疾風バタフライ

霜月かずひこ

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第24話

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「……俺の負けか」
 
 敗北を認めて俺は床に倒れこむ。
 もう腕一本すら動かせない。
 体力も完全に尽きている。
 だというのに朝倉はケロッとしていて、二重の意味で負けた気分だ。

「……ふう」
 
 深呼吸をして体を休めていると朝倉がやって来た。

「いえーい♪ 私の勝ちだね」
「……そうだな。約束通りお前の言うこと何でも1つ聞いてやるよ」
「うーん。それなんだけどどうしようかな」

 朝倉は、しばし考え込んでから一言。

「なら聞いてくれる内容をあと3つ増やして」
「おい」

 まさかそんなテンプレみたいなことを言われるとは思わなかった。

「えーダメなの?」
「……いやいいぜ。細かい決まり作ってなかった俺にも問題はあるしな」
「やったあ。じゃあ2つ目は……越谷くんを好き放題していいってことで」
「あ、朝倉? 待ってくれ。それはいくら何でも」
「やーだよ」
 
 にたにたと残忍な笑みを浮かべながら。
 朝倉は俺に馬乗りになって、そして。

「こちょこちょこちょ」

 無防備な俺をくすぐり始めた。
 
「あははははっ! 頼む! 朝倉頼む! 笑い死ぬからこれ以上は」
「なんでも聞いてくれるんでしょ?」
「そ、そうだけどっ! あはははは! やめろぉ! あははははっ!」

 俺は必死に抵抗を試みるが、力が抜けてしまい、振りほどけない。
 好きなだけ朝倉のおもちゃにされている。

「あー楽しかった」
「はあ……はあ……はあ。死ぬかと思ったぜ」

 しばらくして朝倉がくすぐるのをやめたおかげで、俺は地獄から解放された。
 ……にしても想像と違う。
 てっきり「肉まん買ってこい」だとか、「もう二度と関わらないでほしい」とかそういう系の奴だと思ってたんだが。

「そーんな顔しないでよ。ほら起きるの手伝うからさ」
「……助かる」

 もはや俺の腹筋は死んでいるし。
 朝倉に手を引かれる形で、俺は上体を起こした。

「ありがとな。お前のおかげで……っ!?」
「ねえ3つ目のお願いなんだけど、このまま振り返らずに聞いてほしいな」

 だが振り返ろうとして、朝倉に後ろから抱きしめられた。

「ごめんね越谷くん。無神経なこと言って。せっかく謝ってくれたのに引きずったりして」

 背中越しの朝倉の声は震えていて、緊張が伝わってくる。
 ……でもそれは先に俺が言わなければならないセリフで。

「なんでだよ朝倉は全然間違ったことしてねえだろ……むしろ俺の方こそひどいこと言ったりしてごめん」
「……うん。お互いチャラってことで私と仲直りしてくれないかな?」
「ああ、もちろんだぜ」

 ……ひどいマッチポンプだな。
 なんて自嘲しながらも俺は朝倉の提案を受け入れた。
 それが嬉しかったのか、背中から感じる熱量も一気に増える。

「でね仲直りした所で最後のお願いなんだけど……」

 そして遠慮がちに朝倉は尋ねてきた。

「越谷くんのこと廉太郎くんって呼ぶから、私のことも寧々って呼んで貰ってもいい?」
「……なんだそんなことかよ」

 拍子抜けだぜ。
 もっと欲張ってもいいのにな。
 俺は内心で歯噛みしながらも、彼女の名前を呼ぶ。

「――寧々。これでいいか?」
「…………もう一回」

 リクエストがあったのでもう一度。

「――寧々」
「…………っもう一回」
「――寧々」
「……う、うん。もう大丈夫。ありがとね廉太郎くん」
 
 ……うぐっ。
 名前を呼ばれるってのは結構恥ずかしいな。
 朝倉の狙いはこれか。
 妙に納得した気でいると、背中から俺を呼ぶ声がした。

「ねえ廉太郎くん」
「……なんだよ」
「私ね、実はずっと前から廉太郎くんのこと……」
「寧々! お待たせしましたわ!」

 朝倉が何かを言いかけたその時、扉を開けて颯爽と今宮が登場し、

「っ!?」
「ちょっ!? あさく……ぶふっ!?」

 慌てた朝倉によって俺は突き飛ばされ、床に顔面を打ち付けた。

「どうして越谷さんは床と濃厚なキスをしていますの?」
「さ、さあ? 床が大好きだったのかもね」

 ……お前のせいだよ。
 と言いたくなるのを抑えて、俺はなんとか自力で起き上がる。

 『何が言いたかったんだ?』

 と視線を送ってみるも、朝倉はぶんぶんと首を横に振るだけだ。
 もうそのことには触れないでほしいと言わんばかりである。
 ……まあ、こうして体力を回復できただけでもよしとするか。

「良かったですわ。お互いちゃんと解決できたようですわね」
「うん♪ 華怜ちゃんありがとう」
「俺からも……ありがとな」
「れ、礼には及びませんことよ」

 照れて視線を逸らす今宮は新鮮でなんだか面白い。
 朝倉も嬉しそうに今宮に抱き着いているし。
 何はともあれ元通りになってよかった。
 仲睦まじい二人の姿を眺めながらそんなことを考えていると、朝倉がこんな提案をしてきた。

「そうだ! せっかくだし皆で卓球しようよ」
「いいですわね。やりましょう」
「あー俺少し休んでてもいいか? あと人数が3人ってのはちょっと」
「それなら心配ありませんわ。ちゃんと呼んでありますから」

 どっかで聞いたことのあるセリフだな。
 俺は既視感を覚えつつ、今宮の視線の先を辿る。

「ほら」

 と今宮に雑な紹介をされたのは泉岳寺。

「華怜。俺は緊急事態だと聞いていたのだが」
「ええ、ですから緊急事態でしょう? 何か問題でも?」
「はあ……いいや。俺の勘違いだった」

 自分に言い聞かせているかのような泉岳寺の肩に俺は手を置いて。

「なんつーか……その……ご愁傷様」
「平気だ。別に慣れている」

 健気すぎて泣けてくるぜ。

「……まあ、やるか」

 人数も揃ってしまったし、卓球は好きだからな。
 体力が尽きたら……なんてのはそうなった時に考えればいい。

「よっし! 負けねえからな!」

 勝負はダブルス。
 泉岳寺とペアになった俺は、意気込んで宣戦布告をしたのだが、なぜか皆から重い思いの反応をされる。

「……越谷、お前変わったな」
「……なんか生き生きしてますわね」
「うんうん♪」
「そんなにか? まあ変わったつーか、元に戻ったって感じだよ」
「「へー」」
「う、うるせえよ! いいからやろうぜっ!」

 珍妙なモノでも見ているかのような視線に耐えきれなくなり、俺は逃げるように大きくトスを上げた。

「あー!」

 朝倉たちは驚いていたが、

「……いい度胸だね」
「……覚悟してくださいまし」

 すぐに切り替えてラケットを構え直している。
 相方の泉岳寺も「任せる」とだけ言って、次の打球に備えてくれている。

 「……ああ、今度もまた楽しめそうだぜ」

 俺は確かな期待と共にラケットを振った。
 こいつらとなら、きっとどこまでもいけると信じて。
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