時空モノガタリ

風宮 秤

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1話~19話

12:「旅」 感覚シェアデバイス

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 モニターアンケートで当たった『感覚シェアデバイス』を装着するとベッドに寝転んだ。スイッチを押すと、起動画面に続いて星の海に浮かぶ地球とその横にメニューが表示された。
「ようこそ、バーチャルトラベルです。本日より『冒険家コース』の選択が可能になりました。免責事項をよく読んだ上、『同意』のボタンを押してからお楽しみください」
 抑揚のない音声出力が免責事項を読み上げている。いよいよ、このアプリの目玉機能にアクセスできる様になった。
 名所巡りの初級コースでも、ナイアガラ滝の遊覧船で大音量と水飛沫でずぶ濡れの感覚になった。実際に濡れなくても感覚シェアでの体感で風邪をひく人もいた。
 路地裏を彷徨うコースでは、感覚を提供している旅行者が強盗に襲われた事があった。当人は殴られ意識を失っていても、薄目に映る犯人の顔、荷物を物色している音、激痛をデバイスを通してシェアしていた。シェアした中にはPTSDを発症しているかもしれない。感覚をシェアした結果には個人差が出るからだ。だから、利用者は誓約書に同意をする事で覚悟を確認されるのであった。

 いよいよ、このシステム最上級の冒険家コースを選択できるようになった。トラベルの延長線上に冒険があるとは思わないものの一般の人では踏み込めない所を体験できるのはやはり魅力的だった。しかし、レビューが二極化している事に若干の不安はあった。
「冒険家コースにはアーカイブとライブの二種類があります。アーカイブにはダイジェスト版とフルレコード版の二種類があります。ご希望のトラベルをお選びください」
 音声の説明の後、冒険コースが表示された。
 一番下に『ライブ グリーンランド横断』と表示されていた。ライブはこれ一つしかなかった。何があったか分かっているアーカイブよりは、ライブ。次の瞬間に何があるのか分からないライブこそ冒険コースに相応しかった。

 冒険家の知覚をシェアする時に自分の感覚と混ざる事で身体がズシリと重くなり倦怠感に襲われる。最初の一分間を乗り越えると違和感がなくなっていく。
「頑張って来いよ」
 丁度出発式の所の様だ。協賛する企業の名前が並んだ板の前を冒険家は一歩一歩、ソリを引きながら進んで行く。目の前には真っ白な大地が広がっている。
 一時間ほど過ぎてから冒険家は思い出した様に振り返った。そこには前方と同じ真っ白な大地が広がっていた。
 目に映るのは空の青と、氷床の白、快晴だ。聞こえてくるのは、一歩踏み込むごとに鳴る氷の音、一歩進むたびにズシリとついて来るソリと氷が擦れる音。
 極めて順調であり、極めて単調である。
 夕方の一時間前。力を失いつつある横からの日差しが、永遠に続く白夜の大地。

 気が付くと朝になっていた。強制切断され、自分のベッドにいる事を認識できた。正直助かった、時間のない牢獄みたいな場所だったからだ。


 あれから、四週間が過ぎた。イメージしていた冒険とはまるで違っていた。ある時は氷床の上を黙々と進むだけ、変化のない日差しと進んでも変わらない風景の中、時間の経過も前に進んだという実感も何も得られない。
 ブリザードの時は、半畳ほどのテントの中で体力と食料を消耗しない様に天候が回復するのを何日も待っていた。聞こえてくるのはテントを叩く氷の音と、冒険家の後悔の呟き。ポップスを口ずさむ声。横断計画の協賛金をケチった企業を罵る叫び。

 友人からは、別人になったと、動じなくなったと驚かれる様になった。しかし、冒険と比べれば日常のあらゆる事が、大事件だと感じていた事が、些細な出来事にしか思えなくなっていた。

 今日も家に戻ると、感覚シェアデバイスを装着しベッドに寝転んだ。何が楽しい訳ではない。ただ、冒険を最後まで見届けたい。それだけだった。
 順調であれば、ゴールまで数日の距離になっていた。食料を消費してソリの重量は軽くなっている筈なのに、踏みしめる一歩一歩は力なく遅くなっている。独り言は英語ですらなくなっていた。
 目に映る風景は縞模様のある氷床・・・・、氷河の上を歩いていた。
「クレパスがある。おい、見えないのか! いや見えてる筈だ。止まれ!! 止まれ!!!」
 絶叫していた。シェアする感覚と乖離が大きいと、脳に障害が出る危険性がある事を忘れていた。
 冒険家は氷壁に叩きつけられ、身体が逆さまになって止まった。

 何時間が過ぎただろう。ソリがストッパーになった事。頭が上向きに戻っていた事で一命を取り留めていた。

 全身に激痛が飛び交い少し動く度にうめき声が漏れていた。そして、冒険家は立ち上がると歩き始めた。不要な装備はクレパスに残し僅かな食料を寝袋に詰めると足を引きずりながら黙々と歩いた。

 海が見えた。そこには喜びも達成感も何もない。あるのは安堵だけだった。
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