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私、風邪をひきました(後) ※ルーシー視点
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いつの間にか寝てしまっていたようで、私はぼんやりとした頭で、窓から外を見ます。日は傾いていて、結構な時間寝ていたことが分かります。
違和感を感じ、頬に手を当てると、指が濡れます。見ないようにしていたせいか、すっかり忘れていた自分の恋心を思い出した私は、泣いていたようです。
私は、ライオネル様を好きだったのです。自分の気持ちなのに、まるで初めて知ったような気持ちに戸惑いが隠せません。
……ライオネル様は、叶わない恋を叶えるために、たくさんの努力をされてきました。それなのに、私はどうせ叶わないと、自分の気持ちに蓋をして、見ないふりをしていたのです。
それがとてもずるいことのように思えてきて、胸が痛みます。でも、どんなに胸が痛んでも、もう見ないふりは許されません。ライオネル様は、自分のお気持ちを私に伝えてくださいました。
次は、私の番です。
控えめに扉を開ける音がし、ライオネル様が部屋に入って来ました。
「ライオネル様」
慌てて起き上がろうとする私を制し、ライオネル様は、ベッドの横の椅子に腰掛けます。
「起こしたか?」
「いいえ、先ほど起きました」
ライオネル様の言葉で、私を起こさないよう、静かに扉を開けてくださったことに気がつきます。
ライオネル様が私の額に乗っていたタオルを持ち上げ、額に手を当てます。ひんやりと冷たい大きな手に目を細めると、ライオネル様が微笑んでくれました。
「まだ熱は高いな」
「それなら、なおさらライオネル様は近寄らない方がいいです」
昔のようにライオネル様のご退出を促せば、8年前と同じように、ライオネル様は首を振ります。
「今日は、キスしないでくださいね」
私の言葉に、ライオネル様が目を丸くします。
「覚えてたのか?」
「思い出しました」
あの時の気持ちも、と言いたい気持ちを飲み込みます。風邪のせいで気弱になって言っていると思われたくありませんでした。
「そうか、今はしない」
「本当ですか?」
少し笑いながら言えば、ライオネル様は顔を寄せます。ライオネル様の端正な顔が近寄ったことで、胸が跳ねました。
「今、はな」
ライオネル様の吐息が耳をくすぐり、それからライオネル様の言葉が意味することを理解して、自分から言い出したくせにドキドキが止まりません。
「ルーシーが元気になって、それから気持ちを伝えてくれたら、キスさせてくれ」
「ライオネル様……」
私がまだ気持ちをお伝えしていないというのに、ご自分の気持ちをまっすぐに伝えてくださるライオネル様に胸が痛みます。
「ルーシー、まだ休んでなさい」
そんな私の気持ちが顔に出ていたのか、ライオネル様が冷たい水につけたタオルを私の額に乗せ、髪を撫でてくれます。
汗をかいているのが恥ずかしくて、止めて貰おうと思うのですが、ライオネル様の撫で方が気持ちよくて、ついそのまま撫でられてしまいます。
「寝ていいよ」
「でも……せっかくこうしてライオネル様と話せているので」
ライオネル様があの日、私にプロポーズしてくださった時から、今までよりも一緒にいられる時間も、話すことも増えました。それでも、私たちの関係は主人の家族とメイドに変わりはありません。
こうやって穏やかにずっと話せている時間は私にとって貴重でした。
私の言葉にライオネル様が嬉しそうに目を細めます。
髪をひとふさ、ライオネル様がすくい取り、口づけを落とします。汗をかいているのに、と思う間もないスマートな動作で。
「ルーシー、今はキスできないのに、そんな可愛いこと言わないで」
「ライオネル様……」
キスをして欲しい、そう思ってしまいました。やはり風邪で心が弱っているのでしょうか、先ほど自分で今は言わないと決めたのに。
相反する気持ちのまま、私は目を閉じます。ライオネル様の息を呑む音が聞こえた気がします。
「ルーシー、それは?」
「……聞かないで、ください」
漸く絞り出した声は、小さく掠れていて、自分でも卑怯だと思いました。
ライオネル様が近づく気配、そっと唇に触れるだけのキス。あの、8年前と同じような。
目を開けると、赤いライオネル様の顔が離れていくところでした。
「ライオネル、様」
勢いで好きだと、昔から好きだったと伝えてしまいそうだった、その時でした。
扉が開き、ハロルドが顔を覗かせます。その顔には、悲しげな色が浮かんでいます。
「すみません、仕事が一区切りついたので、見舞いを」
「ああ、まだ熱があるから、少し話したら寝かせてやってくれ。ルーシー、私はこれで」
「え、あ、はい。ライオネル様、ありがとうございました」
名残惜しく、引き止めてしまいそうな気持ちを押し留めます。でも、顔に出ていたのでしょうか、ライオネル様は苦笑をしながら、頭を撫でてくださいました。
ライオネル様の後ろ姿が扉の向こうに行くのを見送ると、入れ替わりにハロルドがベッドに近寄って来ます。ハロルドは椅子には座らないで、私に問いかけます。
「ルーシー、具合は?」
「まだ熱はあるみたいだけど、でも大分良くなったと思うの」
「そうか」
そう言って笑う顔が無理をしているように見えましたが、熱でぼんやりとする頭では上手な言葉が思い浮かびません。なんて返したらいいか、迷っている間にハロルドは部屋を出て行こうとします。
「あの、ハロルド、お見舞いありがとう」
なんとかそれだけ伝えれば、ハロルドはやはりどこか悲しげな笑顔で、片手をあげて行ってしまいました。
また1人、部屋に残された私は、ハロルドの悲しそうな様子より、ライオネル様とのキスや、気づいてしまった自分の気持ちの方が気にかかってしまいました。
早く、元気になれればいいのに、そうしたら、ライオネル様にこの気持ちを伝えられるのに。そう思いながら、目を閉じた私は、すぐに夢の世界へと誘われたのです。
違和感を感じ、頬に手を当てると、指が濡れます。見ないようにしていたせいか、すっかり忘れていた自分の恋心を思い出した私は、泣いていたようです。
私は、ライオネル様を好きだったのです。自分の気持ちなのに、まるで初めて知ったような気持ちに戸惑いが隠せません。
……ライオネル様は、叶わない恋を叶えるために、たくさんの努力をされてきました。それなのに、私はどうせ叶わないと、自分の気持ちに蓋をして、見ないふりをしていたのです。
それがとてもずるいことのように思えてきて、胸が痛みます。でも、どんなに胸が痛んでも、もう見ないふりは許されません。ライオネル様は、自分のお気持ちを私に伝えてくださいました。
次は、私の番です。
控えめに扉を開ける音がし、ライオネル様が部屋に入って来ました。
「ライオネル様」
慌てて起き上がろうとする私を制し、ライオネル様は、ベッドの横の椅子に腰掛けます。
「起こしたか?」
「いいえ、先ほど起きました」
ライオネル様の言葉で、私を起こさないよう、静かに扉を開けてくださったことに気がつきます。
ライオネル様が私の額に乗っていたタオルを持ち上げ、額に手を当てます。ひんやりと冷たい大きな手に目を細めると、ライオネル様が微笑んでくれました。
「まだ熱は高いな」
「それなら、なおさらライオネル様は近寄らない方がいいです」
昔のようにライオネル様のご退出を促せば、8年前と同じように、ライオネル様は首を振ります。
「今日は、キスしないでくださいね」
私の言葉に、ライオネル様が目を丸くします。
「覚えてたのか?」
「思い出しました」
あの時の気持ちも、と言いたい気持ちを飲み込みます。風邪のせいで気弱になって言っていると思われたくありませんでした。
「そうか、今はしない」
「本当ですか?」
少し笑いながら言えば、ライオネル様は顔を寄せます。ライオネル様の端正な顔が近寄ったことで、胸が跳ねました。
「今、はな」
ライオネル様の吐息が耳をくすぐり、それからライオネル様の言葉が意味することを理解して、自分から言い出したくせにドキドキが止まりません。
「ルーシーが元気になって、それから気持ちを伝えてくれたら、キスさせてくれ」
「ライオネル様……」
私がまだ気持ちをお伝えしていないというのに、ご自分の気持ちをまっすぐに伝えてくださるライオネル様に胸が痛みます。
「ルーシー、まだ休んでなさい」
そんな私の気持ちが顔に出ていたのか、ライオネル様が冷たい水につけたタオルを私の額に乗せ、髪を撫でてくれます。
汗をかいているのが恥ずかしくて、止めて貰おうと思うのですが、ライオネル様の撫で方が気持ちよくて、ついそのまま撫でられてしまいます。
「寝ていいよ」
「でも……せっかくこうしてライオネル様と話せているので」
ライオネル様があの日、私にプロポーズしてくださった時から、今までよりも一緒にいられる時間も、話すことも増えました。それでも、私たちの関係は主人の家族とメイドに変わりはありません。
こうやって穏やかにずっと話せている時間は私にとって貴重でした。
私の言葉にライオネル様が嬉しそうに目を細めます。
髪をひとふさ、ライオネル様がすくい取り、口づけを落とします。汗をかいているのに、と思う間もないスマートな動作で。
「ルーシー、今はキスできないのに、そんな可愛いこと言わないで」
「ライオネル様……」
キスをして欲しい、そう思ってしまいました。やはり風邪で心が弱っているのでしょうか、先ほど自分で今は言わないと決めたのに。
相反する気持ちのまま、私は目を閉じます。ライオネル様の息を呑む音が聞こえた気がします。
「ルーシー、それは?」
「……聞かないで、ください」
漸く絞り出した声は、小さく掠れていて、自分でも卑怯だと思いました。
ライオネル様が近づく気配、そっと唇に触れるだけのキス。あの、8年前と同じような。
目を開けると、赤いライオネル様の顔が離れていくところでした。
「ライオネル、様」
勢いで好きだと、昔から好きだったと伝えてしまいそうだった、その時でした。
扉が開き、ハロルドが顔を覗かせます。その顔には、悲しげな色が浮かんでいます。
「すみません、仕事が一区切りついたので、見舞いを」
「ああ、まだ熱があるから、少し話したら寝かせてやってくれ。ルーシー、私はこれで」
「え、あ、はい。ライオネル様、ありがとうございました」
名残惜しく、引き止めてしまいそうな気持ちを押し留めます。でも、顔に出ていたのでしょうか、ライオネル様は苦笑をしながら、頭を撫でてくださいました。
ライオネル様の後ろ姿が扉の向こうに行くのを見送ると、入れ替わりにハロルドがベッドに近寄って来ます。ハロルドは椅子には座らないで、私に問いかけます。
「ルーシー、具合は?」
「まだ熱はあるみたいだけど、でも大分良くなったと思うの」
「そうか」
そう言って笑う顔が無理をしているように見えましたが、熱でぼんやりとする頭では上手な言葉が思い浮かびません。なんて返したらいいか、迷っている間にハロルドは部屋を出て行こうとします。
「あの、ハロルド、お見舞いありがとう」
なんとかそれだけ伝えれば、ハロルドはやはりどこか悲しげな笑顔で、片手をあげて行ってしまいました。
また1人、部屋に残された私は、ハロルドの悲しそうな様子より、ライオネル様とのキスや、気づいてしまった自分の気持ちの方が気にかかってしまいました。
早く、元気になれればいいのに、そうしたら、ライオネル様にこの気持ちを伝えられるのに。そう思いながら、目を閉じた私は、すぐに夢の世界へと誘われたのです。
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