子爵家をクビになったと思ったら、なぜかモテ期がきました

小鳥遊 ひなこ

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僕と珍客 ※ライオネル視点

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 仕事を終えて、家に帰って1番初めに見る顔がルーシーの顔だと、疲れが一気に吹き飛ぶ気がする。
 そう家政婦長のメイに伝えたら、僕が帰る頃にルーシーが玄関の掃除をすることが増えた。なんだかんだ言ってこの家の使用人は、僕たちのことを応援してくれているらしい。

 今日もルーシーは玄関にいるだろうか、そう思いながら馬車から降りれば、家の前に見慣れない馬車が止まっているのに気がついた。
 今日は特に客が来るとは聞いていないのに、そう思いながら家に入れば、困った顔をしたシンディーが出迎える。

「ライオネル様にお客様です、ルーシーはお客様にお茶を用意しています」

 僕が問う前に、シンディーは早口に言った。何も聞いていないというのに察しが良くて助かる。
 僕は苦笑しながら、シンディーに連れられて応接室へと行く。
 応接室に一歩入ると、キツい香水の匂いが鼻についた。香水の匂い自体は悪くないのだろうけど、いかんせんつけている量が多い。
 こんなに香水の匂いをプンプンとさせている知り合いを僕は1人しか知らない。

「ライオネル!」

 甲高い気に触る声の主は、僕の想像していた通りの女、キャシー・フェルトンだ。
 キャシーの父、フェルトン子爵と僕の父様が仲が良いせいで、幼い頃はよく会っていた。しかし、長じてくると気は合わないし、異性同士ということで会うこともなくなっていた。
 それでも、すぐにキャシーだと分かったのは、最近我が家で話題に上ったからだ。

「武勲章を頂いたって聞いて、お祝いに来たの」

 清楚な髪型でありながら、しっかりとメイクされたちぐはぐな感じがする顔で、彼女は作り笑いをする。
 その彼女の言葉を聞きながら、僕はやはりと思う。
 キャシーは、昔から上昇志向の強い、令嬢らしい令嬢だった。彼女にとって、貧乏子爵家の次男である僕は、媚びを売るに値しない人物だったので、年頃になると余計疎遠になった。
 フェルトン子爵には、子息がいないため、父親同士は僕らの縁談も考えていたようだが、キャシーは首を縦に振ろうとはしなかった。もちろん、僕もそのような縁談を受ける気は全くなかったが。

 そんなキャシーが、最近伯爵家の長男と破談になったと、父様から聞いた。
 理由は彼女らしいもので、別の伯爵家の子息にアプローチをかけていて、それがバレたそうだ。社交界にあまり顔を出さない父様さえ知っているくらいだから、大分話題になったことだろう。
 縁談が破談になったばかりの令嬢に、良い縁談話など舞い込んでくるはずもなく、焦った彼女は興味がなかった僕の元へとやって来たのだ。貧乏子爵家の子息だが、騎士になったからと。

「おめでとう」
「ありがとう」

 にこりと貼り付けたような笑顔は不愉快だが、他の男には可愛らしく映るのだろうか。
 僕には照れたように笑うルーシーの顔や、ルーシーの清潔感のある石鹸の香りの方が好ましかった。

「ライオネル、昔お父様達が結婚の話をしたこと、覚えているかしら?」

 僕の予想通り、キャシーは結婚の話をし始める。

「ああ、でもお互いに興味がなくて、すぐ断ったね」
「……あの時は、まだ貴方の魅力に気が付いていなかったんだと、気が付いたの」

 僕の魅力だと? 彼女が気が付いたのは僕ではなく、騎士という職業の魅力だろう。
 キャシーはソファーから立ち上がると、もてなすのが嫌で未だに立ったままだった僕の前までやって来る。

「ライオネル」

 不快感を露わにしている僕の顔を無視して、キャシーは抱き着いてきた。彼女の香水の匂いがより強く香って、僕が思わず顔を背けた時、

「失礼いたします、お茶をお持ちいたしました」

 少し震えた声が聞こえた。ルーシーの声だ。慌てて体に巻き付いていたキャシーの腕を払って、距離を取れば、キャシーは拗ねたように唇を尖らす。その顔つきがまるで恋人にするようなものだったので、余計に僕の気持ちは荒立つ。
 ルーシーの声は震えていたように思うが、いつものように丁寧な動作でお茶の準備を終えると、ルーシーは一礼をしてソファーの脇に控えようとする。

「彼女には出ていてもらったほうがいいかしら?」

 そんな彼女の様子を見ていたキャシーが、僕にしなだれかかりながら甘えた声を出した。
 ルーシーが僕の顔を見ていれば、僕が心底彼女に迷惑をしていて、何も誤解されるようなことはしていなかったことが分かってもらえると思ったが、ルーシーはお辞儀の姿勢のまま俯いている。

「はい、私は退出させて頂きます」

 ルーシーは暗い声でそう言うと、そのまま退出してしまった。 
 ルーシーを看病した後から、僕のことをどう思っているかは聞けずじまいだった。なぜあの時、目を瞑ってキスを受け入れたかも。だから彼女が今ショックを受けているのか、何とも思っていないのかすら、僕には分からない。
 何とも思っていなかったとしても、ルーシーにフォローがしたくて、つい目で彼女が出て行った先を追うと、それを見ていたのかキャシーが楽しげな声で言う。

「あら、浮いた話の1つも聞かないと思ったら、お家のメイドにでも恋をしているの? 確かにあの子綺麗なお顔だったものね」

 からかうようなキャシーの言葉に、僕はついカッと顔が赤くなる。
 笑いながらそんな僕の顔を見ていたキャシーが、驚いたように目を丸くしたのが分かった。

「うそ、私冗談で言ったのよ。本気なの? あの子はメイドよ」

 キャシーは驚きを隠すためか、口元を抑えながらそう言う。
 社交界に行けばよく聞く、貴族らしい言葉だ。

「ライオネル、使用人は使用人よ。私たち貴族は、彼女たちとは違って、すべきことがあるの。ああ、そうだわ! 私と結婚するなら、彼女と関係を持っても許すわ」

 キャシーはそのまま彼女の持つ貴族観について語っていたが、不意に気が付いたように提案をしてきた。

「騎士の妻でも社交はあるでしょう? メイドには無理でも、私にならできるわ」

 話は決まったとばかりにいつフェルトン子爵に話すか、結婚式をするとしたら最低でもどれくらいお金をかけなくてはいけないか、キャシーは楽しそうに話し出す。
 あれでも一応猫を被っていたらしく、僕の弱みを見つけたと思うや否や、本性を見せたようだ。

「結構だ」
「……あら、いい条件よ」
「結構だと言っている!」

 ルーシーを馬鹿にするような言葉に、我慢の限界がきて、思わず声を荒げると、キャシーは怯えたような顔をした。彼女にとって男は何でも言うことを聞いてくれる便利な道具なので、反抗をしてきたことが信じられないのだろう。

「なによ……マクシミリアンも、ライオネルも!」
「帰ってもらおうか」
「いいわよ、お父様に話させてもらうから! ニコラス!」
「は、はい。お嬢様」
「帰るわよ」

 捨て台詞を残して帰ろうとするキャシーを応接室の入り口から見送る。フェルトン子爵は彼女と違ってまともなしっかりとした方なので、誤解をされる心配はないだろう。それでも後で一応手紙を出しておいたほうがいいだろう、などと考えながら、彼女の憤る背中を見ていると、玄関ホールの2階へと続く階段からルーシーが降りてくる。
 その姿は、キャシーの瞳にも映ったらしい。彼女の標的がルーシーへと変わる。

「貴女! 身分はわきまえなさい!」

 キンキンとした耳障りな声でルーシーにそう吠えると、ルーシーの返答も聞かずに、キャシーは玄関扉から出て行った。
 ルーシーは無礼な客人相手にも深々と頭を下げているので、顔は見えない。慌てて僕は彼女のもとへと走った。
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