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王国編
第7話 咎人の聖女
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村での平穏な暮らしがあまりに心地良くて、それが絶妙なバランスの上に成り立っていることを私はすっかり失念していた。その日もいつものように子供達の世話をしながら昼食を待っている、そんな時間帯だった。
のどかな村には似つかわしくない鎧の擦れる金属音が聞こえた。滅多に聞かない音に子供達も動揺していた。
「セレーナ・センティエラ!! どこだあ!!」
男の叫ぶ声がした。私を……聖女を探しにここまで来たらしい。
「セレーナって、聖女様のことだよな? 一体どういうことなんだい?」
リセラの困惑する声に、私は俯くより他なかった。ほどなくして、村長の家の者が村人全員を村長邸に集まるよう一軒一軒に声をかけにきた。
村人全員を集めて聖女がいないか確認するのだろう。髪も切ったし多少は日に焼けた。とはいえ目鼻立ちが大きく変わったわけじゃない。人相書きで私のことを聖女と見分けられるかは、兵士次第だが……行かないにこしたことはない。石橋なんて叩くくらいなら渡らない方がいい。
「ルーンお姉ちゃん……?」
「大丈夫だよ」
膝の上に抱えたラフィが不安そうな声をあげる。この子達にももう会えなくなってしまうのだろうか。だとすると、それは寂しいな。けれど、ここで捕まっては命が危うい。
私はファリアと目配せをして側に来させ、まずは村長邸に行くことを避けそのまま村を脱出する意志を伝えた。
「さぁ、二人とも。村長さんところに行くよ。一体何の用なんだか……」
「あ、ママ。私とルーンは寄るところがあるから先にそっちの用事を片付けてから行くよ」
「えぇ? 寄るとこって……まぁいいわ。急ぐのよ。ほら、マーカスはラフィの手を引いて。ブランク! ぼさっとしないの」
ひとまず家の中で二人になる。
「王国軍、思ったより早く動いてきましたね。セレーナ様」
「いいえ、ゆっくりなくらいよ。私がここで、ゆっくりし過ぎてしまったの……」
ここで悔いていても状況は良くならない。まずは家を出て周囲を見渡す。どうやら王国兵は何人も来ているようで、兵士が巡回している。ここに人員を割ける程度には王都も持ちこたえているのだろうか。あるいは逆で、既に王都が陥落しているせいで周囲の砦から人員を動かせるのか……いやその場合は誰が指示を出しているのかという問題がある。なれば……やはり前者なのだろうか。
「王国兵の兜じゃ前方しか見えないはずです。物音さえ立てなければ、背後に回ってやり過ごせるはずです。慎重に村外れの森まで行きましょう。確か炭焼き小屋があるはずですから、ひとまずそこで身を隠しましょう。……私の両親が、私たちの不在を王国兵に言ってしまう可能性がありますが……その時はご容赦ください」
「寝食を共にした者たちだ。我々のことを心配するほうが道理だろう。気に病むな」
建物の陰に隠れるように歩く。鎧の立てるガシャガシャという音が、やけに大きく聞こえる。慎重に歩きながら、村の外周へと進む。ファリアの家が比較的中心部にあったこともあり、それなりの距離を歩いた。が、村長の家とは方向が違うこともあり王国兵はおろか村人にも遭遇することはなかった。善意の村人に村長邸へと行くよう言われたら、誤魔化せない状況になってしまう。
村外れの森とやらが見えてきた。冬場に使う薪を、夏に伐採して乾燥させるためのエリアらしいが……。
「そっか、ジローム爺さん去年亡くなったんだった……」
森まで多少距離が開いているが、そこには身を隠すための家がない。こんな外側まで王国兵も歩き回っていないだろうとも思ったが、遠くに一人兵士が見えている。しかも運が悪いことにこちらを向いて歩いている。
「おい、誰かいるのか?」
「こうなったら……」
ファリアが護身用のナイフを引き抜く。
「お、おい。夜盗ならまだしも王国の正規兵を殺すなんて無茶だ」
「セレーナ様の身体強化術があれば、可能かと」
「治癒が出来ないのに、そんなことはさせられない」
私が治療の出来ない不出来な聖女じゃなければ……いや、例え治療が出来たとしてもファリアに無理はさせられない。
「貴様! 見付けたぞ、国家反逆者!! セレーナ・センティエラ!!」
逡巡している間に、完全に王国兵に見付かってしまった。
「迷っている暇はありません!」
ファリアの声に、私は全力で身体強化術を行使した。聖女の私が使える数少ない魔法……。ファリアは風の如く素早く動き、ナイフを兜の隙間に突き刺した。視界を奪われた王国兵はもがき苦しみ、そのまま動かなくなった。
一介の田舎娘であるファリアがここまで動けるのも、聖女の身体強化術によるもの。本当なら非力で誰かを傷つけることを嫌う彼女に……兵士殺しまでさせてしまった。犯罪者にしてしまった。ルームスとリセラに何て言って顔向けすればいいんだ……。
「さぁ、逃げますよ。この男の声で何人か王国兵がこっちに向かっているようですから」
「ファリア、怪我……」
左腕に切り傷が見えた。私に治す術はないというのに……。
「斬られたわけじゃないです。目を突いた時に、この男が剣を落としたせいで掠っただけですから。心配しないでください。森にはきっと薬草も生えてますよ」
ファリアに手を引かれ、私たちは森へと駆けだした。
のどかな村には似つかわしくない鎧の擦れる金属音が聞こえた。滅多に聞かない音に子供達も動揺していた。
「セレーナ・センティエラ!! どこだあ!!」
男の叫ぶ声がした。私を……聖女を探しにここまで来たらしい。
「セレーナって、聖女様のことだよな? 一体どういうことなんだい?」
リセラの困惑する声に、私は俯くより他なかった。ほどなくして、村長の家の者が村人全員を村長邸に集まるよう一軒一軒に声をかけにきた。
村人全員を集めて聖女がいないか確認するのだろう。髪も切ったし多少は日に焼けた。とはいえ目鼻立ちが大きく変わったわけじゃない。人相書きで私のことを聖女と見分けられるかは、兵士次第だが……行かないにこしたことはない。石橋なんて叩くくらいなら渡らない方がいい。
「ルーンお姉ちゃん……?」
「大丈夫だよ」
膝の上に抱えたラフィが不安そうな声をあげる。この子達にももう会えなくなってしまうのだろうか。だとすると、それは寂しいな。けれど、ここで捕まっては命が危うい。
私はファリアと目配せをして側に来させ、まずは村長邸に行くことを避けそのまま村を脱出する意志を伝えた。
「さぁ、二人とも。村長さんところに行くよ。一体何の用なんだか……」
「あ、ママ。私とルーンは寄るところがあるから先にそっちの用事を片付けてから行くよ」
「えぇ? 寄るとこって……まぁいいわ。急ぐのよ。ほら、マーカスはラフィの手を引いて。ブランク! ぼさっとしないの」
ひとまず家の中で二人になる。
「王国軍、思ったより早く動いてきましたね。セレーナ様」
「いいえ、ゆっくりなくらいよ。私がここで、ゆっくりし過ぎてしまったの……」
ここで悔いていても状況は良くならない。まずは家を出て周囲を見渡す。どうやら王国兵は何人も来ているようで、兵士が巡回している。ここに人員を割ける程度には王都も持ちこたえているのだろうか。あるいは逆で、既に王都が陥落しているせいで周囲の砦から人員を動かせるのか……いやその場合は誰が指示を出しているのかという問題がある。なれば……やはり前者なのだろうか。
「王国兵の兜じゃ前方しか見えないはずです。物音さえ立てなければ、背後に回ってやり過ごせるはずです。慎重に村外れの森まで行きましょう。確か炭焼き小屋があるはずですから、ひとまずそこで身を隠しましょう。……私の両親が、私たちの不在を王国兵に言ってしまう可能性がありますが……その時はご容赦ください」
「寝食を共にした者たちだ。我々のことを心配するほうが道理だろう。気に病むな」
建物の陰に隠れるように歩く。鎧の立てるガシャガシャという音が、やけに大きく聞こえる。慎重に歩きながら、村の外周へと進む。ファリアの家が比較的中心部にあったこともあり、それなりの距離を歩いた。が、村長の家とは方向が違うこともあり王国兵はおろか村人にも遭遇することはなかった。善意の村人に村長邸へと行くよう言われたら、誤魔化せない状況になってしまう。
村外れの森とやらが見えてきた。冬場に使う薪を、夏に伐採して乾燥させるためのエリアらしいが……。
「そっか、ジローム爺さん去年亡くなったんだった……」
森まで多少距離が開いているが、そこには身を隠すための家がない。こんな外側まで王国兵も歩き回っていないだろうとも思ったが、遠くに一人兵士が見えている。しかも運が悪いことにこちらを向いて歩いている。
「おい、誰かいるのか?」
「こうなったら……」
ファリアが護身用のナイフを引き抜く。
「お、おい。夜盗ならまだしも王国の正規兵を殺すなんて無茶だ」
「セレーナ様の身体強化術があれば、可能かと」
「治癒が出来ないのに、そんなことはさせられない」
私が治療の出来ない不出来な聖女じゃなければ……いや、例え治療が出来たとしてもファリアに無理はさせられない。
「貴様! 見付けたぞ、国家反逆者!! セレーナ・センティエラ!!」
逡巡している間に、完全に王国兵に見付かってしまった。
「迷っている暇はありません!」
ファリアの声に、私は全力で身体強化術を行使した。聖女の私が使える数少ない魔法……。ファリアは風の如く素早く動き、ナイフを兜の隙間に突き刺した。視界を奪われた王国兵はもがき苦しみ、そのまま動かなくなった。
一介の田舎娘であるファリアがここまで動けるのも、聖女の身体強化術によるもの。本当なら非力で誰かを傷つけることを嫌う彼女に……兵士殺しまでさせてしまった。犯罪者にしてしまった。ルームスとリセラに何て言って顔向けすればいいんだ……。
「さぁ、逃げますよ。この男の声で何人か王国兵がこっちに向かっているようですから」
「ファリア、怪我……」
左腕に切り傷が見えた。私に治す術はないというのに……。
「斬られたわけじゃないです。目を突いた時に、この男が剣を落としたせいで掠っただけですから。心配しないでください。森にはきっと薬草も生えてますよ」
ファリアに手を引かれ、私たちは森へと駆けだした。
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