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一章 新世界にて
そして世界は彼女を分類する
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「なるほど。
全く自覚はありませんが、私は三位なのですね。」
話の合間に少しづつ食べていた果物へ伸ばす手が思わず止まる。
まさか自分がそんな大それたものだとは思いもしなかった。
こちらで目を覚ましてからずいぶんと過保護にされていたのは、どこかあの老人の配慮によるものと思っていたのだけれど。
「ただ、御子様。
先ほども申し上げましたが、御身はまだ療養中です。
今はその位階に見合う力をふるうことはできないでしょう。」
そういうことのようだ。
これから先、リハビリをしながら少しづつ学んでいけば使えるということだろうか。
神様よりも位階が上といわれても、持て余す。
自覚もないければ、そんな力でやりたいこともない。
「ええ、わかりましたディネマ。」
止めたフォークをそのまま皿に置く。
やはりある程度食べてみても、満腹を感じることもない。
なら適当なところでと思い、ディネマを見る。
特に何かした様子もなく、机の上からものが消える。
そして今度はティーセットが机の上に現れる。
「ではこの世界にはどのような方がいるのでしょう。
昨日国王様に会いに行った時に、何名かにはお会いしましたが、種族などは全く分かりませんでしたので。」
アマルディアの方を見ながら次の質問をすれば、すぐに答えが返ってくる。
「この城にはオレイザードを筆頭に幽体・霊体種が多くいます。
基本的に幽体種が霊体種の上位です。
オレイザード並びにその側近はほぼ幽体種となっています。」
「二種類だけですか?
それにそのいい方であれば、昨日であった鎧の人も、国王様と同じ種族と、そう聞こえますが。」
アマルディアとディネマはこちらが食事をしている間も、こうして紅茶に口をつけている間も、側に控えている。
私だけが寛いでいることにどこか居心地の悪さを覚えながら、話を続ける。
必要ないといわれているので、おそらく進めても意味がないとそうは思うのだけれど。
「はい、御子様。
この種族に関しては分類が非常に大枠のものとなります。
個として確立しているものが多いため、彼ら自身は個を認識し、種族としての振る舞いをとりませんので。」
「それだと、扉の前におられた方などは困らないのですか?
見た目は全く同じでしたが。」
「困りはしないかと。
そもそもあれは同じ存在ですので。
あの鎧はどちらも同一の個から発生しております。たとえ別の場にいたとしても、一つが得たものは根源に帰り、すべての存在する個に対してフィードバックがなされます。」
「つまり、どういうことでしょう?」
「御子様、こうお考え下さい。
本体は別の場所にあり、この世界で目に見えるものを操作しているのだと。」
アマルディアの説明に問い返せばディネマが補足を行ってくれる。
それでもわかりにくいものではあるけれど。
「申し訳ありません。
今一つ要領を得ません。ひとまずそうであると覚えておきます。
では、他、例えばこの城の外はどうなのでしょうか?」
「場外に出れば、多くの種族がいます。
意思疎通ができ、この国で住民と認められる種族としては、人種、亜人種、精霊種、神霊種。
それと先ほどの、幽体・霊体種の計6種となります。」
ああ、そうか。
聞いてはいたけれど、改めて”ヒト”がこの世界にいると聞くと少し気分が沈む。
どれほど新しい生活に浮かれていようとも、長いこと苛まれていた嫌悪感は、まだ澱のように積もっている。
雪をどけるように、どかしてしまえればいいのだけれど。
「私ども、機械仕掛けのエーテルシリーズは人種。
御子様は、どうなのでしょうか?
幽体種とはなるのでしょうが、神霊種とも言えますし。」
「ディネマ。
御子様が最大の能力を発揮できるのは幽体ではありますが、根は神霊として物質界に下ろされています。
今後解脱を得るなら幽体種、それまでは神霊種となるでしょう。」
さて、少し他の事を考えているうちに大事な話が進んでしまっている。
アマルディアとディネマが人種。
では、なぜ私は彼女たちを受け入れられているのだろうか。
「待ってください、二人とも。
二人は造物主様によって作られた、機械仕掛けといっていませんでしたか?
それなのに人種なのですか?」
質問の仕方は少し遠回りに。
「ええ、御子様。
私たち機械仕掛けのエーテルシリーズは人種です。」
「御子様の中で人種がどのような定義かはわかりませんが、この世界において人種とは神造の生命をさします。
もちろん他にも細かい定義はありますが、ひとまずそのようにご理解ください。」
ここでも常識の違いが。
私たちの世界では人は猿からの進化といわれていた。
神によって直接作られたものではない。
「現状この世界における人種としては、私共ののような神造機械生命、巨人種、神造生命の三種となります。
その他のこのような形を物質界において持つものは他の三種に分類されます。」
「そういえば、アマルディア。
今の基底世界における比率はどの程度でしたか?」
ディネマがアマルディアに尋ねる。
「おおよそですが、亜人種が80、精霊種が10、神霊種が3、霊体種が4、人種が2、幽体種が1ぐらいでしょうか?
厳密な数字は、私よりもオレイザードに確認をとるほうがいいかと思いますが。」
「確か、御子様は猿人種を苦手とされているのでしたか?」
猿人種というのが前の世界で”ヒト”と呼称されていたものなのだろう。
ディネマの言葉にぎくりとする。
背中をやけに冷たい汗が流れる自覚がある。
でも。
避けてほしい。視界に入れてほしくない。出会いたくない。
出会ったら彼女たちに迷惑をかけるほどに、気分が悪くなるだろう。
「ええ、ディネマ。
その猿人種が、私たちの世界で”ヒト”と呼ばれていたものと同一であるのなら、そうです。」
声が震えている自覚がある。
顔色も悪くなっているかもしれない。
「そうですか。
では滅ぼしますか?」
ただ、それよりも告げられたアマルディアの言葉で息が詰まる。
できるのだろう。
文字通りのことが。
「猿人種が最も多いのは物質界ですが、それを滅ぼすのは手間がかかります。
ただ御子様のおられるこの基底界であれば七日もあれば十分です。」
「それは。
その、どの程度の被害が他に出るのでしょうか?」
「いいえ、御子様。
一体ずつ消滅させていきますので、大きな被害が出るのは猿人種が作っている国一つでしょうか。」
非常に、そう。
男前な答えが返ってきた。
「ただ、七日というのは私どもの姉妹のうち戦闘向きのモデルがすべて稼働したうえでの日数になります。
それに具体的な影響、戦略作戦あたりはナンバー06あたりに提案させる必要もあります。
申し訳ないのですが、実際の期間としては1か月ほどをいただきたく思います。」
検討を重ねたうえでも1か月。
提案が魅力的すぎる。
ただ、彼女たちに私の嫌悪を押し付けるのはよくないと。
そういう自制が働く。
「そういう選択肢があると、あなたたちができると。
それが分かっただけで十分です、アマルディア。
私はまだこの世界の猿人種と遭遇したことがありません。
前の世界における”ヒト”に対して同じだけの気持ちを持つのかもわからないのです。
それに同じ出会ったとして、合わずに済むのならそれでいいです。」
理由がいる。
誘惑を断ち切るのに。
言葉を重ねるのは自分に言い聞かせるためでしかない。
別に力を思うがままに振るいたいわけでも、自分のために世界を作り変えたいわけでもない。
そう自分に言い聞かせる。
安らかに。
喜んで。
そういう生が欲しくてここに来たのだから。
「ありがとうございます。ディネマ、アマルディア。
それができるのであれば、どうぞ私が彼らと一度遭遇し、耐えがたいものであれば、出会わなくて済むよう、それを取り計らってください。」
ただ、告げた言葉にアマルディアが少し落ち込んだように見える。
ああ、つまりそういった細かい作業は彼女の苦手とするところなのだろう。
少し慌てて話を変える。
「私が神霊種になるかもしれないとのことですが、神霊種とはそもそもどういった種族なのでしょう?」
「御子様。神霊種とは文字通り、その生を受けるにあたり、上位存在の手が加えられているかどうか、それによって決まる種族です。」
「では、あなた達も神霊種になるのではないでしょうか?」
彼女たちはその発生を誇っているというのに、聞く話はことごとく複雑で。
私の理解力、知識ベースでは、どうしてもこれとあれが相反していることが多いように感じる。
「いいえ、御子様。私どもは物質界における機構を造物主様によってお創り頂いております。
しかしながらこの世界において生命の本質とされる魂はその御業によっては作られていないのです。
他のシリーズにおいては神霊となるものもありますが、少なくとも私どもに関しては人種です。」
理解はあきらめよう。
ひとまず彼女たちの説明をこの世界の常識として覚えよう。
そう思うと少し楽になった。
「御子様。アマルディア。
お話はほどほどに。御子様が徐々に疲れ始めていますので。」
ディネマに言われて、思えば椅子にもたれるように腰掛け始めていることに気が付く。
私が気が付かない私の変化をわかる相手がいるというのはとても安心する。
「わかりました、ディネマ。
確かに疲れを感じ始めているようです。
では、アマルディア、ここでの質問は次で最後にします。」
明確な区切りを設けることにする。
きっとそれが私たちにとっていいことのように思うから。
「人種というのがどういうものかは聞きました。
では、亜人種とはどういったものでしょうか?」
特に亜人種の一つ、猿人種。
これからの生活でおそらく一つの大きなカギになるだろうから。
「亜人種はその他の種が人種の形をとるに至ったものと、そう定義されております御子様。
その祖は、精霊であり、獣であり、神霊でありと、成り立ちは様々ですが、二足で歩き、てに道具を持つことができるもの。
非常に大きな区分としてはそういうことができるでしょう。」
つまり、私たちと見た目が似ていて、既存の種でなければ亜人種と。
わかりやすいような、わかりにくいような。
どうしても実物抜きには理解できそうにない。
それに、大きな区分といっている以上、ほかにも条件があるのだろう。
「御子様の体調が回復されたなら、王都にてそれなりの種類の亜人がいますので、それらを使って説明させていただきます。
数時間いただければ、およそ基底界にいる大体の亜人種はご覧いただけます。」
「そうですか。ではその日を楽しみにすることとします、アマルディア。」
「では御子様、お連れさせていただきます。」
最期といっていたからだろう。
質問を終えると同時にディネマに運ばれ浴室へ。
ディネマは初日のアマルディアのように浴室の外で待つことなく。
体を洗われ、浴槽に入れられる。
水を使っているのに彼女が濡れることが、全くないのことに不思議な気分になる。
問えばおそらくまた理解しがたい説明が返ってくるのだろうと思い、黙ってはいるけれど。
「ディネマ。あなたは私が体調を回復するのにどの程度かかるか、わかりますか?」
浴槽で暖かなお湯につかっている私の髪を洗っているディネマに問いかける。
「御身の足で歩き回れる、その程度でしたら数日でしょう。
ただ、完全に復調するまでとなると私では分かりかねます。」
完全に介護をされいる状態から、自分で歩けるまで数日。
その言葉は非常にうれしく感じるけれど、自分で動けるようになっても、ディネマとアルマディアの私に対する振る舞いは変わらない気がするのも確かで。
「そうですか。それを誰かに聞くことはできますか?」
体調の回復。
魂のありようの安定。
それが目標の一つではあるので、指標が欲しい。
「申し訳ございません御子様。
御身ほど位階が高い方のこととなりますと、それこそ近しい位階の方しか正確には答えられないかと。
私も御身が行為であることはわかるのですが、その全体を理解できてはおりませんので。」
応えに少し残念に思うけれど、明確に彼女たちができないことがあるのだとわかり安心する。
「それと御子様。
先ほど質問は最後と仰せではありませんでしたか?
どうぞゆっくりなさってください。心騒がせばそれだけ完治も遠のくことは間違いないのですから。」
そういわれてしまえば、それ以上の言葉を続けることができるわけもなく。
そのあとはぼんやりとされるがままに。
入浴が終わり、身支度が整えばまるでそこが定位置というかのように、ディネマにはベッドに運ばれる。
不思議と体をベッドに横たえれば睡魔に襲われる。
疲れている。それだけは確かに間違いではない。
眠気に身をゆだねそうになる中、一つ気になることが生まれた。
「本日最後の質問をさせてください。」
そういえばやはりディネマは、言い出したら聞かない子供を見るような。
仕方ないといわんばかりの表情で。
アマルディアは相変わらず表情は変わらないけれど。
少し嬉しそうで。
「そもそも、私は、何故異なる世界にいたのでしょうか?
自分のあり方が合わない世界に、なぜ行くことになったのでしょう?」
ここで生活するだけで回復する。
それほど前の世界が合わなかったというのなら。
恩人が私を助け出す必要を感じたというのなら。
そもそもの始まりはいったいなんだったのだろう?
「申し訳ございません御子様。
私どもはその理由を存じ上げません。」
「姉妹機の中にそういった推測が得意なものがおり、そのものも数日中にお側に控えさせていただきます。
そのものとオレイザードに確認をとってみてはいかがでしょうか?」
では、それを直近の目標としましょう。
長期目標は、恩人の言伝と完治。
短期目標は、亜人の確認と、私が移動した理由。
やることが決まったからだろうか。
自分の中で何かがお確かに落ち着いた気がする。
そしてそのまま自然に瞼が閉じてくる。
「お休みなさいませ、御子様。」
そういったのは、ディネマか、アマルディア化、両方か。
真っ暗な視界と。
ぼんやりとした感覚ではどちらかわからず。
ただ。
昨日と同じように。
ディネマに眠るまでの間。
何か話を聞かせてほしかった。
そんなことを少し残念に思った。
全く自覚はありませんが、私は三位なのですね。」
話の合間に少しづつ食べていた果物へ伸ばす手が思わず止まる。
まさか自分がそんな大それたものだとは思いもしなかった。
こちらで目を覚ましてからずいぶんと過保護にされていたのは、どこかあの老人の配慮によるものと思っていたのだけれど。
「ただ、御子様。
先ほども申し上げましたが、御身はまだ療養中です。
今はその位階に見合う力をふるうことはできないでしょう。」
そういうことのようだ。
これから先、リハビリをしながら少しづつ学んでいけば使えるということだろうか。
神様よりも位階が上といわれても、持て余す。
自覚もないければ、そんな力でやりたいこともない。
「ええ、わかりましたディネマ。」
止めたフォークをそのまま皿に置く。
やはりある程度食べてみても、満腹を感じることもない。
なら適当なところでと思い、ディネマを見る。
特に何かした様子もなく、机の上からものが消える。
そして今度はティーセットが机の上に現れる。
「ではこの世界にはどのような方がいるのでしょう。
昨日国王様に会いに行った時に、何名かにはお会いしましたが、種族などは全く分かりませんでしたので。」
アマルディアの方を見ながら次の質問をすれば、すぐに答えが返ってくる。
「この城にはオレイザードを筆頭に幽体・霊体種が多くいます。
基本的に幽体種が霊体種の上位です。
オレイザード並びにその側近はほぼ幽体種となっています。」
「二種類だけですか?
それにそのいい方であれば、昨日であった鎧の人も、国王様と同じ種族と、そう聞こえますが。」
アマルディアとディネマはこちらが食事をしている間も、こうして紅茶に口をつけている間も、側に控えている。
私だけが寛いでいることにどこか居心地の悪さを覚えながら、話を続ける。
必要ないといわれているので、おそらく進めても意味がないとそうは思うのだけれど。
「はい、御子様。
この種族に関しては分類が非常に大枠のものとなります。
個として確立しているものが多いため、彼ら自身は個を認識し、種族としての振る舞いをとりませんので。」
「それだと、扉の前におられた方などは困らないのですか?
見た目は全く同じでしたが。」
「困りはしないかと。
そもそもあれは同じ存在ですので。
あの鎧はどちらも同一の個から発生しております。たとえ別の場にいたとしても、一つが得たものは根源に帰り、すべての存在する個に対してフィードバックがなされます。」
「つまり、どういうことでしょう?」
「御子様、こうお考え下さい。
本体は別の場所にあり、この世界で目に見えるものを操作しているのだと。」
アマルディアの説明に問い返せばディネマが補足を行ってくれる。
それでもわかりにくいものではあるけれど。
「申し訳ありません。
今一つ要領を得ません。ひとまずそうであると覚えておきます。
では、他、例えばこの城の外はどうなのでしょうか?」
「場外に出れば、多くの種族がいます。
意思疎通ができ、この国で住民と認められる種族としては、人種、亜人種、精霊種、神霊種。
それと先ほどの、幽体・霊体種の計6種となります。」
ああ、そうか。
聞いてはいたけれど、改めて”ヒト”がこの世界にいると聞くと少し気分が沈む。
どれほど新しい生活に浮かれていようとも、長いこと苛まれていた嫌悪感は、まだ澱のように積もっている。
雪をどけるように、どかしてしまえればいいのだけれど。
「私ども、機械仕掛けのエーテルシリーズは人種。
御子様は、どうなのでしょうか?
幽体種とはなるのでしょうが、神霊種とも言えますし。」
「ディネマ。
御子様が最大の能力を発揮できるのは幽体ではありますが、根は神霊として物質界に下ろされています。
今後解脱を得るなら幽体種、それまでは神霊種となるでしょう。」
さて、少し他の事を考えているうちに大事な話が進んでしまっている。
アマルディアとディネマが人種。
では、なぜ私は彼女たちを受け入れられているのだろうか。
「待ってください、二人とも。
二人は造物主様によって作られた、機械仕掛けといっていませんでしたか?
それなのに人種なのですか?」
質問の仕方は少し遠回りに。
「ええ、御子様。
私たち機械仕掛けのエーテルシリーズは人種です。」
「御子様の中で人種がどのような定義かはわかりませんが、この世界において人種とは神造の生命をさします。
もちろん他にも細かい定義はありますが、ひとまずそのようにご理解ください。」
ここでも常識の違いが。
私たちの世界では人は猿からの進化といわれていた。
神によって直接作られたものではない。
「現状この世界における人種としては、私共ののような神造機械生命、巨人種、神造生命の三種となります。
その他のこのような形を物質界において持つものは他の三種に分類されます。」
「そういえば、アマルディア。
今の基底世界における比率はどの程度でしたか?」
ディネマがアマルディアに尋ねる。
「おおよそですが、亜人種が80、精霊種が10、神霊種が3、霊体種が4、人種が2、幽体種が1ぐらいでしょうか?
厳密な数字は、私よりもオレイザードに確認をとるほうがいいかと思いますが。」
「確か、御子様は猿人種を苦手とされているのでしたか?」
猿人種というのが前の世界で”ヒト”と呼称されていたものなのだろう。
ディネマの言葉にぎくりとする。
背中をやけに冷たい汗が流れる自覚がある。
でも。
避けてほしい。視界に入れてほしくない。出会いたくない。
出会ったら彼女たちに迷惑をかけるほどに、気分が悪くなるだろう。
「ええ、ディネマ。
その猿人種が、私たちの世界で”ヒト”と呼ばれていたものと同一であるのなら、そうです。」
声が震えている自覚がある。
顔色も悪くなっているかもしれない。
「そうですか。
では滅ぼしますか?」
ただ、それよりも告げられたアマルディアの言葉で息が詰まる。
できるのだろう。
文字通りのことが。
「猿人種が最も多いのは物質界ですが、それを滅ぼすのは手間がかかります。
ただ御子様のおられるこの基底界であれば七日もあれば十分です。」
「それは。
その、どの程度の被害が他に出るのでしょうか?」
「いいえ、御子様。
一体ずつ消滅させていきますので、大きな被害が出るのは猿人種が作っている国一つでしょうか。」
非常に、そう。
男前な答えが返ってきた。
「ただ、七日というのは私どもの姉妹のうち戦闘向きのモデルがすべて稼働したうえでの日数になります。
それに具体的な影響、戦略作戦あたりはナンバー06あたりに提案させる必要もあります。
申し訳ないのですが、実際の期間としては1か月ほどをいただきたく思います。」
検討を重ねたうえでも1か月。
提案が魅力的すぎる。
ただ、彼女たちに私の嫌悪を押し付けるのはよくないと。
そういう自制が働く。
「そういう選択肢があると、あなたたちができると。
それが分かっただけで十分です、アマルディア。
私はまだこの世界の猿人種と遭遇したことがありません。
前の世界における”ヒト”に対して同じだけの気持ちを持つのかもわからないのです。
それに同じ出会ったとして、合わずに済むのならそれでいいです。」
理由がいる。
誘惑を断ち切るのに。
言葉を重ねるのは自分に言い聞かせるためでしかない。
別に力を思うがままに振るいたいわけでも、自分のために世界を作り変えたいわけでもない。
そう自分に言い聞かせる。
安らかに。
喜んで。
そういう生が欲しくてここに来たのだから。
「ありがとうございます。ディネマ、アマルディア。
それができるのであれば、どうぞ私が彼らと一度遭遇し、耐えがたいものであれば、出会わなくて済むよう、それを取り計らってください。」
ただ、告げた言葉にアマルディアが少し落ち込んだように見える。
ああ、つまりそういった細かい作業は彼女の苦手とするところなのだろう。
少し慌てて話を変える。
「私が神霊種になるかもしれないとのことですが、神霊種とはそもそもどういった種族なのでしょう?」
「御子様。神霊種とは文字通り、その生を受けるにあたり、上位存在の手が加えられているかどうか、それによって決まる種族です。」
「では、あなた達も神霊種になるのではないでしょうか?」
彼女たちはその発生を誇っているというのに、聞く話はことごとく複雑で。
私の理解力、知識ベースでは、どうしてもこれとあれが相反していることが多いように感じる。
「いいえ、御子様。私どもは物質界における機構を造物主様によってお創り頂いております。
しかしながらこの世界において生命の本質とされる魂はその御業によっては作られていないのです。
他のシリーズにおいては神霊となるものもありますが、少なくとも私どもに関しては人種です。」
理解はあきらめよう。
ひとまず彼女たちの説明をこの世界の常識として覚えよう。
そう思うと少し楽になった。
「御子様。アマルディア。
お話はほどほどに。御子様が徐々に疲れ始めていますので。」
ディネマに言われて、思えば椅子にもたれるように腰掛け始めていることに気が付く。
私が気が付かない私の変化をわかる相手がいるというのはとても安心する。
「わかりました、ディネマ。
確かに疲れを感じ始めているようです。
では、アマルディア、ここでの質問は次で最後にします。」
明確な区切りを設けることにする。
きっとそれが私たちにとっていいことのように思うから。
「人種というのがどういうものかは聞きました。
では、亜人種とはどういったものでしょうか?」
特に亜人種の一つ、猿人種。
これからの生活でおそらく一つの大きなカギになるだろうから。
「亜人種はその他の種が人種の形をとるに至ったものと、そう定義されております御子様。
その祖は、精霊であり、獣であり、神霊でありと、成り立ちは様々ですが、二足で歩き、てに道具を持つことができるもの。
非常に大きな区分としてはそういうことができるでしょう。」
つまり、私たちと見た目が似ていて、既存の種でなければ亜人種と。
わかりやすいような、わかりにくいような。
どうしても実物抜きには理解できそうにない。
それに、大きな区分といっている以上、ほかにも条件があるのだろう。
「御子様の体調が回復されたなら、王都にてそれなりの種類の亜人がいますので、それらを使って説明させていただきます。
数時間いただければ、およそ基底界にいる大体の亜人種はご覧いただけます。」
「そうですか。ではその日を楽しみにすることとします、アマルディア。」
「では御子様、お連れさせていただきます。」
最期といっていたからだろう。
質問を終えると同時にディネマに運ばれ浴室へ。
ディネマは初日のアマルディアのように浴室の外で待つことなく。
体を洗われ、浴槽に入れられる。
水を使っているのに彼女が濡れることが、全くないのことに不思議な気分になる。
問えばおそらくまた理解しがたい説明が返ってくるのだろうと思い、黙ってはいるけれど。
「ディネマ。あなたは私が体調を回復するのにどの程度かかるか、わかりますか?」
浴槽で暖かなお湯につかっている私の髪を洗っているディネマに問いかける。
「御身の足で歩き回れる、その程度でしたら数日でしょう。
ただ、完全に復調するまでとなると私では分かりかねます。」
完全に介護をされいる状態から、自分で歩けるまで数日。
その言葉は非常にうれしく感じるけれど、自分で動けるようになっても、ディネマとアルマディアの私に対する振る舞いは変わらない気がするのも確かで。
「そうですか。それを誰かに聞くことはできますか?」
体調の回復。
魂のありようの安定。
それが目標の一つではあるので、指標が欲しい。
「申し訳ございません御子様。
御身ほど位階が高い方のこととなりますと、それこそ近しい位階の方しか正確には答えられないかと。
私も御身が行為であることはわかるのですが、その全体を理解できてはおりませんので。」
応えに少し残念に思うけれど、明確に彼女たちができないことがあるのだとわかり安心する。
「それと御子様。
先ほど質問は最後と仰せではありませんでしたか?
どうぞゆっくりなさってください。心騒がせばそれだけ完治も遠のくことは間違いないのですから。」
そういわれてしまえば、それ以上の言葉を続けることができるわけもなく。
そのあとはぼんやりとされるがままに。
入浴が終わり、身支度が整えばまるでそこが定位置というかのように、ディネマにはベッドに運ばれる。
不思議と体をベッドに横たえれば睡魔に襲われる。
疲れている。それだけは確かに間違いではない。
眠気に身をゆだねそうになる中、一つ気になることが生まれた。
「本日最後の質問をさせてください。」
そういえばやはりディネマは、言い出したら聞かない子供を見るような。
仕方ないといわんばかりの表情で。
アマルディアは相変わらず表情は変わらないけれど。
少し嬉しそうで。
「そもそも、私は、何故異なる世界にいたのでしょうか?
自分のあり方が合わない世界に、なぜ行くことになったのでしょう?」
ここで生活するだけで回復する。
それほど前の世界が合わなかったというのなら。
恩人が私を助け出す必要を感じたというのなら。
そもそもの始まりはいったいなんだったのだろう?
「申し訳ございません御子様。
私どもはその理由を存じ上げません。」
「姉妹機の中にそういった推測が得意なものがおり、そのものも数日中にお側に控えさせていただきます。
そのものとオレイザードに確認をとってみてはいかがでしょうか?」
では、それを直近の目標としましょう。
長期目標は、恩人の言伝と完治。
短期目標は、亜人の確認と、私が移動した理由。
やることが決まったからだろうか。
自分の中で何かがお確かに落ち着いた気がする。
そしてそのまま自然に瞼が閉じてくる。
「お休みなさいませ、御子様。」
そういったのは、ディネマか、アマルディア化、両方か。
真っ暗な視界と。
ぼんやりとした感覚ではどちらかわからず。
ただ。
昨日と同じように。
ディネマに眠るまでの間。
何か話を聞かせてほしかった。
そんなことを少し残念に思った。
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マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
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