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第4章 人類の宇宙への進出
4.17 原住人類シャーナ人の選択2
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翌朝、スズリスはグループのメンバーを引きつれて、6㎞近い長さの洞窟を歩く。大体の通路はヒカリゴケが壁に蔓延っているので、ぼんやりと明るいために、目が暗いところに慣れているシャーナ人にとっては歩くには問題の無い明るさだ。
グループのメンバーは、昨晩は出来るだけ体は拭いて、一番ましな服を着て出てきているから、そんなに臭くはないはずだ。残したものはろくなものは無いが、皆袋に何やら入れているのは先祖や親の作った造形物であり、彼らにとっては重要なものである。
他の2グループの代表がそれぞれ2人ついて来ているが、彼らは自分たちの移動の段取りを付ける必要があるのだが、食品を貰うのも目的の一つである。やがて、明るい入口が見えてきたので、皆目をしばたいて明るさに慣れようとしている。どうも入口には、なにやら大勢の人がいるようだが、なんだろうと皆怪訝な思いである。
しかし、これは当然のことで絶滅していたと思われていた原住人類が生き残っていたのだから、これは地球も含めた大きな関心を呼んだ。その日は、たまたま日曜日であり、ナム一家は、ニュー・アフリカ大陸の中央高原の洞窟の入口を写したシーンを見ながら、テレビで興奮したアナウンサーの言葉を聞いていた。
時々カメラが辺りを写しているが、辺りは草原で背の低くずんぐりした木がまばらに生えている。洞窟のそばには、惑星内の移動に使われている大型コミューターが着陸しているが、あれはAAB30型だから、たしか5百人乗りだ。
テレビクルーやマスコミ連中の乗ってきたランクルが7台止まっており、テレビクルーも3組きている。 スズリスのことは、しばらくはマスコミに伏せられており、昨日ようやくスズリスのグループの移住に合意が取れたので、今日かれらが移住することが記者会見で発表されたのである。
さすがにマスコミの情報収集力は高く、たちまちジュリアスの居るホギュウハンター基地を探り出して、昨晩のうちに乗りこんできたのだ。政府も、洞窟から出てくる人々をテレビ放映するのは良いだろうということで同行を認めている。
ナムたちが見ているうちに、シャーナ人がまぶしさに手びさしをしながら、ぞろぞろ出てくる。みな、疲れた顔であるが、鼻がすこしつぶれた感じであるほかに、手の指が4本である以外は地球人と違ったところはない。褐色の肌は地球人にも珍しくはないし、身長は大人は百七十から百六十㎝位で、明らかに体つきの違う男女の身長の差はない。
子供が3割程度いるようで女性が多い感じだ。大人はテレビカメラに追われているのに戸惑っているが、子供は嬉しそうに手を振ったり顔をしかめて見せている。総じてなかなか明るさに慣れないらしく目をしかめている。
マスコミは、インタビューについては、代表の女性のみと制限されてそれに従っている。そのインタビューは地球人に耐性のあるスズリスが息子のムーズスの手を引いて行った。
「スズリスさんですか」
マスコミの代表が聞く。
「ええ、スズリス・マテルスです。こちらは息子のムーズスです。私の歳は32歳(地球年30歳)で、息子は13歳です。私の夫、ムーズスの父親は獣に襲われて死にました」
そのように、スズリスが質問以外に付け加えて答える。
「ええと、そうすると、この惑星へのラザニアム帝国の攻撃は35年前ですから、あなたは洞窟の中で生まれたのですね」再度インタビュワー。
「ええ、そうです。私も息子も外に出たことはありますが、洞窟の世界で育ったのです」
「洞窟内で水はどうされていたのですか?まだ電気はあったのですか?」
「水については地下の川があって、困りませんでした。電気は、発電機と電池でしたね。でも、発電機の燃料と部品は切れる寸前でした。ついでに言うと、トイレの排水は最終的に地底の川の下流側に流していました。ああ、後で私たちが住んでいた洞窟に入られるようですが、壁画を痛めたり、造形物を持ち去らないようにおねがいします」
「壁画、造形物?」
「ええ、私たちは絵とか彫刻などの様々な造形物が大好きで、そういうものを描いたり作ったりをしないと気が済まないのです。例えば、これは私の父が作ったものです」
スズリスはリュックを下して、中から岩を彫った彫刻を取り出す。
それは黒い岩を加工した人のような何とも知れない不思議な形のもので、一旦目にとめると目が離せなくなり、しかもなにか判らない感動が湧いてくる。
「こ、これは何でしょう。目が離せない」
「ええ、こういうものは人の感情に訴えるのです。私たちは、自分の感情で確かめながら造形を進めて完成するのです。これは、私の父が5年間かけて作ったものです」
そう言いながら、スズリスはその彫刻をリュックにしまう。
「では、私は移住地に行きます。地球人の皆さん、私たち親子はあなた方の一人に命を助けられました。
また、私たち全員に住むところを与えて頂き、不自由なく住めるようにしていただいたことを感謝します。私たちはあなた方と共存することを選びました。今後共長く、仲良く交流したいと思っています。どうぞよろしくお願いします」
スズリスは、テレビの視聴者にそう言って大型のコミューターに乗り込んで去っていった。
「ラザニアム帝国が攻撃する前には、この惑星の人口は十億人を越えていて、大体地球の文明くらいだったらしいわ。それが、今は千人足らずだって」
画面を見ていたホアの言葉にナムが応じる。
「うん、35年間洞窟からほとんど出れなかったのだろう。でも、ある意味ではわずかな生存者としてこの惑星の所有の権利を受け継いだわけだから、ずいぶん恵まれた条件で居住できるらしいのだけど、ちょっと優遇しすぎのような気がするな。権利と言ってもこちらは認めなければそれまでの話だろう?」
「でも、それじゃ私たちがラザニアム帝国に似たような存在になっちゃうわ。うーん、大体あまり羨ましくはないわね。洞窟だけの生活、まあ今から楽しんでくれるといいわね」
ホアが言い弟のクワンが解説する。
「地球は、星間国家として同盟三十七種族のリーダー的な存在になっているのだよね。だから、公正である、少なくともそう見えることは大事なんだと思うよ。
シャーナ人の定着のために大体全部で150億CDくらいの費用がかかって、30万㎢の土地を保障するらしいけれど、この惑星ホライゾンに僕らが定着できることを思えば安いものだよ。
ところで、この惑星の名前はシャーナ人が呼んでた名前ミルシャーナにするらしいね。また、大陸とか島、山や湖も彼らの名があればそれを使うらしい。
かれらは、最初としては十分な土地を与えられ、基金も十分だけど、わずか残りが千人では遺伝的にも文化的にも存続できるか危ないと思うな。よほど彼らが、彼らとしてあるよりどころがないとね。でも、さっきの彫刻かな。あれは、なんなんだろうね。すごく心に響くものがあるなあ。実際に見てみたいよ」
ホアンは知力増強処置を受けた若者であり、今は政府の機関で働いている。
「あら、カメラが洞窟の中に入るようよ」
画面を見ていたホアが言う通り、カメラを持ったスタッフが乗ったキャリヤーが中を進み始める。
ライトで洞窟を照らしながらどんどん進み、やがて開け放しの扉の所に着いて、扉の構造を説明する。
「これは鋼製の枠の表側に洞窟と同じようにカモクラージュした部材を貼り付けているのですね、またこのヒンジ機構といい相当な技術レベルです」
アナウンサーが説明する。
そこからは、テレビクルーも歩きで中を進んでいく。すでに電球は消えていて、明かりはヒカリゴケのみだが、ライトの明かりの中ではそのぼんやりした明るさは見えない。途中のキノコ棚を写しながらカメラは進む。
やがて、アナウンサーが興奮して叫ぶ。
「見てください。この壁を!」
その先には大きな空間が広がっているその手前の壁に、たしかに高さ3m余りの天井までびっしり絵で埋まっている。カメラでゆっくりと腰の高さから天井を埋めているそれをなめていくが、その絵を何と言っていいか表現のしようがない。ただ、直接心に響いてくるもの、ある部分で心が締め付けられ、ある部分ではパア!と開けると言った風な心理的な影響があることは事実である。
さらには、大広間の絵で埋められた仕切りと周囲の壁を埋め尽くす絵、数百点の彫刻、オブジェの数々、その後その放送はさらに2時間を超えたがカメラマンも飽くことなく撮影し、視聴者は知り合いへの携帯の連絡でどんどん増えてついに空前絶後の視聴率80%にもなった。
『シャーナの芸術の殿堂1』の公開の瞬間であった。
「あれはすごい。シャーナ人は皆芸術家なんだ。何人であれを作ったのかもしれないが、たぶん多かれ少なかれ皆にそうした才能があるのだろうね。彼らは少人数だけど、あれだけの人の心を動かせるものを作れるのだから、間違いなく人々に尊重されながら、確固たる立場を占めていくだろうな。あれは、すごい!あの洞窟に是非行ってみたいな」
クワンが言い、ナムもホアも心から頷く。
シャーナ人の他の2つのグループも、同じように彼らの洞窟に絵と彫刻、オブジェで埋め尽くしており、移住後にシャーナの芸術の殿堂2と3を残した。これらは、惑星ホランゾン改め惑星ミルシャーナ政府が直ちにスタッフを送り込んで、それに夢中になった美術専門家の監修と解説によって、丁寧に洞窟内の壁画と彫刻類が収められたビデオが作られた。
これは、洞窟ごとに2時間にも及ぶ収録であったが、この3枚セットのCDは100CDもの値段にも関わらず、惑星ミルシャーナは無論、地球およびもう一つの開発惑星ホープにも輸出され、さらに他の友好星間諸国へも広がって全部で十億セットを超える超大ヒット作になった。
さらには、ミルシャーナ政府はこれら芸術の殿堂を観光コースとして、最大同時に500人受けいれられるようにして、必要な洞窟にはトロリー列車を走らせるなどの設備を建設した。
さらに、これに付属して巨大なホテルが建設されて、1日2時間で一つの殿堂めぐりを3日続けるコースが大人気を呼んだ。このコース巡りは希望者が多すぎて、完全予約制になっており、地球人に半分、友好星間諸国に半分の時間割が与えられ予約は3年待ちになっている。
このCDの販売と入場料の半分はシャーナ人の取り分となって、彼らに莫大な収入をもたらした。しかし、こうした絵、彫刻、オブジェはシャーナ人がいる限り生み出されるわけである。だから、結局シャーナ人は基本的にこうした作品を作る芸術家になって創作活動にいそしむことになった。
人口千人の彼らのシャーナ人の芸術の村、シャーナ人はミズルマ村と呼んでいるが、では観光コースを設けて彼らの作品の展示即売場も設けられて、さまざまな作品が百~1万CDの値段で売られているが、年間百万人もの人が来るため到底数が足りず、抽選で買う権利が与えられることになっている。
なお、シャーナ人はシャーナ自治共和国を成立させて、その政府初代代表にスズリスが就任した。この政府は、20人のシャーナ人スタッフに加え、百人の地球人の雇用職員がおり、その中には、産業・財務アドバイザーも各々一人いる。
このメンバーで十人の代議員と共に1年で憲法・法律の制定(元のシャーナ人の国のものを下敷きにした)、総務・住民・建設・人事・警察・消防等の組織の立ち上げをやってのけ、さらに、外部との折衝、予算の策定と執行をこなした。
さらに、この政府の指導でミズルマ村商業組合が結成されて、観光コースの運営、外部からの食品や様々な資材の買い付け、村内のマーケット、レストラン、理髪店、その他さまざまな活動を取り仕切っていて、シャーナ人百人および地球人の雇用者200人で運営している。
さらに、シャーナ人にも農業や漁業を自分でやりたいという人もいて、ミズルマ村農業組合、漁業組合が結成されていて、それぞれシャーナ人50人余りに地球人100人ずつが従事している。農業・漁業は芸術的インスピレーションを得るためと言う人もいて、専業としてやっているシャーナ人は半分以下である。
このように、地球人500人余りが雇われているが、このポジションは何しろ芸術の村ミズルマ村に住めるとあって大人気であり、とりわけ芸術に興味がある優秀な若者の希望者が殺到して、彼らは余暇にシャーナ人の創作をまねて自分の創作を行っている者も多い。
この中から、独自の作風を確立して惑星世界的に有名になったものも数人いる。なお、シャーナ自治共和国にとっては500人程度の人件費はその莫大な芸術関係の収入から見れば何ほどのこともなく、その基金は増える一方である。
グループのメンバーは、昨晩は出来るだけ体は拭いて、一番ましな服を着て出てきているから、そんなに臭くはないはずだ。残したものはろくなものは無いが、皆袋に何やら入れているのは先祖や親の作った造形物であり、彼らにとっては重要なものである。
他の2グループの代表がそれぞれ2人ついて来ているが、彼らは自分たちの移動の段取りを付ける必要があるのだが、食品を貰うのも目的の一つである。やがて、明るい入口が見えてきたので、皆目をしばたいて明るさに慣れようとしている。どうも入口には、なにやら大勢の人がいるようだが、なんだろうと皆怪訝な思いである。
しかし、これは当然のことで絶滅していたと思われていた原住人類が生き残っていたのだから、これは地球も含めた大きな関心を呼んだ。その日は、たまたま日曜日であり、ナム一家は、ニュー・アフリカ大陸の中央高原の洞窟の入口を写したシーンを見ながら、テレビで興奮したアナウンサーの言葉を聞いていた。
時々カメラが辺りを写しているが、辺りは草原で背の低くずんぐりした木がまばらに生えている。洞窟のそばには、惑星内の移動に使われている大型コミューターが着陸しているが、あれはAAB30型だから、たしか5百人乗りだ。
テレビクルーやマスコミ連中の乗ってきたランクルが7台止まっており、テレビクルーも3組きている。 スズリスのことは、しばらくはマスコミに伏せられており、昨日ようやくスズリスのグループの移住に合意が取れたので、今日かれらが移住することが記者会見で発表されたのである。
さすがにマスコミの情報収集力は高く、たちまちジュリアスの居るホギュウハンター基地を探り出して、昨晩のうちに乗りこんできたのだ。政府も、洞窟から出てくる人々をテレビ放映するのは良いだろうということで同行を認めている。
ナムたちが見ているうちに、シャーナ人がまぶしさに手びさしをしながら、ぞろぞろ出てくる。みな、疲れた顔であるが、鼻がすこしつぶれた感じであるほかに、手の指が4本である以外は地球人と違ったところはない。褐色の肌は地球人にも珍しくはないし、身長は大人は百七十から百六十㎝位で、明らかに体つきの違う男女の身長の差はない。
子供が3割程度いるようで女性が多い感じだ。大人はテレビカメラに追われているのに戸惑っているが、子供は嬉しそうに手を振ったり顔をしかめて見せている。総じてなかなか明るさに慣れないらしく目をしかめている。
マスコミは、インタビューについては、代表の女性のみと制限されてそれに従っている。そのインタビューは地球人に耐性のあるスズリスが息子のムーズスの手を引いて行った。
「スズリスさんですか」
マスコミの代表が聞く。
「ええ、スズリス・マテルスです。こちらは息子のムーズスです。私の歳は32歳(地球年30歳)で、息子は13歳です。私の夫、ムーズスの父親は獣に襲われて死にました」
そのように、スズリスが質問以外に付け加えて答える。
「ええと、そうすると、この惑星へのラザニアム帝国の攻撃は35年前ですから、あなたは洞窟の中で生まれたのですね」再度インタビュワー。
「ええ、そうです。私も息子も外に出たことはありますが、洞窟の世界で育ったのです」
「洞窟内で水はどうされていたのですか?まだ電気はあったのですか?」
「水については地下の川があって、困りませんでした。電気は、発電機と電池でしたね。でも、発電機の燃料と部品は切れる寸前でした。ついでに言うと、トイレの排水は最終的に地底の川の下流側に流していました。ああ、後で私たちが住んでいた洞窟に入られるようですが、壁画を痛めたり、造形物を持ち去らないようにおねがいします」
「壁画、造形物?」
「ええ、私たちは絵とか彫刻などの様々な造形物が大好きで、そういうものを描いたり作ったりをしないと気が済まないのです。例えば、これは私の父が作ったものです」
スズリスはリュックを下して、中から岩を彫った彫刻を取り出す。
それは黒い岩を加工した人のような何とも知れない不思議な形のもので、一旦目にとめると目が離せなくなり、しかもなにか判らない感動が湧いてくる。
「こ、これは何でしょう。目が離せない」
「ええ、こういうものは人の感情に訴えるのです。私たちは、自分の感情で確かめながら造形を進めて完成するのです。これは、私の父が5年間かけて作ったものです」
そう言いながら、スズリスはその彫刻をリュックにしまう。
「では、私は移住地に行きます。地球人の皆さん、私たち親子はあなた方の一人に命を助けられました。
また、私たち全員に住むところを与えて頂き、不自由なく住めるようにしていただいたことを感謝します。私たちはあなた方と共存することを選びました。今後共長く、仲良く交流したいと思っています。どうぞよろしくお願いします」
スズリスは、テレビの視聴者にそう言って大型のコミューターに乗り込んで去っていった。
「ラザニアム帝国が攻撃する前には、この惑星の人口は十億人を越えていて、大体地球の文明くらいだったらしいわ。それが、今は千人足らずだって」
画面を見ていたホアの言葉にナムが応じる。
「うん、35年間洞窟からほとんど出れなかったのだろう。でも、ある意味ではわずかな生存者としてこの惑星の所有の権利を受け継いだわけだから、ずいぶん恵まれた条件で居住できるらしいのだけど、ちょっと優遇しすぎのような気がするな。権利と言ってもこちらは認めなければそれまでの話だろう?」
「でも、それじゃ私たちがラザニアム帝国に似たような存在になっちゃうわ。うーん、大体あまり羨ましくはないわね。洞窟だけの生活、まあ今から楽しんでくれるといいわね」
ホアが言い弟のクワンが解説する。
「地球は、星間国家として同盟三十七種族のリーダー的な存在になっているのだよね。だから、公正である、少なくともそう見えることは大事なんだと思うよ。
シャーナ人の定着のために大体全部で150億CDくらいの費用がかかって、30万㎢の土地を保障するらしいけれど、この惑星ホライゾンに僕らが定着できることを思えば安いものだよ。
ところで、この惑星の名前はシャーナ人が呼んでた名前ミルシャーナにするらしいね。また、大陸とか島、山や湖も彼らの名があればそれを使うらしい。
かれらは、最初としては十分な土地を与えられ、基金も十分だけど、わずか残りが千人では遺伝的にも文化的にも存続できるか危ないと思うな。よほど彼らが、彼らとしてあるよりどころがないとね。でも、さっきの彫刻かな。あれは、なんなんだろうね。すごく心に響くものがあるなあ。実際に見てみたいよ」
ホアンは知力増強処置を受けた若者であり、今は政府の機関で働いている。
「あら、カメラが洞窟の中に入るようよ」
画面を見ていたホアが言う通り、カメラを持ったスタッフが乗ったキャリヤーが中を進み始める。
ライトで洞窟を照らしながらどんどん進み、やがて開け放しの扉の所に着いて、扉の構造を説明する。
「これは鋼製の枠の表側に洞窟と同じようにカモクラージュした部材を貼り付けているのですね、またこのヒンジ機構といい相当な技術レベルです」
アナウンサーが説明する。
そこからは、テレビクルーも歩きで中を進んでいく。すでに電球は消えていて、明かりはヒカリゴケのみだが、ライトの明かりの中ではそのぼんやりした明るさは見えない。途中のキノコ棚を写しながらカメラは進む。
やがて、アナウンサーが興奮して叫ぶ。
「見てください。この壁を!」
その先には大きな空間が広がっているその手前の壁に、たしかに高さ3m余りの天井までびっしり絵で埋まっている。カメラでゆっくりと腰の高さから天井を埋めているそれをなめていくが、その絵を何と言っていいか表現のしようがない。ただ、直接心に響いてくるもの、ある部分で心が締め付けられ、ある部分ではパア!と開けると言った風な心理的な影響があることは事実である。
さらには、大広間の絵で埋められた仕切りと周囲の壁を埋め尽くす絵、数百点の彫刻、オブジェの数々、その後その放送はさらに2時間を超えたがカメラマンも飽くことなく撮影し、視聴者は知り合いへの携帯の連絡でどんどん増えてついに空前絶後の視聴率80%にもなった。
『シャーナの芸術の殿堂1』の公開の瞬間であった。
「あれはすごい。シャーナ人は皆芸術家なんだ。何人であれを作ったのかもしれないが、たぶん多かれ少なかれ皆にそうした才能があるのだろうね。彼らは少人数だけど、あれだけの人の心を動かせるものを作れるのだから、間違いなく人々に尊重されながら、確固たる立場を占めていくだろうな。あれは、すごい!あの洞窟に是非行ってみたいな」
クワンが言い、ナムもホアも心から頷く。
シャーナ人の他の2つのグループも、同じように彼らの洞窟に絵と彫刻、オブジェで埋め尽くしており、移住後にシャーナの芸術の殿堂2と3を残した。これらは、惑星ホランゾン改め惑星ミルシャーナ政府が直ちにスタッフを送り込んで、それに夢中になった美術専門家の監修と解説によって、丁寧に洞窟内の壁画と彫刻類が収められたビデオが作られた。
これは、洞窟ごとに2時間にも及ぶ収録であったが、この3枚セットのCDは100CDもの値段にも関わらず、惑星ミルシャーナは無論、地球およびもう一つの開発惑星ホープにも輸出され、さらに他の友好星間諸国へも広がって全部で十億セットを超える超大ヒット作になった。
さらには、ミルシャーナ政府はこれら芸術の殿堂を観光コースとして、最大同時に500人受けいれられるようにして、必要な洞窟にはトロリー列車を走らせるなどの設備を建設した。
さらに、これに付属して巨大なホテルが建設されて、1日2時間で一つの殿堂めぐりを3日続けるコースが大人気を呼んだ。このコース巡りは希望者が多すぎて、完全予約制になっており、地球人に半分、友好星間諸国に半分の時間割が与えられ予約は3年待ちになっている。
このCDの販売と入場料の半分はシャーナ人の取り分となって、彼らに莫大な収入をもたらした。しかし、こうした絵、彫刻、オブジェはシャーナ人がいる限り生み出されるわけである。だから、結局シャーナ人は基本的にこうした作品を作る芸術家になって創作活動にいそしむことになった。
人口千人の彼らのシャーナ人の芸術の村、シャーナ人はミズルマ村と呼んでいるが、では観光コースを設けて彼らの作品の展示即売場も設けられて、さまざまな作品が百~1万CDの値段で売られているが、年間百万人もの人が来るため到底数が足りず、抽選で買う権利が与えられることになっている。
なお、シャーナ人はシャーナ自治共和国を成立させて、その政府初代代表にスズリスが就任した。この政府は、20人のシャーナ人スタッフに加え、百人の地球人の雇用職員がおり、その中には、産業・財務アドバイザーも各々一人いる。
このメンバーで十人の代議員と共に1年で憲法・法律の制定(元のシャーナ人の国のものを下敷きにした)、総務・住民・建設・人事・警察・消防等の組織の立ち上げをやってのけ、さらに、外部との折衝、予算の策定と執行をこなした。
さらに、この政府の指導でミズルマ村商業組合が結成されて、観光コースの運営、外部からの食品や様々な資材の買い付け、村内のマーケット、レストラン、理髪店、その他さまざまな活動を取り仕切っていて、シャーナ人百人および地球人の雇用者200人で運営している。
さらに、シャーナ人にも農業や漁業を自分でやりたいという人もいて、ミズルマ村農業組合、漁業組合が結成されていて、それぞれシャーナ人50人余りに地球人100人ずつが従事している。農業・漁業は芸術的インスピレーションを得るためと言う人もいて、専業としてやっているシャーナ人は半分以下である。
このように、地球人500人余りが雇われているが、このポジションは何しろ芸術の村ミズルマ村に住めるとあって大人気であり、とりわけ芸術に興味がある優秀な若者の希望者が殺到して、彼らは余暇にシャーナ人の創作をまねて自分の創作を行っている者も多い。
この中から、独自の作風を確立して惑星世界的に有名になったものも数人いる。なお、シャーナ自治共和国にとっては500人程度の人件費はその莫大な芸術関係の収入から見れば何ほどのこともなく、その基金は増える一方である。
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