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第5章 銀河宇宙との出会い

5.10 銀河に迫る危機

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 誠司の告白に、ミカサム導師は深く頷いて聞く。
「なるほど、やはりそう言った経緯があったのだな。まさに偶然でないことは明らかだね。しかし、その支援機能というのは具体的には何なのだね?」

 この質問に誠司少しためらったが、彼の直感はむしろここは率直に打ち明けた方が良いと告げていたので正直に答えた。
「はい、私の個人用小型コンピュータが突然、私の打ち込んだ質問に対し、明らかに我々の社会及び技術の水準を超えた回答を出してくるようになったのです。とりわけ、最初は完全に質問の範囲を超えた回答で、おかげで最も重要な開発である核融合発電に係る理論確立は出来たようなものです。私が成し遂げたことになっている数々の発見・発明は、その助けなしには絶対にできませんでしたね。
 まあ、最近は質問に対してほぼ忠実にしか答えてきませんが、それでも常に正しい答えで、いき詰まっていた問題の解決策を示してくれるので、極めて有用であることには違いないですね。今は、私が使うのみならず沢山の研究者の求めに応じて大量の質問に答えています」

 こうした誠司の答えに、ミカサム導師は大きく頷く。
「それは、大変な援助だね。開発というものはあることで躓いて時間をかけて克服しても今度は別の山が来るものだ、だから一般に開発は非常に時間がかかるものだから、それを越えるためのツールがあれば、必要な時間を大幅に短縮で来るだろうし、誤りを犯してさらに時間を費やす可能性も大幅に低くなる。
 たぶん、それは未来からの干渉だろうな。その君たちのコンピュータという原始的なものは単なる媒体であるということだな」

「ええ、私もそう思ってきました。そしてある時、我々がその未来に追い付いて、もはや有用なサジェッションが得られなくなる日が来るかもしれないとも思っています。
 ちなみに、私はその支援してくれる存在が宿ったコンピュータをマドンナと呼んでいますが、最近、私の息子もこれを近く使えるようになることがわかったのですよ。いわば、世襲ですね。
 ですから、この提言・情報を送ってくれる存在のレベルに追い付くのは、私の一生の中ではないのかもしれないなとも思うようになりました」

 誠司のしみじみした言葉に、ミカサム導師はさらに述べる。
「たしかに、そうした存在を持った君が、さらにあの巨大惑星人のスミラム帝国人から、様々な提言を受けたということは偶然ではありえないね。そうはいっても、君そのものもそうだが、地球人がそれを生かして民族の滅亡という運命をひっくり返して、さらに今ここに来て我々の憂慮していた問題の解決に大きくかかわってきたというのも、これまた偶然ではないであろうな。
 これについては、我々の社会にも公表されていない問題であり、私も一存では君に告げるわけにはいかない。この件は、私たちの政体代表及び君らの政府代表者もいる席で話をしよう。すこし、待ってほしい」

 そう言って、ミカサム導師はさっと不透明の膜に覆われる。なにか連絡をとっているのであろう。
『周囲には聞かれたくない場合にはこういう道具もあるのか』
 誠司は感心してそう思ったが、少しすると再度導師の姿が現れる。

「先ほどラザニアム帝国の問題は判決がでて片が付いたそうだよ。君らも興味があるだろうね?」
「ええ、もちろん。どういう結果になったか教えていただけますか?」
 誠司が頼むと導師が裁判と判決の要点を伝える。

「ラザニアム帝国の、住民を含めた抹消ということは避けられた。これは、実施する方もあまり後味のいいものではないからね。それで、大方の裁きとその罰については、すでに地球が実施しておりそれが追認された形だね。
 これは、無論君らも知っているように、一つは民族を絶命させて奪った惑星と、隷属させた民族から奪った惑星を取りあげ、関係した民族に分配したという点、もう一つは隷属させた種族への賠償金を払うこと、さらに彼らの戦闘艦を取り上げ、それを新たに建造しないように隷属させていた民族により監視させることだね。

 加えて、彼ら自身の申し出として、皇帝は自裁し、歴代皇帝の施政が誤っていたという記念館を建てること、そうした方策が誤っていたことを教育内容に含めるということ、さらには絶滅させた種族についてその記録・遺物を収めた記念館をつくることだ。
 さらに、議会から現在知能強化処置が貴族階級にしかされていない点が、彼らの階級意識を強めていると指摘されている。従って追加要求として、彼らの国民全員が受けるようにするという点だ。
 まあ、かれらに滅ぼされた民族は蘇ることはないのだが、そういう民族を滅ぼしたということが、ずっと外に向けても内部的にも汚点として残るということだね。誠司君はこの判決をどう思うかね?」

 導師から最後に問われて誠司は答える。
「ラザニアム帝国人が特異なのは、多数の他民族を平気で殺戮してきた割には、彼らの宇宙艦隊を滅ぼした時、全く悪あがきをせずに我々が押し付けた罰、彼らにとっては大きな苦痛だったと思いますが、これを受け入れています。
 また、惑星を引き渡した後、当然建物などのインフラはそのままにして去ったわけですが、我々も爆弾など仕掛けたりしたことを警戒しました。しかし、結局そういうこともなかったために、私どもが植民した惑星の開発が大いに捗りました。

 私どもの惑星の歴史でも、他民族を奴隷にして扱う、虐殺してきた例は沢山ありますが、結局その相手を劣った相手ということで、いかなることをしても良いという教育と刷り込みをされていたためでした。
 そのよい証拠が、そういうことをしてきた同じ民族が、一旦違う教育で育てられるとそういうことは悪だと心から信じています。ですから、ラザニアム人という民族は非常に理性的な人々で、こうするのが合理的であると考えれば、簡単にそういう方向に皆の考えが向くのだと思います。

 今度かれらは、他の民族を滅ぼすこと、他民族を搾取することが長い目で見て合理的な方法ではないということを学んだわけです。ですから、今後彼らはそういうことはすべきでないということで統一されてくると思っています。
 なにより、彼らは潜在的に対立する存在として、地球と今はその同盟諸国になっているかっての隷属種族のみならず、シーラムム帝国を始めそれと同等の巨大な星間国家の存在を知ったわけです。今後彼らが問題を起こすことはないでしょう」

 誠司の言葉に導師が同意する。
「そうだろうね。かれらはいわば、情緒的に幼い子供のようであったのだと思う。その意味では、自分の今までの行為の結果、痛い目に合うと学習したから同じことはしないだろうね。
 さて、会議の設定が出来た。午後に政庁ビルで行いたい。政府側から地球政府の代表には話が行くので君たちは私と同行してほしい。そういうことで、昼食をご一緒願えるかな?」

「ええ、むろん、御馳走になります」
 誠司は答えて、恵一と共に部屋を出ていく一行に同行する。移動したところはカフェテリアといった雰囲気のところで、テーブルが並んでいる。そこで、シルギアが何やら持っている端末みたいなもので操作すると、椅子が人数分床から現れ、周りに不可視のカーテンがかかりすぐに主観的には森の中に居るような景色に変わる。

「どうぞ、お座りください」シルギアと導師及びその弟子たちがすぐ座るのを見て。誠司と恵一もそれが幻でないことを納得して座る。高さと座り心地は勝手に椅子が調節して、最もいい高さかつ座り心地に調整される。この辺りの技術はどういう仕組みか検討はつくが、実際に作るとなるとえらいことだなと誠司も恵一も思う。

「ご覧になったものから、お好みのものを選んで触るようにしてください」
 シルギアが言うと目の前で、料理の立体映像が移り変わるが湯気まで出て極めて高いリアリティである。皆がそれぞれ選ぶと、5分ほどしてテーブルの上に実物が現れる。味も期待したい通りで極めて美味しい。

「これは、すごいものですね。私たちとは隔絶した技術の差です」
 料理を待つ間に恵一が感心して言うとシルギアが、とんでもないと言わんばかりに力説する。

「ここは、職場にあるカフェテリアなのでこのように味気なく自動化されていますが、本来のレストランは専任のウェイターまたはウェイトレス、これは無論人ですが、彼らがさまざまなリコメンドしながら注文を取って、実際に運んできます。その雰囲気が楽しいのです」

「なるほど、でも人がそれだけかかわると値段もそれなりでしょうね?」
 恵一がそう聞くのにシルギアが答える。
「ええ、無論一桁くらい違いますね。でも食事は人生の中の楽しみの一つですから。それと、すべての人が何らかの形で働かなくてはなりませんからね」
「このシーラムム帝国の場合、財産を沢山持っている人で消費ばかりしている人はいないのですか?」

 今度は誠司の質問にまたシルギアが答える。
「無論、その持っている財産に差はありますが、長期間働かずに消費のみで暮らせるほどの財産を持っている人はいないはずです。当然、働くことによる収入には差がありますが、上限も下限も最大で平均値の3倍以内に抑えられています。
 また、親の財産は物に関しては一定の範囲で世襲が可能ですが、立場やその範囲を超える資産はできません。ですから、基本的には皆同じ立場からスタートするわけです。また精神的・肉体的欠陥で働けるコンデションにないものも少数はいますので、こういう人々には国から援助されることで暮らしていきます」

「でも、生まれつき障害がある人もいるのではないですか?」
 今度は誠司が聞き、導師の弟子のひとり男性のシモンズが答える。

「私どもは、もう数万年前に自然分娩は捨てて、受精卵を孵化器に入れて育てるので、何らかの欠陥があれば生まれることはありません。それでも、数百万に一つは障害が見逃される場合がありますね。そういう場合、生まれてきた以上は社会が面倒を見るということです」

「なるほど、ただ、もう一つ伺いたいのははっきり言ってこのシーラムム帝国ほどテクノロジーが進んでいれば、人は働かなくてもロボットというか自動化機能に任せておけば暮らしていけるのではないですか?」
 さらに誠司がこのように聞き、今度は導師が答える。

「物理的には、誠司君の言うとおり、人が働かなくても社会を存続させることは可能だ。事実、一部の惑星でそのような選択をしたグループがいたが、その結果は無残なものだったよ。
 毎日がスポーツにレジャーを続けるわけだが、結局のところ多くが耐えられずに去っていき、最後に残ったものは、もう動くことも出来ず知能も衰えた人とも言えない者達のみだった。第一にそういう社会には全く進歩が無いのだ。私たちの国の変化・進歩は地球などから比べると止まっているも同然だろう。

 しかし、やはり変化・進歩はしているのだよ。しかし、先ほど言った社会にはそれもない。われわれの結論は、人は働かなくてはならないということだ。我々のテクノロジーは、人々がそのために働かなくても国全体の人々が不自由なくらしていける衣食住を供給することは十分に可能だ。
 従って、その自動機械による生産力と、人々の働きを組み合わせて、人々が働くことが楽しくまたやりがいを感じるような、生産と消費のシステムを作り運営していくことがすなわち国家の主要な役割になっているのだ」

「うーん、それは社会としての理想の姿なのかもしれませんね。地球も目指すところはこのシーラムム帝国のありかたかもしれません。しかし、そこまでの道のりは遠いですね」
 誠司が最後にそういったところで食事も終わり導師が言う。
「うむ、では政庁ビルまで行くから。誠司君と恵一君に一緒に行ってもらおう」

 研究所の入口に導師と共に降りていくと、箱型のコミューターが待っていた。
「おお、今度は迎えの車が来るのですね」

「うむ、政府からの差し向けだよ。今から極めて重要な会議を行うのだ。その主要メンバーをまさか、あのコミューターで移動したもらうわけにはいかない」
 導師は入口近くにおいてある板に座席をつけたようなコミューターを指す。

 この箱型のコミューターは殆ど路面についており、座席の上の屋根は完全に持ち上がっているので、立ったままコミューターに入り込んで座ればいいようになっている。この椅子も勝手に最も座り心地がいいように調節する。
 政庁ビルまではそれなりに距離はあったが、スピードは極めて速くあっという間に巨大なビルの玄関先に到着する。そこには、軍の制服を着た男女が待っており、彼ら3人がコミューターを降りると恭しく手を胸に当てる。これがシーラムム帝国の敬礼のようなものだ。

 この恭しさは無論誠司たちではなく導師に向けての旨である。
「お待ちしておりました、シムラン・ミカサム導師ならびに地球のお二方。どうぞ、ご案内します」
 男性兵士が手で示して案内する。

 例によってエレベーターホールから十五階に登って、廊下を歩いて着いたところは何かの紋章が彫られたひと際立派なドアであり、近づくと例によって自動で開く。
 そこには、十人ほどの人々が待っており、入ってくる3人を見つめている。
「どうも最後のようですな。お待たせしましたかな」

 導師が言うが、「いやいや、我々も席についたばかりです。なにしろ、導師とその超空間に係るモデル化に成功したという地球のお二人がいないと話が始まりませんからな」シーラムム帝国の宰相でが言う。この会議室では、出席者はそれぞれその頭上に表示が出ているので誰が誰かはすぐわかるようになっている。

 待っていたのはシーラムム帝国の出席者が8名、地球からの連邦外務大臣ファアガ・フェルナンドと対シーラムム帝国特使マリア・キャンベル、その他にミザスカス民主共和国の特使が出席している。
 司会はシーラムム帝国の外務大臣ソマダラ・ビエンチン氏が務めるようだ。
「では会議を始めます。まず、お断りしたい。これはミザスカス民主共和国もご存知だが、我々の銀河は危機に瀕しています」

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