後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi

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17. 気位高き南の王朝(三)

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 冬籟はもちろん、皇太后の手元で育った卓瑛も藍可も銀蝉に親しんでも皇帝に懐くことはなかった。皇后と銀蝉と三人の子どもはよく後宮で夕餉を共にしていたそうだが、そこに先帝が来ても彼らと話がかみ合わない。それまで楽しかった場が先帝一人いるだけですっかり白けてしまい、気まずい空気が流れてしまうこともしばしばだったという。

「父上には疎外感もおありだったろう」と卓瑛は実父をおもんぱかる。先に西妃を蔑ろにしたのは先帝だろうと白蘭は再度言いたくなるが、口に出す前に溜息をついた。

 どちらが先かと言っても仕方がないのかもしれない。才気煥発な妻と、いささか鈍重な夫。意見する妻を懲らしめようと厄介な政治を押し付けて見れば、銀蝉という側近を得てますます能力を発揮する。そんな妻をもった夫もさらに頑なになっていった。そして、妻たちの活動する分野を下らぬこと貶め、自分が優れてると考える分野によりのめり込むようになり……。

「父帝は華都に残った貴族達と古典の教養や詩歌の世界に一層耽溺されるようになり、伝統文化を求めて蘇との関係を深めていった。普通、四神国の王は故国を離れることがあまりないものだが、蘇王はひんぱんに華都にやってきた。そして、とうとう蘇王の王女を入内させるという話になった」

「父帝は」と語る卓瑛の声色は複雑だった。

「前王朝の血を引き、学問などの伝統を引き継いだ蘇の王女に自分の子を産ませたかった。『その子こそ真の皇帝だ』と仰せだったと伝え聞いている。義母上の皇后位を廃し、私を廃太子とし、蘇の王女と彼女に産ませる息子を皇后と皇太子にするおつもりだった」

「廃后! そんな……」

 冬籟が「あんたに前に忠告したろう?」と言う。

「伝統文化の中では女は男の下だ。先帝も妻の手腕を認めなかったが、蘇王も『董皇后は男を立てずに生意気だ』と言い立てたんだ」

 卓瑛が哀しそうに息を吐く。

「父帝は『本当の』そして『理想的な』家族を夢見ていたんだと思う」

「本当で理想的……」

 先帝には卓瑛以前にも期待をかける息子が別にいたが、卓瑛以後にも「本当で理想的な」息子を望んでいたとは……。卓瑛も父の愛と縁の薄い人生だ。
 一方、ここで白蘭は確認せずにいられない。
「あのう……。仮に先帝に王女が入内していたとしても、妊娠させようにも皇帝はもう老齢の域でしたよね? どんな精力絶倫な男性だって男性機能はもう……勃……」

 冬籟が頭を抱えた。

「あんた! 話題を選べと言っているだろうが!」

「まあまあ。確かに父帝の晩年の関心事はまさに白蘭が指摘した問題だったのだから仕方あるまい」

「そりゃそうですよね」

「父帝は幼な妻を妊娠させるべく不老不死を求めた。そして怪しげな薬も随分と飲んでおられた。おそらくその中に死因となったものも含まれていただろう」

 病死と聞いていたが、そんな事情があったとは。皮肉なものだ。

「父帝の望みは潰えたが、蘇王は諦めていない。今度は息子の私に娘を嫁がせ、そしてその子を次の皇帝にしようとしている。彼には男児がいないから一人娘に董の皇帝を生ませることに並々ならぬ思いがある」 

 東妃がそっと目を伏せる。東妃の身分では南妃に対抗などできない。そしてまた、北は卓瑛が簒奪を認めていないから北妃を出せる王家がいない。

「なるほど。南妃にとっては西妃が最大の障壁なのですね」

 冬籟が「そうだ」と答えた。

「先の西妃の護符を偽物に取り替えて西の琥の勢力をそぎ、西妃の入内を阻止する。そして卓瑛には父帝に対する孝養の念が薄いのではないかとあげつらう。蘇には動機が十分にある」

「それは分かりました。確かに動機はありすぎるほどあります。ですが合点のいかないこともあります」

「なんだ?」

「なぜこれまで、先帝の廟に供えられていたのが偽物だと彼らは騒がないのでしょう?」

 偽物にすり替えたのは東妃ではない。すると東妃が護符を見たいといった時点より前に護符は盗まれていたことになる。先帝崩御からその時点までのいつかは分からないが、今に至るまでこれといった動きはない。

「護符の件で琥を陥れたいのなら、南妃の入内よりずっと前に騒いでおいた方がいいでしょうに。時期が離れていた方が蘇王の企みだと疑われにくいですからね」

「それもそうだが……」

「南妃の入内はいつ頃になりそうなんですか?」

 卓瑛が答えた。

「もうすぐ蘇王が華都に到着する。いつも通りの表敬訪問の体裁だが、私の使っている間諜によれば非公式に王女を連れて来ているそうだ」

 そういえば冬籟も近々蘇王が来ると言っていた。だから南の蘇人街の坊門を早く閉めるなどの準備をしているのだ。

「間諜によれば、朱莉姫を蘇と異なる董の気候に慣れさせておきたいらしい。そして滞在中に私に入内を切り出すつもりだろう」

 南妃入内が実現しつつある。もし蘇王が西妃の護符をすり替えたのなら、いくら何でもそろそろ動きがあるはずだ。これでも遅いくらいなのだから。

 卓瑛が軽くほほえんだ。

「私の間諜は優秀だが、何もかもがたちどころに分かるわけじゃない。琥の商人として何か聞いた情報があれば教えて欲しい」

 白蘭が今思いつくところでは……。

「そうですね……皇太后の護符の偽物は精巧だったそうですから、その材料を整えた商人がいないか探ってみます」

 その納入先が蘇王なら謎は一気に解決すると卓瑛も頷く。

「蘇王が犯人ならその証拠が欲しい。それがあれば董は蘇に対する切り札を持てる」

 卓瑛が白蘭に含みのある視線を向けた。

「次の西妃の地位も安泰だ。──そうだろう? 白蘭」
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