑。
ヘレナが、皆が、どんな〝思想〟を抱いて生き、そして死んでいったか。そのことを思えば、自分本位を極めるイスラエル・レカペノスなる男は即座に誅して当然だ。
しかし、なぜだろう。
こんなにも、心の底から感謝が溢れてくるのは。
「――ありがとう」
一緒だ。
ヘレナも、皆も、イスラエル・レカペノスも、一緒なのだ。
イスラエル・レカペノスに〝思想〟なんてない。
あるのはただの傲慢な〝我儘〟だけだ。
そして、それはあのヘレナも一緒だということに私は気付いた。所詮、正義も悪徳も、全て〝我儘〟の産物に過ぎないのだと。
他人を殴りたいから殴り、殺したいから殺し、奪いたいから奪うことが〝我儘〟なのであれば、他人を守りたいから守り、救いたいから救い、愛したいから愛すこともまた〝我儘〟なのだ。
正義を全うしたいから全うすることは、欲望のまま悪徳を極めることに似ている。どちらも、そうしたいからそうしているという点において。
そのことに気付かせてくれて、ありがとう。
「そして、死ね」
私は平和が好きだ。
私は闘争が好きだ。
私は人間が好きだ。
「この世界は不完全かもしれない。人間は堕落しているのかもしれない。しかし、だからといって私はこの世界も、人間も、見限るつもりはない」
「なぜだ……? なぜ、愚かな人間をそうまで愛せる!?」
「決まっているでしょう」
私は椅子から腰を上げながら、広く世に宣言した。
「私という崇高なる存在を生み出した人間が素晴らしくない筈がない」
イスラエル・レカペノスは少しポカンとした後、眼に涙を浮かべながら頬に笑みを浮かべた。見事なまでの泣き笑いである。
彼は、近付く私を見上げながら、言い訳をするように呟いた。
「君が、俺に心酔していないことは分かっていたさ。ヘレナと同じようにね……だが、あんまりにも君が美しいものだから……」
彼の眼前にまで来た私は、実体化させた魔力刃を静かに肋骨の隙間へと滑り込ませ、イスラエル・レカペノスの心臓を正確に貫く。
「私も、アンタのことが結構好きだったわ」
しかし、私は世界中の皆と幸せになるために奮励努力すると決めた。
そして、その邪魔をする奴は殺すとも決めている。
「死ね。その死を以て世の幸福の糧となれ」
魔力刃を引き抜くと、開いた傷口から滝のように血液が溢れ出し、加速度的にイスラエル・レカペノスの身体から熱が失われてゆく。
私は、虚ろへ消えゆく彼の命を胸に抱き寄せた。
「ああ……こんなにも美しいものがあるのなら、俺は……俺は……」
その先を最後まで言い切ることなく、イスラエル・レカペノスは私の胸の中で息絶えた。
「やあ、リン」
「こんにちは」
今日は天気も良いし、時季も良い。
「死ぬには良い日ね」
私はイスラエル・レカペノスの向かいに用意されていた椅子へ腰掛けた。もはや、私と彼を妨げるものは何もない。ならば、ここで最後に語らうのも良いだろう。彼も、そのつもりだろうから。
「なぜだ? なぜ、クーデターを起こした? 俺はこんなにもこの国の……いや、人類の発展を願っているというのに」
イスラエル・レカペノスが、そんな風に分かりきったことを聞いてくるものだから、私もまた分かりきった答えを口にした。
「それが、『嘘』だと分かってしまったから」
所詮、イスラエル・レカペノスという男は、〝思想〟に殉じる正義の体現者ではなく、我儘に支配された俗人に過ぎないのだと分かってしまったから。
この世に正義など存在しないと、魂の奥底で理解らせられてしまったから。
あの時、イスラエル・レカペノスの胸に抱かれた時、私は彼の瞳に交じる狂気以外の何かの正体を知った。
それは――欺瞞だ。
彼の中に偽りが存在していることを理解した私は、悲嘆するでも憤怒するでもなく、ただただ天啓を得た時の衝撃に耐えていた。
「私って、結構他人に遠慮してたところがあると思うのよ」
「……どこが?」
「私には〝思想〟がない。だから、国を導くとか、民を導くとか、そういう大層な仕事は〝思想〟を持つ高尚な人間にこそ相応しいものだと思ってた。欲に塗れる下卑た私には、その資格がないと」
でも、違った。
「私はもっと我儘になって良いんだって気付いたのよ」
この世の中が気に食わないのなら、私の思い通りになるよう努力するしかない。これはヨナちゃんが教えてくれたことだ。けれども、彼女には〝力〟がなく、私にはあった。
そして、そうしても良いのだと教えてくれたのは、他でもない――イスラエル・レカペノスだ。
「アンタは、この国の発展なんて欠片も望んでない。ましてや、人類の発展だなんてものは」
イスラエル・レカペノスは、その相貌に薄笑いを浮かべる。
「――どうして、バレたんだ?」
「勘、それ以外にない」
後から根拠と思しきものはいくつか見出すことができた。しかし、最初に気付くことができた理由は勘としか言い様がない。
或いは、私の才能が教えてくれたのかもしれない。
人望の才能とは、言い換えると演技の才能でもある。他人の望む姿を魅せることができる才能。ゆえに、彼の欺瞞を見抜くことは容易でない筈だ。
しかし、私の勝利の才能もまた、別の言い方ができる。それは観察の才能。生きるか死ぬかの極限状態に身を置き、対手の動きを観察し続けてきた私の眼が、彼の欺瞞を見破ったのかもしれない。
イスラエル・レカペノスは開き直ったように大笑いした。
「くくっ……はっ、はははははっ! そうさ、全て嘘っぱちだよ」
どうやら、彼はもう観念したらしい。
それもその筈、既に時季は私に味方している。先だって、新聞を通して私の帰還が大々的に発表されたが、その反応は好意的なものが9割超。民衆は、帰ってきた私に何かを期待しているようだった。
それは、彼らの中にも確固たる形としてある願望ではない。しかし、確かに存在はしている。時季を読むことに長けるイスラエル・レカペノスは、恐らく民衆たち本人よりも彼らの望みに詳しいだろう。
そして、私もまた理解している。
彼は時季に逆らい計画を前倒しした。そうせざるを得なかった。
しかし、私は時季の到来を辛抱強く待った。待つことができた。
その差こそ、唯一にして絶対なる勝負の分かれ目だ。
敢えて言おう。
時代が希求したのだ。――私の勝利を。
「なあ、遺言代わりに聞いてくれないかい? 俺の本当の望みを」
唐突にイスラエル・レカペノスはそう切り出した。
私は少し逡巡したが、時季がこちらにあることを理由に、そのまま喋らせてやることにした。
「そうさせて貰おうかしら。このまま殺すのもつまらないと思ってたところよ。語りたいというのなら、どうぞご自由に。もしかしたら、私を感化させられるかもしれないわよ?」
「ふっ……それはいい」
イスラエル・レカペノスは眼を閉じて、頭を椅子の背もたれに預けさせた。そして、徐に口から息を吸い込み静かに語り出す。
「あれは俺が二十歳になった時だったか――」
二十歳になったイスラエル・レカペノスは、大学の休暇を利用してイリュリア王国を訪れた。見識を深めるためというのが表向きの理由だが、実際のところは『逃避』の旅だった。
〝人界〟の覇者を気取る醜悪な怪物――人間なる種の計り知れない生き汚さに、イスラエル・レカペノスは心底嫌気が差していた。
暴力、詐欺、窃盗、恐喝、汚職……人間社会に蔓延る悪徳の数々。
誰もが、してはいけないことだと知っている筈だ。
なのに、なぜ、どうして……皆、綺麗に生きられないのか。
「人間の愚かしさをこれ以上見続けることは耐え難い苦痛だ」
豪商である父親にそう言い放ち、イスラエル・レカペノスは家出同然で生家を飛び出した。
あてどない旅だった。
まず、父親が遣わせた追手を振り切るために国境を越えようと考え、母国アルゲニア王国の隣国、イリュリア王国へ向かった。次に、都会のごみごみした喧騒を嫌ってなるべく田舎の方を目指した。そうして流されるように辿り着いた場所で、イスラエル・レカペノスは予期せぬ戦闘に巻き込まれた。
原因は、イリュリア諸侯派に属する現地将校の暴発だという。
だが、そんなことはイスラエル・レカペノス含む現地の民間人に取ってはどうでもいいことだった。くだらない理由だろうと、高尚な理由だろうと、殺されては堪らない。巻き込まれることを恐れた彼らは、住処を捨ててイリュリアの内部へと避難した。
そこで、イスラエル・レカペノスは人間という種が秘める『美』に出会う。
「ああ……美しい」
イスラエル・レカペノスの眼には、迫り来る死の恐怖など微塵も映っていなかった。ただただ、生き残ろうと足掻く人間たちが、全身より放つ『美しさ』だけを捉え続けていた。
そこは嘘のような『理想郷』だった。
避難民たちの形成するキャンプでは実際、盗人すらもいなかった。彼らは直面した苦難に真っ向から相対しながも曲がらず、共に助け合いながら逞しく『生』を営んでいた。
「やれば、できるじゃあないか」
人間という種は、まだ堕落し切ってはいない。
その光景に希望を見出したイスラエル・レカペノスは、積極的に避難民たちと交流を深めてゆく。そして、大学で得た知識を活かし、避難民たちの生活が改善されるよう働きかけた。
水の浄化方法を教え、軍隊と避難民の間に起きた諍いの調停をし、法を整備し、救援物資が円滑に行き届くよう有志を募って互助会を組織した。
イスラエル・レカペノスの持つ人望の才能が開花したのは、正にこの時である。
だが、悲しいことに彼は優秀すぎた。時季を無意識的に理解し、統率のために利用するほどに。
必然的な余裕が避難民たちの間に生まれると、イスラエル・レカペノスが嫌悪した人間の『堕落』が再び蔓延し始めた。
「なぜだ……まさか、足りないというのか? この程度の苦境では」
一度、見出した『美』を手放すことなど、イスラエル・レカペノスには出来なかった。
では、どうすべきか。その方法も既に分かっていた。
この戦争を通じて、避難民の中に混じる民宗派とも、現地調査に来ていたリンの父であるペールとも接点を得ていた。まるで、運命が斯くあれかしと執り成したかのように。
そして、イリュリアという国に渦巻く政変の兆し。
イスラエル・レカペノスは、革命の気配を世界で最初に読み取った男だった。
「――時季は来る」
各地に散らばり組織の体を成していなかった民宗派を纏め上げ、ペールを中心に体系的な研究を始めさせ、ルクマーンという天才の誕生を経て、イスラエル・レカペノスは遂に目的を実現させる手立て――大門へと辿り着いた。
「しかし、ヘレナやリンのような天才に阻まれ、ご覧の有様という訳だ」
恐らく、この男は大門を開いた後のことをロクに考えていなかったのだろう。そこが、イスラエル・レカペノスの上がりだったのだから。道理で、私が『五年を耐え忍べば良いだけだ』と言った時に、欠片の反感も抱かなかった訳だ。
制限なしに大門を解き放てば、たちまち〝人界〟と〝魔界〟の魔力濃度が一定となり、知性なき魔物のみならず不逞なる魔族までもが続々と〝人界〟へ進出してくるだろう。
それこそ、人間が再び経験することになる最大の苦境に違いない。
ということは、恐らく原種対策をするつもりもなかった筈だ。彼の〝思想〟に嘘がないのなら、そんな繊細な処置を施す必要がない。
民衆に計画を隠していた理由はその事実を隠蔽するためだろう。公の前で計画を進めれば、民宗派残党だけで内々に事を進めるということが難しくなる。そうなれば、早晩、イスラエル・レカペノスの嘘が知れ渡ることになった筈だ。五年という長い時間を要したのも頷ける。
屑には違いない。
イスラエル・レカペノスは、己の願望を実現せんとするために全世界を躊躇なく巻き込もうとしていた人間の屑。
ヘレナが、皆が、どんな〝思想〟を抱いて生き、そして死んでいったか。そのことを思えば、自分本位を極めるイスラエル・レカペノスなる男は即座に誅して当然だ。
しかし、なぜだろう。
こんなにも、心の底から感謝が溢れてくるのは。
「――ありがとう」
一緒だ。
ヘレナも、皆も、イスラエル・レカペノスも、一緒なのだ。
イスラエル・レカペノスに〝思想〟なんてない。
あるのはただの傲慢な〝我儘〟だけだ。
そして、それはあのヘレナも一緒だということに私は気付いた。所詮、正義も悪徳も、全て〝我儘〟の産物に過ぎないのだと。
他人を殴りたいから殴り、殺したいから殺し、奪いたいから奪うことが〝我儘〟なのであれば、他人を守りたいから守り、救いたいから救い、愛したいから愛すこともまた〝我儘〟なのだ。
正義を全うしたいから全うすることは、欲望のまま悪徳を極めることに似ている。どちらも、そうしたいからそうしているという点において。
そのことに気付かせてくれて、ありがとう。
「そして、死ね」
私は平和が好きだ。
私は闘争が好きだ。
私は人間が好きだ。
「この世界は不完全かもしれない。人間は堕落しているのかもしれない。しかし、だからといって私はこの世界も、人間も、見限るつもりはない」
「なぜだ……? なぜ、愚かな人間をそうまで愛せる!?」
「決まっているでしょう」
私は椅子から腰を上げながら、広く世に宣言した。
「私という崇高なる存在を生み出した人間が素晴らしくない筈がない」
イスラエル・レカペノスは少しポカンとした後、眼に涙を浮かべながら頬に笑みを浮かべた。見事なまでの泣き笑いである。
彼は、近付く私を見上げながら、言い訳をするように呟いた。
「君が、俺に心酔していないことは分かっていたさ。ヘレナと同じようにね……だが、あんまりにも君が美しいものだから……」
彼の眼前にまで来た私は、実体化させた魔力刃を静かに肋骨の隙間へと滑り込ませ、イスラエル・レカペノスの心臓を正確に貫く。
「私も、アンタのことが結構好きだったわ」
しかし、私は世界中の皆と幸せになるために奮励努力すると決めた。
そして、その邪魔をする奴は殺すとも決めている。
「死ね。その死を以て世の幸福の糧となれ」
魔力刃を引き抜くと、開いた傷口から滝のように血液が溢れ出し、加速度的にイスラエル・レカペノスの身体から熱が失われてゆく。
私は、虚ろへ消えゆく彼の命を胸に抱き寄せた。
「ああ……こんなにも美しいものがあるのなら、俺は……俺は……」
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
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