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7 キミには立派な才能がある!

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 青い鳥が描かれたカードをぼくに渡して、窓枠に体をあずけるサツキくん。
 かろうじて、動揺を声に出さないように耐えることができた。
 占いどころか何の才能もないぼくに、代役なんて務まるわけがない!
 っていうか、占いなんて、そもそもどうやってやるんだ!?
「えっと……」
 不安そうな松原さんと目が合い、心が痛む。
 どうにかしてあげたい。
 彼女の悩みを解消してあげたい。
 でも、一体なんて言えば……!
 ――コツ、コツ。
 静かな空間の中、扉の向こう側の廊下から、足音がひびいた。
  松原さんと一緒に帰るために待っている秋本くんが、廊下をうろうろしているんだろう。
 ふと、渡されたカードが目に入る。
『青い鳥』……。
 松原さんに恋心を気づかれない幼なじみ……。
 ――あ。
 脳内で、パズルのピースがあるべきところへ、かっちりとハマった感触がした。
 ぼくはカードの絵柄から、松原さんに視線を戻す。
「――背が高くても恋愛ができるのか、という相談でしたね?」
 ぼくはさっきまでサツキくんが座っていた椅子に腰を下ろし、松原さんと向かい合う。
 うつむきがちになっていた松原さんが顔を上げた。
 ぼくは、サツキくんに渡されたカードをテーブルの上でひっくり返し、『青い鳥』のイラストを彼女に見せる。
「このカードは、幸せは近くにあるということを示しています」
 松原さんは、目をパチクリさせた。
 ぼくの言葉の意味を飲み込もうとしている。
「それって……」
「あなたを想っている──あなたに恋心を寄せている男子は、意外と近くにいるかもしれませんよ」
「そ、うですか……」
 松原さんのひとみに、涙がたまっていく。
 それから、
「わたしのこと、好きな人、いるんだぁ……」
 ふにゃりと、力の抜けた笑みを浮かべた。
 ぼくもつられて、笑顔になる。
 松原さんは目尻にたまった涙を、人差し指でふいた。
「ありがとうございます、青い鳥、探してみます」
 不安が溶けた様子の彼女は、椅子から立ち上がる。
 ぺこり、と軽く頭を下げ、部室から出ていった。
 閉められたドアの向こうから、話し声が聞こえてくる。
「終わったよ、帰ろう、綾太」
「おう」
 二人分の足音が、遠ざかっていった。
 松原さんは帰り道についたようだ──『青い鳥』と一緒に。
「……ふぅ」
 緊張が解け、ぼくは椅子の背もたれに崩れ落ちた。
「やっぱりキミ、占いの才能あるよね」
 ぐったりしたぼくを、サツキくんがニコニコと覗き込む。
「占いなんて、してないじゃん」
「ボクも占いはできないよ」
「えっ!?」
 ぼくは思わず椅子の背もたれから体を起こした。
 だって、タロットカードばらまいて、あんなにかっこよく決めてたのに……!?
「タロットカードは自作だし、ばらまくのは演出。占いと引き換えに誰かの秘密をもらって、情報を集めて、そのデータから相談内容に合う解決方法を予想して伝えているだけ。……ね? 今、如月くんが彼女にやってあげたことと同じ」
「な、なるほど……」
 ……だから占いの条件が『他人の秘密を教えること』なのか。
 納得しかけたけれど、何かが引っかかる。
 ……ん?
 待てよ、ということは、
「サツキくんの頭には、全校生徒の情報が入ってるってこと……?」
「そうだよ」
 とんでもないことを、サツキくんはなんでもなさそうにさらっと答えた。
 ぼくはおそるおそる聞く。
「……サツキくんって、もしかしてめちゃくちゃ頭良い……?」
「学年一位ではあるよね」
 学年一位……!?
 ぼくはびっくりして、金魚みたいに口をぱくぱくさせることしかできない。
 優秀な頭脳を持つ彼は言う。
「ねぇ、占い研究部に入ってみない?」
 サツキくんのお誘いに、ぼくは素直にうなずけなかった。
「でも、ぼくに才能なんて──」
 ──才能がない。
 何事においても。
 それが、ぼくが今までの人生で見つけた結論だから。

「いいや! キミには立派な才能がある!」

 諦め切っていたぼくに、彼は自信満々に言い放つ。
 長い黒髪のウィッグをなびかせて、女子制服を着て。
「こんなぼくに、才能……?」
「そう!」
 聞き返すぼくに、女装した彼──サツキくんはうなずく。
「君には才能がある。周りをよく見る才能、人の気持ちに寄り添える才能、そして優しさ――全部、占いには欠かせないものだよ」
 才能の塊みたいな人に、才能があると言われた。
 人生で一度も言われたことのない言葉――一番言われたかった言葉。
 そしてサツキくんは、人差し指をびしり、とぼくに向けた。

「キミの才能を、ぼくが証明してみせよう!」

 ぼくは目を見開く。
 自分の才能のなさは、誰よりも、何よりも、ぼく自身がわかっている。
 だけど……。
 目の前のサツキくんは、腰に手を当てて胸を張っている。
 まるで、自分が正しいと信じて疑わないかのように。
「……じゃあ、証明してもらおうかな」
 思わず、口の端っこから笑みがこぼれる。
 あまりにも自信たっぷりに断言するものだから、ぼくもその言葉をちょっとだけ信じてみたくなったのだ。
「そうこなくっちゃ!」
 サツキくんはぼくに手を伸ばす。ぼくもその手を取った。
 何もないぼくも、なりたかったんだ、きっと。
 物語の主人公に。
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