夢魔

風宮 秤

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n:プロローグ同窓会

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 眼下には街行く人々。電車が到着する度に駅から人が吐き出されている。
 あの人たちには行く先があるのだろう。迷いもなく歩いて行く。

 夕陽が私を赤く染めている。私に初めて陽の光が当たっている。
 でも、もう、十分頑張った。出来る事は全部やった。でも、頑張った先に何もなかった。
 ・・・・もういい。
「おやおや、こんな所から飛び降りたら助からないよ?」
「飛び降りなくても助からないわ」
 何を冷静に返事しているのだろう? 私の前には誰もいない。私の前には何もない。
「おやおや、声が聞こえるのなら、姿も見えるはずだよ?」
 私の前には・・・
「きれい・・・」
 白い翼を広げ、宙に佇む姿からは天使と言う言葉しか思いつかなかった。
「私の姿が綺麗に見えるようだね。それは良い事だよ」
「白い翼、白い髪、瞳だけ色がある。あなたは天使なの?」
「試しの天使、ルキフエル」
 クリスチャンでなくても三大天使と言われるガブリエル、ミカエル、ラファエルは聞いた事があった。
「ルキフエル? 死の直前に現れる天使なの?」
「おやおや、死ぬつもりでいらしたとは。あなたの頑張りが私を引き寄せたのに残念です」
 私の頑張りが報われる? 今更?
「今更・・・・」
 今更? 私にはもう何も残ってないのに。
「ところで、何故ここにいるのですか?」
 ルキフエルは不思議そうに訊いてきた。
「飛び降りるの」
「おやおや、それは聞きましたよ。なぜ此処を選んだのですか?」
「ここなら、眼下の連中を不幸に出来るから」
 ルキフエルは肩を竦めた。
「ほら、あの人。あなたと同じですよ」
 指さす先には、背中を丸め荷物を抱え込むと周りを警戒しながら広場の端を歩く姿があった。
「ほら彼を巻き込むのは可哀想でしょう? 何かを掴む前日かも知れませんよ。再スタートのチャンスを潰すのは本望ですか?」
 知らない人であっても這い上がる人の足を引っ張りたいとは思わない。
「では、こちらの方はどうですか?」
 ルキフエルは手品でもするように右手を振ると一人の女性を映し出した。
「こいつは許さない」
「おやおや、今の姿でも分かるものですね。こちらは家族団欒の一コマから」
 今度は男性を映し出した。
 そう忘れもしない。私の人生を壊した連中だ。
「おー・・・怖い怖い。飛び降りるところでしたね。さぁ、どうぞ」
 ルキフエルは道を譲るように横にどいた。
「眼下の連中よりあいつらを道連れにしたい」
「おやおや、私は試しの天使ですよ。許しを与えて天国に行く道がありますよ」
「地獄に落ちてでも、あいつらを地獄に落としたい。あのクラス全員を道連れにしたい」
 穏やかな表情のまま私を見ている。けど、私の中には紅蓮の炎が燃え広がった。
 あの頃、成績は常に上位で県内一番の進学校も確実と言われていた。それが気に喰わないと思ったのがあの女だ。教科書が無くなった。それが犬笛だった。クラス全員が私を無視した。無視だけじゃなかった。それからが地獄だった。担任に相談しても自己責任だと言われた。そして『頑張れよ』と言った担任の笑顔を忘れない。
「ところで、この下で何が行われるか知っていますか?」
 ルキフエルがハガキを一枚出した。同窓会の招待状だった。
「あなたには配膳の仕事が待っていますよ。彼らが、あなたに気がつくか試してみましょう」


 ルキフエルが言い終わると最上階のイベントルームの前に立っていた。『3-◇ 同窓会』と貼りだされている。彼らには過去を懐かしむゆとりがあるのか。市内で一番高いと言われる場所を使って同窓会を開けるぐらいに。
「あなたの頑張りが、この舞台を用意させたのですよ」
 黒服のウエイターが私の隣で囁いた。
「ルキフエル? これは夢? 現実?」
「正真正銘の現実ですよ。あなたはウエルカムドリンクを配って下さい。アルコールとノンアルコールがありますのでお客様の好みを確認して必ず手渡してくださいよ」
テーブルにはウエルカムドリンクが三十一杯用意されていた。二人分足らない?

「すげー、ここでクラス会するの?」
 申し合わせた様に、かつての男子たちが入ってきた。
 入り口にはパーテーションで仕切られたクロークがある。黒服のウエイターに慣れた手つきでコートを預ける奴。整理券の配布だと思う奴・・・・、色々いた。あれからの年月が一人一人を大きく変えていたが間違いなくあのクラスの奴らだった。
「ウエルカムドリンクを用意してあります。アルコールとノンアルコール、どちらに致しますか?」
 一人一人の好みを確認するとにこやかに手渡していった。

「え、これマジ美味い。ちょっと変わった味がするけど、何杯でもいけちゃうよ」
「おまえに味なんか分かるのかよ?」
「営業だからな。会社の経費で高い店に行っているんだよ」
 俺の外食なんてファミレスぐらいと言いたくなるのを飲み込み・・・・
「そうだよな。取引先の営業なんて自分の食べたい店ばかりでどっちが客だと言いたくなるよ」
 ・・・・ボロが出る前に話題を変えた方がいい。口には出さなかったが二人とも同じ事を考えていた。
「ここのウエイトレスは、おばちゃんなの?」
「女子の策略じゃないの? 入り口でおばちゃんを見た後なら若く見えるとか?」
「ありそうだね。主催者の名前なかったし」
「余興を楽しんで貰うために名前は伏せると書いてあったな」

「あ・・・※※くん? ホントに※※くん」
 かつての女子は、あの時と同じように彼を見つめている。
「二十年ぶり? ▲▲も目じりのしわ以外全然変わらないね。見た瞬間すぐに分かったよ」
 それぞれの左手には指輪が填められていた。お互いに家族があっても、あの時の自分たちより大きい子供がいても、お互いの目に映るものは変わらなかった。
「相変わらず、口悪いね!」
 彼女はそれを分かった上で、当時と変わらない言葉を投げつけた。
「あっちに先生がいるわ。私たちも行きましょう」
 あの時は出来なかったもう一歩。彼の手を取ると引っ張っていった。

 あちらこちらで、談笑が始まっていた。
「皆様お揃いになりましたので、料理を食べながらビデオをご鑑賞ください」
 会場の照明が少し暗くなるとスクリーンが降りてきた。
 カウントダウンの映像の後に机に置かれた卒業アルバムを膝の上に載せると制服を着た女の子がページをめくった。一ページ目の校舎に合わせて校歌が流れた。クラスの集合写真、体育祭、校外学習、修学旅行の写真が映し出された。
 写真が変わる度に、歓声や悲鳴、笑い声が巻き起こった。
 そして、授業風景の映像に変わった。
「撮影していたっけ?」
 お互いに確認しながら、視線は先生に集まった。
「どうだろう? 再現じゃないの?」
 相変わらず適当に流す先生だった。
「すげー 凝っているよ。ひょっとしてあれ俺? マジそっくり」
 ■▼は、カクテルを片手に言うと、次のカクテルに手を伸ばしていた。
「学級会かな? あ! 先生が映った」
 今の自分たちより若い姿に、歓声が上がった。
「先生、年取りましたね・・・」
 十分に酔いが回っている連中が先生を取り囲んでいた。
 スクリーンには、空の花瓶が置いてある机が映し出された。

 会場の雰囲気が変わった。
「あー、思い出したよ。そう言えばいたな」
 ひとりの男子が吐き捨てるように言った。
「あんなの要らない。気分が悪くなる」
 ひとりの女子が、あからさまに不機嫌になった。
「どこにでもいるよ。中学で先生やっているけど、虐められているってチクリに来た奴がいた。運悪く教頭の耳に入ったからクラスで話し合いさせたけど、どうなったと思う?」
 となりの女子に話を振った。
「みんなで、指導したの?」
 自然に出るのは実体験からだった。
「そいつがいなければ虐めはなくなるって言った子がいたけど、正論過ぎてびっくりしたよ」
 笑い声が響いた。

 スクリーンに、カクテルグラスを前に座っている中年のおばさんが映し出された。スクリーンの右上に『広告』とかなり大きめに表示された。
「あ、同じカクテルじゃね? 凝っているね」
 誰かが指さしながら言った。
「弊社の新商品モニターに参加頂きありがとうございます。各種カクテルを試飲してアンケートに答えて頂きます。素直な感想をお願いします」
 カクテルを一口飲むと、真剣な表情で味などを答えている。
「あ、★◆じゃね? 来てないの?」
 何人かが周りを見渡している。

 スクリーンの真ん中に『試飲後 一時間』と出た。
「ひょっとして、お肌つるつるになるサプリだったりして」
 ▼▼の疲れた肌を指さしながら、ニヤリと笑った。
「ん、もう■※くんのばか」
 次の瞬間、全員が凍り付いた。にこやかにカクテルの蘊蓄を語っていた★◆が、顔を歪め必死に何かに耐えている。カメラが背後に回ると服の所々から血のシミが広がっていった。カメラが前面に戻ると彼女の目から血が溢れていた。
 誰もが立ち尽くしていた。

 スクリーンには会場が映し出され真ん中に『ウエルカムドリンク後 一時間』と表示された。
 それが何を意味するのか理解するより先に女子たちが、硬直して動かなくなった。服が血に染まりストッキングの下から脈に合わせて血の滲みが広がった。
 男子たちは目の前の状況を理解できずにいたが、全身の皮膚を毟り取られるような痛みに襲われた。息も出来ずに耐えるしかない。助けを求める余裕はなかった。全身を襲う痛みに耐える事しか出来なかった。今はただ痛みに耐えるしかなかった・・・・。

 うめき声も聞こえなくなった。
「お疲れ様。誰もあなたに気がつかなかったですね」
 ルキフエルはカクテルグラスを二つ手にしていた。
「チアーズ」
 満面の笑みでルキフエルに言うと飲み干した。この世にこれほど美味しいお酒があったとは。
「やっと分かったわ。あのクラスの檻から抜け出せなかった事に」
「それなら、卒業おめでとうだね?」
 身体が熱って眠くなってきた。とても良い気分。


  了
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