嫁の決意

風宮 秤

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嫁の決意

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 紅茶にケーキ、休みの日のティータイムだから? 自動的に出てきたのかもしれない。それはおかしい・・・・、摘まみ食いがバレていない? それとも伏線なのか?
「ありがとう」
 僕の声は聞こえていないのか? 紅茶を見つめてフリーズしている。
 雑談を振っても頷いているだけで話しを聞いていないのは間違いない。今のうちに色々と懺悔しておいた方が良いのか? それはないな、寝た子を起こすのは愚かな行為だ。そこは知らぬが仏、言わぬが花だな。
 それにしても、どう言う事なんだ? 壮大な蜘蛛の巣のようなものが張り巡らされているのか? それとも・・・。
 試しに嫁の分を一口食べてみる。ちらりと動く視線に汗が噴き出る・・・・やっちまったか。それだけで反応がない。
「・・・なるほど」
 嫁は悩むとドツボに嵌まるタイプなのは分かっているつもりだった。でもこれほどの重症は初めてだ。きっとマジックで口髭を描いても大丈夫な気がするけど、やらない。バレて怒られるのも怖いけど、そのまま買い物に行かれる方が遥かに怖い。

 ここは一つ、名推理を披露するしかないのか・・・。
 事の発端は、嫁が友だちに誘われて行ったあれに違いない。あのフェスタは・・・、イヤリング、ブローチ、根付などの小物が売っていたらしい。フェスタに買いに来る方も自作の服でアピールしていたらしい。会場に集う人に共通していたのはハンドメイドらしい。
 嫁も自作の服を着て生活をしている。袖口にゴムを通しただけの簡単な作りから、お洒落なワンピースも作っていた。初デートも自作の服だったな。残りの生地も無駄なく使いリュックになったりネクタイになったりしている。
 お喋りではない嫁だけど、作家のアカウントにアクセスすると形の良さを称え、彩りを称えストーリー性を称えていた。翌日には加工の難しさに部材の入手方法も調べ上げ、学生の時に通っていたお店がネット販売を始めていると感慨深く年齢を噛みしめたり、販売単価から生産ロットを計算しているかと思えば、来場者の衣装に使われていたボタンが高くて買えなかった話になったりした。
 自分も嫁とは趣味が違うけど物を作る楽しさは知っているつもり。フリマ会場には同じ趣味、同じ事に価値を見出す仲間がいた。同好の士がいる嬉しさ、一人じゃない嬉しさ。初めて行った時は嫁と同じようにテンションが高くなった。それに小説サイトには同じように投稿する仲間がいる。読む人が少なくても『いいね』を押してくれる人がいる。嫁の気持ちは良く分かる。
 でも、その友だちから電話が掛かってきてから寡黙になった。それが今の状態だ。

 嫁の分を、もう一口取ると、
「あーん」
 こちらを見た瞬間に押し込んだ。目を丸くしている。何が起きたのか分かっていないみたいだ。
「最近、ボーっとしているよね。こないだのフェスタに行って熱く語っていたと思ったら寡黙になった。また、何かに迷っているんでしょう?」
 目が泳いでいる・・・・、普段の眼圧はどこに行ったのか・・・・。
「諦めてないんだね? 何とかしたいけど難しい。でも諦めきれない。だからずーっと同じところでグルグル回っている。・・・だよね?」
 僕を見上げる瞳には神父を前に懺悔する迷える子羊のようだ。ふふふ、救って上げようではないか迷える子羊を。
「材料費がかなり掛かるの・・・・」
 話す気になったようだ。
「自作の洋服は生地だけでも市販の洋服より高くなるの。ボタンとか飾りが付けば更に高くなるの。どこをどう工夫してもお店の値段にはならないのよ。縫製工場みたいに大量に買えば半値半額以下にはなるけど」
 ひょっとして、節約の為に洋服を作っていると思っていたけど、自分の洋服代より上なのか? 慎ましい生活をさせて心が痛んでいたけど、あれは間違いだったのか? 結婚以来ずーっと騙されていたのか?
「たぶん大きな誤解をしていると思うから言っておくけど、私の身長だと子供向けか高齢者向けのどちらかしかないの。だからと言って子供向けも高齢者向けも体形が違うからダメなの。デザイン以前の問題だからね」
「そうなの? デザインの事は良く分からないけど似合っていると思うよ。悩みって洋服のデザインの事なの? 値段がって事はブラウスに電飾でも付けるの?」
 呆れた顔をする嫁。でも普段に戻っている。
「そう言う事ではないけどね。友だちとフェスタに行ってブローチとか根付とか見て凄い凄いと思っていたけど、同じくらいに私でも作れる。私ならもっと巧く作れると思ったの。そう思っていたら次のフェスタで一緒に参加しようって言われて・・・。そしたら私にちゃんとに出来るかな? 一個二個ではなく百個も作れるかな? 数だけじゃなくてデザインも色々考えなくちゃいけない。それよりも、売れるか分からない段階でかなりの材料費が掛かるの。材料費ケチれば安く見えるから売れないだろうし、高い材料を使っても価値を分かってもらえるか? 一個も売れずに、行きより重たい荷物を持って帰るかも・・・・。出てみたい。私の作ったものを見て貰いたい。手に取って喜んで貰いたい。でも、私の作るものは在り来りで見向きもされないかも。フェスタでも悪くないのに全然売れない人もいた。私も同じになるかもしれない。そもそも、私の作るものが自分で思うほど魅力的とは限らないし。材料費だって安くないし・・・・」
 なるほど、あちらの性格は嫁とは真逆だからな。おおかた、売れ残ったら周りに配っちゃえば良いとか言われているのだろう。それもアリだと思うけど。
「誰かが欲しいと思う物は、誰でも欲しい物だよね? だから、自分が欲しいと思って作った物なら売れると思うよ?」
「自分で面白いと思ってもアクセス数が増えないのとは違うのよ。フリマに参加してテーブルの上の本が減らないのよ」
 う・・・・、さらりと人生で一番傷つく事を言われた。しかも、嫁の奴気がついてないし。真顔で言われた分ダメージが大きい。でも、今は励ましたいんだ、頑張れ自分。
「今まで上手く節約してくれたから我慢しなくても貯金が出来たと思う。もしもの為の貯金はもしもの時に使うお金だよね。それで真理子さんが創る世界を観られるなんて素敵じゃないか。きっと高く売れるから働かなくても良くなるかな? ヒモ生活には憧れもあるし」
「俊くん、本音が出ているよ。でも、ありがとう。私の作る物が売れると言ってくれるのは嬉しいよ」
 嫁の気持ちは固まったようだ。残る問題は目の前にある嫁のケーキ。功労者の僕は食べる権利があるよね?
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