Defense 完結 2期へ続く

パンチマン

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ハーグスの死闘

兵士の日記

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あの春季攻勢から数ヶ月が経過した。今はすっかり暑くなっている。あれから戦線に動きは見られない。ジェネッサの攻勢が数回あったが、いずれも大きな損害を出しただけで終わった。ここまで来るとこちら側の陣営は疲弊しきっていた。多分ジェネッサの方もそうだろう。私の身の回りも目も当てられないほどに意気消沈していた。
 生き残りの熟練部隊員らも麓に降ろされ、次の攻勢の突撃部隊員に任命されるのは目に見えていた。塹壕内での会話も以前と比べるとめっきり減っていて戦場には銃声と砲撃の轟音だけが1人響いていた。
 たった数ヶ月の間で中間地帯は死体で埋め尽くされ、当初は異様な臭いに悩まされていて、最近でも度重なる雨と夏の日差しせいで腐敗に勢いをかけてしまっている。そのおかげでこの異様な臭いには鼻が慣れてくれそうにも無かった。
 雨は私たちを夏の暑さから守ってくれると同時に害も及ぼした。塹壕内は連日の雨で歩く事もままならず、あっちの方では病人まで出たらしい。それだけではない、1発の砲弾がすくい上げた泥で1人の兵士が溺死したらしい。ここ最近、砲撃が落ち着いて来ている事は分かっていたが、そのような二次被害まであるとは知らなかった。泥で溺れ死んだ奴が気の毒だ。
 ここから本題なのだが、さっきロレーヌから来た高級将校らしき人間が直に次の攻勢を伝えて来た。綺麗な制服を身にまとっていた。その将校が言うには、日国の空挺団と共同して夜襲をするらしい。作戦内容は、私たち地上の歩兵隊員らは夜の闇に紛れてゆっくり慎重に敵の塹壕の目の前に近づいて待機して、空挺隊員らが敵塹壕の後ろ側に降下したのを合図に突撃をするんだとか。正直言って、成功するのかどうか不安でしかない。そんなに上手く挟撃が行くのだろうか。私たちは兵士だ。NOなんて言うことは許されない。いつ実行かは分からないが、恐らく近々だろう。なにせジェネッサの連中はバンクとの戦闘で苦戦を強いられているらしい。ここの戦線にそう時間もかけられないはずだ。敵が動く前にこちらが動く。訓練生時代に学んだ事が正しいはずならきっとそうなるだろう。死ぬ覚悟は出来ている。怖くないと言えば嘘になってしまうが、春季攻勢で死んでいった友を思えば、いくばくかは楽な気持ちになれる。
 ただ、1つだけ悔いがある。それは私の弟の制服姿が見られない事だ。弟は私の唯一の家族だ。両親は1年前に事故で亡くなってしまい、その日以来私と弟と二人三脚で過ごして来た。私はこの日記を書きながら思うのだ。弟は今、日国の難民キャンプで何をしているのだろうと。弟は今私が死にに行く事など知るはずもない。私が死んでしまった後に弟は1人でどのような人生を歩むのだろうかと。弟は昨年の試験で幼い頃からの夢であった首都警察勤務の切符を手に入れた。本来なら今年に弟の制服姿を見られたのだが、戦争によってそれは果たされなかった。それだけが唯一の悔いだ。
 私はこの手紙を身につけて戦場に赴く。そして戦争が終わり、遺体となった私を整理する者がこの日記を発見して後世に伝えてくれると期待している。弟にこんな日記を見せるわけにも行かない。今まで沢山の人間を殺した私の願いを叶えてくれる神がいるのであれば、これだけは叶えて欲しい。

弟に幸あれ。

神よ慈悲を


第15普通科連隊     ピアット上等兵
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