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19 部活に行くの、やめる
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「やめろ、音無!」
ぼくにつかみかかろうとした音無先輩だったが、背後に回った弥生くんが、彼女の脇の下から腕を通し、ガッチリと拘束した。
「神崎……! テメェ、離せよ!」
弥生くんの羽交い締めから抜け出そうと、音無先輩が暴れる。
しかし。男女の力差では敵わない。
みのるくんの手を借りながら、ぼくは何とか起き上がった。
サツキくんが、ぼくと音無先輩の間に立ちはだかる。
「キミが森下を殴るのはお門違いもいいとこだよ。森下を殴る権利があるのは、彼に二股されている女の子たちだけだ」
それでも、殴ったところで何も解決しないけどね、とサツキくんは付け足す。
小柄なサツキくんよりも背の高い音無先輩は、弥生くんに拘束されながらも強気な態度でサツキくんに怒鳴りつけた。
「その彼女たちが気づいてねぇなら、あたしが代わりに殴ってやったっていいだろ! 妹がそんなクズ野郎を好きなら、姉が成敗しても文句はないはずだ!」
「だから、殴ったって何も解決しないんだよ! 乱闘騒ぎか傷害事件で問題になるだけだ!」
感情が昂っている音無先輩より、さらに大声をサツキくんは被せた。
「キミがやるべきことは、森下を成敗することじゃなくて、妹さんに、クズ男への片想いはあきらめるように説得することだろ!」
「…………っ!」
サツキくんの叫びが届いたのか、音無先輩は急に電池が切れたように大人しくなった。
「……あたしの家は」
音無先輩がぽつり、と話し始める。
「両親が滅多に家に帰ってこなくて、金だけ置いてって、抜け殻みたいな家なんだよ……。妹だけなんだ、本当の家族は……だから、だから……!」
音無先輩がぎり、と歯を食いしばり、涙がこぼれ落ちる。
「妹だけには、幸せになって欲しいんだ……!」
「…………」
弥生くんの目が細くなる。
きっと、弥生くんは、ぼくに対しても同じような感情を持っているんだろう。
「……妹さんが、大事なんですね」
ぼくは音無先輩に近づく。
まだ熱を持っている殴られた頬を押さえながら。
「大事な妹さんから、悪い虫を遠ざけたい気持ちはお察しします」
「……お前に、何がわかるってんだよ……」
ぼくは音無先輩のように、絶対に幸せになってほしい誰かがいるわけじゃない。
ぼくは、どちらかというと、音無先輩の妹さん側の立場だ。
──今まで、ずっと、弥生くんに大事にされて、守られてきたんだから。
「ぼく……じゃなかった、わ、わたしは、弥生くんの従兄弟です。彼に、ずっと甘やかされて守られてきました。でも、中学生になったら、自分の部活は自分で決めました──自分のことがわかってきたから」
ぼくには才能がないって。
サッカー部になんて、マネージャーでも入れないって。
「……だから、それと何の関係が……」
「妹さんも、いつまでもお姉さんの守られていたいわけじゃないです。自分のことを知って、自分で行動する年齢と思うんです、わたしみたいに」
「…………」
音無先輩は、黙って聞いている。
「でも、まだまだ経験不足で間違えたりもします。そのとき、大事なのは、きっと音無先輩が力づくで、環境を作ってあげることじゃなくて……妹さんがいつか、応援したくなるような恋ができるように、たくさんお話をすることじゃないでしょうか?」
「…………」
もう、守られてばかりじゃなくて、自分の意志で行動したいんだ。
それでも、間違っているなら、教えてほしいと思ってるはず。
自分が正しいと思っているなら、それを見てほしいと思っているはず。
話し合えば、きっとわかり合えると思うんだ。
──姉妹なら、なおさら。
「……わかったよ」
音無先輩が小さくつぶやいた。
弥生くんはそれを聞いて、ゆっくりと腕をおとなし先輩から放した。
「……ちっ」
彼女は舌打ちすると、森下先輩の行った校舎とは反対方向に去って行った。
家に帰ったんだろう――きっと、妹さんとお話をするために。
「……すごいな、二人とも」
静まり返る中、みのるくんが感心したような声を上げた。
「オレは、占い結果を教えるまでが占い師の役目で、相談者のその後には関わらないほうがいいって思ってた」
でも二人は違うんだな、とみのるくんは続ける。
「相談者を最後まで助ける姿勢に感動しちゃったよ、……特に如月ちゃん」
みのるくんはぼくと向かい合い、音無先輩に殴られた頬にハンカチを当ててくれた。
「如月ちゃんは自分の才能を見つけるためにサツキ先輩と一緒にいるって言ってたけど、君はもう十分、特別な才能があると思うよ」
「……ぼく、じゃない、わ、わたしに才能なんて、ないよ」
この前も、弥生くんにも似たようなことを言われた。
──あれから時間が経っても、ぼくの回答は変わらない。
わからない。
ぼく自身に、みんなが言う才能が、あるのかどうか。
ぼくがハンカチを受け取ると、みのるくんはニカッと笑った。
「決めた。オレ、入部するよ、占い部」
正確には占い研究部だし、もっと正確に言えばボランティア部だ。
けれど、彼が真実を知るのは、そう遠くない未来だろう。
ぼくはサツキくんに振り向く。
「サツキくん」
「なにかな?」
自分の才能を見つけるために、ぼくは、今日までサツキくんのとなりに立っていた。
だけど、ぼくはサツキくんの過去を聞いて、彼を信じられなくなってしまった。
サツキくんがいじめをしていたという過去──いじめられた側の人間からすれば、いじめをしたことがある人を、そう簡単に信じられるわけがなかった。
サツキくんの才能はすごい。
まぶしくて、憧れた。
でも、ぼくはサツキくんのことは何も知らない。
――急に、それが怖くなった。
「もう、部活に行くの、やめる」
こんな気持ちで、ここには、いれない。
ぼくにつかみかかろうとした音無先輩だったが、背後に回った弥生くんが、彼女の脇の下から腕を通し、ガッチリと拘束した。
「神崎……! テメェ、離せよ!」
弥生くんの羽交い締めから抜け出そうと、音無先輩が暴れる。
しかし。男女の力差では敵わない。
みのるくんの手を借りながら、ぼくは何とか起き上がった。
サツキくんが、ぼくと音無先輩の間に立ちはだかる。
「キミが森下を殴るのはお門違いもいいとこだよ。森下を殴る権利があるのは、彼に二股されている女の子たちだけだ」
それでも、殴ったところで何も解決しないけどね、とサツキくんは付け足す。
小柄なサツキくんよりも背の高い音無先輩は、弥生くんに拘束されながらも強気な態度でサツキくんに怒鳴りつけた。
「その彼女たちが気づいてねぇなら、あたしが代わりに殴ってやったっていいだろ! 妹がそんなクズ野郎を好きなら、姉が成敗しても文句はないはずだ!」
「だから、殴ったって何も解決しないんだよ! 乱闘騒ぎか傷害事件で問題になるだけだ!」
感情が昂っている音無先輩より、さらに大声をサツキくんは被せた。
「キミがやるべきことは、森下を成敗することじゃなくて、妹さんに、クズ男への片想いはあきらめるように説得することだろ!」
「…………っ!」
サツキくんの叫びが届いたのか、音無先輩は急に電池が切れたように大人しくなった。
「……あたしの家は」
音無先輩がぽつり、と話し始める。
「両親が滅多に家に帰ってこなくて、金だけ置いてって、抜け殻みたいな家なんだよ……。妹だけなんだ、本当の家族は……だから、だから……!」
音無先輩がぎり、と歯を食いしばり、涙がこぼれ落ちる。
「妹だけには、幸せになって欲しいんだ……!」
「…………」
弥生くんの目が細くなる。
きっと、弥生くんは、ぼくに対しても同じような感情を持っているんだろう。
「……妹さんが、大事なんですね」
ぼくは音無先輩に近づく。
まだ熱を持っている殴られた頬を押さえながら。
「大事な妹さんから、悪い虫を遠ざけたい気持ちはお察しします」
「……お前に、何がわかるってんだよ……」
ぼくは音無先輩のように、絶対に幸せになってほしい誰かがいるわけじゃない。
ぼくは、どちらかというと、音無先輩の妹さん側の立場だ。
──今まで、ずっと、弥生くんに大事にされて、守られてきたんだから。
「ぼく……じゃなかった、わ、わたしは、弥生くんの従兄弟です。彼に、ずっと甘やかされて守られてきました。でも、中学生になったら、自分の部活は自分で決めました──自分のことがわかってきたから」
ぼくには才能がないって。
サッカー部になんて、マネージャーでも入れないって。
「……だから、それと何の関係が……」
「妹さんも、いつまでもお姉さんの守られていたいわけじゃないです。自分のことを知って、自分で行動する年齢と思うんです、わたしみたいに」
「…………」
音無先輩は、黙って聞いている。
「でも、まだまだ経験不足で間違えたりもします。そのとき、大事なのは、きっと音無先輩が力づくで、環境を作ってあげることじゃなくて……妹さんがいつか、応援したくなるような恋ができるように、たくさんお話をすることじゃないでしょうか?」
「…………」
もう、守られてばかりじゃなくて、自分の意志で行動したいんだ。
それでも、間違っているなら、教えてほしいと思ってるはず。
自分が正しいと思っているなら、それを見てほしいと思っているはず。
話し合えば、きっとわかり合えると思うんだ。
──姉妹なら、なおさら。
「……わかったよ」
音無先輩が小さくつぶやいた。
弥生くんはそれを聞いて、ゆっくりと腕をおとなし先輩から放した。
「……ちっ」
彼女は舌打ちすると、森下先輩の行った校舎とは反対方向に去って行った。
家に帰ったんだろう――きっと、妹さんとお話をするために。
「……すごいな、二人とも」
静まり返る中、みのるくんが感心したような声を上げた。
「オレは、占い結果を教えるまでが占い師の役目で、相談者のその後には関わらないほうがいいって思ってた」
でも二人は違うんだな、とみのるくんは続ける。
「相談者を最後まで助ける姿勢に感動しちゃったよ、……特に如月ちゃん」
みのるくんはぼくと向かい合い、音無先輩に殴られた頬にハンカチを当ててくれた。
「如月ちゃんは自分の才能を見つけるためにサツキ先輩と一緒にいるって言ってたけど、君はもう十分、特別な才能があると思うよ」
「……ぼく、じゃない、わ、わたしに才能なんて、ないよ」
この前も、弥生くんにも似たようなことを言われた。
──あれから時間が経っても、ぼくの回答は変わらない。
わからない。
ぼく自身に、みんなが言う才能が、あるのかどうか。
ぼくがハンカチを受け取ると、みのるくんはニカッと笑った。
「決めた。オレ、入部するよ、占い部」
正確には占い研究部だし、もっと正確に言えばボランティア部だ。
けれど、彼が真実を知るのは、そう遠くない未来だろう。
ぼくはサツキくんに振り向く。
「サツキくん」
「なにかな?」
自分の才能を見つけるために、ぼくは、今日までサツキくんのとなりに立っていた。
だけど、ぼくはサツキくんの過去を聞いて、彼を信じられなくなってしまった。
サツキくんがいじめをしていたという過去──いじめられた側の人間からすれば、いじめをしたことがある人を、そう簡単に信じられるわけがなかった。
サツキくんの才能はすごい。
まぶしくて、憧れた。
でも、ぼくはサツキくんのことは何も知らない。
――急に、それが怖くなった。
「もう、部活に行くの、やめる」
こんな気持ちで、ここには、いれない。
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