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第13話
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寒冷な地方から再び温暖な地方にやってきた。けれどあの時と違って、私の隣には——最愛の人がいる。
一本の桜の樹、その前で立ち止まり、私は深呼吸をした。新しい制服のネクタイをぎゅっと握る。まだ体に馴染まないスカートが少し落ち着かないけれど、それも悪くないと思えた。
ここは空の宮市にある女子校、星花女子学園——私と結心さんは数日前から寮での生活を始め、いよいよ今日は入学式だ。
校庭には同じ制服に身を包んだ新入生たちがあちこちで談笑している。見知らぬ顔ばかりの中で、結心さんだけが私にとっての安心だった。
「入寮からあっという間だったわね」
「……うん」
「こっちじゃ、もう散ってしまうのね」
「早いよね。入学式っていうより、卒業式の頃が見ごろだなんて」
ふと、桜の木を見る。とっくに葉っぱが混じって、盛りは過ぎてしまっている。満開の頃はきっと壮観だっただろう。少し残念に思うけれど、それでも、舞い散る花びらは綺麗で、まるで新しい生活の始まりを祝福してくれているみたいだった。
「それでも、綺麗ね」
「うん。でも……結心さんの方が綺麗」
「な、なに言ってるの……!」
「だって、本当のことだもん」
照れたように顔を赤くする結心さん。その頬が、薄紅色の桜よりも愛おしい。そんなやり取りも、もう自然になった。少し前の私だったら、こんなふうに自分の気持ちを真っ直ぐ伝えられなかっただろう。
季節の移り変わりは確かで、私たちの関係もまた、少しずつ変わっていく。
けれど、この温かさだけは、変わらずに守っていきたいと思う。
「にしても、結心さんばかり一人部屋だなんてずるいなあ」
この学校では成績優秀者は一人部屋が与えられるようで、入試の緊張で全力が発揮できなかった私は二人部屋に割り振られた。幸い、ルームメイトはいい人で、少しおっとりした感じの子だからホッとしている。だけど、結心さんの一人部屋に遊びに行くたび、その広さに少しだけ嫉妬してしまうのは内緒だ。
「いいじゃない、しょっちゅう泊りに来たら。うふふ」
艶っぽく笑う結心さんに、私はやっぱり別々の部屋でよかったかもしれないと思った。毎晩、彼女と一緒に過ごしていたら……体力がもたないかもしれない。
少し前に、一緒のベッドで過ごした夜のことを思い出して、顔が熱くなる。
——ほんと、ずるいんだから。
そんな風に思っていると、結心さんがふっと真面目な表情になった。
さっきまでの柔らかな笑みが消えて、真剣な眼差しが私を射抜く。
「……ねぇ、空凪」
彼女の声は、少しだけ震えていた。
「うん?」
「これから先、いろんなことがあると思う。楽しいことも、辛いことも。でも、私は——」
温かな風が吹いて、結心さんの髪をそっと揺らす。その光景はまるで映画のワンシーンみたいで、私はただ彼女を見つめることしかできなかった。
「ずっと、空凪と一緒にいたい」
その言葉は、まっすぐで、少しも迷いがなくて。
「もちろん、私もずっと結心さんと一緒にいたい」
だから、私も迷わず答える。
それが、私の決意。
そっと手を差し伸べ、結心さんと手を繋ぐ。その指先の温もりが、私たちの未来を確かに繋いでいる気がした。
これから始まる日々は、きっと楽しいことばかりじゃない。
新しい環境に慣れるのにも時間がかかるだろうし、授業や課題もたくさんある。
それでも、隣に結心さんがいてくれるなら——私は、どんな困難も乗り越えられる気がする。
「……あのね、空凪」
「うん?」
「大好き」
小さく囁かれた言葉に、心臓が跳ねる。
それは、誰かに聞かれたら恥ずかしいくらい甘くて、けれど、どうしようもないくらい嬉しかった。
だから、私も負けじと囁く。
「私も、大好きだよ」
そんな甘い言葉を交わしながら、私たちは並んで歩き出す。
どこまでも続く桜並木の道を、二人で。
新しい日々へ。
春の風が、祝福するかのように吹いていた。
(完)
一本の桜の樹、その前で立ち止まり、私は深呼吸をした。新しい制服のネクタイをぎゅっと握る。まだ体に馴染まないスカートが少し落ち着かないけれど、それも悪くないと思えた。
ここは空の宮市にある女子校、星花女子学園——私と結心さんは数日前から寮での生活を始め、いよいよ今日は入学式だ。
校庭には同じ制服に身を包んだ新入生たちがあちこちで談笑している。見知らぬ顔ばかりの中で、結心さんだけが私にとっての安心だった。
「入寮からあっという間だったわね」
「……うん」
「こっちじゃ、もう散ってしまうのね」
「早いよね。入学式っていうより、卒業式の頃が見ごろだなんて」
ふと、桜の木を見る。とっくに葉っぱが混じって、盛りは過ぎてしまっている。満開の頃はきっと壮観だっただろう。少し残念に思うけれど、それでも、舞い散る花びらは綺麗で、まるで新しい生活の始まりを祝福してくれているみたいだった。
「それでも、綺麗ね」
「うん。でも……結心さんの方が綺麗」
「な、なに言ってるの……!」
「だって、本当のことだもん」
照れたように顔を赤くする結心さん。その頬が、薄紅色の桜よりも愛おしい。そんなやり取りも、もう自然になった。少し前の私だったら、こんなふうに自分の気持ちを真っ直ぐ伝えられなかっただろう。
季節の移り変わりは確かで、私たちの関係もまた、少しずつ変わっていく。
けれど、この温かさだけは、変わらずに守っていきたいと思う。
「にしても、結心さんばかり一人部屋だなんてずるいなあ」
この学校では成績優秀者は一人部屋が与えられるようで、入試の緊張で全力が発揮できなかった私は二人部屋に割り振られた。幸い、ルームメイトはいい人で、少しおっとりした感じの子だからホッとしている。だけど、結心さんの一人部屋に遊びに行くたび、その広さに少しだけ嫉妬してしまうのは内緒だ。
「いいじゃない、しょっちゅう泊りに来たら。うふふ」
艶っぽく笑う結心さんに、私はやっぱり別々の部屋でよかったかもしれないと思った。毎晩、彼女と一緒に過ごしていたら……体力がもたないかもしれない。
少し前に、一緒のベッドで過ごした夜のことを思い出して、顔が熱くなる。
——ほんと、ずるいんだから。
そんな風に思っていると、結心さんがふっと真面目な表情になった。
さっきまでの柔らかな笑みが消えて、真剣な眼差しが私を射抜く。
「……ねぇ、空凪」
彼女の声は、少しだけ震えていた。
「うん?」
「これから先、いろんなことがあると思う。楽しいことも、辛いことも。でも、私は——」
温かな風が吹いて、結心さんの髪をそっと揺らす。その光景はまるで映画のワンシーンみたいで、私はただ彼女を見つめることしかできなかった。
「ずっと、空凪と一緒にいたい」
その言葉は、まっすぐで、少しも迷いがなくて。
「もちろん、私もずっと結心さんと一緒にいたい」
だから、私も迷わず答える。
それが、私の決意。
そっと手を差し伸べ、結心さんと手を繋ぐ。その指先の温もりが、私たちの未来を確かに繋いでいる気がした。
これから始まる日々は、きっと楽しいことばかりじゃない。
新しい環境に慣れるのにも時間がかかるだろうし、授業や課題もたくさんある。
それでも、隣に結心さんがいてくれるなら——私は、どんな困難も乗り越えられる気がする。
「……あのね、空凪」
「うん?」
「大好き」
小さく囁かれた言葉に、心臓が跳ねる。
それは、誰かに聞かれたら恥ずかしいくらい甘くて、けれど、どうしようもないくらい嬉しかった。
だから、私も負けじと囁く。
「私も、大好きだよ」
そんな甘い言葉を交わしながら、私たちは並んで歩き出す。
どこまでも続く桜並木の道を、二人で。
新しい日々へ。
春の風が、祝福するかのように吹いていた。
(完)
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