花のように咲いて、雫のように落ちて

楠富 つかさ

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義妹と家族

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 朝のキッチンに、じゅうっと食材が焼ける音が響く。
 温めたフライパンの上で卵を落とすと、白身がじわじわと固まり、黄身がふっくらと膨らんでいく。
 その様子を見ながら、ふと小さな気配を感じた。

「……姉さん、おはよう」

 後ろからふわりと抱きしめられる感触。私を姉さんと呼ぶ彼女は、私――坂井和花奈にとっては夫の妹、坂井雫だ。

「雫ちゃん、おはよう」

 振り返らないまま言うと、雫ちゃんは私の背に頬を寄せたまま、甘えるように腕を回していた。

「料理中は危ないからダメだよ」
「だって、姉さん体温高めで、気持ちいいんだもん。ちょっとくらいいいでしょ?」

 夫も雫ちゃんも朝に弱い。単身赴任で一人暮らしをしている夫は、今日も遅刻せず会社に行っているだろうか。
 そんなことを考えつつ、まずは朝ごはん作りに集中……したいところだけど、背後の彼女はなかなか離れてくれない。大学二年生の雫ちゃんは、キャンパスに通いやすいからという理由で同居している。子育てにも協力的でむしろ夫より戦力になってくれているので本当に助かっている。娘の咲良もよく懐いている。

「ほら、咲良が起きる前に朝ごはん準備しないと」
「……はいはい」

 渋々といった様子で、ようやく腕をほどいてくれる。
 その代わり、今度はカウンター越しに私をじっと見つめてきた。

「ねえ、今日さ、咲良ちゃんと三人でどこか出かけない?」
「三人で?」
「うん、最近咲良ちゃん、姉さんと一緒にお外で遊びたがってたでしょ?」

 言われて、少し考える。
 確かに最近の咲良は、夫がいない寂しさを紛らわせるかのように、私と一緒に遊びたがっていた。
 けれど、家事や育児に追われるうちに、なかなか時間を作れていなかったのも事実だ。

「……そうだね。あれ、雫ちゃん講義は?」
「今日は二コマしかないのに、片方が休講だからいいにしちゃおうかなって」

 夫とは大学で出会った。良くも悪くも普通の男性で、時に真面目に時に不真面目に、効率よく単位を集めて、一緒に出掛けたりバイトしたり食事したり……気付いたら一緒にいることが当たり前になって、変な言い方になるが、気付いたら結婚していた。
 雫ちゃんも気楽に女子大生を謳歌しているようだ。自分の学生時代を思い出すと、たった一コマのために大学へ行けとは強く言えない。

「もう、そういうところもあの人に似てるのね。しょうがないわね。咲良が行きたいって言ったら行きましょう。そうじゃなかったら一コマでも大学行ってね?」
「はーい」

 雫ちゃんが満足そうに微笑む。
 その顔を見ていると、彼女がどれだけ咲良を大切に思ってくれているのかが伝わってきた。

 雫ちゃんは、咲良のことを本当によく可愛がってくれている。
 咲良が小さな手で抱っこをねだれば、すぐに持ち上げてくれるし、絵本の読み聞かせも率先してやってくれる。
 時には私よりも、咲良の「お姉ちゃん」みたいだった。

「姉さんも、たまには息抜きしないとね?」
「……ありがとう、雫ちゃん」

 彼女の優しさが、じんわりと心に染みる。

 夫がいない間、こうして雫ちゃんがそばにいてくれることに、私はどこか救われていた。
 でも、それがどこまで「普通の家族」としての関係なのか――私はまだ気づいていなかった。
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