13 / 13
すべての過去は明日への踏み台にすぎない
しおりを挟む
彩瑛さんがを喪ってから五年の月日が経った。今わたしは東京の大学で油絵を学んでいる。女性と花を一枚のキャンバスに描く作品を多数描き、なんどか賞も取った。
地元には同世代の天才画家がいて、その人が水彩の白雪姫なんて一部の界隈では呼ばれているらしく、それと対比してかわたしは油彩の花魔女なんて呼ばれている。
四月の四日、わたしは二十二歳になった。新学期ということもあり、街には学生の姿も多い。四年生になったわたしは大学にあまり用はなく、街をぶらついてはモデルになってくれそうな女性を漁っていた。
都会の生活はなにかとお金が必要で、挙句にモデルへの謝礼もあって常に金欠。それでも彩瑛さんからもらったお金に手を付けたくなくて、女性向け風俗の仕事を始めてしまった。仕事で数多くの女性に出会ったけど、やはり彩瑛さんのように目を奪われ、心を奪われるほどの人には出会えなかった。
「……あの子」
下りた踏切にふらふらとした足取りで近づくセーラー服姿の少女、気になったのは彼女の容姿うんぬんではなく――。
「君、死ぬつもり?」
止めなければ線路内に侵入しそうだった少女の肩に触れる。朝の通学時間帯だというのに彼女はカバンを持っていなかった。彼女の目は彩瑛さんを喪って間もないわたしによく似ていた。
「……死にたいんです。止めないでください」
「止めたいわけじゃないよ。ただのナンパ。少し遊んでかない?」
わたしの言葉に奇異の目を向ける少女。わたしは自殺を否定しない。その人が選ぶ死に方を肯定する。けれど……目の前で人が死ぬのは困る。電車が止まるのも迷惑。そんなことを言っているうちに、とっくに電車は通り過ぎてしまって、彼女とホームへ向かいながら、取り敢えずベンチに座らせる。
「都会の駅って転落防止の扉があって邪魔だよね」
「……お姉さん、ほんと変な人ね」
自販機でコーラと桃味の水を買う。彼女は桃味の水を受け取った。
「名前は? 本名じゃなくてもいいよ。なんて読んだらいい?」
「……好きに呼べば?」
「じゃあ……サエ。サエは何で死にたいの?」
花はいつか散る。だから美しくて……わたしが花とともに描く女性は皆絵の中で息絶えている。首を吊ったり、毒をあおったり、刃を突き立てたり……そんな絵ばかり描くから魔女なんて呼ばれてしまうのか。
けれど一番美しかったのは……やはり彩瑛さんだった。彼女は死んでも美しくて、美しいまま死んだ。わたしはもっと、美しい死を知りたい。いつか自分が美しく死ぬために。
「……私、女の子が好きで、親友のこと好きになって、それで……拒絶された。だからもう、死ぬしかないのよ……あの子に嫌われながら生きるなんて……できない」
「そっか。わたしもさ、女の子が好きで……好きになった人が女の子だったってだけか。あの頃のわたしは彼女がいればそれで満足だった。彼女と勉強して、絵を描いて、セックスして……。でも結局、今はお金のためによく知らない女の子ともセックスしちゃうんだ。したことある? セックス」
「は? ないし!! 私まだ十六だよ!?」
声を荒げたサエは恥ずかしかったのか、目をそらして桃味の水を勢いよく飲む。少し咽るあたり、子供っぽくて可愛らしい。
「わたしはその年でもうしてたけどね。してみたい? 死ぬ前に一回くらいどう?」
「……あの子とじゃなきゃ意味ない。アンタはそんな仲だった彼女となんで別れたのよ」
アンタ呼びに少しだけ驚く。けっこう慣れてくれたのかな。
「彼女が自殺したから。ヒヤシンスを見に行く約束をしていたのに……。ねぇ、今からヒヤシンスを見に行かない?」
「脈絡が……もう好きにしてよ。言っておくけど、お金はないから」
「大丈夫、稼いでるから!」
各停しか止まらない小さな駅から電車に乗ってターミナル駅を目指す。学校によってはまだ新学期じゃないかもしれないけれど、制服姿のまま連れまわすわけにもいかずサエの服を購入した。
「いいのか?」
「後で身体で返してもらうから」
「おい!?」
「冗談だよ」
春のピクニックデートにふさわしい恰好になったら電車で北へ。ヒヤシンスの見ごろは折り返しも過ぎてしまったが、訪れた公園では綺麗に咲いていた。
「はーん、これがヒヤシンスか。名前言われてもピンとこなかったけど、紫のこれなんてほぼラベンダーじゃね?」
「まあまあ違うんだけどね。そっちの赤いヒヤシンスの前、椅子を置いたから座って」
「わぁった。何するんだって……絵? 今から絵を描くのか?」
「一応、写真も撮るけど、スケッチ程度だよ。絵具までは持ってないし。もっとも、絵の完成品が見られるかはサエ次第だけど」
「ふーん」
赤いヒヤシンスとサエをスケッチブックに描く。彼女が望んだ電車に挽かれる死に方と、ヒヤシンスの逸話から……何かが激しくぶつかって出血している様を描いていく。
「腕はだらーんとさせていいよ」
鉛筆を動かしながらも会話はやめない。二時間くらい描き続けていると、サエが空腹を訴えてきた。絵もいい頃合いだし、お腹が空くのは生きたい証拠。近くのファストフード店に入りハンバーガーを食べることにした。
「描いた絵、見てみたいんだけど」
「あー、食べ終えてからの方がいいかもね」
流石に食事中に見る絵ではないという自覚がある。食べ終えてから、スケッチブックを手渡す。
「うへぇ……芸術ってわからない……。でもまあ、死ななくてよかった。今日はそれなりに楽しかったよ。だからその……この後どうするの? なんていうか、身体で払うのも、ありっていうか……」
「うんうん。じゃあ、わたしの下宿先に行こうか。ねぇ、サエ――」
「優花……押見優花。私の名前。アンタは?」
「ふふ、猪俣愛弥だよ。一晩だけど、よろしくね。そうだ、優花に一つだけお願いがあるんだ」
「……なに?」
「気が向いたらでいいよ。今朝の君みたいな子がいたら、手を差し伸べてほしい……お願い」
彩瑛さん……わたし、すっかり浮気者だね。許してほしいとまでは言わないけど、これが今のわたしなりの生き方だから、もうしばらく向こうで見守っていて。
西日を手で覆いながら、わたしと優花は駅へと歩き出した。
地元には同世代の天才画家がいて、その人が水彩の白雪姫なんて一部の界隈では呼ばれているらしく、それと対比してかわたしは油彩の花魔女なんて呼ばれている。
四月の四日、わたしは二十二歳になった。新学期ということもあり、街には学生の姿も多い。四年生になったわたしは大学にあまり用はなく、街をぶらついてはモデルになってくれそうな女性を漁っていた。
都会の生活はなにかとお金が必要で、挙句にモデルへの謝礼もあって常に金欠。それでも彩瑛さんからもらったお金に手を付けたくなくて、女性向け風俗の仕事を始めてしまった。仕事で数多くの女性に出会ったけど、やはり彩瑛さんのように目を奪われ、心を奪われるほどの人には出会えなかった。
「……あの子」
下りた踏切にふらふらとした足取りで近づくセーラー服姿の少女、気になったのは彼女の容姿うんぬんではなく――。
「君、死ぬつもり?」
止めなければ線路内に侵入しそうだった少女の肩に触れる。朝の通学時間帯だというのに彼女はカバンを持っていなかった。彼女の目は彩瑛さんを喪って間もないわたしによく似ていた。
「……死にたいんです。止めないでください」
「止めたいわけじゃないよ。ただのナンパ。少し遊んでかない?」
わたしの言葉に奇異の目を向ける少女。わたしは自殺を否定しない。その人が選ぶ死に方を肯定する。けれど……目の前で人が死ぬのは困る。電車が止まるのも迷惑。そんなことを言っているうちに、とっくに電車は通り過ぎてしまって、彼女とホームへ向かいながら、取り敢えずベンチに座らせる。
「都会の駅って転落防止の扉があって邪魔だよね」
「……お姉さん、ほんと変な人ね」
自販機でコーラと桃味の水を買う。彼女は桃味の水を受け取った。
「名前は? 本名じゃなくてもいいよ。なんて読んだらいい?」
「……好きに呼べば?」
「じゃあ……サエ。サエは何で死にたいの?」
花はいつか散る。だから美しくて……わたしが花とともに描く女性は皆絵の中で息絶えている。首を吊ったり、毒をあおったり、刃を突き立てたり……そんな絵ばかり描くから魔女なんて呼ばれてしまうのか。
けれど一番美しかったのは……やはり彩瑛さんだった。彼女は死んでも美しくて、美しいまま死んだ。わたしはもっと、美しい死を知りたい。いつか自分が美しく死ぬために。
「……私、女の子が好きで、親友のこと好きになって、それで……拒絶された。だからもう、死ぬしかないのよ……あの子に嫌われながら生きるなんて……できない」
「そっか。わたしもさ、女の子が好きで……好きになった人が女の子だったってだけか。あの頃のわたしは彼女がいればそれで満足だった。彼女と勉強して、絵を描いて、セックスして……。でも結局、今はお金のためによく知らない女の子ともセックスしちゃうんだ。したことある? セックス」
「は? ないし!! 私まだ十六だよ!?」
声を荒げたサエは恥ずかしかったのか、目をそらして桃味の水を勢いよく飲む。少し咽るあたり、子供っぽくて可愛らしい。
「わたしはその年でもうしてたけどね。してみたい? 死ぬ前に一回くらいどう?」
「……あの子とじゃなきゃ意味ない。アンタはそんな仲だった彼女となんで別れたのよ」
アンタ呼びに少しだけ驚く。けっこう慣れてくれたのかな。
「彼女が自殺したから。ヒヤシンスを見に行く約束をしていたのに……。ねぇ、今からヒヤシンスを見に行かない?」
「脈絡が……もう好きにしてよ。言っておくけど、お金はないから」
「大丈夫、稼いでるから!」
各停しか止まらない小さな駅から電車に乗ってターミナル駅を目指す。学校によってはまだ新学期じゃないかもしれないけれど、制服姿のまま連れまわすわけにもいかずサエの服を購入した。
「いいのか?」
「後で身体で返してもらうから」
「おい!?」
「冗談だよ」
春のピクニックデートにふさわしい恰好になったら電車で北へ。ヒヤシンスの見ごろは折り返しも過ぎてしまったが、訪れた公園では綺麗に咲いていた。
「はーん、これがヒヤシンスか。名前言われてもピンとこなかったけど、紫のこれなんてほぼラベンダーじゃね?」
「まあまあ違うんだけどね。そっちの赤いヒヤシンスの前、椅子を置いたから座って」
「わぁった。何するんだって……絵? 今から絵を描くのか?」
「一応、写真も撮るけど、スケッチ程度だよ。絵具までは持ってないし。もっとも、絵の完成品が見られるかはサエ次第だけど」
「ふーん」
赤いヒヤシンスとサエをスケッチブックに描く。彼女が望んだ電車に挽かれる死に方と、ヒヤシンスの逸話から……何かが激しくぶつかって出血している様を描いていく。
「腕はだらーんとさせていいよ」
鉛筆を動かしながらも会話はやめない。二時間くらい描き続けていると、サエが空腹を訴えてきた。絵もいい頃合いだし、お腹が空くのは生きたい証拠。近くのファストフード店に入りハンバーガーを食べることにした。
「描いた絵、見てみたいんだけど」
「あー、食べ終えてからの方がいいかもね」
流石に食事中に見る絵ではないという自覚がある。食べ終えてから、スケッチブックを手渡す。
「うへぇ……芸術ってわからない……。でもまあ、死ななくてよかった。今日はそれなりに楽しかったよ。だからその……この後どうするの? なんていうか、身体で払うのも、ありっていうか……」
「うんうん。じゃあ、わたしの下宿先に行こうか。ねぇ、サエ――」
「優花……押見優花。私の名前。アンタは?」
「ふふ、猪俣愛弥だよ。一晩だけど、よろしくね。そうだ、優花に一つだけお願いがあるんだ」
「……なに?」
「気が向いたらでいいよ。今朝の君みたいな子がいたら、手を差し伸べてほしい……お願い」
彩瑛さん……わたし、すっかり浮気者だね。許してほしいとまでは言わないけど、これが今のわたしなりの生き方だから、もうしばらく向こうで見守っていて。
西日を手で覆いながら、わたしと優花は駅へと歩き出した。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
世界に、私たちだけ
結城らい
恋愛
バニーガールのレイカとミヤコ。いつものナイトクラブの夜――のはずが、ふたり以外の“全員”が消えてしまった。誰もいない店内、誰も走っていない街。怖いのに、どこか解放されてしまう。見られない自由の中で、ふたりは静かに、確かめ合うように抱きしめ合う。けれど未来は空白のまま。それでも今夜だけは、ネオンの下で、この愛の時間を味わっていたい。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる