3 / 18
二十歳の夜
しおりを挟む
ゴールデンウィークの夜、少しひんやりとした風がカーテンを揺らした。
今日は雫ちゃんの二十歳の誕生日だった。朝から咲良と一緒にお祝いの準備をし、夕方にはケーキを焼いて、晩ご飯は雫ちゃんの好きな料理を並べた。
咲良も嬉しそうに雫ちゃんにプレゼントを渡し、何度も「しずくちゃん、たんじょうび、おめでとう!」と繰り返していた。
「咲良ちゃん、ありがとう。大好きだよ」
そう言ってぎゅっと抱きしめる雫ちゃんの顔は、本当に幸せそうだった。私も、そんな二人の姿を見て心が温かくなった。夫が単身赴任で家を空けてから早一か月、私たちはこのマンションで三人で過ごしてきた。母と娘、そして義妹。
少し不思議な組み合わせだけれど、こうして穏やかな日々を過ごせることに、私は満足していた。
――少なくとも、この夜が来るまでは。
咲良を寝かしつけたあと、リビングで雫ちゃんと二人、ゆったりとソファに座っていた。
グラスの中で揺れる琥珀色の液体は、思ったよりも甘くて飲みやすかった。
お酒を飲むのは久しぶりだった。妊娠してからずっと控えていたし、出産してからも育児に追われて、飲む余裕なんてなかった。だから、ほんの少しだけなら、と。最初はほんの少しだけのつもりが、気づけば何杯も飲んでしまっていた。
久々のアルコールは、思いのほか体に染みて、心地よくふわふわとした気分にさせる。
「姉さん、顔赤いよ。大丈夫?」
「うん、平気。雫ちゃんこそ、無理してない?」
私の問いかけに、雫ちゃんはくすりと笑う。彼女の頬も、ほんのりと赤らんでいたけれど、その瞳はどこか艶っぽくて、いつもと違って見えた。
──いけない。これ以上は飲まないほうがいい。
そう思ったのに、雫ちゃんが楽しそうにボトルを差し出してくるから、ついお酒が進んでしまう。
「だって、せっかくの私の誕生日なんだから。姉さんも一緒に飲んでくれないと、寂しいよ」
「もう……甘えんぼなんだから」
笑いながらそう言ったはずなのに、言葉がやけに甘ったるく響いたのは酔いのせいだろうか。視界がほんのりと霞んで、柔らかな灯りに包まれたリビングが、どこか夢の中のように見えた。
「ねえ、姉さん」
「ん……?」
隣に座る雫が、ふいに私の肩に頭を預けてくる。ふわりと漂うシャンプーの香りと、温かい体温に、鼓動がひとつ跳ねた。逃げなきゃと思ったのに、酔いで身体は重くて、指先ひとつ動かせなかった。
「私ね、ずっと……姉さんに甘えたかったの」
「……そう、なんだ」
「うん。ずっと、こうしたかった」
囁く声と同時に、彼女の指がそっと私の手に絡む。そのまま、するりと滑り込むように、雫ちゃんが私の膝の上に跨ってきた。視界いっぱいに広がる彼女の顔と、揺れる長い睫毛。
──だめ。こんなの、いけない。
そう思うのに、全身から力が抜けて、抗えない。
「し、雫ちゃ……?」
「ねえ、姉さん。今日くらい、私のわがまま聞いてくれる?」
潤んだ瞳で見つめられて、胸がぎゅっと締め付けられた。彼女の指が私の頬を撫で、唇に触れる。
「……だめ、よ。そんな……」
「だめじゃないよ。姉さんも、本当は寂しいんでしょ?」
耳元で囁かれるたびに、熱が上がっていく。
理性は何かを言おうとするのに、雫ちゃんの指がゆっくりと私の服の裾に触れた瞬間、かすかな声しか出なかった。
「ずっと……ずっと我慢してたの。だから、お願い」
「……し、く……」
名前を呼ぼうとして、唇を塞がれる。柔らかくて甘いキスに、抵抗は一瞬で溶かされてしまった。もう、だめだ。抗えない。そう思ったとき、雫ちゃんの手が私の胸に触れて、びくりと背筋が跳ねた。
「……姉さん、可愛い」
「っ……そんなこと……言わないで……」
息も絶え絶えに抗議しようとする声は、情けないくらい震えていて、雫ちゃんは楽しそうに微笑む。その笑顔は普段の彼女とは違っていて、もっと深く、私を飲み込もうとする甘い蜜のようだった。
「だいじょうぶ。誰にも言わないから」
「……やめて……」
「姉さんも、本当は嬉しいんでしょ?」
そう言って耳朶に唇を落とされて、私はかすかに首を振ることしかできなかった。けれど、その微かな抵抗すら意味をなさないほど、雫ちゃんは優しく、深く私に触れてくる。
罪悪感も羞恥も全部、甘い酩酊の中に溶けていく。
「……姉さん、好き」
熱を帯びた囁きに、私は目を閉じた。酔いと、彼女の体温と、抑えきれない甘い罪悪感に溺れていく。
──もう戻れない。そう理解した瞬間、涙がひとすじ、頬を伝った。
今日は雫ちゃんの二十歳の誕生日だった。朝から咲良と一緒にお祝いの準備をし、夕方にはケーキを焼いて、晩ご飯は雫ちゃんの好きな料理を並べた。
咲良も嬉しそうに雫ちゃんにプレゼントを渡し、何度も「しずくちゃん、たんじょうび、おめでとう!」と繰り返していた。
「咲良ちゃん、ありがとう。大好きだよ」
そう言ってぎゅっと抱きしめる雫ちゃんの顔は、本当に幸せそうだった。私も、そんな二人の姿を見て心が温かくなった。夫が単身赴任で家を空けてから早一か月、私たちはこのマンションで三人で過ごしてきた。母と娘、そして義妹。
少し不思議な組み合わせだけれど、こうして穏やかな日々を過ごせることに、私は満足していた。
――少なくとも、この夜が来るまでは。
咲良を寝かしつけたあと、リビングで雫ちゃんと二人、ゆったりとソファに座っていた。
グラスの中で揺れる琥珀色の液体は、思ったよりも甘くて飲みやすかった。
お酒を飲むのは久しぶりだった。妊娠してからずっと控えていたし、出産してからも育児に追われて、飲む余裕なんてなかった。だから、ほんの少しだけなら、と。最初はほんの少しだけのつもりが、気づけば何杯も飲んでしまっていた。
久々のアルコールは、思いのほか体に染みて、心地よくふわふわとした気分にさせる。
「姉さん、顔赤いよ。大丈夫?」
「うん、平気。雫ちゃんこそ、無理してない?」
私の問いかけに、雫ちゃんはくすりと笑う。彼女の頬も、ほんのりと赤らんでいたけれど、その瞳はどこか艶っぽくて、いつもと違って見えた。
──いけない。これ以上は飲まないほうがいい。
そう思ったのに、雫ちゃんが楽しそうにボトルを差し出してくるから、ついお酒が進んでしまう。
「だって、せっかくの私の誕生日なんだから。姉さんも一緒に飲んでくれないと、寂しいよ」
「もう……甘えんぼなんだから」
笑いながらそう言ったはずなのに、言葉がやけに甘ったるく響いたのは酔いのせいだろうか。視界がほんのりと霞んで、柔らかな灯りに包まれたリビングが、どこか夢の中のように見えた。
「ねえ、姉さん」
「ん……?」
隣に座る雫が、ふいに私の肩に頭を預けてくる。ふわりと漂うシャンプーの香りと、温かい体温に、鼓動がひとつ跳ねた。逃げなきゃと思ったのに、酔いで身体は重くて、指先ひとつ動かせなかった。
「私ね、ずっと……姉さんに甘えたかったの」
「……そう、なんだ」
「うん。ずっと、こうしたかった」
囁く声と同時に、彼女の指がそっと私の手に絡む。そのまま、するりと滑り込むように、雫ちゃんが私の膝の上に跨ってきた。視界いっぱいに広がる彼女の顔と、揺れる長い睫毛。
──だめ。こんなの、いけない。
そう思うのに、全身から力が抜けて、抗えない。
「し、雫ちゃ……?」
「ねえ、姉さん。今日くらい、私のわがまま聞いてくれる?」
潤んだ瞳で見つめられて、胸がぎゅっと締め付けられた。彼女の指が私の頬を撫で、唇に触れる。
「……だめ、よ。そんな……」
「だめじゃないよ。姉さんも、本当は寂しいんでしょ?」
耳元で囁かれるたびに、熱が上がっていく。
理性は何かを言おうとするのに、雫ちゃんの指がゆっくりと私の服の裾に触れた瞬間、かすかな声しか出なかった。
「ずっと……ずっと我慢してたの。だから、お願い」
「……し、く……」
名前を呼ぼうとして、唇を塞がれる。柔らかくて甘いキスに、抵抗は一瞬で溶かされてしまった。もう、だめだ。抗えない。そう思ったとき、雫ちゃんの手が私の胸に触れて、びくりと背筋が跳ねた。
「……姉さん、可愛い」
「っ……そんなこと……言わないで……」
息も絶え絶えに抗議しようとする声は、情けないくらい震えていて、雫ちゃんは楽しそうに微笑む。その笑顔は普段の彼女とは違っていて、もっと深く、私を飲み込もうとする甘い蜜のようだった。
「だいじょうぶ。誰にも言わないから」
「……やめて……」
「姉さんも、本当は嬉しいんでしょ?」
そう言って耳朶に唇を落とされて、私はかすかに首を振ることしかできなかった。けれど、その微かな抵抗すら意味をなさないほど、雫ちゃんは優しく、深く私に触れてくる。
罪悪感も羞恥も全部、甘い酩酊の中に溶けていく。
「……姉さん、好き」
熱を帯びた囁きに、私は目を閉じた。酔いと、彼女の体温と、抑えきれない甘い罪悪感に溺れていく。
──もう戻れない。そう理解した瞬間、涙がひとすじ、頬を伝った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件
楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。
※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる