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第3話
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「行くわよ」
その日の放課後、時見さんが私に声をかけてきた、耳朶をうつ透明感のある声に私は聞き惚れて動けなかった。
「何を固まっているのよ。学校の案内、するわよ」
戸惑った。盛大に戸惑った。朝の会を思い出してようやく納得した。先生に言われたように、私に学校の案内をしてくれるようだ。ちなみに、葵ちゃんは既に帰ったようだ。
「う、うん。行こう」
さらさらと流れる黒髪を追って私は荷物を持って教室を出た。新しくも古くもない校舎は転校前とさほど変わらない雰囲気で、目の前の時見さんがいなければ勘違いしていただろう。
「ここ、階段上るわよ」
「う、うん」
ふわりと翻る黒いスカートのそこから覗く白くほっそりとした脚。見れば見るほどに心が惹かれてしまうのだが、それと同時にクラスの人たちの声が脳裏をよぎる。一体どうしてあんなこと言うんだろう……こんなに綺麗な人なのに。確かにちょっと雰囲気がきついけど、それだって個性だと思うし……。
「ここ、音楽室。明日は音楽があるから忘れないようにね。リコーダーとか教科書とか」
「あ、うん。ありがと」
「吹奏楽部が来るわ。さっさと次行くわよ」
彼女がきびすを返した時、ふわりと香ったハーブのような香りが鼻孔をくすぐった。そんな香りに導かれるように、また彼女の後に続いた。音楽室の反対側には家庭科室があった。
「家庭科はここでやるわ。毎週木曜日、持ち物は時と場合によるけれど今度は特になしよ」
中学校は校舎が一つで、今いる四階には一年生の教室と両端に音楽室と家庭科室。同じように二年生の教室がある三階へ下っていくと私たちがいる1組の反対側、4組側には理科室があり、1組側にはパソコン室がある。今度は1組側の階段を使って三年生の教室がある二階へ下ってきた。
「こっちは図書室。この時間帯だと三年生が勉強しているかもしれないから静かにね」
「そ、そうだね」
本棚の林をちらっと見てから反対側へ歩いて行くと、
「ここが美術室。金曜日にあるから絵の具セットを忘れずに」
「火曜に音楽、水曜に理科、木曜に家庭科、金曜に美術だね。うん、ありがと」
「明日には予定表が配られるだろうから覚える必要はないわ。体育館にも案内……その前に一階ね。行くわよ」
「うん!」
時見さん、思ってたより優しい人だ。きっと仲良くなれるはず。
「と、時見さん! その、結心ちゃんって呼んでいい?」
「よくない。ナンセンスね」
……バッサリだぁ。流石にまだ早かったよね。うん。でも不思議だなぁ。これまで転校続きで誰かと仲良くなりたいなんて明確に思ったことないのに……。
「一階は給食室、保健室、職員室と昇降口ね。あと体育館への通路もここ。取り敢えず体育館も案内するわ。こっちよ」
昇降口にほど近いドアを開けるとコンクリートで道が出来ていて、ちょっと階段を下ると二階建ての体育館が建っていた。
「そっちのプレハブ小屋は技術室。技術は理科と同じ水曜日ね」
「ありがとう、時見さん」
「別に。……名前、何だったかしら?」
「……え? あはは、そっか。覚えてくれてなかったんだ。私、元住空凪。空凪でいいよ」
「元住さん、ね。ふぅん。昇降口に戻るわよ。案内も終わったし帰りたいわ」
昇降口まで戻り靴を履き替えると一緒に正門まで向かう。
「時見さん、家どっち側なの?」
「こっち」
短く答えた時見さんの指先は私の帰り道とは反対側を指していた。ちょっと残念。でもまぁ、貴女に教える必要はないわなんてこと言われなかっただけマシかな。
「じゃあ今日はありがとうね。また明日、時見さん」
「えぇ、また明日」
名前は呼んでもらえなかった。名前を呼ぶことは認められなかった。でもどこか、心が近付いたような、そんな気がした一日だった。
その日の放課後、時見さんが私に声をかけてきた、耳朶をうつ透明感のある声に私は聞き惚れて動けなかった。
「何を固まっているのよ。学校の案内、するわよ」
戸惑った。盛大に戸惑った。朝の会を思い出してようやく納得した。先生に言われたように、私に学校の案内をしてくれるようだ。ちなみに、葵ちゃんは既に帰ったようだ。
「う、うん。行こう」
さらさらと流れる黒髪を追って私は荷物を持って教室を出た。新しくも古くもない校舎は転校前とさほど変わらない雰囲気で、目の前の時見さんがいなければ勘違いしていただろう。
「ここ、階段上るわよ」
「う、うん」
ふわりと翻る黒いスカートのそこから覗く白くほっそりとした脚。見れば見るほどに心が惹かれてしまうのだが、それと同時にクラスの人たちの声が脳裏をよぎる。一体どうしてあんなこと言うんだろう……こんなに綺麗な人なのに。確かにちょっと雰囲気がきついけど、それだって個性だと思うし……。
「ここ、音楽室。明日は音楽があるから忘れないようにね。リコーダーとか教科書とか」
「あ、うん。ありがと」
「吹奏楽部が来るわ。さっさと次行くわよ」
彼女がきびすを返した時、ふわりと香ったハーブのような香りが鼻孔をくすぐった。そんな香りに導かれるように、また彼女の後に続いた。音楽室の反対側には家庭科室があった。
「家庭科はここでやるわ。毎週木曜日、持ち物は時と場合によるけれど今度は特になしよ」
中学校は校舎が一つで、今いる四階には一年生の教室と両端に音楽室と家庭科室。同じように二年生の教室がある三階へ下っていくと私たちがいる1組の反対側、4組側には理科室があり、1組側にはパソコン室がある。今度は1組側の階段を使って三年生の教室がある二階へ下ってきた。
「こっちは図書室。この時間帯だと三年生が勉強しているかもしれないから静かにね」
「そ、そうだね」
本棚の林をちらっと見てから反対側へ歩いて行くと、
「ここが美術室。金曜日にあるから絵の具セットを忘れずに」
「火曜に音楽、水曜に理科、木曜に家庭科、金曜に美術だね。うん、ありがと」
「明日には予定表が配られるだろうから覚える必要はないわ。体育館にも案内……その前に一階ね。行くわよ」
「うん!」
時見さん、思ってたより優しい人だ。きっと仲良くなれるはず。
「と、時見さん! その、結心ちゃんって呼んでいい?」
「よくない。ナンセンスね」
……バッサリだぁ。流石にまだ早かったよね。うん。でも不思議だなぁ。これまで転校続きで誰かと仲良くなりたいなんて明確に思ったことないのに……。
「一階は給食室、保健室、職員室と昇降口ね。あと体育館への通路もここ。取り敢えず体育館も案内するわ。こっちよ」
昇降口にほど近いドアを開けるとコンクリートで道が出来ていて、ちょっと階段を下ると二階建ての体育館が建っていた。
「そっちのプレハブ小屋は技術室。技術は理科と同じ水曜日ね」
「ありがとう、時見さん」
「別に。……名前、何だったかしら?」
「……え? あはは、そっか。覚えてくれてなかったんだ。私、元住空凪。空凪でいいよ」
「元住さん、ね。ふぅん。昇降口に戻るわよ。案内も終わったし帰りたいわ」
昇降口まで戻り靴を履き替えると一緒に正門まで向かう。
「時見さん、家どっち側なの?」
「こっち」
短く答えた時見さんの指先は私の帰り道とは反対側を指していた。ちょっと残念。でもまぁ、貴女に教える必要はないわなんてこと言われなかっただけマシかな。
「じゃあ今日はありがとうね。また明日、時見さん」
「えぇ、また明日」
名前は呼んでもらえなかった。名前を呼ぶことは認められなかった。でもどこか、心が近付いたような、そんな気がした一日だった。
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