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第9話
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カフェで時見さんと一緒に過ごせたのは良かったけれど、そのあと出会ってしまった人のせいで時見さんはすっかり無言になってしまって、あっさり解散してしまった。一体、誰だったんだろう。
そんな疑問を抱えたまま月曜、私は学校で葵ちゃんにそのことを話してみた。
「え、誰に会ったの?」
普段の葵ちゃんとは違う、緊迫感のある声に思わずたじろぐ。名前も知らないし、どう答えたものか……。取り敢えず、髪が長くて真っすぐだったと伝える。
「背は? 高かった?」
「えっと……ちょっと離れた位置にいたからなあ。でも、すらっとしてるなぁって思った」
葵ちゃんは考え込むようなそぶりを見せたけど、結局なにも教えてくれなかった。出会ってしまった何者かの話をそうそうに切り上げて、カフェの感想を質問攻めされて、なんだか有耶無耶にされてしまった。私の知らないことばかりなんだろうけど、きっと何かあったんだろう。
そんなことを考えながら、私は放課後を迎えた。
「……で、アタシに聞きに来たってワケですか?」
葵ちゃん以外に誰か頼れる人はいないだろうかと考えて、出した答えは唯菜ちゃんに頼るというものだった。当然、時見さんから聞けたら手っ取り早いんだろうけど、今日は話しかけてもあまり反応してもらえなかった。
「うーん、アタシ一年なんでね、正直去年何があったかなんて、ウワサ程度した知らないッス。でも、これだけは言えることがあって――」
「な、なに?」
「アタシが話せる内容じゃないってコト。こういうのって、あんまり外野がどうこう言う話じゃないっすね」
ぐうの音も出ないほどの正論だった。
おとなしく下校することにした私は不意に忘れ物を思い出して、唯菜ちゃんと別れて二年生の教室に戻ることにした。その途中、ふとピアノの音色が聞こえてきた。
「音楽室……」
そういえば、時見さんに校舎を案内してもらった時、最初に案内してもらったのは音楽室だったっけ。……吹奏楽部が使ってるのかな。でも、これまで聞いた覚えがない。少し、近くまで行ってみよう。
音楽室を覗くと、そこにいたのは——時見さんだった。
彼女は、一人でピアノを弾いていた。普段の冷たく静かな表情とは違い、どこか物憂げで、どこか切ない雰囲気を纏っている。
「綺麗……」
音楽については全然詳しくないから、なんていう曲を演奏しているのか、時見さんのピアノがどれほど上手なのか、分からない。でも、心が動くほどに美しいと思った。
ふと、曲が止まる。時見さんが視線に気づいたのか、顔を上げてこちらを向く。
「元住さん……見てたの?」
「え、あ……ごめん……」
つい慌てて謝ろうとするが、時見さんは小さくため息をつくだけだった。
「……別にいいけど。どうせ誰も聴かないと思ってたし」
その言葉に、胸がチクリと痛んだ。どうして、誰も聴いてくれないと思ってたの? なら、どうして弾いていたの?
「……すごく、綺麗だった。ピアノ、上手だね」
気づけば、そう口にしていた。時見さんはそんな私を驚いたように見て、それからふっと小さく笑う。
「……そう?」
その笑顔は、どこか寂しげで、儚かった。その笑顔を見て、私は確信した。
「好き」
その感情が、思わず口からこぼれた。
言った瞬間、自分でも驚く。私は——時見さんが好きなんだ。
一目見た時から綺麗な人だと思った。孤高というか、周りに人がいなくてもブレることなく、凛とした雰囲気の。でも、彼女は花を愛でるときや、甘いものを前にしたとき、ほんの少し表情が柔らかくなる。そしてピアノを弾いている今、物憂げな雰囲気を纏いながらも、どこか優しく、切なく、美しい。
その姿を見て、確信した。本当の彼女は、こっちなんだ。普段のとげとげしさも、冷たい態度も、きっと鎧のようなもの。私は、もっと知りたい。時見さんのことを。
「私、多分その……ううん、多分じゃなくて……」
歩み寄る私を、時見さんが怪訝そうに見つめる。それでも、私は心が突き動かすがままに、彼女の両手を優しく握った。
「私、時見さんのことが……好きなんです」
初めての感情に、どうしていいか分からない。でも、とにかく伝えたかった。
「え、は? ……意味が、分からない」
時見さんは困惑し、視線を逸らす。でも、ほんのり頬が赤くなっているのは日差しのせいだけじゃないはず。……まぁ、私の方が顔を真っ赤にしているんだろうけど。
「私は……好かれるような人間じゃないし。いつか、元住さんのことを傷つけるかもしれない」
「どうして、そんなこと言うんですか?」
私はぐっと身を寄せ、彼女の瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「……私に、教えてください。時見さんのこと。全部知った上で、それでもこの気持ちが変わらなかったら、その……お返事、くれますか?」
「……あなた、変わってるわね」
時見さんは小さくため息をつく。
「楽しい話じゃないわよ?」
その言葉は、まるで私を試すような響きだった。
「今日はもう帰るわ。……明日、話してあげるから」
そう言って時見さんは音楽室を後にする。
少し冷静になると、私らしくないほど思い切ったことをしてしまったのではないかと、恥ずかしさが後から押し寄せてくる。けれど——
気づいてしまったから。この気持ちから、目をそらしたくない。
私は時見さんを追いかけるように、歩き出した。
そんな疑問を抱えたまま月曜、私は学校で葵ちゃんにそのことを話してみた。
「え、誰に会ったの?」
普段の葵ちゃんとは違う、緊迫感のある声に思わずたじろぐ。名前も知らないし、どう答えたものか……。取り敢えず、髪が長くて真っすぐだったと伝える。
「背は? 高かった?」
「えっと……ちょっと離れた位置にいたからなあ。でも、すらっとしてるなぁって思った」
葵ちゃんは考え込むようなそぶりを見せたけど、結局なにも教えてくれなかった。出会ってしまった何者かの話をそうそうに切り上げて、カフェの感想を質問攻めされて、なんだか有耶無耶にされてしまった。私の知らないことばかりなんだろうけど、きっと何かあったんだろう。
そんなことを考えながら、私は放課後を迎えた。
「……で、アタシに聞きに来たってワケですか?」
葵ちゃん以外に誰か頼れる人はいないだろうかと考えて、出した答えは唯菜ちゃんに頼るというものだった。当然、時見さんから聞けたら手っ取り早いんだろうけど、今日は話しかけてもあまり反応してもらえなかった。
「うーん、アタシ一年なんでね、正直去年何があったかなんて、ウワサ程度した知らないッス。でも、これだけは言えることがあって――」
「な、なに?」
「アタシが話せる内容じゃないってコト。こういうのって、あんまり外野がどうこう言う話じゃないっすね」
ぐうの音も出ないほどの正論だった。
おとなしく下校することにした私は不意に忘れ物を思い出して、唯菜ちゃんと別れて二年生の教室に戻ることにした。その途中、ふとピアノの音色が聞こえてきた。
「音楽室……」
そういえば、時見さんに校舎を案内してもらった時、最初に案内してもらったのは音楽室だったっけ。……吹奏楽部が使ってるのかな。でも、これまで聞いた覚えがない。少し、近くまで行ってみよう。
音楽室を覗くと、そこにいたのは——時見さんだった。
彼女は、一人でピアノを弾いていた。普段の冷たく静かな表情とは違い、どこか物憂げで、どこか切ない雰囲気を纏っている。
「綺麗……」
音楽については全然詳しくないから、なんていう曲を演奏しているのか、時見さんのピアノがどれほど上手なのか、分からない。でも、心が動くほどに美しいと思った。
ふと、曲が止まる。時見さんが視線に気づいたのか、顔を上げてこちらを向く。
「元住さん……見てたの?」
「え、あ……ごめん……」
つい慌てて謝ろうとするが、時見さんは小さくため息をつくだけだった。
「……別にいいけど。どうせ誰も聴かないと思ってたし」
その言葉に、胸がチクリと痛んだ。どうして、誰も聴いてくれないと思ってたの? なら、どうして弾いていたの?
「……すごく、綺麗だった。ピアノ、上手だね」
気づけば、そう口にしていた。時見さんはそんな私を驚いたように見て、それからふっと小さく笑う。
「……そう?」
その笑顔は、どこか寂しげで、儚かった。その笑顔を見て、私は確信した。
「好き」
その感情が、思わず口からこぼれた。
言った瞬間、自分でも驚く。私は——時見さんが好きなんだ。
一目見た時から綺麗な人だと思った。孤高というか、周りに人がいなくてもブレることなく、凛とした雰囲気の。でも、彼女は花を愛でるときや、甘いものを前にしたとき、ほんの少し表情が柔らかくなる。そしてピアノを弾いている今、物憂げな雰囲気を纏いながらも、どこか優しく、切なく、美しい。
その姿を見て、確信した。本当の彼女は、こっちなんだ。普段のとげとげしさも、冷たい態度も、きっと鎧のようなもの。私は、もっと知りたい。時見さんのことを。
「私、多分その……ううん、多分じゃなくて……」
歩み寄る私を、時見さんが怪訝そうに見つめる。それでも、私は心が突き動かすがままに、彼女の両手を優しく握った。
「私、時見さんのことが……好きなんです」
初めての感情に、どうしていいか分からない。でも、とにかく伝えたかった。
「え、は? ……意味が、分からない」
時見さんは困惑し、視線を逸らす。でも、ほんのり頬が赤くなっているのは日差しのせいだけじゃないはず。……まぁ、私の方が顔を真っ赤にしているんだろうけど。
「私は……好かれるような人間じゃないし。いつか、元住さんのことを傷つけるかもしれない」
「どうして、そんなこと言うんですか?」
私はぐっと身を寄せ、彼女の瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「……私に、教えてください。時見さんのこと。全部知った上で、それでもこの気持ちが変わらなかったら、その……お返事、くれますか?」
「……あなた、変わってるわね」
時見さんは小さくため息をつく。
「楽しい話じゃないわよ?」
その言葉は、まるで私を試すような響きだった。
「今日はもう帰るわ。……明日、話してあげるから」
そう言って時見さんは音楽室を後にする。
少し冷静になると、私らしくないほど思い切ったことをしてしまったのではないかと、恥ずかしさが後から押し寄せてくる。けれど——
気づいてしまったから。この気持ちから、目をそらしたくない。
私は時見さんを追いかけるように、歩き出した。
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