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CASE.1
後編
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その日もいつも通り所持金の推移を紙面に書き込んでいた時だった。部屋の扉を三度ノックする音が聞こえた。スマホを持たないあたしはアポの取りようがないこともあり、客は急にやってくる。貸し出すだけの金はある。取り敢えずあたしはノックの主を部屋に招き入れた。
「失礼します……」
入ってきたのは育ちの良さそうな女子だった。やや明るめの髪はゆるくウェーブしており、顔立ちも端的に言って美少女の水準だった。ゆったりとした夜着の上からでも分かる胸の大きさ。焦げ付くような案件なら抱いて水に流すのもいいかもしれない。
「借り入れの相談ですか?」
「えぇ。6000円ほど……ミュージカルのチケット代として借りたくて」
……用途は特に問わないけれど、コンサート以外のチケット代は初めての案件だ。ミュージカルか、なんとなく彼女の雰囲気と合うように思える。
「んじゃ、この書類に名前と借入額。それと、承諾しましたって一筆ください」
安いボールペンを手渡して書いてもらう。魚住つぼみ、と。
「あの、一ヶ月遅れただけで二割増しって……高すぎませんか?」
「嫌なら他の人に借りたらいいじゃないですか。ていうか、誰かの紹介?」
すると彼女は首を横に振った。
「一応、同級生で部屋も近いんですけど……あと、確か一昨年クラスが一緒だったはずですよ?」
……あたしがこんな金持ちそうな女子を見落とすとは。とはいえ借り入れに来るくらいだから、せびるのは難しいか。ただ、チケット系は高額だからな。時と場合によっては、きちんと金を持っていることもあるだろう。覚えておくのもいいな。
「まぁ、客の顔と名前は忘れないから以後よろしく」
「うふふ、まず忘れられない顔になると思いますよ。お姉さま!!」
何を言い出すんだと警戒感をあらわにした直後、部屋のドアが開けられる。施錠をしていたはず……!?
「あい、こんばんは。風紀委員の影山しのぶだよ。……学内での高利貸しの現行犯で色々と話を聞かせて貰おうか」
……風紀委員だと!? 何がどうしてこうなった……? あたしは、また持たざる者になるというのか?
「こ、高利貸しだなんて言いがかりさ。あたしは、お金を貸すときにちょっと色をつけてもらっている程度で……」
「それが月に20%? さすがにどうなんよ」
「いや、貸す額だって少額だし……二割増しにしたところで、こっちに利益なんてあったもんじゃないさ」
……そうだ。しょせん1万円程度の借金、二割増しで返済されても2000円しか増えないんだ。挙げ句、貸し出す額の相場は3000円程度、600円追加でもらって何になるっていうんだ。
「んじゃ……こっちの件はどうなってるんかな?」
そういって影山と名乗った風紀委員が突きつけてきたのは、去年から始めた体育祭での徒競走や、水泳大会決勝レース賭博のオッズ表……。
「な、なんでそれを……。適切に処分したはず……」
「ふっふっふ、参加者からの聞き取り調査で再現した言わばレプリカだが、その発現は明らかにクロだね。……私の次の胴元があんただったとはね」
……そう、徒競走や水泳大会をギャンブルにする手法は付き合いのあった悪い先輩から聞いてやった稼ぎ方だ。そうか、先代の胴元ともあればオッズ表の作成くらいお手の物ってわけか……。よくよく見たら、多少は似せているがあたしの字とは大違いだ。
「これはもうお手上げだわ」
あれから二ヶ月が経ったけれど、あたしへの処分は思いの外緩かった。
荒稼ぎした十万近い現金は寮母さんが管理し、毎月少しずつ戻してくれることになった。まぁその寮母は菊花寮のではなく、桜花寮のなのだが。貸し出し中だったお金も、元本だけの返済になった。一人やたらと申し訳なさそうに返してきた女子がいたな。そう、井出千鶴だ。何だったんだろうか。
魚住つぼみはあたしのルームメイトになった。なるほど確かに、忘れられない顔になった。
桜花寮というのは、菊花寮に比べるとそれなりに不便だ。部屋の広さはほぼ変わらないのに、二人部屋だから狭く感じるしシャワールームも室内にない。大浴場に行くのが手間で、シャワーで済ませる日の多かったあたしには本当に不便だ。
加えて、常にルームメイトがいることもあって、夜な夜な部屋に女の子を呼んでセックスも出来なくなってしまったじゃないか。つぼみは影山先輩と付き合っているからと、全く相手にしてくれない。一人で、なんていうのも流石に無理だ。その上、ご丁寧なことに土日まできっちり監視されているものだから、金を貸すどころか返してもらうのにも一苦労だ。先方はこちらの廃業を知らないもんだから、返した直後に借りようとする客までいる。廃業を伝えるのはけっこう骨が折れた。
とはいえ驚いたのは、金を貸さなくなったからといって切れた縁がなかったことだ。金の切れ目が縁の切れ目なんて思っていたが、 普通すぎて拍子抜けしてしまった。
それから日々の生活で変わったことと言えば、つぼみと一緒にフライングディスクをするようになったことか。土日、部屋に引き籠もりたいあたしを連れ出して、つぼみは近くの公園で遊ぼうとする。フライングディスクなんて犬の遊び道具だと思っていたが、案外これが面白い。
つぼみは来春の新歓シーズンで部員を集め、部活設立を検討しているようだ。あたしたちは高校二年、きっちり集めないとあっという間に廃部になってしまうが、せっかくの縁だから……あたしも参加しようと思っている。まだつぼみには伝えていないが。
「つぼみは将来、何になりたいんだ?」
日差しも少しずつ柔らかくなってきた九月の末に、ふと問うてみた。
「女優です。大学では演劇の勉強をするつもりですよ?」
「……そんな不安定な未来を選ぶんだね。あたしには無理だわ」
光も影もあるような仕事だ。あたしは影しかない世界に向かおうとしているけれど。この先どうしたもんかな。アルバイト先に就職っていうのはいやだし。
「みともさん、普通の金融機関を目指したらいいのでは? けっこうまめったい人ですから」
「そんなお堅い仕事があたしに出来ると思うか? まーだあんたが売れた時にマネージャーでもした方が気楽そうだわ」
「そういう未来もいいかもしれないですね」
ふわっと笑う彼女の花のような表情に、未来は存外……明るいのかもしれない、そんなことを思った。
立成19年9月22日
宛:風間湊 発:影山しのぶ
これを高利貸し案件の最終報告書とする。
光井みともがこれまで稼いできた金銭については、高等部桜花寮の寮母へ一任。みともに占有権が移転していた装飾品やその他物品については在校中の場合に限り本来の持ち主へ返却。借用書については全て裁断済。高利貸しのみならず賭博の胴元もやっていたとは予想外だった。しかも自分が始めた案件を勝手に継いでいようとは。
光井みともは魚住つぼみをルームメイトする新しい生活に順応しつつあるようだ。以前のような金貸しやたかりについては一切しておらず、学園経由でのアルバイトのシフトを以前より増やしつつある傾向。
日々の生活リズムの改善もあってか、心身共に健康そうに見える。残り二年半の高校生活を十分に謳歌しうるだろうと判断した。つぼみの影響もあってか、最近はフライングディスク競技について図書館で調べている姿も目撃されている。いい傾向だろう。
本件を以て、影山しのぶは公安風紀委員の任を終える。以後、魚住つぼみが学園内の平和を維持するだろう。彼女は私と違って、自分の意志で公安風紀委員を目指した。きっと、私以上の活躍をするだろう。もっとも、公安風紀委員に活躍の場なぞ用意されないに越したことないのだが。
以上。
「失礼します……」
入ってきたのは育ちの良さそうな女子だった。やや明るめの髪はゆるくウェーブしており、顔立ちも端的に言って美少女の水準だった。ゆったりとした夜着の上からでも分かる胸の大きさ。焦げ付くような案件なら抱いて水に流すのもいいかもしれない。
「借り入れの相談ですか?」
「えぇ。6000円ほど……ミュージカルのチケット代として借りたくて」
……用途は特に問わないけれど、コンサート以外のチケット代は初めての案件だ。ミュージカルか、なんとなく彼女の雰囲気と合うように思える。
「んじゃ、この書類に名前と借入額。それと、承諾しましたって一筆ください」
安いボールペンを手渡して書いてもらう。魚住つぼみ、と。
「あの、一ヶ月遅れただけで二割増しって……高すぎませんか?」
「嫌なら他の人に借りたらいいじゃないですか。ていうか、誰かの紹介?」
すると彼女は首を横に振った。
「一応、同級生で部屋も近いんですけど……あと、確か一昨年クラスが一緒だったはずですよ?」
……あたしがこんな金持ちそうな女子を見落とすとは。とはいえ借り入れに来るくらいだから、せびるのは難しいか。ただ、チケット系は高額だからな。時と場合によっては、きちんと金を持っていることもあるだろう。覚えておくのもいいな。
「まぁ、客の顔と名前は忘れないから以後よろしく」
「うふふ、まず忘れられない顔になると思いますよ。お姉さま!!」
何を言い出すんだと警戒感をあらわにした直後、部屋のドアが開けられる。施錠をしていたはず……!?
「あい、こんばんは。風紀委員の影山しのぶだよ。……学内での高利貸しの現行犯で色々と話を聞かせて貰おうか」
……風紀委員だと!? 何がどうしてこうなった……? あたしは、また持たざる者になるというのか?
「こ、高利貸しだなんて言いがかりさ。あたしは、お金を貸すときにちょっと色をつけてもらっている程度で……」
「それが月に20%? さすがにどうなんよ」
「いや、貸す額だって少額だし……二割増しにしたところで、こっちに利益なんてあったもんじゃないさ」
……そうだ。しょせん1万円程度の借金、二割増しで返済されても2000円しか増えないんだ。挙げ句、貸し出す額の相場は3000円程度、600円追加でもらって何になるっていうんだ。
「んじゃ……こっちの件はどうなってるんかな?」
そういって影山と名乗った風紀委員が突きつけてきたのは、去年から始めた体育祭での徒競走や、水泳大会決勝レース賭博のオッズ表……。
「な、なんでそれを……。適切に処分したはず……」
「ふっふっふ、参加者からの聞き取り調査で再現した言わばレプリカだが、その発現は明らかにクロだね。……私の次の胴元があんただったとはね」
……そう、徒競走や水泳大会をギャンブルにする手法は付き合いのあった悪い先輩から聞いてやった稼ぎ方だ。そうか、先代の胴元ともあればオッズ表の作成くらいお手の物ってわけか……。よくよく見たら、多少は似せているがあたしの字とは大違いだ。
「これはもうお手上げだわ」
あれから二ヶ月が経ったけれど、あたしへの処分は思いの外緩かった。
荒稼ぎした十万近い現金は寮母さんが管理し、毎月少しずつ戻してくれることになった。まぁその寮母は菊花寮のではなく、桜花寮のなのだが。貸し出し中だったお金も、元本だけの返済になった。一人やたらと申し訳なさそうに返してきた女子がいたな。そう、井出千鶴だ。何だったんだろうか。
魚住つぼみはあたしのルームメイトになった。なるほど確かに、忘れられない顔になった。
桜花寮というのは、菊花寮に比べるとそれなりに不便だ。部屋の広さはほぼ変わらないのに、二人部屋だから狭く感じるしシャワールームも室内にない。大浴場に行くのが手間で、シャワーで済ませる日の多かったあたしには本当に不便だ。
加えて、常にルームメイトがいることもあって、夜な夜な部屋に女の子を呼んでセックスも出来なくなってしまったじゃないか。つぼみは影山先輩と付き合っているからと、全く相手にしてくれない。一人で、なんていうのも流石に無理だ。その上、ご丁寧なことに土日まできっちり監視されているものだから、金を貸すどころか返してもらうのにも一苦労だ。先方はこちらの廃業を知らないもんだから、返した直後に借りようとする客までいる。廃業を伝えるのはけっこう骨が折れた。
とはいえ驚いたのは、金を貸さなくなったからといって切れた縁がなかったことだ。金の切れ目が縁の切れ目なんて思っていたが、 普通すぎて拍子抜けしてしまった。
それから日々の生活で変わったことと言えば、つぼみと一緒にフライングディスクをするようになったことか。土日、部屋に引き籠もりたいあたしを連れ出して、つぼみは近くの公園で遊ぼうとする。フライングディスクなんて犬の遊び道具だと思っていたが、案外これが面白い。
つぼみは来春の新歓シーズンで部員を集め、部活設立を検討しているようだ。あたしたちは高校二年、きっちり集めないとあっという間に廃部になってしまうが、せっかくの縁だから……あたしも参加しようと思っている。まだつぼみには伝えていないが。
「つぼみは将来、何になりたいんだ?」
日差しも少しずつ柔らかくなってきた九月の末に、ふと問うてみた。
「女優です。大学では演劇の勉強をするつもりですよ?」
「……そんな不安定な未来を選ぶんだね。あたしには無理だわ」
光も影もあるような仕事だ。あたしは影しかない世界に向かおうとしているけれど。この先どうしたもんかな。アルバイト先に就職っていうのはいやだし。
「みともさん、普通の金融機関を目指したらいいのでは? けっこうまめったい人ですから」
「そんなお堅い仕事があたしに出来ると思うか? まーだあんたが売れた時にマネージャーでもした方が気楽そうだわ」
「そういう未来もいいかもしれないですね」
ふわっと笑う彼女の花のような表情に、未来は存外……明るいのかもしれない、そんなことを思った。
立成19年9月22日
宛:風間湊 発:影山しのぶ
これを高利貸し案件の最終報告書とする。
光井みともがこれまで稼いできた金銭については、高等部桜花寮の寮母へ一任。みともに占有権が移転していた装飾品やその他物品については在校中の場合に限り本来の持ち主へ返却。借用書については全て裁断済。高利貸しのみならず賭博の胴元もやっていたとは予想外だった。しかも自分が始めた案件を勝手に継いでいようとは。
光井みともは魚住つぼみをルームメイトする新しい生活に順応しつつあるようだ。以前のような金貸しやたかりについては一切しておらず、学園経由でのアルバイトのシフトを以前より増やしつつある傾向。
日々の生活リズムの改善もあってか、心身共に健康そうに見える。残り二年半の高校生活を十分に謳歌しうるだろうと判断した。つぼみの影響もあってか、最近はフライングディスク競技について図書館で調べている姿も目撃されている。いい傾向だろう。
本件を以て、影山しのぶは公安風紀委員の任を終える。以後、魚住つぼみが学園内の平和を維持するだろう。彼女は私と違って、自分の意志で公安風紀委員を目指した。きっと、私以上の活躍をするだろう。もっとも、公安風紀委員に活躍の場なぞ用意されないに越したことないのだが。
以上。
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