デコ・メガネ

風宮 秤

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デコ・メガネ:映美バージョン

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『デコ・メガネを掛けて来てね』
 豊彦くんは、躊躇したもののお願いを聞いてくれた。そして、オフラインでの初めてのデート。

 今日までに沢山のチャットをした。大学の事、趣味の事、食べ物の事、家族の事、誰よりも沢山の時間を豊彦くんとチャットした。
 チャットをして分かった事は、年齢が近かった事、住んでいる街は遠くなかった事、私の趣味に興味を持ってくれた事、考えが違っても尊重し合えた事。
 そして、リアルでも会ってみたいと思うようになっていた。そんな時に豊彦くんから誘われた。
 自分の思っていた事が豊彦くんにバレているみたいで恥ずかしかったけど、同じ時に同じ思いを抱いているのは、嬉しかった。

  ~・~・~

 時間より早めに待ち合わせの場所にいる男性は、豊彦くんに間違いない。すらりと背が高くメガネを掛けている、SNSの文面から感じる優しさが彼から溢れている。うん、やっぱり間違いない。
 そのまま、彼の前を通り過ぎるとビルをぐるりと回って、彼の死角から近づいていく。うん、気づかれていない。あと、5メートル。
 おっと、周りを気にしている・・・。別の人と待ち合わせをしている振りをしつつ、間合いを詰めていく。あと、1メートル。
「はじめまして、豊彦くん?」
 振り向きそうになる彼を、
「あ、こっち見ないで恥ずかしい・・・」
 彼は、ぎこちなくソッポを向きながら、
「あ、はじめまして、映美さん?」
「はい、映美です。さっそくなんだけど、デコ・メガネのデータを転送して良いですか?」
 豊彦くんはメガネを外すと、背中側にいる私に渡してくれた。
 受け取ったメガネをメガネの上から掛けると、取り出したスマホとペアリングして、予め作っておいた『デート用』デコ設定を転送した。バックからミラーを取り出し見え方の確認をした。大丈夫、メガネを掛けていない普通の子に見える。間違っても牛乳瓶の底みたいなメガネ姿を晒す事はできない。
 そもそも、乱視も近視も強すぎてコンタクトが使えないから渋々メガネを使っているけど、このメガネのせいで高校の時には散々揶揄われ、文化祭の時には『学校で一番のがっかり美人』と褒めているのか貶しているのか分からない称号を授かってしまった。だから、ネットの世界で生きていこうと決めたのに、デートに誘われてしまうとは、迂闊だった。でも・・・。

 ふふふ、美術館に行った。豊彦くんは何でも知っていた。絵の解説もしてくれた。筆の跡が出ないように薄く重ねていく手法だと画家の思い入れが分かりづらいけど、厚塗りで筆の勢いを残す手法だと筆のタッチから画家の思い入れがくみ取れると。筆のタッチが一様ではない事を見比べながら話してくれる。絵の説明をしてくれる豊彦くんの横顔をばかり見ていたかも。

 休憩は噴水広場のイベント屋台。南国のスパイシーな料理がたくさん出ていた。ヘンな日本語がその場の雰囲気を盛り上げている。大丈夫そうなメニューに安堵しながら豊彦くんと一緒に並ぶ。注文はシェアできるように別々にした。
 豊彦くんは注文する時に材料を確認してくれた。あ、覚えていてくれたんだ。分かってくれているんだ。
 二人で食べるランチは美味しかった。おかずを交換して食べられたのも嬉しかった。もう初めて会って一緒にランチをして、おかずのシェアまでしているなんて自分でも信じられない。


 午後は博物館、剥製の展示は怖いらしいけど科学の体験コーナーは面白いらしい。豊彦くんと一緒ならどちらでも良いけど、やっぱり楽しい方が良いよね。お目当ての博物館は噴水広場を横切った先にある。
「ランチも終わったから、博物館に行こう」
 豊彦くんに真っ直ぐ見られている。うん、大丈夫。メガネを掛けていない私が見えているはず。すっと立ち上がると、一歩を踏み出した。
 あ・・・・メガネの縁で、段差が見えなかった。 踏み出した一歩はそこにあると思っていた一段に支えられることなく、身体ごとバランスを崩して倒れていった。両手は宙を舞い身体を支える何かを掴む事なく、私を支えてくれた豊彦くんを平手打ちにしていた。その勢いでデコ・メガネを弾き飛ばしてしまうとは・・・・。もう、終わりだ。
「え・・・」
 豊彦くんの絶句にたじろぐ、わたし。
「え・・・って」
 もう、涙が止まらない。せめてコンタクトがあれば、躓くこともなかった。デコ・メガネに頼る事もなかったのに。
 豊彦くんは、まっすぐ私を見て、何度も頷いて、
「メガネなんて二度と掛けないよ。だって、素顔の方が可愛いから」
 あ・・・、私は大切な事を忘れていた。豊彦くんはメガネっこ好きだった。
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