ヒト嫌いの果て

五味

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一章 新世界にて

そして世界は彼女を決意させる

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浴室で、このひどい気分が、頭から流れるお湯と一緒に流れていけばいいのにと。
そんなどうしようもないことを考える。

「御子様。外出はいかがでしたか?
 見るからにお疲れの様子ではありますが。」

ディネマに聞かれる。

「楽しかったです。
 見るものすべてが新しく、短い時間ではありますが、言葉を交わす相手もいました。」

彼女たちに非はないのだから。
良いところだけを応える。

「それはようございました。」

ただ、そう。
いいことのほうが確かに多くて。
それでも、気分は確かに沈んでいて。

「ただ、そうですね。
 最後にすこし嫌なことがありました。」

その言葉にディネマはただそうですかと答え、私の世話を続ける。
その後は特に会話らしい会話もなく、ベッドに入れられる。

「明日は国王様と少し話してみたく考えています。」

この世界に来れば多少は治まるだろうと考えていた嫌悪感が悪化している気がする。
そもそもなぜここまでなのかがわからない。
前の世界では抑圧されていたから、そのストレスかと、これまでの話を聞いて考えていたけれど、別の理由がありそうだ。
彼女たちに甘えられるから、わがままになったのかと、そうも思うのだけれど。
そうであるのなら他の種に対しても出てきそうなものであるし。
ワタシの言葉に耳を傾けない、ワタシのことを敬わないすべてに嫌悪感は向きそうなものだし。

「かしこまりました御子様。」

話を聞いている限りでは、彼女たちよりもオレイザードのほうがこの世界に詳しいと思える。
だから彼に聞いてみようとそう思う。
そもそも私は何故、ここまで猿人種を毛嫌いしているのか。
どうにもこの世界に来る前に聞いた説明以上の理由がありそうだ。

一応、側にいるディネマにも聞いてみる。

「ディネマ。
 本日の疲れの原因は猿人種との接触でした。
 私は何故自分がここまで、あれらに対して平静でいられないかがわからないのです。
 ディネマは何か、思い当たることがありますか?」

「申し訳ございません御子様。私では分かりかねます。」

「いえ、誤っていただくことはありません。
 ではやはり、国王様に尋ねてみたいと思います。」

明日の予定は決めた。

「アマルディアではありませんが、猿人種がそれほど心を騒がせるのでしたら、排除されますか?
 滅ぼすのが過剰と思うのでしたら、この国から排斥するのもいいでしょう。」

それを望めば叶うのだろう。

「いいえ、ひとまず先に理由がわかり、軽減させることができるのなら、それで十分です。」

ただ、彼女たちはそもそも猿人種をどう思っているのだろう。
滅ぼす、排斥するがすぐに出てきているけれど。

「あなた達にとって、猿人種とはどのような存在なのですか?
 あまりにも簡単に滅ぼすという提案がされますが。」

「そうですね。
 あまり意識することがない、としか答えようがありません。」

なるほど。
つまり道端にある小石が歩くときにあたったからと気にしない。
歩く道に雑草があれば踏んで歩く。
そういったことなのだろう。

「オレイザードはもともと猿人種ですが、あれも幽体種として猿人種に対して同族としての意識はもっていないでしょう。
 そうですね、そのあたりは確かに明日聞いてみるのもいいでしょう。
 知識としては私たちよりは詳しいでしょうから。」

「国王様はもともとあのようにあったわけではないのですね。」

さて、新しい疑問が一つ。
元ではあるのだけれど、なぜオレイザードには嫌悪感を覚えないのだろう。
区別なくただ嫌っているというのなら、”アレ”をルーツに持つ相手だって嫌いそうなものだけれど。
それともありようとやらが違うから、彼を猿人種と認識できないのか。

なんにせよ、明日聞いてみよう。
その結果がどうなるかは、その時に決めよう。
ただ、気になることが一つ。

「話の内容によっては、また、あなた達に迷惑をかけるのですね。」

それがとても申し訳ない。

「御子様。何度でも言いますが、どうか迷惑などと思いませんように。
 御身は現在療養中。加えて世界のことを何も知らない幼子のようなもの。
 御身が将来得る力を思えば、幼子という言葉すら言い過ぎだと、そのような状態なのです。
 どうぞ今は我らをお使いください。」

悲しくないけれど、涙が出そうで。
布団に潜り込む。

「ありがとうございます。」

その声が震えていたかもしれない。

感じた嫌な気分はすっかりと消えて、暖かな気持ちで眠ることができた。
ただ本当に眠りに落ちる手前、何か暖かな手が触れたような、そんな感触があった。


目が覚めた。
昨晩の振る舞いに少し恥ずかしさを覚える。
こちらに来て、自分のことながらずいぶんと子供のような振る舞いをしていると思う。
前の世界では、すべての他人を嫌っていたせいか、記憶の中で誰かに甘えた記憶などない。
それを取り戻そうとしているのかなと、人ごとのように思う。

「おはようございます御子様。
 さぁ、まずは食事にしましょう。」

そうしてディネマに運ばれる。
応接間には昨日から増えた二人を入れて当たり前のように三人が控えているのかと思えば、イリシアがいない。
視線を巡らせ、探してみると、アマルディアから答えが来る。

「おはようございます、御子様。
 人員の補充がかないましたので、昨夜からイリシアが扉の外で警護を行っております。」

「そうですか。
 城内でそこまでする必要があるのでしょうか?」

「はい、御子様。
 王城だけあって、この施設には御身以外のものも多くおりますので。」

いつか彼女の言いようをなるほどと、一度で納得できるときは来るのだろうか。
過剰ではないかと、そんなことを考えてしまう。

「そうですか。
 アマルディア、クレマディア。昨日はありがとうございました。」

お礼を言いながら、席に着く。
今日はずっとディネマに抱えられているわけではなく、自分の足で歩いている。
数日の事ではあるけれど、ずいぶん久しぶりな気がする。

「それと、アマルディア。
 今日は国王様に会いたいと考えています。」

「かしこまりました、御子様。」

「御子様。この後すぐに向かわれますか?
 それとも、しばらくお休みなってからにされますか?」

そう、ディネマに聞かれて少し考える。

「すぐに向かいます。
 もちろん国王陛下が忙しいようでしたら見合せようとは思いますが。」

「いえ、問題ありません。
 では、ディネマ支度をお願いします。」

「御子様。アマルディアも。
 急く気持ちはわかりますが、まずは食事にしましょう。」

そうして、ディネマによって果物が用意される。
少し気がせくのだけれど、早く終わらせようと思えば、ディネマが促すこともあり、昨日までよりも余分に時間を使い、食事を終える。

その後は機能と同じように少し派手な服を着せられ、今日は髪も丁寧に梳かしたうえで結い上げられる。

「では、御子様。行ってらっしゃいませ。」

これまで生きてきた中でここまで身なりを整えたことがないため、なんだか気後れしてしまう。

「では、アマルディア、クレマディア。お願いします。」

そういえば、アマルディアに抱え上げられ、ドアの外へ。
イリシアもついてくるのだろうか。

「イリシア。昨日はありがとうございました。
 これから国王様のもとへ向かいますが、あなたはどうしますか?」

「そうですか。
 オレイザードのもとへ向かうのでしたら、あまり大勢が向かうのもよくありませんね。
 私はここでディネマの補佐を行いましょう。」

いわれて、そうかと思う。

「わかりました。では後をディネマとともにお願いします。」

そういえば、アマルディアは3日前と同じように廊下を歩きだす。
私には相変わらずよくわからない道を迷うことなく進んでいく。

質問することは決めている。
それでも少し緊張する。

どう聞けば角が立たないだろうか。
オレイザードは私の質問に答えてくれるだろうか。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、見覚えのある鎧が立つ部屋の前に。

「オレイザード。御子様が聞きたいことがあるとのことです。」

そうとだけ扉に向かってアマルディアが声をかければ、扉が開く。
開いた扉の先には、変わらぬ少し派手な服を着たオレイザード。
以前と同じように、書類を手に取り眺めている。

アマルディアとクレマディアが部屋に入れば、以前と同じようにどこからともなく机と椅子が現れる。
アマルディアが椅子に座らせてくれれば、オレイザードから声がかかる。

「これは御子様。
 前にお会いした時から、少し回復されたようですな。」

書類をおきこちらを見て、そう声をかけてくる。

「お仕事中にすみません、国王様。
 本日は数点お伺いしたいことがあり、こちらに来させていただきました。」

「長く生きているだけが取り柄の老骨です。
 どうぞ何なりとお聞きくだされ。」

そういってカタカタと音をたてながら笑う。
その間に以前も見た半透明の方が、紅茶を運んでくる。

以前と違い、今回はオレイザードも飲むようだ。
骸骨が液体を飲むことができるのだろうか。
そんなことを疑問に思う。

「その、お伺いしたいことなのですが、国王様はそもそもなぜ私が以前の世界に行くことになったか、その理由はご存知でしょうか?
 アマルディアたちは知らないとのことでしたので、もし何か知ってらっしゃるのなら、推測でも構いませんので教えていただけますか?」

「ふむ。アマルディア。
 その方らは本当に知らぬのかね?
 事態の収拾にその方らも動いていたはずだが。」

よかった、どうやら何か知っているようだ。
ただ、同時に少々不穏な響きを感じる。
この世界でも最高クラスのアマルディアたちが事態の収拾に動かなければいけない事態が起こったようで。
そんな事件の結果として私は世界を超えたのだろうか。

「どれの事でしょうか、オレイザード。
 この周期に限っても私たちは既に7回ほど我らの偉大なる造物主より役目をいただいておりますが。」

「ふむ。
 私が知るのは一回だけではあるのだが、そんなにもその方らは働いていたのかね。」

「オレイザード。あなたが相応の力を得てからまだ数万年。
 さすがにその短い生で私たちを図るのは無理があるでしょう。」

自分が聞きに来たことよりも気になる言葉が次々出てくる。
数万年の時を短いというアマルディアたちはいったいどれほどの時を生きているのだろうか。
7回も彼女たちが何かしなければいけないということは、それなりに危険だということだろうか。
ひとまずそのまま脱線していきそうな話を、元に戻してもらう。

「国王様の言われている事件というのは、私に関係があるものなのですか?」

「ええ。私の知る限りではありますが。
 事の起こりは今から1万と7千年ほど。
 この身が霊体から幽体への変化を遂げる最中であったため、よく覚えています。」

「ああ、その件ですか。
 当時は”外”で活動していたので実際の事件に関しては知りません。」

「なるほど。
 それにしても、そのほうが外で動く必要があったとは。
 私の思っていたよりもはるかに大事になっていたようですな。」

そういうとオレイザードは紅茶を口に運ぶ。
二人の間には何かの共通認識があるようだ。
ひとまず、話を聞かせてくれるのを待つ。

「さて、御子様。当時、この世界にて一つの試みが行われました。
 それは異なる世界からエネルギーを抽出するというもの。
 試みは半分成功、半分失敗というところです。
 結果としてエネルギーを得るのと同じだけ、この世界からも異なる世界に流出することとなりました。」

具体的に何があったかはわからない。
ただ語られたことからわかることはある。

つまり、あれですか。

ワタシはその実験に巻き込まれて、異なる世界に流出したのだと、そういうことで。

「実験を行ったのは当時の猿人種の国。
 動機などは知りませんが、当時は世界軸が揺れるほどの事態でした。
 また結果として、この世界を4つにわけることになりました。」

そして犯人は猿人種。
それが原因で嫌悪感を覚えているのだろうか。
いえ、よくわからないことに突然巻き込まれて実害を受けたのだから、恨むのはわかる。
それをそんなに長い期間持続させられるのだろうか。

「そうですね。
 近い世界であったならあそこまでの事態にはならなかったでしょうが、何を思ったのか異なる世界軸へつなげようとするとは。
 おかげで穴をふさぐのも、軸の安定を図るのも難儀しました。」

しみじみとアマルディアがそんなことをいう。

「私は、それに巻き込まれて、そういうことでしょうか?」

「そうですな。
 当時巨大な力であるものの、まだ安定を得ていなかった御身が真っ先に他の世界へと補填されることとなりました。
 また、御身は唯一の第二位の御方の世界に根を下ろすことができる”子”でもあったため、軸たる第二位の方が直接的な行動を起こすこととなりました。」

軸というのはよくわからないけれど、例えば何かの土台が直接動くとなれば、それは文字通りその上に載っているものすべてが動くような大事件で。

「結果として当時の猿人種の国は消滅し、また種族全体に呪いが降りかかることと相成りました。
 それでも、第2位の御方の怒りは収まらなかったと聞いていますが。」

「ええ、我らの偉大なる造物主をはじめ、実に多くの方々が説得に当たったと聞いています。」

ああそうか。
ワタシの”親”の怒りも買っていて。
呪われてもいる種族なのか。
根源につながっている。
この嫌悪感はそこからも来て言うのだろう。

「さて、御子様。つまり、かような経緯で御身はこの世界から外れました。
 いまこうして戻られたことを、さぞ第二位の御方も喜ばれていることでしょう。」

「昨日アマルディアに案内してもらい、王都を見てきました。」

話題の転換が唐突だとそういう自覚はある。

「そして、その終わりに猿人種に話しかけられ、非常に強い嫌悪感を覚えました。」

どれほど私の尺度で昔であれ、異なるものにとっては一昔ですらしかないようで。

「私はこの世界で心安くありたいと考えています。」

口をついて出る言葉が少し強くなっている自覚がある。

「仮に私が、私のある生活の場から、この王都から。
 猿人種の排斥を願ったなら、オレイザード国王。
 それは叶いますか?」

「ふむ。
 今すぐにですかな?」

問いかけに、疑問が返ってくることもなく。

「いえ、早ければありがたいですが、何も今日、明日とは考えていません。」

「あまり乱暴でない手段を選ぶのであれば、アマルディアをはじめとした数機の助力を得て1週間ほどをいただきたいですな。」

「御子様のお望みであるなら、力を貸すことに問題はありませんオレイザード。
 可能な限り速やかに、ことを起こしなさい。」

淡々と自体が進んでいく。
うれしいのだけれど少し疑問に思ってしまう。

「その、いいのですか?」

「御子様。第2位の方による呪いは未だに続いております。
 つまり猿人種は未だに許されているわけではないのです。
 その方の”子”がそばにあることを許さぬというのであればそのように。」

さて、これで一つ。

話を聞いて復讐を考えるのかもしれない。

そんなことも想像はしていたけれど。

やはり気持ちは変わらない。

側にいなければそれでいい。

ただ一つだけ気になったのは。

この気持ちが”親”由来だとするのなら、その方の考える側にあることを許さない。

それはいったいどこまでの範囲なのだろう。

世界の軸と、そう呼ばれる方の側はどこまでが側なのだろう。
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