時空モノガタリ

風宮 秤

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20話~39話

35:「ゴミ」 なごり雪

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 春が来た。待ち遠しかった春が来た。ついに春が来た。
 春の日差しを受け、真っ直ぐに切り立つ雪の壁が滝の様に融けている。始めて勝利したこの喜び。長かった戦いの日々がここに終焉する。
「頑張った。俺」
「耐え抜いた。俺」
「これで、冬鬱とはおさらばだ」
 頬を伝う涙が陽の光に輝いていた。
 毎年の雪かき。戦いでしかなかった。雪かきをしても、気が付くとうず高く積もっている。終わりのない作業は賽の河原と同じだ。向こうは鬼が崩しに来るが、こっちは逆だ。鬼が積みに来る。

 朝早く起きると、夜の間に積もった車庫と道路の間の僅かな場所の雪かきをする。車の前に立ちはだかる雪の壁を崩し、出勤できる様にする。言うのは簡単だ。雪をかくのも僅かな範囲だ。しかし、その雪を邪魔にならない場所に運ぶのが大変なのだ。なぜなら、自宅の敷地は屋根から落とした雪で背丈以上の高さがある。隣近所は昔から住んでいる大御所ばかり。捨てられるのは町の指定場所だけ。遠いけど運ばなくてはいけない。それが、雪かき以上に重労働だ。しかも、町の指定場所に運び戻ってくると、増えている? そう感じてしまうのだ。
 職場で相談しても、みんな口をそろえて言う。
「仕事と一緒。一つ片づけると二つ増えている」
 朝の忙しい時の雪かきの気持ちは良く分かる。と続けて慰める。確かに、出勤前の雪かきをしているのは自分一人ではない。みんな遅刻せずにやっている以上、頑張るしかない。冬の間だけ頑張ればいい。

 そう考えて頑張っていた事が、被害妄想でもなく正真正銘の被害だと気が付いたのは数年前の事だった。隣の婆さんと出勤前の雪かきで遭遇してからだった。
「すいません。そこに雪を捨てられると、車出せないです」
 スノーダンプいっぱいに乗せた雪を、今雪かきしたばかりの車庫の前に捨てているではないか。しかも、聞こえない振りをして家に戻ってしまった。
 それが、戦いの始まりだった。二十四時間家にいる年金生活者と昼間は留守にする会社務めでは勝負にならないほどに不利な事に、まだ気が付いていなかった。

 朝早く起きると、夜の間に積もった・・・・、新雪の上に雪が捨ててある。一見すると分からない新雪の上に新雪が捨てられている。
「隣の、ババア・・・・」
 直感で分かった。半径十メートルの雪を融かすほどに怒りが湧きあがって来た。こちらが雪かきを始める前に雪を捨てるとは、やっぱり聞こえていたんだ。でも、証拠がない。状況証拠なら山の様にあっても、どうすればいい・・・。こちらも早起きをして、待ち構えていれば・・・・。でも、雪が積もらなければ意味がない。

 土日の雪かきなら、迎撃も出来る。時間はたっぷりあるからだ。
 家の中から見張っていると、のこのこ現れた。スノーダンプに雪を乗せ家の前を通り過ぎて行った。

 そんなはずはない !

 慌てて外に出ると、近所と立ち話をしている。これ見よがしにルールを守っているのをアピールすると、町の指定場所に向かっているではないか。
 近所の視線が痛い。近所にあらぬ事を吹き込んだらしい・・・・、ムカつく。

 しかし、平日になると車庫の前に雪が捨ててある。悔しいが片付けない事には出勤できない。遅刻する訳にもいかない。朝食抜きで片づけをしていると、視線を感じた。
 隣のババアが勝ち誇ったように見ている。
 その日一日、同僚が恐れおののくほどにキーボードを叩く音が響き渡り、鬼の形相でモニターを睨んでいた。・・・・らしい。

 帰って来ると、車庫にうず高く積まれた雪。車を停められない。そして、全てを悟った。昼間の自宅がこれほどまでに無防備である事を。
 絶望の中、雪かきを始める。冬半ば、勝ちようのない現実を突きつけられ心は折れていた。
「おや? いつの間に家が建ったのかね。昔からこの場所は我が家が雪を捨てる場所なんだよ」
 隣のババアが吐き捨てる様に言うと、家に戻って行った。

 涙すら出ない。今やり返しても昼の間に何をされるか分からない。一瞬の勝利は、永遠の敗北を意味する。路駐のままでは、他の車が通れない。敵を増やすだけになってしまう。今は雪かきをしよう。


 不毛な戦いも、なにもかも全ては過去の話だ。数々の戦いの記憶も今となっては懐かしさすら感じる。あえて言うなら、こんな簡単な事に今まで気が付かなかった自分の愚かさを笑うだけだ。今年は先手必勝、初雪の時に隣の家を雪で塞いでおいた。
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