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前編

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「悪いな、ロットン。お前をこれ以上、連れていけねぇわ」
「は? 勇者様、何をいまさら! ここをどこだと思っているんですか!? 魔王城の一階ですよ!?」
「ロットン君、ここは旧リテュン王国の王城。魔王城だなんて言ったらかわいそうです」
「いや、姫様そうじゃなくて……」

 僕たちが生きる世界は魔王の脅威に晒されていた。この世界で一番の大国、ノーフィアズ帝国は異世界から勇者を召喚しては魔王討伐に挑んでいた。けれど数十年おきに魔王は復活し、また勇者を召喚する。勇者が召喚されると、天に勇者の星が輝き、人々に勇者召喚を示し希望をもたらす。
 当代の勇者はテンドー・イッシン様。二本の剣を巧みに操る、剣の勇者。僕らはそんな勇者様の御旗に集まった勇者パーティーなのだ。
 魔物を次々と討伐し、魔物を率いる知能を持つ魔族をも下し、魔王に占拠された旧リテュン王城までやってきた。四天王の一角である門番まで倒し、荒れてはいるがかつての貴賓室と思しき一室で警戒を怠らずに休息をとっているのだ。

「あとはもう四天王が三体と魔王のみ。どうしてここで帰らなければならないんですか!!」
 そう、ここまで来たんだ。やっとここまで来たんだ!! なのになんで……! 僕の疑問に答えたのは勇者様だった。彼はいつも通りの笑顔を浮かべたまま、残酷な一言を僕に突き付ける。

「ロットンの強さじゃ、この先の敵には通用しない。さっきのあいつ、四天王でも最弱、そう言って散っただろ? そんなあいつ相手に、お前……死にかけたじゃないか」

 勇者様の言ったことは事実、門番の巨大な剣の攻撃で僕は死を覚悟した。もし勇者様とお師匠様が攻撃の勢いを削いでくれていなかったら、僕の胴体はおさらばしていただろう。

「けど! さっきのが法螺吹きで他の三体の方が弱いかもしれないじゃないですか!」

 子供っぽい言い訳なのは分かってる。それでも、そうでも言わないと本当にここでお別れになってしまいそうだった。僕の必死の主張に笑い声を出したのは、僕の戦いの師匠で、大斧を振るう無敵の帝国騎士団長だった。

「ガッハッハ。それなら僥倖、ロットン抜きでも十分戦える」
「そうですね。さきほどの魔族ほど防御力が高くなければ、私の弓矢と姫様の魔法でも対処可能かと」
「ロットン殿、貴殿の剣の才は誰もが認めております。しかし貴殿はまだ成人もしていない。本来なら、ここまで連れてきたことが間違っていた。だから今からでも、その間違いを改めさせてほしい」
「そんなの! 僕も親父も承知の上です! だから……だからぁ……」

 勇者パーティーは勇者様と魔法使いの姫様、騎士団長と弓の名手であるメイド長、そして治癒魔法に長けた賢者様、そして僕の六人。この六人だからここまで来られたし、それぞれの役割がはっきりしている。誰か一人欠けてもダメなはずなのに……みんなは、そう思ってないってことなのか……。

「僕が盾で防御しながら隙を作って勇者様やお師匠様の攻撃に繋ぐ、僕がいなくなった後どう戦うつもりですか!」
「それなんだよけどよぉロットン、お前の盾と俺の剣を交換してくれないか」

 そう言って勇者様が差し出したのは鞘に女神のレリーフが描かれた美しい長剣。

「な、何を言うんですか! それに、その剣は勇者の証である聖剣! 魔王討伐に必須でしょう。もし勇者様が盾を持つというなら、もう片方の剣と持ち替えたらいいじゃないですか」

 ……だって、もう一振りの剣は女神の祝福が施されたような伝説の剣じゃない。この世界の鍛冶職人が打った名剣ではあるが、聖剣ではない。

「いや、剣を一本しか持てないなら俺はこっちを持っていく。よく知らない女神からもらった剣よりも、お前とお前の父ちゃんが作ってくれた剣の方が大切な相棒だ。ロットンがアダマンドラゴンを倒したって聞いた時は驚いちまったぜ」

 僕はそもそもこの勇者パーティーでは新参者だ。彼らが帝都を発って、途中で寄った小さな村で鍛冶師をしているのが僕の父親だった。昔から父親の作った剣を振り回して魔物と戦っていた僕を勇者様とお師匠様が見出してくれたのだ。

「そもそも、どうして両手に剣を持たないんですか。これから先の魔族を相手取るのに、勇者様の手数を減らすなんておかしいです!」

 泣きそうになりながら叫ぶ僕が勇者様以外の四人を見ると、賢者様が首を横に振った。

「ロットン殿、これは貴殿のせいではないが……勇者殿は先ほどの戦いで左腕に傷を負った。私の術で治しはしましたが……」
「お前、それ言うのかよ。まぁ……なんだ、動くには動くが違和感は残った。双剣で片方がブレたらマズいからな。わりぃな、盾役なんて一番危険な役目を頼んじまって」

 盾を持つのが一番安全だって、敵の攻撃を弾いて後退、様子を見ながら構えなおして前進、そうやって戦えばいいんだって教えてくれたのは勇者様とお師匠様なのに……。
 僕と勇者様が口論を続けている間にも時間は過ぎていく。お師匠様は壁に寄りかかって目を閉じている。姫様は少し離れたところでメイド長と話していて、こちらを気にする素振りはない。誰も僕を引き留めようとしてくれない。いつの間に、僕を置いていく話をしたんだろう。見張りの時に、少しずつ話を合わせていたんだろうか。

「なんだ、その……ようは全部やっつけて帰ってくりゃいいんだろ。だからそんな悲しい顔すんなよ」
「そういうことだ。誰かが帰りを待っていてくれるというのは、それだけで心強いものだ。そうだ、ロットン。頼まれてくれるか?」

 そう言って歩み寄ってきたお師匠様が僕と肩を組む。

「帝都には俺の娘がいる。お前、確か十四だよな。二つ上でもうじき成人さ。けど、自分より強い男とじゃないと結婚しないってうるさくてな。さくっと負かして嫁にもらってやってくれないか。旅に出る前からどれだけ成長しているか分からんが、きっとお前なら勝てる。家族が増えたら嬉しいじゃないか」

 お師匠様はいっつも気が早いんだ。僕のことを子供扱いして、自分は年老いて死んでしまうから、せめて娘だけでも幸せになってほしいとか考えてる。項垂れる僕に、今度は姫様が近づいてきた。

「わたくしからは妹への手紙をお願いできますか? なんなら、妹ももらってくださいな。とっても可愛いんですの」

 地理に歴史、宗教に文学、芸術、ありとあらゆるものに博識で、村育ちで学なんてまったくない僕にも優しく接してくれた姫様。凄惨な戦場でも柔らかい笑顔で、僕たちの心を支えてくれた。

「姫様、約束してくれたじゃないですか……。もし姫様と勇者様の間に男の子が産まれたら、剣術指導役にしてくれるって!」
「えぇ。ノーフィアズ皇帝家としてお約束しました。あなたは未来の騎士団長です」

 隣にいるお師匠様が、頼むぜ後輩って再び豪快に笑う。そんな豪快なお師匠様と対照的な、賢者様も僕に手紙を差し出してくる。姫様の手紙はぶ厚く封もしてあるが、賢者様の手紙は折り畳んだだけの一枚の紙だった。

「これを母上に。一人息子なのに、いろいろ無茶をして迷惑をかけました、と」

 いつも冷静沈着で、どんな時でも僕を導いてくれた賢者様。僕も片親だから、いつも話を親身に聞いてくれた。兄のような存在だった。

「メイド長は……何か、ありますか?」

 矢じりの手入れを終えたメイド長に声をかける。正直、剣の才を見出してくれた勇者様とお師匠様には当然、感謝しているが……この人がいたから僕は旅に出る決心ができた。一目惚れだった。伝えたいけど、きっと迷惑になってしまう。

「少年、私はこう見えて君の倍は生きている年増です。姫様に気に入られたせいであっという間に行き遅れました。……騎士団長の娘に第二皇女、そんな顔ぶれのお嫁さん候補に、私も入れてくれますか?」

 僕が頷くと、普段は落ち着いて表情を滅多に変えない彼女が、初めて見せる柔らかな笑顔を浮かべた。

「では、待っていてくださいね。私も楽しみにしています」

 その言葉が決定的だった。そうだ、僕はここに崇高な使命を帯びてついてきたわけじゃない。ただ、惚れた女性を追いかけてきただけだったんだ。

「なんで……みんな、そんな優しい目をしているんですか……」

 僕からの最期の問いだった。

「そりゃあ、ロットンに未来を託せるからさ」

 勇者様の言葉に、僕は涙を拭きながら深々と頭を下げた。
 出発の時間になった。勇者様が親父が打った剣を右手に、左手に僕が渡した盾を持つ。姫様と賢者様が杖を構え、メイド長は弓を背負い矢筒を担いだ。お師匠様は大斧を肩に担ぎ、娘のことよろしくなって笑ってくれた。

「ロットン」

 城のエントランスで勇者様に声をかけられた。きっと、これが最後なんだろうと、直感的に感じていた。

「わりぃな、一人で帰らせちまって。まぁなんだ、旧市街に魔物はほぼいないし、いてもお前なら負けない。もし一人での帰り道が寂しくなったら、夜空を見上げてくれ。きっと、勇者の星が輝いてるぜ! またな!!!」

 またなって、そう言ってくれたのに……僕がリテュン城から一番近い村にたどり着いた頃には勇者の星は輝きを喪っていた。
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