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第2話
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「はぁ……」
不意にこぼれた溜息を、ここの家主はタイミング悪く聞きつけてしまっていた。
「ため息をすると幸せが逃げるなんて、幸せと共にある人間の言い分だな」
両目の上に乗せていた腕をどけ、ソファーから身を起こす。すると……。
「いやなんで全裸ですか!? 風邪引きますよ!?」
「湯上がり全裸健康法といってな……まぁいい、ブランデーを飲むときに着るつもりで買ったバスローブがあったな……」
現われたと思ったらまた立ち去り、再び現われた彼女は先ほどの言葉通りバスローブを羽織っていた。胸元が開いている上に丈が短く、目のやり場に困る。
「少年、お腹が空いただろう? オードブルとチキンとケーキがあってな。さっきコンビニでおにぎりも大量に買ってきた。好きなものを食べてくれ。お茶もあるぞ」
コンビニの袋にはコンビニで売られているおにぎりが一個ずつ全種類入っていた。シャケとこんぶを取ってから、僕は今更ながら自己紹介した。
「その少年って止めてもらえますか。僕は粢雄志といいます」
「しとぎ……ゆうし、か。分かったよ雄志。私は横久米桜だ。気軽に桜さんとでも呼んでくれ。実は明日で二十九歳になる」
温めたオードブルをダイニングテーブルに並べる桜さん。キッチンは新品のように綺麗だ。調理器具も丁寧に収納されているのか、やかんがIHコンロの上に乗せられているくらいしか見当たらない。
とても一人では食べきれない量の料理が並ぶ。
「私の話から聞いてもらおうか。今夜、共に過ごす予定の男性がいたんだ。二歳年下の男性なのだが……デートをドタキャンされてな。理由は仕事、うちの会社はブラックだから。仕方ないと思ったよ。ところがね」
僕がぶつかったあの場所で、彼女は見てしまったのだ。若い女性と腕を組んで歩く恋人の姿を。僕と桜さんは境遇が似ているのだと、そう思った。
「僕は今、高校二年で彼女に告白されたのは一年生の夏休み前だったかな……。最初は断った。恋愛に現を抜かすなんてって。でも彼女がどうしてもと言うから、清い関係を条件に交際を始めた。キスを拒んだのが多分、最大の亀裂だったのかな……。彼女も人間で、欲求を持っているのに僕は自分の価値観を押し付けてしまった。彼女は今日、駅で声をかけてきた大学生と……」
「なるほど。ラブホ行ってしまったんだね。それで君にあの映像を……。それはまぁ、性格が悪いね。まぁ、私も十数年前は女子高生だったが、正直言って女子高生の頭の中はダイエットと芸能人とセックスで八割を超えるよ」
ワインを傾けながら、こともなげに言う桜さん。僕は自分と妹の将来と、母の健康問題で頭がいっぱいだというのに……。
「女子高生からすれば大学生というのは大人に見えるものだ。金回りも多少はいい。今、その元カノに思うところはあるかい?」
「そうですね……まぁ、性病や妊娠がなければいいと思いますね」
「真面目だなぁ君は。一応は心配なのかい?」
彼女じゃなくなったとしても……同級生でクラスメイトだから。多少気がかりではある。
「桜さんは相手の男性に思うところはあるんですか?」
聞いてからチキンに齧り付く。再加熱したものとは思えない美味しさに、涙が出そうだった。彼女のことは悲しいことだけれど、自分は何も変わっていない。それを再確認して少し安堵する。
「私はね、西方の島出身でね。古くさい慣習の島で女が大学行って就職して、稼ぐっていうのが気にくわないのさ。結婚して子を産み育てるのが女の勤めだと思っている。それが嫌で島を飛び出した。ただ……三十までに結婚出来なかったら島に帰って来いって親に言われてね」
古い体質だ。この広いマンションを住めるほど稼げる彼女を、島の閉鎖的な環境に閉じ込めるなんて。
「時に少年、今二年生って言ったね。誕生日はいつだい?」
「え、五月です。今、十七歳です」
顎を一度さすった後、ワインを呷った桜さんは言った。
「粢雄志くん。結婚を前提にお付き合いをしてくれないか? してくれれば、金銭的な支援を私は惜しまない。金が不満ならこの身体で……そうだ、私と君の行為を撮影して件の元カノへ送ってやろう」
話の流れから何となく察していたが、本当に言われるとは思わなかった。結婚というものをあまりに軽視しているように思えた。誰だって良い、そんなことをあけすけに言い張るのだから。
「お断りです。そんな不真面目で不誠実な交際、僕には出来ません」
「まぁそう言わずに。人助けだと思って。君は困った人を放置するのかい?」
桜さんのその言葉に思わず押し黙る。
「君はさっき、相手の男性に思うところはあるかと問うたな。答えよう、はっきり言って無い。私は私であるためにパートナーが必要だ。そのために協力して欲しい」
自分が、自分であるために……。僕には、自分で道を切り開く力がない。正義を追求するための力が欲しい。そのためなら、僕は……なんだって、できるだろうか。
不意にこぼれた溜息を、ここの家主はタイミング悪く聞きつけてしまっていた。
「ため息をすると幸せが逃げるなんて、幸せと共にある人間の言い分だな」
両目の上に乗せていた腕をどけ、ソファーから身を起こす。すると……。
「いやなんで全裸ですか!? 風邪引きますよ!?」
「湯上がり全裸健康法といってな……まぁいい、ブランデーを飲むときに着るつもりで買ったバスローブがあったな……」
現われたと思ったらまた立ち去り、再び現われた彼女は先ほどの言葉通りバスローブを羽織っていた。胸元が開いている上に丈が短く、目のやり場に困る。
「少年、お腹が空いただろう? オードブルとチキンとケーキがあってな。さっきコンビニでおにぎりも大量に買ってきた。好きなものを食べてくれ。お茶もあるぞ」
コンビニの袋にはコンビニで売られているおにぎりが一個ずつ全種類入っていた。シャケとこんぶを取ってから、僕は今更ながら自己紹介した。
「その少年って止めてもらえますか。僕は粢雄志といいます」
「しとぎ……ゆうし、か。分かったよ雄志。私は横久米桜だ。気軽に桜さんとでも呼んでくれ。実は明日で二十九歳になる」
温めたオードブルをダイニングテーブルに並べる桜さん。キッチンは新品のように綺麗だ。調理器具も丁寧に収納されているのか、やかんがIHコンロの上に乗せられているくらいしか見当たらない。
とても一人では食べきれない量の料理が並ぶ。
「私の話から聞いてもらおうか。今夜、共に過ごす予定の男性がいたんだ。二歳年下の男性なのだが……デートをドタキャンされてな。理由は仕事、うちの会社はブラックだから。仕方ないと思ったよ。ところがね」
僕がぶつかったあの場所で、彼女は見てしまったのだ。若い女性と腕を組んで歩く恋人の姿を。僕と桜さんは境遇が似ているのだと、そう思った。
「僕は今、高校二年で彼女に告白されたのは一年生の夏休み前だったかな……。最初は断った。恋愛に現を抜かすなんてって。でも彼女がどうしてもと言うから、清い関係を条件に交際を始めた。キスを拒んだのが多分、最大の亀裂だったのかな……。彼女も人間で、欲求を持っているのに僕は自分の価値観を押し付けてしまった。彼女は今日、駅で声をかけてきた大学生と……」
「なるほど。ラブホ行ってしまったんだね。それで君にあの映像を……。それはまぁ、性格が悪いね。まぁ、私も十数年前は女子高生だったが、正直言って女子高生の頭の中はダイエットと芸能人とセックスで八割を超えるよ」
ワインを傾けながら、こともなげに言う桜さん。僕は自分と妹の将来と、母の健康問題で頭がいっぱいだというのに……。
「女子高生からすれば大学生というのは大人に見えるものだ。金回りも多少はいい。今、その元カノに思うところはあるかい?」
「そうですね……まぁ、性病や妊娠がなければいいと思いますね」
「真面目だなぁ君は。一応は心配なのかい?」
彼女じゃなくなったとしても……同級生でクラスメイトだから。多少気がかりではある。
「桜さんは相手の男性に思うところはあるんですか?」
聞いてからチキンに齧り付く。再加熱したものとは思えない美味しさに、涙が出そうだった。彼女のことは悲しいことだけれど、自分は何も変わっていない。それを再確認して少し安堵する。
「私はね、西方の島出身でね。古くさい慣習の島で女が大学行って就職して、稼ぐっていうのが気にくわないのさ。結婚して子を産み育てるのが女の勤めだと思っている。それが嫌で島を飛び出した。ただ……三十までに結婚出来なかったら島に帰って来いって親に言われてね」
古い体質だ。この広いマンションを住めるほど稼げる彼女を、島の閉鎖的な環境に閉じ込めるなんて。
「時に少年、今二年生って言ったね。誕生日はいつだい?」
「え、五月です。今、十七歳です」
顎を一度さすった後、ワインを呷った桜さんは言った。
「粢雄志くん。結婚を前提にお付き合いをしてくれないか? してくれれば、金銭的な支援を私は惜しまない。金が不満ならこの身体で……そうだ、私と君の行為を撮影して件の元カノへ送ってやろう」
話の流れから何となく察していたが、本当に言われるとは思わなかった。結婚というものをあまりに軽視しているように思えた。誰だって良い、そんなことをあけすけに言い張るのだから。
「お断りです。そんな不真面目で不誠実な交際、僕には出来ません」
「まぁそう言わずに。人助けだと思って。君は困った人を放置するのかい?」
桜さんのその言葉に思わず押し黙る。
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