アヤカシガリ

緑谷

文字の大きさ
1 / 24

しおりを挟む
 唄が、夜の帳の内から溢れ来る。一面の桜が並ぶ通りを縫うように、深く波を描きながら広がっていく。

 そして帳を切り裂く色は、月のそれより清らかな白。淡い紅の刀身が、月の光に煌めいた。聖なる焔が髑髏どくろを薙ぎ、一刀の元に斬り伏せる。音無き断末魔の咆哮が、人気の無い通りに響き渡る。聞いているものは誰もいない――否、一人だけしかいなかった。

 長身痩躯、凹凸の少ない身体を黒一色で包んでいる。黒革の手袋をはめた手に刀、鮮やかな紅の刀身には白銀の焔が踊っている。黒髪はかなり短く切り詰められ、目つきはお世辞にもよろしくない。整った顔ではあるものの、仏頂面で焔の先をにらみつけている。

「……ガシャ髑髏どくろ……こんな奴まで暴れてるってのか」

 人影は呟く。声は変声期を終えた少年にしては少々高く、年頃の少女にしてはかなり低い。険しい瞳をさらにすがめて、燃え落ちるそれを眺めている。

「ここ最近じゃ、おとなしい妖怪まで人間を襲いやがる。脅かすだけじゃ飽き足らず……って言うには、どうも妙な話だぜ」

 誰にともなく舌打ち一つ。

「妖魔がらみか? ……面倒臭ぇな、クソ」

 真っ白い焔の中、妖怪が悪態と共に音も無く崩れ去る。その光に照り映える桜は、この世のものとは思えぬほど美しく、妖しく自らの命を誇っていた。

 人影が刀を一つ振る。白い焔は塵と消え、花弁が空高く舞い上がった。


 ――桜 桜 弥生やよいの空は 見渡す限り……


 夜は更ける。紡がれる唄も、風に溶ける。妖の消えた桜小道に、唄の名残が細く途切れた。


 異形のものをあやかしと呼び、それらを狩る一族がある。言葉を繰りて妖を狩り、妖を狩りて人を守り、自ら身と命を捧げて生きる。

 これから行く道が、戦いと死と断末魔にまみれていたとしても、決して逃げてはならない。決して目を背けてはならない。命消える瞬間まで、真正面から斬り伏せ、ねじ伏せ、進んでいく。


 この命は、この身体は、この魂は、全て須らく人間のためにあれ。それが盾の一族の定め。


 人は彼らを、妖狩ようしゅと呼んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...