花のように咲いて、雫のように落ちて

楠富 つかさ

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二十歳の夜

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 ゴールデンウィークの夜、少しひんやりとした風がカーテンを揺らした。
 今日は雫ちゃんの二十歳の誕生日だった。朝から咲良と一緒にお祝いの準備をし、夕方にはケーキを焼いて、晩ご飯は雫ちゃんの好きな料理を並べた。
 咲良も嬉しそうに雫ちゃんにプレゼントを渡し、何度も「しずくちゃん、たんじょうび、おめでとう!」と繰り返していた。

「咲良ちゃん、ありがとう。大好きだよ」

 そう言ってぎゅっと抱きしめる雫ちゃんの顔は、本当に幸せそうだった。私も、そんな二人の姿を見て心が温かくなった。夫が単身赴任で家を空けてから早一か月、私たちはこのマンションで三人で過ごしてきた。母と娘、そして義妹。
 少し不思議な組み合わせだけれど、こうして穏やかな日々を過ごせることに、私は満足していた。

 ――少なくとも、この夜が来るまでは。

 咲良を寝かしつけたあと、リビングで雫ちゃんと二人、ゆったりとソファに座っていた。
グラスの中で揺れる琥珀色の液体は、思ったよりも甘くて飲みやすかった。
 お酒を飲むのは久しぶりだった。妊娠してからずっと控えていたし、出産してからも育児に追われて、飲む余裕なんてなかった。だから、ほんの少しだけなら、と。最初はほんの少しだけのつもりが、気づけば何杯も飲んでしまっていた。
 久々のアルコールは、思いのほか体に染みて、心地よくふわふわとした気分にさせる。

「姉さん、顔赤いよ。大丈夫?」
「うん、平気。雫ちゃんこそ、無理してない?」

 私の問いかけに、雫ちゃんはくすりと笑う。彼女の頬も、ほんのりと赤らんでいたけれど、その瞳はどこか艶っぽくて、いつもと違って見えた。

──いけない。これ以上は飲まないほうがいい。

 そう思ったのに、雫ちゃんが楽しそうにボトルを差し出してくるから、ついお酒が進んでしまう。

「だって、せっかくの私の誕生日なんだから。姉さんも一緒に飲んでくれないと、寂しいよ」
「もう……甘えんぼなんだから」

 笑いながらそう言ったはずなのに、言葉がやけに甘ったるく響いたのは酔いのせいだろうか。視界がほんのりと霞んで、柔らかな灯りに包まれたリビングが、どこか夢の中のように見えた。

「ねえ、姉さん」
「ん……?」

 隣に座る雫が、ふいに私の肩に頭を預けてくる。ふわりと漂うシャンプーの香りと、温かい体温に、鼓動がひとつ跳ねた。逃げなきゃと思ったのに、酔いで身体は重くて、指先ひとつ動かせなかった。

「私ね、ずっと……姉さんに甘えたかったの」
「……そう、なんだ」
「うん。ずっと、こうしたかった」

 囁く声と同時に、彼女の指がそっと私の手に絡む。そのまま、するりと滑り込むように、雫ちゃんが私の膝の上に跨ってきた。視界いっぱいに広がる彼女の顔と、揺れる長い睫毛。

──だめ。こんなの、いけない。
そう思うのに、全身から力が抜けて、抗えない。

「し、雫ちゃ……?」
「ねえ、姉さん。今日くらい、私のわがまま聞いてくれる?」

 潤んだ瞳で見つめられて、胸がぎゅっと締め付けられた。彼女の指が私の頬を撫で、唇に触れる。

「……だめ、よ。そんな……」
「だめじゃないよ。姉さんも、本当は寂しいんでしょ?」

 耳元で囁かれるたびに、熱が上がっていく。
 理性は何かを言おうとするのに、雫ちゃんの指がゆっくりと私の服の裾に触れた瞬間、かすかな声しか出なかった。

「ずっと……ずっと我慢してたの。だから、お願い」
「……し、く……」

 名前を呼ぼうとして、唇を塞がれる。柔らかくて甘いキスに、抵抗は一瞬で溶かされてしまった。もう、だめだ。抗えない。そう思ったとき、雫ちゃんの手が私の胸に触れて、びくりと背筋が跳ねた。

「……姉さん、可愛い」
「っ……そんなこと……言わないで……」

 息も絶え絶えに抗議しようとする声は、情けないくらい震えていて、雫ちゃんは楽しそうに微笑む。その笑顔は普段の彼女とは違っていて、もっと深く、私を飲み込もうとする甘い蜜のようだった。

「だいじょうぶ。誰にも言わないから」
「……やめて……」
「姉さんも、本当は嬉しいんでしょ?」

 そう言って耳朶に唇を落とされて、私はかすかに首を振ることしかできなかった。けれど、その微かな抵抗すら意味をなさないほど、雫ちゃんは優しく、深く私に触れてくる。
 罪悪感も羞恥も全部、甘い酩酊の中に溶けていく。

「……姉さん、好き」

 熱を帯びた囁きに、私は目を閉じた。酔いと、彼女の体温と、抑えきれない甘い罪悪感に溺れていく。
──もう戻れない。そう理解した瞬間、涙がひとすじ、頬を伝った。
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