光の花と影の星

楠富 つかさ

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CASE.1

中編

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 夏の日差しは下校時刻ギリギリになっても衰えを知らない。私、影山しのぶは風紀委員室を訪ねた。
 部屋の主は同級生でクラスメイトの風間湊。前任の櫻井莉那先輩に比べれば仕事の出来るオーラもなければ、しっかりとした芯があるようにも見えない、わりと平凡な人物だ。まぁ、重度のシスコンではあるが。そんな彼女が今の私にとっては上司なのだ。

「どう、最後のお仕事の進み具合は」
「順調だよ。情報は着々と集まってきている。どうやらM.Mはかなりブラックなところまで手を出しているようだね。……資料は読ませてもらったけど、どうなの? 菊花から桜花への格下げ程度で済むものかい?」
「こちらも中間報告は読ませてもらったよ。まあ、彼女の罪状……行為についてはルームメイトがいるだけで、かなり抑制できるとこちらは踏んでいるよ。ルームメイトには君の後任を宛てれば尚更、ね」

 確かに湊の言う通りではあるけれど……。この先、社会で生きていく上で彼女が実際に法に触れる心配を摘むことが出来るのだろうか。最後にして最大の事件に当ってしまったなと、思わずため息が出てしまう。

「そう面倒くさそうにしないでくれよ? なんだかんだ君の後任人事については君の意見をちゃんと承諾したわけなんだし、信じてるよ影山」

 そう言われてしまっては仕方がない。せっかく最後の仕事なんだ。頑張って何とかしますわ。

「んじゃ、お疲れ」
「うん。失礼するよ」

 簡単に挨拶をして風紀委員室を後にする。
 私、影山しのぶは風紀委員であって風紀委員ではない。普段はどの部活にも委員会にも所属していない、いわゆる帰宅部なのだけれど……その実体は風紀委員の委員長、副委員長と生徒会長、生徒会副会長にしか知られていない特別な仕事……公安風紀委員なのだ。
 私たちが通う私立の中高一貫女子校――星花女子学園にはおよそ1000人もの生徒が通っている。千人が千人とも善良な淑女とは限らないのだ。そうした問題児の調査をし、上に報告して適正な処罰を下してもらうために存在するのが我々公安風紀委員だ。

「お姉さま! お疲れ様です」

 校舎を出ると、暑いのもお構いなしで私にぎゅっと抱きついてくる一人の少女が現われた。疑似妹である魚住つぼみだ。高等部一年で現在は菊花寮で暮らしている。今回、私が追っているM.Mとはけっこう近い位置に部屋がある。

「今回お姉さまが追っているM.Mって、わたくしと同級生でしかも夏休み明けから同じ部屋で暮らす予定なのですよね? 少しくらい情報を明かしてくださらないのですか?」
「いくら君が私の後任で、しかも彼女だからって、明かせない情報だってあるんだよねぇ」

 星花女子学園では女の子同士が当たり前のように……とまではいかないが、まあ可愛いあの子には彼女がいるって思った方が早いくらいには、女の子同士で付き合っているカップルが多い。
 普通、公安風紀委員は後任者に彼女を指名したりしないんだけど、今回はちょっとレアケース。つぼみは公安風紀委員の取り扱った事案に、わずかながらの関係があるのだ。

「わたくしが公安としてお勤めをきっちり果たすことで、フライングディスク部が復活できるのなら……わたくしは全力で頑張りますわ」

 星花女子には種類豊富な部活動があるが、かつて乱痴気騒ぎで廃部になった部がある。それがフライングディスク部だ。フライングディスクとはよく投げて犬に取ってきてもらうような、あのプラスチック製の円盤だ。あれをボールのように使ってアルティメットやディスクゴルフといった様々な競技を行う。星花女子がある我が県ではけっこう盛んな部類で、体育の授業でも普通にやる。
 まぁ、そういった競技を専門とするフライングディスク部なのだが、十年ほど前に廃部になっている。当時、既に活動内容や内々の人間関係について公安が内偵をしていたのだが、資料を完全にするより先に一発おっぱじめたものだから、普通に風紀委員によって処罰が下されたわけだ。つぼみは、廃部当時の現役部員の妹で、口調の通りのお嬢様なのだがフライングディスク愛はホンモノだ。
 そう、我々公安風紀委員はその職務を遂行する代わりに生徒会執行部の裁量の範疇で、お願いを聞いて貰える立場にあるのだ。と言うわけで、つぼみはフライングディスク部再建に向けて行動をしているわけだ。

「ところでお姉さまはどんな願いの代償に公安やってらっしゃるのですか?」
「いや、代償って。公安はそんな魔法少女みたいなもんじゃないよ」

 まあ、高貴さすら感じるつぼみを相手に話したく話したくはないのだけれど、私が公安風紀委員をやっているのは前任者が私を捕まえたからだ。厳密に捕まったわけではないけれど、厳重注意のために私を生徒会室へ連れて行ったのが、当時の公安風紀委員だった。そう思えばよく今の私は菊花寮に住んでられるな。
 星花女子学園の寮には主に成績優秀者が入る個室制の菊花寮と、その他が入る二人部屋の桜花寮があるが……菊花寮に入るには学業が部活動で優秀な成績を取る必要がある。裏を返せば生活態度はさほど気にされていない……? それもそうか。スカーレット・プリンセスと呼ばれる星花66期レズの双璧、バリネコの火蔵宮子までもが菊花寮で普通に暮らしているのだから。

「ではお姉さま、またお風呂のお時間に」

 つぼみを部屋の前まで送ると、同じ階の奥から階段へ向けて歩く女子生徒にすれ違った。
 私は見逃さなかったよ。その女子生徒が今回追っているM.Mの部屋から出てきたこと。そして彼女の右袖に刺繍された学年色が中三のそれだったことを。
 ここで声をかけて万が一M.Mに気付かれてはならない。既につぼみも自室へ入っている。私は階段を下り外へ向かう彼女をすっと尾行した。


「ねぇお嬢さん」
「ひぇ」

 怯えられてしまった。ちょっと心外だなあと思いつつ、その反応は何か後ろめたいことでも? なんて言ってみる。

「別に……何もありません」
「ならいいんだけどさ、そうだ。ニアマ行かない? 何か奢るよ。疑っちゃったお詫び」

 こうやって人にすっと近付いて、情報を引き出すのが公安のお仕事。まあ、普通に買収なんだけど。これくらいだったら秘密裏に公安風紀委員なんて置く必要ないなって、思われがちなんだけど……今の私は実は特徴を消すような凡庸な顔立ちに見えるようメイクを施している。情報を嗅ぎ廻る人間がどんな容姿をしていたのか、覚えさせないというのは情報収集をする上で重要なのだ。
 てなわけで、断る隙すら与えないまま星花女子学園にもほど近いコンビニエンスストア・ニアマートのアイス売り場にやってきた。ここで仕掛ける。

「ねぇ、光井みともちゃんからお金借りてない? 実は私もなんだよね」

 当然嘘であり、私はお金など一銭たりとも借りていない。今回の内偵対象M.Mこと光井みともは高利貸しとして風紀委員が問題視していた少女であり、広いようで狭い学内で積もり積もったウワサをきっかけに内偵が始まった。どうやら彼女は決して口約束で金を貸すような楽天家ではなく、分かりやすく詔書を用意しているらしい。それを押収し、今後の貸金業を辞めさせるのが今回のお仕事だ。
 別にお金を貸すこと自体は校則違反でもなんでもないのだけれど、一ヶ月で二割の延滞料がまずおかしい。さらに額面によっては抵当としてアクセサリーや未開封の化粧品なんかを受け取っていたらしい。
 これは後から勉強した内容なのだが、抵当って返せなかったら売って金にしますよという約束みたいなものだから、金を貸す側の手元に移転するのはおかしいのだ。まぁ、借りる側は普通知らないだろうけれど。

「見せてもらえない? 実は風紀委員のお仕事でね」

 借りた金額が見られるのが嫌なのか、前にも一回ここまでこぎ着けた相手がいたが、その時は見ることが出来なかった。今回は見せてもらえそうな気配がすることもあり、風紀委員であることを打ち明ける。さあ、どう出る?

「あの……私、その……お金、なくて、それで彼女から光井先輩に借りたら良いって言われて……でもちょっと怖かったから、えっと……何か、悪いことしている気分で……。だから、その、これを」

 手渡されたのは確かに金銭貸借詔書だった。井出千鶴ちゃん、か。真面目そうないい子だ。つぼみがいなかったら、彼女を後任として鍛えるというのもアリだったかも知れない。にしても一万円か。けっこうな額だなぁ。中学三年生にとっては。
 私が彼女をコンビニに連れてきたのは、なにもアイスで釣るためだけじゃない。この詔書をコピー機でコピーするためだ。私は交通系ICカードを手渡し、自分用のアイスを指差してからコピー機の方へ向かった。

「はいこれ、ありがとう」
「どういたしまして。……アイス、ごちそうさまです」

 彼女が選んだのは二個くっついたタイプのアイス。おそらく部屋で待つ彼女と食べるのだろう。まぁ、それくらいはいい。私は揉みながら溶かして吸い込むタイプのアイスの封を切り、取り敢えず頑張って吸ってみる。

「それじゃ、ばいばい」
「あ、あの……光井先輩は、どうなるんですか?」
「うーん。言えないかな。でも、退学とかはないから。それは安心して」

 優しそうな彼女のことだ。仮に退学処分でも下ろうものなら精神的に大いに気にしてしまうだろう。彼女を見送り、自分も部屋に戻る。あとは決定的瞬間を捉えるだけだなあ。このまま千鶴ちゃんを協力者にするというの手だが、少し酷に思える。金銭の貸し借りをしている最中に突入したいのだけれど……。そうか、その手があるか。

「……もしもし、つぼみ。M.Mの件で、君を当事者側に組み込むとするよ」
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