10 / 12
第9話
しおりを挟む
気が付いたら、見知らぬ天井だった。それから、知らない女性が三名……それぞれ四十前後、三十前後、それから十代とおぼしき女の子。やけに頭が痛む。起き抜けだから、だろうか。
「起きたんだね、雄志」
「ゆう、し? ……俺? 俺のことなんですか?」
三人の表情が曇る。自分の言葉に、自分自身が驚く。そうか、記憶がないのか……? 何かを思い出そうとすれば頭が割れるように痛む。三人は言葉を濁し、白衣を着た人物が入ってくる。……医者? ここは、病院か。
「名前は分かるかい? 年齢は?」
「思い出せません」
それからいくつかの質問をされ、それに答える。奇妙な感覚だ、ここが日本であることやボールペンの芯の出し方、漢字なんかは当たり前に分かるというのに……自分のことになると、頭の中に靄がかかったように分からなくなってしまう。
「逆行性健忘ですね。ひょんなことから思い出すかもしれません。安静にお過ごしください」
医者はそう言い残してそそくさと部屋から出て行ってしまった。忙しいのだろうか。それから俺は三人の女性から話を聞くことにした。
「俺は……あなたたちとどういう関係なんですか?」
「わたしは、粢撫子。母親よ。こっちは妹の千咲」
四十前後の女性……母は童顔ながら少し疲れた顔をしていた。こんなことになれば、疲れてしまうのも当然か。妹と紹介された女の子は、そんな母の後ろに隠れてしまっている。そしてもう一人、スタイルのいい美人は言葉を選ぶ素振りを見せながら名乗った。
「私は横久米桜。今は君たち親子と暮らしていて、何と言えばいいのか……」
俺は黙り込む彼女のことは取り合わず、父について尋ねた。外を見る限り昼間だ。しかし学生であろう妹がいるのなら、父が側にいたっておかしくないだろう。
「……わたし、バツイチなのよ」
少し、間を置いて母が答えた。踏み込む必要もない、思い出せないなら存在しないも同じだ。わざわざ母を傷つける必要はない。妹、千咲は目を合わせてくれない。
「お兄ちゃんは、ちょっと身体が弱いけど頭がすっごく良くて、家事も万能で――――」
「よすんだ千咲。一度に知りすぎない方がいい。我々は一度お暇するよ。目を覚ましてくれて嬉しかったよ、雄志。またな」
そう言って桜さんは母と千咲を連れて、病室を後にした。自分が記憶喪失であることを思い知らされ、自分の置かれている状況を考えると頭が割れるような気持ちになる。俺は頭から布団を被って目を瞑った。すっかり空になった脳内に、濁流のように押し寄せる情報を整理する時間が欲しかった。
「起きたんだね、雄志」
「ゆう、し? ……俺? 俺のことなんですか?」
三人の表情が曇る。自分の言葉に、自分自身が驚く。そうか、記憶がないのか……? 何かを思い出そうとすれば頭が割れるように痛む。三人は言葉を濁し、白衣を着た人物が入ってくる。……医者? ここは、病院か。
「名前は分かるかい? 年齢は?」
「思い出せません」
それからいくつかの質問をされ、それに答える。奇妙な感覚だ、ここが日本であることやボールペンの芯の出し方、漢字なんかは当たり前に分かるというのに……自分のことになると、頭の中に靄がかかったように分からなくなってしまう。
「逆行性健忘ですね。ひょんなことから思い出すかもしれません。安静にお過ごしください」
医者はそう言い残してそそくさと部屋から出て行ってしまった。忙しいのだろうか。それから俺は三人の女性から話を聞くことにした。
「俺は……あなたたちとどういう関係なんですか?」
「わたしは、粢撫子。母親よ。こっちは妹の千咲」
四十前後の女性……母は童顔ながら少し疲れた顔をしていた。こんなことになれば、疲れてしまうのも当然か。妹と紹介された女の子は、そんな母の後ろに隠れてしまっている。そしてもう一人、スタイルのいい美人は言葉を選ぶ素振りを見せながら名乗った。
「私は横久米桜。今は君たち親子と暮らしていて、何と言えばいいのか……」
俺は黙り込む彼女のことは取り合わず、父について尋ねた。外を見る限り昼間だ。しかし学生であろう妹がいるのなら、父が側にいたっておかしくないだろう。
「……わたし、バツイチなのよ」
少し、間を置いて母が答えた。踏み込む必要もない、思い出せないなら存在しないも同じだ。わざわざ母を傷つける必要はない。妹、千咲は目を合わせてくれない。
「お兄ちゃんは、ちょっと身体が弱いけど頭がすっごく良くて、家事も万能で――――」
「よすんだ千咲。一度に知りすぎない方がいい。我々は一度お暇するよ。目を覚ましてくれて嬉しかったよ、雄志。またな」
そう言って桜さんは母と千咲を連れて、病室を後にした。自分が記憶喪失であることを思い知らされ、自分の置かれている状況を考えると頭が割れるような気持ちになる。俺は頭から布団を被って目を瞑った。すっかり空になった脳内に、濁流のように押し寄せる情報を整理する時間が欲しかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる