ヒト嫌いの果て

五味

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一章 新世界にて

そして彼女は話し合う ヒト種と亜人種

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ヒト種の長である、あの大きな方と会うために移動した場所には見覚えがあった。
アレを追放すると決めた日に、アマルディアに抱えてこられた場所。
数日しかたっていないのに、なんだかだいぶ前の事のように感じてしまう。

見覚えのある大きな人影が、こちらにゆっくり近づいてくる。
ゆっくりと見えているだけで、歩みは早いのだろうが。
重い地響きとともに、その大きな顔がこちらを捕らえる。

「数日ぶりであるかな。小さく強きアマルディア。それからか弱く幼いミナヅキミヤコ。」

向こうはこちらを覚えてくれていたらしい。
こちらにある程度近づくと、そのまま腰を下ろし、座り込む。
こちらに、いらぬ圧迫感を与えないようにと、そう、心配りをしてくれているのだろう。

座ってもらったところで、地面に足をつけば、見上げるだけなのだけれど。

「数日ぶりです。大きな方。奈落の底より世界の崖を踏破した翁と呼ばれている方。」

そう応えれば、その体躯に見合った、大きな声で笑う。

「そう呼ばれるのは、うれしいものだが、何、いちいち口にするには長かろう。
 ただ、翁。それだけで十分よ。」

それは、正直ありがたい。
面と向かっているときは、そう呼ばせて頂こう。

「さて、ミナヅキミヤコよ、アマルディアよ。この身に用があると見える。
 如何な用かね。それとも、ずいぶんと怪我も言えた様子。外への散策かね。」

さて、この方は目に見てわかる仕事をされている。
あまり邪魔するものでもないだろう。

「はい。私の我がままでこの国から猿人種を追放することを、国王様に認めていただきました。
 その、それで影響がどの程度のものかと、各種の長にお伺いしておりまして。」

そう告げ、アマルディアに抱えられたまま、翁の顔を見る。
人に会うときは、自分の足で立っていたいけれど、幻獣種の方や、この方では、私が自分の足で立てば向こうも目を合わせるのに難儀するだろう。

「ほう。そのことであれば、我々にも通達が来ております。影響といわれましてもな。」

そう呟き、考え込む翁。

「うむ、我が身にはわかりませんな。」

そして、そんな答えが返ってくる。

「その、大丈夫なのでしょうか?」

その答えは、すこし、不安になる。

「小さく幼きものよ、何、難しく考えるほどのこともない。
 我が役目はこの門の守護。猿人種を追放したのであれば、今後はいらぬようにする。
 確かにその役目は増える。しかしそれを問題とせぬために、国王陛下や将軍閣下が動くであろう。
 我が身への影響など、その程度の事よ。」

なるほど。
確かに、門の守護をされているこの方には、直接仕事が増えるのか。
それは、考えていなかった。

「なに、幼子に心配されるのほどのこともない。
 所詮は猿人種。吹けば散らせる程度。むしろ小さい故見落としがないように気を付けるほうが、よほど労を使う。」

確かに、この大きな方が、腕を一振りするだけで、私は枯葉のようになる。

「その、他の人種の方にとっては、どうなのでしょう。
 翁様は、まとめ役とそう聞いていますが。」

そう尋ねれば、大きな方はまたふむと、一つ吐息。

「何、それこそ気にする必要もない。
 気に入らねば出ていくし、そうでなければ、残る。それだけの事。
 我らは種と括られているが、それぞれ全く違うのでな。
 我が氏族も、今この国には我一人のみ。各々好きに生きておる。」

成程。
この方も、実に鷹揚な方らしい。
何というか、長、といわれると、前の世界で、何かにつけて一から十まで煩い、そんな印象が。

そのことを考え、ふと、気になった。
思い返すのも嫌だったのに。
自らああいった終わりを迎えるほどに、嫌だったのに。
嫌悪感は残っているけれど、前ほどではない。

自分の試行に驚いていると、翁は不思議そうに首をかしげている。
申し訳ない。

「申し訳ありませんでした、お仕事中でしたのに。」
「なに、飾りとして立つ以外は、国のものとの雑談が職務。
 これも仕事のうちよ。久しく国外のものがこの門を超えておらぬしな。」
「そうなのですか?」

それは、すこし、驚いた。

「うむ。見渡す限りの平原。最も近い他の国までは、私の足では二月かかる。」
「そんなにですか。」
「うむ。われの知らぬ間に、近くに国が興っていればその限りではないがな。」

なるほど。
私の足で二ヶ月であればすぐそこだろうけれど、この見上げる大きさの方の足で二ヶ月。
さぞかし遠いのだろう。

「その、いろいろ説明していただき、ありがとうございました。」
「なに、構わぬよ。ではな、小さく強きアマルディア。幼くか弱きミナヅキミヤコ。
 少し良くなっていると見えるが、まずは何よりも傷を癒すがよい。」
「ええ、そちらもどうぞ、ご健勝で、奈落の底より世界の崖を踏破した翁様。」

私のせいで、仕事が増えるという方に、初めて会った。
特に気に留めてはおられないようであるけれど。
どうぞ、お気をつけて。けがなどないように。
そんなことを考えて、見送る。
その際、こうすれば、と閃くものがあった。

なんだろう、こう、自分に糸のようなものがつながっていて、スイッチのようなものがあって。
それを引くとか、そういった。
不思議な感覚。
まぁ、とりあえずと、引いてみる。入れてみる。

ぐっと体が重くなった気がする。

「御子様、大丈夫ですか?」

アマルディアから声がかかる。
体を少し重たく感じる以外に、特に変わったところはない。

「ええ、少し疲れのようなものを感じるくらいです。」
「どうしましょう?本日はお休みになりますか?」

ディネマにそう聞かれる。
数回手を握ってみる。
大丈夫、特に問題は無さそう。
何かあったとしたら、翁様の方だろうけど、彼はこちらに振り替えることなく歩いている。
何かあったような気がしたけれど、何もなかったのだろうか。

「大丈夫です。あと一方ですし、今日中にお会いしましょう。
 それと、先ほど、私が、こう、何かしたかと思いますが、何か起こっていたのでしょうか?」
「ええ、御子様はあの翁に加護を与えましたわ。
 もっとも、御子様はまだ型が決まっておりませんので、わかりにくいものですが。
 ただ、庇護下にあることになりますので、わかるものが見れば、あの物を無下に扱うことはありませんわ。」

そういうことらしい。
言われても、実感がない。
それに、加護を送るというなら、いつも私の側で世話をしてくれる、この子たちが先では。
そんなことを考えれば、今度は眩暈。

「御子様。私どもは偉大なる造り手様に紐づいておりますわ。
 無理に加護をいただく必要はありません。頂けるなら有難くお受けさせていただきますが、今の御身ではまだ難しいことでしょう。」

エウカレナがそう言葉をかけてくれる。

「ええ、では。できるようになったら皆受け取ってくれるとありがたく思います。
 できることで、少しでもお返ししたいですから。」
「御子様のお言葉有難く。
 さぁ、それでは残る亜人種のもとへ向かうといたしましょう。
 そのあと、ゆっくりお休みくださいましね。」

その言葉に頷けば。
また、周りの景色が変わる。
これまでの屋外と違って、ここはどこかの部屋の中のようだ。
豪華な内装が目に入る。
ひときわ大きな机には、鎧を着たライオンと、そう表現するしかない方が座っている。
この方が亜人種の長、ということらしい。

「これは、御子様。アマルディア様。
 このような場所に、如何なる御用でしょうか?」

室内だからか、より一層声が重く響く。
思わず身を固めてしまう。
そしてすぐに、アマルディアが何かする前にと、声を出す。

「はい。私が国王様に願い出た、猿人種の追放に関して、問題が起こっていないかと。」

そう告げれば、目の前の日とは困ったように笑う。
ライオンなのに表情がよくわかる。
不思議な感じ。

「ふむ。困ったといえば、確かに書類仕事が増えましたが、なに、その程度。
 御身が気になさるほどのものではありますまい。これも我の職分です故。」

そう応えるのに、少し困った顔ということは。
目の前の方は、ひょっとするとあまり、机仕事が好きではないのかもしれない。

「その、それは、申し訳ありません。」
「いえ、謝罪いただくようなことではありませぬ。
 生来、野を駆け敵に爪を突き立てることを好んでおります故。
 どうしてもこういったことが苦手でしてな。」

やはりそのようだ。
応えて、大きく笑うライオン。
ずらりと並んだ牙がのぞき、ついついびくりとしてしまう。

「いや、失礼。淑女の前で大口を開けるなと、何度も言われておるのですが。
 さて、せっかくアマルディア様にも足を運んでいただいております故、確認をさせていただいても宜しいでしょうか?」
「ふむ。何ですか?」
「いえ、アマルディア様方だけでなく、さまよう原初の火、導きと惑わしたるお方も手を貸して頂けると伺いました。
 であるならば、猿人種をまとめて境界門まで送ってはと、そういう話が出ているのです。」
「あのお方の権能を使えば、私たちの助力などいらないでしょうに。」
「何分、国から一人残さずとなると、小回りも必要です故。」
「まぁ、わかりました。私たちは問題ありません。」
「感謝いたします。」

知らない呼称が出てきた。
まぁ、今は置いておこう。

「その、どの種族の長の方も、ずいぶんとあっさり納得してくださいますが、亜人種の皆様も?」

ついつい疑問に思ってしまう。
嫌なことをお願いするのは、嫌だな。
その程度には思う。

「ふむ。私は長く生きているから長というわけでもなく、肩書故にまとめ役も兼ねていますが。
 まぁ、文句が出ているのは猿人種からだけですな。」

そういって、ライオンさんはこちらに紙の束を数度振って見せる。
あれが増えた仕事の一部だろうか。
申し訳ない。

「気に入らなければ、国を出ればいい。それ以外の感情は私にはありませんし、他の種族も同様でしょう。
 そもそも我らは間借りをしている身。国王陛下がお決めになったことに、逆らうならば、陛下の治める場より出ればよい。それだけのことでしょう。」
「それは、その。」
「なに、陛下とて我らの言葉を聞く耳は持ってくださっている。出なければこれほど大きな国には、なっておりません。
 そもそも、陛下が己の目的たる探求を行うには、国に関わる全ては不要なこと。
 それでも、雑事をこなして頂いている。その恩義に答えぬというのなら、国を出るしかないのです。」

わかるような、わからないような。

「まぁ、個人的に親しくしているものたちは、猿人種と共に国を離れる事にするでしょう。
 実際、いくらかはそういった話も聞いております。
 その程度ですよ。ここに住めぬからと、他に住めぬでもなし。
 我らの氏族であれば、おのが身一つで森に入れば、生活に困るものでもありません。」

そういうことらしい。
私の感覚とは、全く違う感覚をどなたもお持ちのようだ。
まぁ、ここまで見た目も違うわけだし。

「わかりました。お忙しい中ありがとうございます。」
「いえ、ご足労頂きありがとうございました。
 おかげでこちらも一つ仕事が片付きました故。」

では、戻りましょう。
そうアマルディアに声をかければ、いつもの部屋に。

「お疲れ様でした、御子様。」

そうして、アマルディアに椅子の上に下ろされる。
そうすると、なんだろう。
気が付かなかっただけで、やはり疲れていたみたいで。
背中を預けてしまう。

「御子様。やはりお疲れのようですね。
 本日はこのまま、ゆっくりとお休みください。」

ディネマにそういわれる。
彼女はこちらが椅子に座ると同時に、身に着けていたアクセサリーを外し始めている。

「ええ、思ったよりも疲れていたようです。」

そう、声に出して認めてしまえば。
思わずため息。

「ええ、そうでしょうとも。
 明日からは、どうなさいますか?」

さて、目的はもう達成してしまった。
どうしよう。
そう、考え、約束を思い出す。

「ええと、体調が良ければ、イグレシア様とまたお会いしようかと。
 次の機会に遊びましょうと言いましたので。」
「御子様。あの方と遊ぶのもよいですが、御身も力をある程度振るえるようになりましたので、少しお勉強の時間を頂けません事?」

そう、エウカレナに言われる。

「特に自覚してのことではなかったのですけれど。」
「ですから、なおのことですわ。」

そういうことのようだ。

「わかりました。では、お願いしますね。
 イグレシア様と遊ぶのはそのあとにしましょうか。」

ひとまず、今日はここまで。

話しているうちに少しづつ眠気が。

そんな中、ふと考えてしまう。

誰かと遊ぶ約束。

そんなものを自分から口にして、楽しみにしている。

本当に初めての事ばかり。
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