放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ

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 空の宮第二中学校に通う三年生、白石佑奈にとって、学校の図書室は心安らぐ場所だった。薄暗くなるまで勉強をして帰るのは、家の電気代を少しでも節約するため。エアコンの利いた図書室は、夏休みが終わったというのに続く暑さをしのぐのに、うってつけの場所だった。
 それに、佑奈は静かな空間で机に向かう時間が嫌いではなかった。今日も完全下校のアナウンスが流れるまで宿題をこなすつもりで、彼女は教科書とノートを広げていた。

 一方、大波多佳子もまた、図書室で時間を過ごしていた。広い家に一人でいるのが嫌で、ただなんとなく時間をここで潰すのが習慣になっていた。特に目的もなく、本棚から適当に選んだ本を手に取り、周囲を見渡す。人と遠すぎても近すぎても居心地が悪いからと、ほどよい距離の席を探すのが佳子の癖でもあった。

 その日、佳子が佑奈の姿をたまたま意識したのは、教室ではあまり目立たない佑奈が、一心不乱にノートに書き込む姿が妙に気になったからだった。試験前でもないというのに、やけに熱心なその横顔に、気づけば佳子は声をかけていた。

「ねえ、それって宿題?」

 声をかけられた佑奈は、驚いて顔を上げた。そこには、クラスで話したことがめったにない佳子の顔があり、その整った顔貌に佑奈は思わず返答するまでに時間がかかってしまった。

「……え、あ、うん」
「そっか。私も、なんか一緒にやろうかな」
「え?」

 佳子は思い立ったように佑奈の隣に座り、本棚から取ってきた本を戻して、カバンから教科書とノートを取り出した。そんな様子にどこか戸惑いながらも、佑奈はどこか嬉しく思った。
 こうして始まった二人の時間は、図書室という小さな世界の中で少しずつ距離を縮めていく。全く違う生活環境にいる二人だったが、静かな空間で言葉を交わすたびに、互いの存在が心の中で大きくなっていった。

 図書室での出会いから半月ほどが経った。佑奈と佳子は、毎日のように放課後に顔を合わせるようになった。教室では特に何か話すわけではないけど、図書室で過ごすうちに佳子は佑奈の正面ではなく隣に座るようになっていた。

「佳子ちゃん。これ、ちょっとだけ手伝ってくれない?」

 クラスメイトである二人に課される宿題は当然同じもの。二人とも成績は優秀だが、たまに佑奈がつまずく問題がある。

「この問題、どうしても解けないんだよ。こっちの問題とどう違うんだろう」

 佑奈が指差したのは、数学の問題だった。佳子は少し考えてから、サラサラとノートに計算式を書き始めた。佳子はどちらかというと理数系の科目を得意としており、佑奈に教えるのもよどみなかった。

「ほら、こんな感じで計算するんだよ」
「ありがとう、佳子ちゃん!」

 佑奈は嬉しそうにノートを見つめる。普段、誰かに教えてもらうことは少ない佑奈と、普段、誰かに教えることの少ない佳子にとって、この関係は居心地のよいものだった。

「でも、どうしてそんなに勉強してるの? 宿題だけじゃなくて、予習復習まで、いつも時間いっぱいして……」

 佳子がふと思ったように尋ねると、佑奈は少しだけ俯き、より小さな声でポツリと答えた。

「勉強は、いい学校に行って安定したところに就職するため。図書室でしてるのは……家の電気を節約したいから、かな」
「……家計が、苦しいの?」
「うん。うちには、お父さんがいないから。でも、それを言い訳にしたくない。いつか、お母さんに楽をさせてあげたいの」

 佳子はその言葉に少しだけ胸が痛んだ。自分の家は裕福でお金には困らない。けれど、佳子の両親は海外で働き、佳子を一人家に残した。佳子はずっと、自分の恵まれた環境が少しだけ空虚に感じていた。

 その一方で、佑奈は貧しいながらそれを言い訳にせず真摯に勉強と向き合い、母への愛情もある。それは佳子にとって眩しいと思えるほどに。

「私は、家が広すぎて一人でいるのが寂しいんだ」

 思わず口を滑らせた言葉に、佑奈は目を見開いた。

「え?」
「両親は海外で働いているの。遠い親戚がお手伝いさんとして来てくれているけど、学校から帰る頃にはもういなくて、私は一人でいることが多いの」

 佳子は少しだけ顔を背けながら言った。佑奈は言葉を探しながら、静かに答える。

「それは、寂しいね。でも、こうして一緒に勉強できるのは、嬉しいよ」
「うん、私も。だからこの時間はちょっと特別なの。ねぇ、教室でももっと話してもいい?」
「もちろんだよ。よろしくね、佳子ちゃん」
「えぇ、よろしくね、佑奈」

 その日から、二人の時間はさらに深く結びついていった。勉強だけでなく、少しずつ互いの家庭や生活についても話すようになり、自然と心の距離が縮まっていった。
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