時空モノガタリ

風宮 秤

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1話~19話

1:「自転車」 自転車の練習

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「まず、ブレーキの使い方だ。少し押すから、ブレーキをかけてごらん」
 下り坂で、息子の背中を軽く押すと、自転車が進む。
「よし、ブレーキ」
 掛け声と同時に、キュッと音がして停まる。息子のホッとした気持ちが後ろからでも分かる。


 自分が子供の頃、学校が終わったら自転車で遊びに行く。自分の頃はそれが当たり前だった。友達と待ち合わせをして、ザリガニを捕まえに行ったり。グローブを持って広場で野球をしたり。暗くなるのが家に帰る合図だった。
 でも、息子の時には、学校が終わったら家でゲームばかり。友達と遊んで来いと言うと、ゲームを持って友達の家でゲーム。
 自転車よりゲーム。そんな環境で育った息子も、小四になると行動範囲が少しは広がったみたいで、同じ学校の逆方向に帰る友達の家に行くのに、自転車が欲しいと言う事になった。歩きでは少し遠いからだ。

 ここで問題があった。小四の息子に補助輪つきの自転車は小さい。息子も補助輪つきなど恥ずかしいと言う。


「何かあっても、ブレーキを掛ければ大丈夫」
 息子は頷く。
「次は、地面を蹴ってバランスを取りながら進む。坂道だから大丈夫。バランスが崩れたらブレーキだよ」
 息子は頷く。
「途中、ブレーキと言ったらブレーキだよ」
 息子は頷く。
「よし、行け」
 息子は頷くと、地面を蹴った。
 自転車が少し進んだ。
 もう一回蹴った。坂道にのってどんどん速くなっていく。
「ブレーキ」
 キュッと音がして停まる。
「ちゃんと停まるだろ。何かあったら、ブレーキ。それでちゃんとに停まれるだろ」
 息子が頷く。
「よし、続き行くよ。パパが下で待っているから、何かあったらパパが止めるから大丈夫」
 息子が頷くと、地面を蹴った。
 息子の横を自転車ですり抜けると、坂道の下で待ち構える。
「大丈夫。バランスをとりながら、進んで行く。大丈夫。大丈夫」
 少しずつ距離を伸ばして坂道の下に到着した。
 百メートルほどの坂道を下り終え、息子の顔に安堵が広がっている。

「よし、今度は上り坂だよ。今度はブレーキなんか要らない。バランスも考えなくていい。ひたすら、『こぐ』。ひたすら足を動かす。分かった?」
 息子が頷く。
「よし、行け」
 息子が足を動かす。直ぐにバランスが崩れる。
「その調子。足を動かす事を忘れない」
 息子、深呼吸をすると、足を動かす。
 背中を軽く押してあげると、距離が伸びる。
「よし、その調子」

 右によろよろ、左によろよろ。
 少しずつ距離を伸ばしながら、少しずつ真っ直ぐに。

「よし、坂の上に着いた。バランスを取りながら下って行く。大丈夫だね?」
 息子が頷く。
「今度は、スピードが出てきたらブレーキを半分使ってゆっくり下る。分かった?」
 息子が頷く。
 自転車を少しこぐと、すーっと下って行く。
「ブレーキ半分」
 恐怖感が出る前にブレーキを使わせる。
 息子の後ろ姿に安心感が滲み出ている。
「いいよ。その調子」
「前を見て」
「ブレーキ、験してもいいんだよ」
 キュッとブレーキを掛けて停まる。
 顔が赤くなっている。息をするのを忘れていたみたいだ。
「残り半分。頑張れ」
 息子が頷く。

「よし、今度は上り。よし行け」
 息子が頷くと、自転車をこぎながらちゃんとに坂を上がっていく。
「上手くなった。登坂だと足を動かすだろ」
 息子に頷く余裕はない。ひたすら自転車をこいでいる。

「よし、今度は下り。下で待っているから。上手くブレーキ使えよ」
「うん」息子は頷いた。
 すーっと下りながら、自転車をこぎながら、ブレーキで速度を調整しながら、
「あっと、言う間だね。上手くなったね」

「今度は上りな」
「うん」息子は頷いた。

 少しずつ、上手になって行く。
 少しずつ、自信を持って行く。
 息子の笑顔が嬉しい。

「よく頑張った。もう大丈夫だよ。自転車に乗って帰ろうな」
「ふう」息子は嬉しそうにため息をつくと、頷いた。
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