子爵家をクビになったと思ったら、なぜかモテ期がきました

小鳥遊 ひなこ

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私、風邪をひきました(前) ※ルーシー視点

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「ここで待ってろ」

 いつもより余裕のないライオネル様の声を、私はどこか他人事のように聞いていました。



 朝、目が覚めると、なんだか体がぽかぽかと温かい気がしました。部屋の窓から外を見れば晴天です。春が近づいたんだなぁ、と思い、換気のためにも窓を開けました。
 気温が暖かいせいか、どこかぼんやりとする頭で、ルームメイトのシンディーと話しながら、支度をします。
 支度が終わったら、まずは今日の仕事内容を家政婦長から確認します。ブラウン子爵家はメイドの数が少ないので、専任の仕事はないのです。

 今日の仕事はライオネル様のお付きでした。そう告げる時の家政婦長はどこか面白がってる節があって、抗議の声を上げれば、なるべく私をライオネル様付きにするようにとのライオネル様の命だとのこと。特権乱用とはこういうことを言うのですね……。
 頭痛までしてきた頭を抱えながら、ライオネル様のお部屋の扉を叩きます。ライオネル様は本日は王宮での騎士の仕事が休みのため、私がお付きすることになっています。
 ライオネル様の兄で、次期ご当主のレオナルド様は普段からお家のお仕事をされていますが、ライオネル様は休日の時にお手伝いをされるのみです。
 今日は書類仕事があると、執事のリチャードさんから書類を預かった私は、片手で書類を抱えて、ライオネル様の部屋まで来ていました。

「どうぞ」

 中からライオネル様が入室を許可したのを聞いてから、扉を押し開け入ると、ライオネル様が顔を輝かせました。

「今日はルーシーが僕付きか!」
「家政婦長からライオネル様がそう命令したと聞きましたけれど」
「僕はなるべくとしか言わなかったから」

 ライオネル様の今日の服装は、騎士の制服ではなく、ワイシャツにズボンと、いつもと比べたら大分カジュアルな格好です。
 ゆったりと椅子に腰かけ、既に手紙を改めていた顔を上げ、ライオネル様は嬉しそうに私の顔を見つめます。

「とにかく、こちらお仕事ですから。まだ書類はあるそうです」

 ライオネル様に近寄り、書類を渡しながら、リチャードさんから聞いたことを伝えると、ライオネル様は眉間にしわを寄せます。ライオネル様は、あまり書類仕事が好きではないのです。

「はぁ、普段外で仕事をしていると言うのに。ルーシー、午後は一緒にお茶を、って、どうしたんだ? 君」

 書類に目を落としていた顔を上げたライオネル様が、私の顔を見て急に慌てだします。

「え?」
「顔が赤い」

 そう言いながらライオネル様は手を伸ばし、私の額に触れます。
 綺麗なのに意外と騎士らしくゴツゴツとした手のひらがひんやりと冷たく、私は思わず目を瞑ります。

「やはり、熱がある」
「まさか」
「気づかなかったのか、部屋の用意と仕事を代わってくれる人を用意するようメイに伝えてくるから、ここで待ってろ」

 ため息をつき、どこか余裕がない様子のライオネル様が部屋を出るのを、どこか他人事のように私は見ていました。
 自分で額を触りますが、手も熱いらしく、普段と同じように感じます。ライオネル様は自分の体調管理もできない私を呆れたでしょうか、そう考えたらなんだか悲しくて、涙が出そうになります。
 自分で自分が分からなくなって、体も重くて、私はズルズルと床に座り込みました。やはり体調が悪いのだとそこで漸く気がつきました。
 ぼんやりとしていると、扉がバンッと大きな音を立てて開き、ライオネル様が入ってきました。その姿を見ると、不安でどうしていいのか分からない気持ちが消えていく気がします。

「ライオネル、様」
「ルーシー、空いている部屋を用意したから移動しよう」

 ライオネル様が私に近づき、頭を撫でてくれます。
 はい、と答えて立ち上がろうとしましたが、体が重く、なかなか立ち上がれません。そんな私を見たライオネル様は、華麗な動作で持ち上げてしまいました。

「そんな、下ろしてください」
「いいから、捕まってろ」

 横抱きにされたままというなんとも迫力のない姿で訴える私を無視して、ライオネル様はツカツカと早歩きで部屋を出ます。
 部屋を出たところにちょうど通りかかったハロルドが、驚いた顔をして、私たちに近寄ります。

「ライオネル様、ルーシーは具合でも悪いんですか? 変わりますよ」
「結構だ」

 手を差し伸べたハロルドを一瞥し、ライオネル様が言います。私からは2人の顔は見えませんが、どこかピリピリとした空気は感じました。
 少し迷う様子だったハロルドですが、ライオネル様の顔を暫く見つめた後、諦めたのか私の頭をひと撫でして、仕事に戻ってしまいました。

「やっぱり余計なことをする奴だ」

 ボソッと呟いたライオネル様は、ハロルドの撫でた所に、口づけを落とします。

「すまない、すぐ部屋に行こう」

 恐らく熱で頭が働かず、どう反応していいか分からない私に苦笑したライオネル様は、そう優しく言いました。



 空き部屋のベッドに寝かしつけられ、来てくださったお医者様に診て頂きました。熱は高いですが、風邪でしょう、とお医者様は診断をくださり、苦そうな薬とよく休ませるようにとのお言葉を残して帰られました。
 そのお言葉の通り、私を連れてきたライオネル様もお見舞いに来たメイド仲間たちも名残惜しそうな顔をして、部屋を出て、私1人が残されました。
 目を瞑り、最近あったことを考えていると、昔こうやって今日のようにベッドに横たわり、熱でぼんやりとする頭で色々と考えたことを思い出しました。



 まだお屋敷に来て間もない頃、慣れない生活に疲れた私は、今日のように熱を出しました。
 今まで熱を出した時は、家業がありながらも、何かと時間を作って、家族が看病してくれていました。それに慣れていた私は、誰もいない部屋で1人寝ているのが寂しく、心細く感じていました。
 そこへやってきたのがライオネル様でした。もちろん、おぼっちゃまであるライオネル様は特に部屋に近寄らないようにと言われていたのにも関わらず、こっそりと来てくださったのです。

「ライオネル様……ダメですよ」

 ライオネル様は私の言葉も聞かずに、ベッドの横にある椅子に座りました。

「僕が来たかったんだ、だって暇だろ」

 そう言ってライオネル様は笑いますが、私は気が気じゃありませんでした。
 ちょうどその頃、メイドとしての礼儀について、厳しく指導され始めた頃で、ご主人様たちへの態度について、教えられていたのです。
 特に年が近いライオネル様に対して、ライオネル様は気やすくしてくださっても、友達だと思ってはいけないと教えられていました。

「ライオネル様に風邪が移ります」

 言外に私が怒られます、と伝えれば、ライオネル様がグッと私に顔を寄せました。

「いいよ、移したら治るって言うだろ」

 チュッ、と唇同士が触れ合うだけの軽いキス。それでも、まだ幼い私には十分に刺激的で、顔が熱くなりました。

「ね、僕に移して早くよくなって、遊ぼう」
「こら、ライオネルぼっちゃま!」

 私が何かを言おうとするその前に、バンッと扉が開き、当時の家政婦長が部屋に入ってきました。
 まずい、という顔をするライオネル様を、家政婦長は遠慮なく捕まえると、部屋の外に連れて行こうとします。

「移るだけじゃなくて、ルーシーの治りにも影響がありますからね」

 その言葉に抵抗していたライオネル様は、大人しくなりました。扉が再び閉まると、私1人が部屋に残さました。
 ズキン、と胸が痛みます。私は、キスをされたことで、ライオネル様のことが好きなことに気づいてしまったのです。
 メイドの私にも、いつも優しくて、キラキラとした金髪が綺麗なおぼっちゃま。そんなおぼっちゃまに叶わない恋をしていることを。
 まさかライオネル様が私のことを好いてくれていると考えてもいなかった幼い私は、そんな深い意味もなくキスをしたと思っていました。

 だから、この気持ちは押し殺そうと、そう思ったのです。
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