1 / 32
#01
しおりを挟む
空の宮第二中学校に通う三年生、白石佑奈にとって、学校の図書室は心安らぐ場所だった。薄暗くなるまで勉強をして帰るのは、家の電気代を少しでも節約するため。エアコンの利いた図書室は、夏休みが終わったというのに続く暑さをしのぐのに、うってつけの場所だった。
それに、佑奈は静かな空間で机に向かう時間が嫌いではなかった。今日も完全下校のアナウンスが流れるまで宿題をこなすつもりで、彼女は教科書とノートを広げていた。
一方、大波多佳子もまた、図書室で時間を過ごしていた。広い家に一人でいるのが嫌で、ただなんとなく時間をここで潰すのが習慣になっていた。特に目的もなく、本棚から適当に選んだ本を手に取り、周囲を見渡す。人と遠すぎても近すぎても居心地が悪いからと、ほどよい距離の席を探すのが佳子の癖でもあった。
その日、佳子が佑奈の姿をたまたま意識したのは、教室ではあまり目立たない佑奈が、一心不乱にノートに書き込む姿が妙に気になったからだった。試験前でもないというのに、やけに熱心なその横顔に、気づけば佳子は声をかけていた。
「ねえ、それって宿題?」
声をかけられた佑奈は、驚いて顔を上げた。そこには、クラスで話したことがめったにない佳子の顔があり、その整った顔貌に佑奈は思わず返答するまでに時間がかかってしまった。
「……え、あ、うん」
「そっか。私も、なんか一緒にやろうかな」
「え?」
佳子は思い立ったように佑奈の隣に座り、本棚から取ってきた本を戻して、カバンから教科書とノートを取り出した。そんな様子にどこか戸惑いながらも、佑奈はどこか嬉しく思った。
こうして始まった二人の時間は、図書室という小さな世界の中で少しずつ距離を縮めていく。全く違う生活環境にいる二人だったが、静かな空間で言葉を交わすたびに、互いの存在が心の中で大きくなっていった。
図書室での出会いから半月ほどが経った。佑奈と佳子は、毎日のように放課後に顔を合わせるようになった。教室では特に何か話すわけではないけど、図書室で過ごすうちに佳子は佑奈の正面ではなく隣に座るようになっていた。
「佳子ちゃん。これ、ちょっとだけ手伝ってくれない?」
クラスメイトである二人に課される宿題は当然同じもの。二人とも成績は優秀だが、たまに佑奈がつまずく問題がある。
「この問題、どうしても解けないんだよ。こっちの問題とどう違うんだろう」
佑奈が指差したのは、数学の問題だった。佳子は少し考えてから、サラサラとノートに計算式を書き始めた。佳子はどちらかというと理数系の科目を得意としており、佑奈に教えるのもよどみなかった。
「ほら、こんな感じで計算するんだよ」
「ありがとう、佳子ちゃん!」
佑奈は嬉しそうにノートを見つめる。普段、誰かに教えてもらうことは少ない佑奈と、普段、誰かに教えることの少ない佳子にとって、この関係は居心地のよいものだった。
「でも、どうしてそんなに勉強してるの? 宿題だけじゃなくて、予習復習まで、いつも時間いっぱいして……」
佳子がふと思ったように尋ねると、佑奈は少しだけ俯き、より小さな声でポツリと答えた。
「勉強は、いい学校に行って安定したところに就職するため。図書室でしてるのは……家の電気を節約したいから、かな」
「……家計が、苦しいの?」
「うん。うちには、お父さんがいないから。でも、それを言い訳にしたくない。いつか、お母さんに楽をさせてあげたいの」
佳子はその言葉に少しだけ胸が痛んだ。自分の家は裕福でお金には困らない。けれど、佳子の両親は海外で働き、佳子を一人家に残した。佳子はずっと、自分の恵まれた環境が少しだけ空虚に感じていた。
その一方で、佑奈は貧しいながらそれを言い訳にせず真摯に勉強と向き合い、母への愛情もある。それは佳子にとって眩しいと思えるほどに。
「私は、家が広すぎて一人でいるのが寂しいんだ」
思わず口を滑らせた言葉に、佑奈は目を見開いた。
「え?」
「両親は海外で働いているの。遠い親戚がお手伝いさんとして来てくれているけど、学校から帰る頃にはもういなくて、私は一人でいることが多いの」
佳子は少しだけ顔を背けながら言った。佑奈は言葉を探しながら、静かに答える。
「それは、寂しいね。でも、こうして一緒に勉強できるのは、嬉しいよ」
「うん、私も。だからこの時間はちょっと特別なの。ねぇ、教室でももっと話してもいい?」
「もちろんだよ。よろしくね、佳子ちゃん」
「えぇ、よろしくね、佑奈」
その日から、二人の時間はさらに深く結びついていった。勉強だけでなく、少しずつ互いの家庭や生活についても話すようになり、自然と心の距離が縮まっていった。
それに、佑奈は静かな空間で机に向かう時間が嫌いではなかった。今日も完全下校のアナウンスが流れるまで宿題をこなすつもりで、彼女は教科書とノートを広げていた。
一方、大波多佳子もまた、図書室で時間を過ごしていた。広い家に一人でいるのが嫌で、ただなんとなく時間をここで潰すのが習慣になっていた。特に目的もなく、本棚から適当に選んだ本を手に取り、周囲を見渡す。人と遠すぎても近すぎても居心地が悪いからと、ほどよい距離の席を探すのが佳子の癖でもあった。
その日、佳子が佑奈の姿をたまたま意識したのは、教室ではあまり目立たない佑奈が、一心不乱にノートに書き込む姿が妙に気になったからだった。試験前でもないというのに、やけに熱心なその横顔に、気づけば佳子は声をかけていた。
「ねえ、それって宿題?」
声をかけられた佑奈は、驚いて顔を上げた。そこには、クラスで話したことがめったにない佳子の顔があり、その整った顔貌に佑奈は思わず返答するまでに時間がかかってしまった。
「……え、あ、うん」
「そっか。私も、なんか一緒にやろうかな」
「え?」
佳子は思い立ったように佑奈の隣に座り、本棚から取ってきた本を戻して、カバンから教科書とノートを取り出した。そんな様子にどこか戸惑いながらも、佑奈はどこか嬉しく思った。
こうして始まった二人の時間は、図書室という小さな世界の中で少しずつ距離を縮めていく。全く違う生活環境にいる二人だったが、静かな空間で言葉を交わすたびに、互いの存在が心の中で大きくなっていった。
図書室での出会いから半月ほどが経った。佑奈と佳子は、毎日のように放課後に顔を合わせるようになった。教室では特に何か話すわけではないけど、図書室で過ごすうちに佳子は佑奈の正面ではなく隣に座るようになっていた。
「佳子ちゃん。これ、ちょっとだけ手伝ってくれない?」
クラスメイトである二人に課される宿題は当然同じもの。二人とも成績は優秀だが、たまに佑奈がつまずく問題がある。
「この問題、どうしても解けないんだよ。こっちの問題とどう違うんだろう」
佑奈が指差したのは、数学の問題だった。佳子は少し考えてから、サラサラとノートに計算式を書き始めた。佳子はどちらかというと理数系の科目を得意としており、佑奈に教えるのもよどみなかった。
「ほら、こんな感じで計算するんだよ」
「ありがとう、佳子ちゃん!」
佑奈は嬉しそうにノートを見つめる。普段、誰かに教えてもらうことは少ない佑奈と、普段、誰かに教えることの少ない佳子にとって、この関係は居心地のよいものだった。
「でも、どうしてそんなに勉強してるの? 宿題だけじゃなくて、予習復習まで、いつも時間いっぱいして……」
佳子がふと思ったように尋ねると、佑奈は少しだけ俯き、より小さな声でポツリと答えた。
「勉強は、いい学校に行って安定したところに就職するため。図書室でしてるのは……家の電気を節約したいから、かな」
「……家計が、苦しいの?」
「うん。うちには、お父さんがいないから。でも、それを言い訳にしたくない。いつか、お母さんに楽をさせてあげたいの」
佳子はその言葉に少しだけ胸が痛んだ。自分の家は裕福でお金には困らない。けれど、佳子の両親は海外で働き、佳子を一人家に残した。佳子はずっと、自分の恵まれた環境が少しだけ空虚に感じていた。
その一方で、佑奈は貧しいながらそれを言い訳にせず真摯に勉強と向き合い、母への愛情もある。それは佳子にとって眩しいと思えるほどに。
「私は、家が広すぎて一人でいるのが寂しいんだ」
思わず口を滑らせた言葉に、佑奈は目を見開いた。
「え?」
「両親は海外で働いているの。遠い親戚がお手伝いさんとして来てくれているけど、学校から帰る頃にはもういなくて、私は一人でいることが多いの」
佳子は少しだけ顔を背けながら言った。佑奈は言葉を探しながら、静かに答える。
「それは、寂しいね。でも、こうして一緒に勉強できるのは、嬉しいよ」
「うん、私も。だからこの時間はちょっと特別なの。ねぇ、教室でももっと話してもいい?」
「もちろんだよ。よろしくね、佳子ちゃん」
「えぇ、よろしくね、佑奈」
その日から、二人の時間はさらに深く結びついていった。勉強だけでなく、少しずつ互いの家庭や生活についても話すようになり、自然と心の距離が縮まっていった。
10
あなたにおすすめの小説
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。
帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。
♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。
♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。
♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。
♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。
※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。
★Kindle情報★
1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P
Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL
★YouTube情報★
第1話『アイス』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
Chit-Chat!1
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
イラスト:tojo様(@tojonatori)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[完結]
(支え合う2人)
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる