デコ・メガネ

風宮 秤

文字の大きさ
2 / 2

デコ・メガネ:豊彦バージョン

しおりを挟む
『デコ・メガネを掛けて来てね』
 彼女のリクエストは不可解なものだった。メガネを掛けている僕にデコ・メガネを掛けてほしいとは・・・、化粧とかお洒落とか関係なく素で接しているのがオンラインの良いところ。それを目に映る全てをデコレーションするメガネなんて真逆だな。でも、ここで断って会えなくなるのも本意ではないし。

 彼女とは今までに沢山チャットをした。気がつくと何でも話をしていた。どんな話をしていても興味を持ってくれた。興味があるから的を射た質問をしてくる。意見が違ってもお互いに尊重し合える。話をすればするほど声を聴いてみたいチャットだけでは分からない事を知りたいと思うようになっていた。

  ~・~・~

 待ち合わせの時間よりだいぶ早く着いた。時間を約束したのだから、きちんと守りたい。それだけだったが、行きかう人々を見ると言うのも興味深いものだった。
 周りに興味を示さず通り過ぎる人がほとんどだった。待ち合わせをしている人は、自分の相手を探すと真っ直ぐ近づいていく。
 ・・・、待ち人に興味を示しながら、通り過ぎようとする女性がいる。知り合いがいるのか待ち人をチェックしながら通り過ぎて行った。メガネを掛けていた。映美さんは目が悪いと言っていたから今の女性かもしれない。でも、通り過ぎてしまった。メガネは嫌いと言っていたからコンタクトで来るかもしれない。まだ、待ち合わせの時間にはなっていないから、別の人だったのだろう。

 ! 背後かもしれない。この位置では壁際で待っている映美さんに気がつかないかも。と、周りを見てもそれらしい人はいない。
「はじめまして、豊彦くん?」
 やっぱり後ろか !
「あ、こっち見ないで恥ずかしい・・・」
 なんなんだ、この緊迫感は。でも、女性で良かった。
「あ、はじめまして、映美さん?」
「はい、映美です。さっそくなんだけど、デコ・メガネのデータを転送して良いですか?」
 今日初めて会って顔も見てないのに、普通すぎる。デコ・メガネを外すと振り向かないようにして渡した。
 何かをしているのは、背中越しに分かる。ピッタリくっついている背中がごそごそ動くからだ。レンズ越しに見えるモノを拡張現実にする。どういう設定で何を見せようとしているのか? 見る人全部女性・・・・まさか背が低いオッサンなのか! いや、女性の声だったしメガネを受け取る手も女性だった。まさかオバンか!
「はい、設定できました」
 後ろ手にデコ・メガネを受け取ると、周りを見た・・・何も変わっていない。背広姿のオッサンはオッサンに見える。しわくちゃ婆ちゃんは、しわくちゃに見える。ペットの顔はペットに見える。
 恐る恐る振り返ると、女性がいる。普通に美人だ。アニメのような大きな瞳にエルフの耳かもと疑ったけど、普通だ。デコ・メガネが必要な理由が全然分からない。でも、チャットでの印象通り、映美さん本人に間違いはない。

 二人で行くなら・・・最初は美術館と決めていた。小説と違って作者の思いをそのまま受け止める事ができるからだ。時代や言語を超えて作者と向き合い、作者のメッセージを受け止める。映美さんとならこの感覚を共有できるはずと、気がつくと絵の前で語っていた。
 それを映美さんは聞いてくれた。

 お昼は噴水広場のイベント屋台。自分の中では本日の最難関だと思っている。アレルゲン問題だ。映美さんが前もって言わないのは軽度だからだとしても、無いに越したことはない。ご飯にスパイスチキンにサラダ。これなら大丈夫。映美さんにメニューを確認すると別々のメニューだった。なるほど、違うメニューなら交換ができる。
 でも、店員さんにはアレルゲンの確認はする。言葉が片言でもアレルゲンは理解してくれていた。これでホントに大丈夫なのかは心配。
 二人で食べるランチは美味しかった。美術館での話をしながら普通におかずをシェアしていた。初対面とは思えない普通な感じだった。

 午後は博物館でゆっくりしようと思う。科学の体験コースを小学生に紛れてやるのも面白いかもしれない。
「ランチも終わったから、博物館に行こう」
 映美さんと普通に過ごしている。チャットでは知る事ができなかったけど、一緒にいる事に特別感がないのは良い事だと感じていた。
 映美さんは立ち上がると、一歩を踏み出した。そのまま傾いていく。とっさに支えたものの彼女の何かを掴もうとした両手が顔面を直撃してデコ・メガネを吹き飛ばしていた。
「え・・・」
 映美さんはメガネ掛けるとこんなに可愛くなるのに・・・そうだった、メガネは似合わないとチャットでよく言っていた。なるほど、デコ・メガネの設定はメガネを消す設定だったのか。言われてみれば、メガネを掛けている人がいなかった。まじまじと見入ってしまった。
「メガネなんて、二度と掛けないよ。だって素顔の方が可愛いから」
 涙ぐんでいた映美さんがにっこりした。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

私の夫は妹の元婚約者

彼方
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。 そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。 けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。 「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」 挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。 最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。 それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。 まるで何もなかったかのように。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...