放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ

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#02 佳子視点

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 図書室で佑奈と勉強をするようになって、どれくらい経った頃だったか。
 最初はただ、静かな空間で勉強する相手としてちょうどいい、くらいに思っていた。
 私には友達がいないし、作ろうとも思わなかった。小さい頃からずっと、誰かと一緒にいる感覚がわからなくて、気づけば独りになっていた。べつに寂しいとは思わなかった。

 だって、どうせ誰かと仲良くなっても、みんな私から離れていくのだから。
 佑奈も、きっとそのうちそうなる。最初はたまたま一緒にいるだけ。そのうち私より気の合う誰かと出会って、少しずつ距離ができて、やがて会話も減って、自然と離れていく。
 そういうものだと、私は知っていた。
 だから、怖くなかった。

 ――はずなのに。
 その日、私は初めて、怖いと思った。
 理由なんて、あとから考えたらいくらでも思いつく。でも、あのときはただ、心臓がぎゅっと縮こまるような感覚に襲われただけだった。

「佳子ちゃん、この問題、解き方を教えて。例題のどれに似てるとか」

 佑奈がノートを私のほうに滑らせる。もう何度も繰り返してきたやり取りだ。私は佑奈のノートを覗き込み、淡々と解説する。佑奈は決して答えを求めることはなかった。考え方を伝えると、佑奈はすぐに理解してくれる。

「そういうことだったんだ、ありがとう」

 佑奈は笑った。
 ……それだけのことなのに。
 どうして、私はこの笑顔を見れなくなる日が来るんだろうと思ったんだろう。
 どうして、私の隣にいるのが当たり前じゃなくなる日が来るんだろうと。
 その瞬間、私は初めて、佑奈を「手放したくない」と思った。

 ――そんなの、ずるい。

 私は、最初から一人でいるつもりだったのに。
 佑奈も、特別交友関係が広いわけじゃないのは知っている。でも、だからといって、ずっと私のそばにいる理由にはならない。いつか、佑奈は私を選ばなくなる。
 そんなの、いやだ。

「……佳子ちゃん?」

 気づけば、佑奈が私の顔を覗き込んでいた。どうやら完全下校のアナウンスが流れたらしい。

「どうしたの?」

 私は何も言えなかった。ただ、微かに震える指先を組み合わせて、佑奈の笑顔をじっと見つめていた。
 こんなにも、離れたくないと思うなんて。初めて抱いた執着が、胸の奥に根を張るのがわかった。そう自覚した時から、私は変わってしまった。

「ううん、なんでもない」

 気づかないふりをしていたものが、一度浮き彫りになると、もう隠しようがなかった。
 佑奈の声を聞くたび、笑顔を見るたび、隣にいるたび――私は、心のどこかで安心しながらも、不安を覚えるようになった。
 この時間が永遠に続くわけじゃないと、頭ではわかっている。
 佑奈は優しい。誰にでも分け隔てなく接するし、意地悪な言葉を言わない。そんな佑奈だからこそ、きっと、いつかもっと相応しい相手を見つけるんだろう。

「じゃあ、帰ろうっか」

 図書室の中でも、図書室から昇降口に向かうまでの距離も、隣に佑奈がいるのも、もうすっかり当たり前になってしまった。でも、それがずっと続くとは限らない。
 その温もりに慣れてしまったら、急に失ったとき、自分がどうなるのか想像もつかない。
 ぎゅっと手を握る。
 佑奈は気づかない。私の中で何かが芽生え、じわじわと広がっていることに。
 気づかせたくないとも思う。でも、気づいてほしいとも思う。
 わがままだってわかってる。

「またね」
「えぇ、また明日」

 それでも、この距離を、私だけのものにしたかった。いつか「またね」が「さようなら」になるのが怖い。
 どうすれば、佑奈はずっと私のそばにいてくれる?
 どうすれば、佑奈が私を求めてくれる?
 この関係に名前をつければ、離れなくて済む?
 私の胸の内で、初めての執着が静かに疼く。
 佑奈の声が耳に心地よく響くたび、私は思う。

 ――佑奈が誰のものにもならないように、私だけのものになるように、何をすればいい?

「佑奈!」

 思わず呼び止めてしまい、振り向いた佑奈に私は意を決して伝えた。

「ねえ、今日うちに来ない?」

 声は少しだけ震えていた。

「え? そんな、急になんてご家族に――あ」
「うん。誰もいないから気にしないで。佑奈ともっと話したいし」

 だけど、ゆっくりと首を横に振った。

「ごめんね、お母さんに言わないと。明日じゃ……ダメかな?」
「……明日でもいいわ。来てくれるなら、そうだよね、急だったよね……」

 佑奈はスマートフォンを持っていない。私とのつながりも……学校にしかない。

「じゃあ、明日は……図書室じゃなくて、私の部屋で勉強しよう。それと、お夕飯も……」
「う、うん!」

 あぁよかった……。断られるんじゃないかと思ったけど、佑奈がうちに来てくれる……。そうだ、精一杯のおもてなしをしないと。
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