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#006 初陣

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移動手段は馬車。二頭立てで御者はエリックさんが担当してくれた。

「城壁の外側にさらに壁があるんですね」

 壁と壁の間は広く牧草地帯や農耕地になっている。

「この辺りは今じゃすっかり平和ですが、かつてはいつ外側の壁が突破されるか分からないような時代もありました。都市部での戦闘は困難なので、こうした平野を用意するのは必定でした。もちろん、人口が増えて食糧がより必要になったということもありますが」

 アリーシャの説明は非常に分かりやすかった。内壁と外壁の間にある平野を馬車はスムーズに進んでいく。俺はその間に、そもそもどこへ向かっているのかを訊ねた。

「それはあたしが説明するわ」

 ナナリー曰く、この国は百年ほど前まで対魔族の最前線だったらしい。魔族は西方から攻めてくるため、東よりの国が次々に滅ぼされてしまった。そこで、フィソルディ王国は他国の敗残兵すらかき集めて魔族の侵攻を食い止めた、ということらしい。

「我が家のご先祖様もその戦で大活躍したのよ。その後、人類側の徹底抗戦で戦線を少しずつ東に押しやって、今から行くグロウセルって街が今の最前線。ここから馬車だと休み休みで二日くらいかしら」

 そう世界中を旅するような事にはならなさそうだ。ということは、魔王との戦闘までに時間がないということ。初陣もまだな俺はどれだけ戦えるのかさっぱり分からない。それなりに不安も大きいし、そもそも未来予知の限界はまだ、たったの二時間だ。その使い方だってまだ慣れてないのだから、早い内に弱い魔物と戦って感覚を養いたいものだ。
 早速、平野で大型犬くらいのサイズの魔物と遭遇した。エリックさんが颯爽と御者台を降りて大楯を構える。

「ソウヤ殿、存分に」
「危険があれば私が」

 抜刀した俺の後方でタバサさんが槍を構える。俺は刀を正眼に構えて魔物と対峙する。大型犬サイズの犬っぽい魔物、牙を剥いてこちらを睨んでくる。

「ワウゥッ!」

 一吠えすると勢いよく飛びかかってきた。俺は大きく踏み込み、上段からの振り下ろしで迎撃した。

「ギャンっ」

 悲鳴を上げて転げ回る。どうやら上手く斬れたようだ。俺はそのままトドメを刺すべく、走り出す。

「はぁあああっ!」

 剣を振り上げ、斬りかかろうとした瞬間――。

「危ないっ」

 タバサさんの叫びと同時に、背中に衝撃を受けた。何が起きたか分からず、地面に倒れ込む。

「ぐぅ……二匹目か」

 慌てて立ち上がり振り返ると、そこには槍で貫かれた魔物の死体があった。

「お怪我はありませんか?」

 一匹目はエリックさん、二匹目はタバサさんが仕留めていた。初陣は芳しくない結果に終わってしまった。

「えぇ、大丈夫です。ありがとうございます」

 タバサさんに助け起こされた俺は、すぐに立ち上がると、礼を言う。彼女の手を借りて立ち上がる。
服に付いた土埃を払っていると、アリーシャが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか!? 治療が必要でしたら遠慮なく言ってください」

 俺よりも心配そうな顔をしているアリーシャに苦笑しつつ、問題ないと返す。

「ていうかアリーシャ、治癒もできるの? あの障壁の魔法がメインだと思ってたけど」
「ふふ、これでも聖女姫と呼ばれているんですよ? あの障壁は支援魔法の一種でして、治癒もお任せあれです」
「そうだったのか、頼りにしてるよ」

 俺がアリーシャと話していると、遠巻きにナナリーがそんな光景を眺めていた。

「あんたねぇ……そんなんで大丈夫なの? 一歩間違えれば死んでたわよ」
「ナナリーは優しいな。心配してくれてるんだろ?」
「な、なに変なこと言ってんのよ。ばっかじゃないの」

 ツンデレのお手本みたいな返事に俺は口角を上げながら、抜きっぱなしだった刀を納めた。

「エリックさんもタバサさんもありがとう。おかげで命拾いしました」
「いえ、お気になさらず」
「勇者様をお守りするのが我々の使命ですから」

 エリックさんは謙遜しているが、タバサさんの方は胸を張っている。この人も結構感情豊かだよな。

「さて、そんじゃ気を取り直して出発しましょうかねー」

 ナナリーが馬車に乗り込んだのを確認して、俺たちは再び出発した。
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