子爵家をクビになったと思ったら、なぜかモテ期がきました

小鳥遊 ひなこ

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私、モテ期が来たようです(後) ※ルーシー視点

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 もう成人をした、という実感はありましたが、やはり周りの同級生が家業を継いでいると聞くと、焦るものがあります。
 今の自分の境遇が、仕事をクビになった状態ですから、なおさら。

 お母さんから渡されたメモに目を落としながら、歩みを進めます。
 まずは八百屋に行って、夕飯の野菜を買おうと思います。八百屋に近寄ると、よく見知ったおじさんではなく、若い男性が店先に立っています。
 私が近寄ると、男性は目を丸くして、驚いたようでした。

「こんにちは」
「こ、んにち……は」

 挨拶をすると、男性は口ごもりながら返してくれます。

「お、もしかしてルーシーちゃんか? 久しぶり! 綺麗になったなぁ。あ、これは息子のアダムだよ。覚えてるか?」
「アダムくん!? 覚えているわ。久しぶり」
「……久しぶりです」


 奥から見知ったおじさんが顔を出し、若い男性がアダムくんなことを教えてくれました。
 アダムくんは私の1歳年下、子守もしたことがある仲です。とはいっても、お屋敷に奉公に出てからずっと、機会もなかったので会ってはいなかったのですが。
 懐かしさから、アダムくんをついつい見てしまいますが、アダムくんは目を合わせてくれません。
 恥ずかしがってるのかな? しばらく会ってなかったし。

「アダムくん?」
「えっと、その……あんまりにも綺麗になっていたので、ビックリして」

 黙り込むアダムくんの顔をつい覗き込みながら名前を呼ぶと、アダムくんは真っ赤な顔のままとんでもないことを言ってくれます。おじさんにも同じようなことを言われたとはいえ、やっぱりおじさんから言われるのと、年頃の男性から言われるのとでは違うわけで。
 顔が熱く、アダムくんに負けず劣らず赤くなっている自信があります。これ以上何を話していいかも分からず、おじさんからお野菜を受け取ると慌てて八百屋を出てしまいました。

 お野菜を買った後は、お肉を買いに行きます。熱くなった顔をパタパタと扇ぎながら、八百屋さんの向かいの肉屋に行くと、既にこれまた若い男性が待ち受けていました。
 アダムくんとは違い、彼は私が誰だか分かっているようで、くりくりと大きな瞳を輝かせてこっちを見ています。あの目、見覚えがあるような?

「ルーシー、分かるか? リックだ!」
「あー、リック!」

 名前を聞いて、私も彼が誰だか思い出しました。同い年のリックは、一緒に何度か遊んだ仲です。アダムくんと違い、5年ほど前に再会してはいますが、男性の5年は結構大きいようで、誰だか分かりませんでした。
 5年前より、背も伸びていますし、筋肉質になっている気がします。

「今日は家のおつかいか?」
「うん、夕飯のお買い物。豚肉はあるかしら?」

 そう答え、肉屋のショーケースの中を覗き込めば、リックはなんの料理に使う肉なのか確かめてから、ちょうど良さそうな豚肉を出してくれました。

「そういえば、子供のころ、結婚しようとか話したの覚えてる?」

 しっかりと仕事をしている同級生の成長に驚いていると、リックがふと思いついたように、幼い頃の話をしました。
 リックの言う通り、小さな頃、特に仲がよかったリックからは何度か大きくなったら結婚しようと言われていました。あの頃は割と本気ではい、と答えていた気がします。懐かしくて思わず微笑みました。

「今でも、そうしたいと思ってるって言ったら?」

 リックが急に耳に口を近づけながら、声を落とします。
 背中がぞくぞくして、思わず近くにあったリックの顔を見上げました。背も伸びて、男らしく骨ばった顔、でも子供のころと変わらない犬のような丸い、人懐っこい瞳。
 その瞳がスッと、獰猛な獣のように細められたのを見て、目の前にいるのが本当にあのリックなのか分からなくなってきました。
 せっかく冷ました顔の熱がまた上がるのを感じます。

「私、まだ買うものあるから!」

 慌てて言い訳をしながら、肉屋を出ると、リックは後を追いかけてはいきませんでしたが、少し寂しそうな顔をしているように見えました。



 その後はパン屋さんに行っても、その途中の道中でも、今までそんなことはなかったのに、たくさんの男性に声をかけられました。最初のうちは、モテているようで嬉しかったんですけど、段々と疲れてきた頃に、漸く家に到着しました。
 はあ、とため息をつきながらリビングの椅子に腰かけようとする私に、山ほど縁談を申し込む手紙を抱えた父が見えたのでした。どうやら、せっかくの実家なのに、心が休まる暇もなさそうです。
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