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漆
(転)
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*
深夜。
弓月は渋る尊杜を引っ張り出すことに成功し、共に昼の路地の入り口に立っていた。昼間と違い、禍々しいまでの空気が周囲一帯を覆い尽くしている。風穴が開いていることは、火を見るよりも明らかだった。通常の人間がこれだけの妖気を浴びれば無事ではすまない。
「……これ以上奴らを外に出すわけにゃいかねえ。この辺一帯に結界張る」
「がんばってぇ」
「てめーは向こうだ。二手に別れんぞ」
人使いあらぁい、と文句をいいつつ、尊杜は路地の向こうへ消えてゆく。その背中を見送り、弓月は意識を集中する。
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ
ちいっと通してくだしゃんせ 御用の無いもの通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに お札をおさめに参ります
行きはよいよい帰りは怖い 怖いながらもとおりゃんせ とおりゃんせ
歌いながら、素早く周囲を探った。
袋小路のこちら側、ふらふらと左右に行き来する焔の玉の群れがいる。数はゆうに五十を越えていた。路地に所狭しとひしめき合うその光景は、いっそのこと不気味ささえ覚える。
こちらに気づいているのか、いないのか。いずれにせよ、これだけの数を放置しておくわけにはいかない。弓月はあらかじめ呼び出しておいた刀を一振りし、素早く踏み込んで天火人に斬りかかった。
刀の切っ先が焔を捕らえた、その直後。鋭い殺気が弓月を襲う。とっさに身を引いたのと同時に、突然右肩が熱を持った。そのまま斜めに切り裂かれ、熱と痛みが走る。天火人がそういった攻撃を加えてくるなど、聞いたことがない。だが、確かにこれは刃物での痛みだ。着地はかろうじて成功したが、痛みは増す一方である。
新しい種か、それとも違うものがいるのか。とにかく早く探さなければならない。弓月は軽く舌打ちし、刀を振るって焔を呼ぶ。白い焔は吹き上がり、あっという間に妖を包み込んだ。
妖のそれよりも清浄な火が消えると、辺りは再びしんと静まり返る。
「あら? そっちも終わり? あたしのほうも終わっちゃったわ。何かすっごいあっけなかったけど、こんなもんなのかしらね」
ヒールの音も高らかに、尊杜が早足で戻ってくる。出会い頭でやりあったのだろう、その手には『はないちもんめ』と同等の長い針が握られている。接近戦のほうが得意な弓月に対し、彼は飛び道具を得意としている。接近される前に敵を殲滅する、と同業者の間では有名になっていた。
「終わりと決まればさっさと帰りましょ。夜更かしはお肌に悪いわぁ」
これがただの面倒臭がりだ、と知るものは少ないだろう。呆れて嘆息した弓月の脳裏に、ふとある疑問が芽生える。
先ほどの火の玉の妖気は、今思い返せば微々たるものだった。あれだけの数がいたにも関わらず、だ。妖気は消えていない、むしろ逆に増えている。ならば、それが示す意味は一つしかない。
今までいた炎の塊は、偽者――幻影に過ぎない。そして、あの一撃。以前己のわき腹をえぐった、鋭い攻撃。
「まだ……生きてやがったのかよ」
弓月は傷口を強引に手のひらで押さえた。そのまま歩き出す。じくじくとにじみ出す血液が、手袋を徐々に重く濡らしていく。
「あら? ちょっとぉ、弓月どこ行くの?」
「尊杜。俺の代わりにここの通路を閉じておけ。閉じ終わったらここにいろ。頼んだ」
返答を待たず、そのまま気配に向けて走った。制止の声が遠くなっていくのを、耳を過ぎる風の音に紛れて聞きながら、弓月は速度を緩めず路地を駆け抜けた。
*
刀の切っ先がアスファルトを噛む、硬い金属音がした。
(――油断した……俺としたことが)
小さく舌打ちをして、現状を見た。一面に浮かぶ火の玉は、弓月を取り囲むようにして燃え盛っている。
うかつだった。天火人はおとりに過ぎない。目的は妖狩――氷室弓月。
気づいたときには遅かった。既に上半身はずたずたに切り裂かれ、手に握る刀の感触も麻痺して遠い。立っていることすらやっとである。
「ゆづ」
幼い少女が、ささやいた。異形の溢れる路地裏に、虚ろな声がこだまする。
「ゆづ。これでもう、邪魔されない。これでもう、邪魔されない」
顔も知らない少女が一人、炎の群れの後ろにたたずんでいる。ひどく間合いが遠いくせに、その姿はくっきりと分かる。虚ろな笑みを貼り付けた顔、狭い額には一対の角、華奢な身体。そして、足元から忍び寄る妖気。
この気配には覚えがある。このしゃべり方にも覚えがある。以前対峙したあの少女。そして、真帆。風穴を開き、妖怪どもを操っていた張本人。
口の中に広がる血の味を、唾に混ぜて吐き出した。あばらが数本折れているのか、気絶しそうなくらいの激しい痛みが、胴体のあちらこちらに張り付いていた。
「……お前、何なんだ? 鬼のくせに、まるで妖魔だ。風穴空けたり、妖怪の奴らをそそのかしたり……無差別に取り憑いたり、人のトラウマ引っ掻き回したり。一体何が目的だ」
妖怪とは、土着の異形をおもに示す。ガシャ髑髏に化け狐、鬼、天火人、すべてはここ日本に居つくものたちだ。一方の妖魔は、空間に風穴を開けてこの世を汚す、平たく言えば異界の邪なるものたちである。どちらも討伐の対象にはなるが、本来なら決して手を組むことなどありえない。
少女は無邪気に微笑んだ。弓月の血に染まった指を舐め、首をかしげてこう告げる。
「ゆづは、お仕事嫌いでしょ」
「何?」
「ゆづは、お仕事嫌いでしょ。だから私、お手伝いしてるの」
意味が分からない。少女は笑う。ころころと笑う。
「だから私、お手伝いしてるの。ゆづがお仕事辞めてもいいように、ゆづがお仕事辞めてもいいように」
ゆづがつらくてお仕事を辞めれば、ゆづはとっても楽になる。何もしなくてもよくなるわ。だって、そうでしょう? ゆづは幼馴染を斬り殺した。とっても痛かったのよ。ねえ、つらいでしょう? 大事な親友を斬ったのはつらいでしょう? ゆづがお仕事をしている限り、比呂也君だってそうなるわ。
弓月は唇を噛み締める。悔しいが、全くもってその通りだ。仕事は決して好きではない。契約に縛られてまですることに、一体何の意味がある。そのせいで真帆は死んだ。比呂也だって、いつそうなるか分からない。
だから突き放したのに、比呂也はそれすら飛び越えてきた。彼を助けるためには、弓月が仕事を辞める――妖狩の使命を放棄するしかない。
あの男のようになるか、そのまま妖に食い殺されるか、結局選択肢は限られる。本当に、妖狩なんて気に入らない。
「ゆづ。ゆづ」
指がついと伸ばされた。
背筋を冷たいものが駆け抜ける。動かない足に力を込め、弓月は後方へ跳躍した。どんとくぐもった音が響き、先ほどまでいた箇所にひびが入る。
「だからその身体、ちょうだい。だからその身体、ちょうだい」
笑んで放たれたその言葉に、弓月の思考が停止した。停止してからわずかの後、笑い出したい衝動に駆られる。
――なんだ。そんなことだったのか。真帆の魂を食った鬼が、真帆に成り代わって復讐に来たのかと……そんなことばかり考えていたのに。悩み損、とでも言うのだろうか。トラウマを勝手に引きずり出していたのは、どうやら自分のほうだったようだ。
弓月は全身を裂く痛みに耐え、それでも不敵に笑って見せた。
「結局、てめぇの望みは妖狩の身体か。なるほど。真帆のときに偶然見つけて……違う奴に乗り移ったか、それとも穴ん中引っ込んでたか、ともかく力を蓄えながら機会をうかがってた……ってわけだ。回りくどくて分かんねぇよ、余計な労力使わせやがって、クソが……で? 何で自分で来なかったんだよ」
少女の魂を食い成り代わった妖は、きょとりと瞳を瞬かせた。
「鬼にトラウマもちの妖狩だぜ。簡単に殺せるだろ。ああ、あれか……結局のところ俺が怖ぇから、俺と鉢合わせしたくねぇから、無様に逃げ回ってたんだろ?」
鬼の身体が、激しく震えた。愛らしい顔が怒りに彩られ、みるみるうちに瞳が血走る。
「なんですって……なん、です、って。怖い? 怖い? この、私が? この……わたし、が、妖狩が怖いと? 怖いと?」
その様子を眺めながら、人のこと言えねぇな、と苦笑する。今までの自分もそうだった。鬼や憑き物憑きが嫌いだから、尊杜に全て押し付けていた。過去の過ちを思い出したくなくて、ただひたすらに逃げていた。目をそむけ、耳をふさぎ、自分の運命を呪うだけだった。
そうやって逃げていたから、責められている気がしたのだ。それこそ、トラウマを自分から引っ張り出してしまうほどに。
もちろん、妖狩の仕事は好きになれない。契約に縛られているのも嫌だ。今だってその契約に基づいて、また誰ともしれない命を奪う。それが嫌でたまらない。逃げられず、また罪を重ねていく。抗っても嘆いても、それだけは絶対に変わらない。変えられない。
そんな自分でも――どれだけ自分が拒絶しても、区別しても、離れても、罪を犯しても、いなくなれば悲しむ人間がいる。妖狩がどう、盾がどうではなく、一人の人間として、見てくれる人たちがいる。その人たちを悲しませるのは、同じくらいにごめんだった。
そのために今、妖狩の使命を全うする。妖狩として戦う。それだけだ。
「やるならいつぞやみてぇに、堂々一対一できやがれよ。まだるっこしいことすんじゃねぇ。俺はもう、逃げも隠れもしねぇ」
罪をいくど重ねても、もう逃げない。逃げるわけにはいかない。その人たちのためにも、今まで奪ってきた、数多くの憑き物憑きの人々のためにも。
ひとつ、ふたつ、間が開く。妖が奇声を発して身悶えた。耳を劈くその声は、妖の炎をかき乱す。次々とはじけ飛ぶ火の粉を避けて、弓月は大きく前進した。
「……ッ、く」
傷口の全てから痛みが走る。
「この……ッ!」
目の前に揺れる天火人を斬り伏せる。ひとつ、ふたつ、みっつ、刀を振るって唄を紡ぐ。
かごめかごめ 籠の中の鳥は
いついつでやる 夜明けの晩に
鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ?
形成された糸の籠、触れるもの全てを裂いていく。次々と火の塊が塵となり、隙間を縫って移動した。痛みは止まらない。気絶する前に、何とかして終わらせなければ。
ふるさともとめて 花いちもんめ
ふるさともとめて 花いちもんめ
あの子が欲しい あの子じゃ負からん
この子が欲しい この子じゃ負からん
「さまよい歩きし迷い子ほしい!」
数十もの針をその手にはさみ、渾身の力で腕を払う。風船の割れるにも似た音が、あちらこちらで響き渡った。
喉の奥で息が絡まっている。呼吸がうまくできない。唄が紡げない。咳き込みながら前に進む。刀を振り上げ、渾身の力で振り下ろす。
しかし――よみがえるのは、肉を裂き、骨を砕く、吐き気を催すあの感触。知らずのうちに手が震えた。ほんのわずかな狙いの狂いが、鬼の身体を通り過ぎる。刀の切っ先はアスファルトを噛み、がつりと硬い手ごたえを伝えた。
哄笑が起こる。視界を何かが横切った。何かを認識する前に、強い衝撃が打ち込まれる。熱いものがこみ上げてきて、歯を食いしばった。足を踏みしめ無理やり飲み下せば、喉を焼いていく感触がする。
胸元の傷が血を流している。先ほどから止まる様子がない。徐々に下がっていく体温は、意識を蝕みつつあった。
「ねえ、どうしたの! ねえ、どうしたの!! たったそれだけ、たったそれだけ、弱いわ、弱いわ!!」
耳障りな甲高い声が、狂ったように哄笑を刻んだ。糸籠を引きちぎり、針を砕き、ゆったりと歩みよってくる。手をつき半身を起こしても、それ以上身体が言うことをきかなかった。
(まずい)
冷や汗が頬を伝い落ちる。血の後を追って生まれる痛みが、集中力と体力を奪っていく。
(……駄目だ、頭じゃ分かってるのに……人、斬るって思うと手が震えちまう)
刀の鍔が鳴る。清炎はもはや、薄っすらと刀身を覆うだけとなっていた。
(……どうする)
ノイズが鬼の背後に散る。天火人の群れが、音もなく亀裂から溢れてくる。鬼が何かを告げているが、耳鳴りがひどくて聞こえない。じりじりと中央に追い詰められる。逃げ道は無い。血は、止まりそうにない。
(……どう、する)
心だけが焦る。虚ろに燃える火の群れが、一瞬だけ笑った気がした。
そのとき、
「――弓月!!」
声が、した。
かすむ景色の手前、自分の目の前に影が一つ滑り込んでくる。もう何も言わなくても分かる――幼馴染の少年だった。
「比呂也……ッ! 馬鹿、何で来たんだよ!」
「昼間に、おかしくなった真帆と同じ気配があったから。真帆のこと思い出して、また声が出なくなっちまったら、って思ったら……いても立ってもいらんなくて」
弓月の肩を支える比呂也の横顔は、普段と違ってひどく真面目だった。冗談で言っているのでも、あてずっぽうに言っているのでもない。
気づいて、いたのか。彼女の中にいた異形の存在に。今まで必死に隠していた事実は、とっくの昔に知られていたのだ。力ない笑いが口をつき、そうか、とだけ呟いた。
天火人の数が、先ほどより増えている。膨れ上がる妖気が傷口を蝕み、生み出された痛みが意識を苛む。
急に力が抜けて、弓月は膝をついて座りこんだ。比呂也の手が肩をつかむ、その感触すら痺れているように遠い。このままでは比呂也も巻き添えになる。それだけは避けたい。
攻撃を受けたときに広がった傷口から、おびただしい量の血が流れ出していた。いまや黒い衣服の大半が、鉄錆の臭いがする体液に染められている。力が入らないのもそのせいだろう。
「俺に、何かできることあるか?」
情けない。妖狩のくせに人間に心配されるとは。盾の使命を全うできていない。人間の力を借りてしまえば、それこそ何もしていないことになる。契約違反になる――いや、違う。朦朧とする意識の一部が目覚めた。
助けを乞うことに、躊躇う必要などない。妖狩がどう、という問題ではない。今は彼の力を借りなければ、両方の命すら危うい状況なのだ。
「比呂也、ちぃと肩貸せ」
言いながら、肩に額を預ける。一瞬だけ彼の体が緊張するのが伝わってきた。なぜか分からないが笑みがこみ上げてきて、思わず笑う。そのままの状態で、低く小さく口ずさんだ。
ほうほう蛍来い あっちの水は苦いぞ こっちの水は甘いぞ
鋭い殺意が向けられて、弓月は比呂也に耳打ちする。
「左だ」
「え」
「左に避けろ」
比呂也が力強くうなずいた。弓月を肩から担ぎ上げながら、自分もまた左側へと逃れる。鬼がその爪をアスファルトへと突き立てて、炎の玉が破裂する。
ほうほう蛍来い 山道来い
「伏せろ」
「合点だ!」
比呂也は弓月に覆いかぶさり、一緒に大地へと伏せた。胸と腹をしたたかに打ったが、文句を言っている暇はない。風船の破裂するのに似た音が、激しく空気を震わせる。火の粉が降り注いでくる。次いで過ぎるつむじ風は、鬼の少女が通り過ぎたことを意味している。頭上を鋭く爪が通る。コンクリートの塀がひび割れる音がした。
行燈の光で また来い来い
鬼が体勢を立て直す前に、唄を完成させた。意識する。この男に相応しい武器を、意識する。
「手」
痛みを堪えて起き上がり、弓月は軋む手を差し出した。わずかの間逡巡し、比呂也は弓月へ手を伸ばす。出された比呂也の手を握り、握ったまま腕を引く。何もない空間から引きずり出されたその弓は、『月朱雀』の持つ色と同じ紅を宿していた。
比呂也に退魔の力を持つ武器を渡し、血路を開くこと。力を消耗しきった自分一人では、比呂也を守ることなどできはしない。突破するにはもうこれしかない。だがきっと、これが結果として彼の命をつなぐことになる。
なるほどな。これがいわゆる『解釈方法の違い』か。勉強になったよ。弓月は心の中で虎牙に感謝した。
「これ……」
比呂也の手は、緊張に震えていた。
「弦を引け。そうすりゃ勝手に矢が装填される」
もうそこまで天火人は迫っていた。何も無い揺らめきの向こう側、そこに邪悪なものが宿っている。鬼の娘は依然として哄笑している。けたけたと笑い続けるその姿に、もはや正気は見られない。あれは、異形のものだ。もう人とは呼べない。
「……怖ぇか?」
しゃべるのが億劫だ。息をすることすら辛い。だが、比呂也に不安を与えてはいけない。弓月は尋ねて、かろうじて笑ってみせる。
「もっと怖ぇの知ってるから、怖くなんてねぇよ」
暗に自分を差しているのだろう。こんなときまで引き合いに出さなくていいのに。気遣いなのだろうか、それともただの皮肉なのだろうか。どちらでもいい。
「上等だ。じゃあ見せてもらうぜ、その自信をよ」
「分かった。だから弓月、」
ぬくもりが離れる。真摯な表情を月が縁取る。いつもと同じ、目をまっすぐに見据えて彼は言う。
「あの子のこと――あの子の心、解放してやってくれよな」
どこまで分かっているのだろうか。相変わらず何も分からないままなのかもしれない。
「お前しか、あの子のこと……助けてあげられるのは、いないんだからさ」
「……俺には斬るしかできねぇぞ」
「分かってる。お前がそれを嫌ってるのも、分かってるつもりだ。だから」
「俺もこれから、ここに立つ。お前が“人の盾”として、使命を果たすところを最後まで見てる。お前一人が苦しむのはもう嫌だから、一緒に背負ってやりたいんだ」
――彼の言葉は。
「……できるわけねぇだろ」
思った以上に深く、強く、弓月の心に響いた。
震える足に力を込めて、立ち上がる。切っ先がアスファルトに擦れて火花を散らす。
「てめぇなんぞに背負えるか。甘ぇんだよ」
「やってみなくちゃ分かんねぇだろ」
真紅の矢をつがえて引き絞る、その横顔は月明かりに照らされて凛々しく見えた。
「お前のこと、支えてやるって決めたんだ」
夏の深夜、妖の刻。夜の気配を切り裂いて、矢が戦いの火蓋を打ち落とした。
深夜。
弓月は渋る尊杜を引っ張り出すことに成功し、共に昼の路地の入り口に立っていた。昼間と違い、禍々しいまでの空気が周囲一帯を覆い尽くしている。風穴が開いていることは、火を見るよりも明らかだった。通常の人間がこれだけの妖気を浴びれば無事ではすまない。
「……これ以上奴らを外に出すわけにゃいかねえ。この辺一帯に結界張る」
「がんばってぇ」
「てめーは向こうだ。二手に別れんぞ」
人使いあらぁい、と文句をいいつつ、尊杜は路地の向こうへ消えてゆく。その背中を見送り、弓月は意識を集中する。
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ
ちいっと通してくだしゃんせ 御用の無いもの通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに お札をおさめに参ります
行きはよいよい帰りは怖い 怖いながらもとおりゃんせ とおりゃんせ
歌いながら、素早く周囲を探った。
袋小路のこちら側、ふらふらと左右に行き来する焔の玉の群れがいる。数はゆうに五十を越えていた。路地に所狭しとひしめき合うその光景は、いっそのこと不気味ささえ覚える。
こちらに気づいているのか、いないのか。いずれにせよ、これだけの数を放置しておくわけにはいかない。弓月はあらかじめ呼び出しておいた刀を一振りし、素早く踏み込んで天火人に斬りかかった。
刀の切っ先が焔を捕らえた、その直後。鋭い殺気が弓月を襲う。とっさに身を引いたのと同時に、突然右肩が熱を持った。そのまま斜めに切り裂かれ、熱と痛みが走る。天火人がそういった攻撃を加えてくるなど、聞いたことがない。だが、確かにこれは刃物での痛みだ。着地はかろうじて成功したが、痛みは増す一方である。
新しい種か、それとも違うものがいるのか。とにかく早く探さなければならない。弓月は軽く舌打ちし、刀を振るって焔を呼ぶ。白い焔は吹き上がり、あっという間に妖を包み込んだ。
妖のそれよりも清浄な火が消えると、辺りは再びしんと静まり返る。
「あら? そっちも終わり? あたしのほうも終わっちゃったわ。何かすっごいあっけなかったけど、こんなもんなのかしらね」
ヒールの音も高らかに、尊杜が早足で戻ってくる。出会い頭でやりあったのだろう、その手には『はないちもんめ』と同等の長い針が握られている。接近戦のほうが得意な弓月に対し、彼は飛び道具を得意としている。接近される前に敵を殲滅する、と同業者の間では有名になっていた。
「終わりと決まればさっさと帰りましょ。夜更かしはお肌に悪いわぁ」
これがただの面倒臭がりだ、と知るものは少ないだろう。呆れて嘆息した弓月の脳裏に、ふとある疑問が芽生える。
先ほどの火の玉の妖気は、今思い返せば微々たるものだった。あれだけの数がいたにも関わらず、だ。妖気は消えていない、むしろ逆に増えている。ならば、それが示す意味は一つしかない。
今までいた炎の塊は、偽者――幻影に過ぎない。そして、あの一撃。以前己のわき腹をえぐった、鋭い攻撃。
「まだ……生きてやがったのかよ」
弓月は傷口を強引に手のひらで押さえた。そのまま歩き出す。じくじくとにじみ出す血液が、手袋を徐々に重く濡らしていく。
「あら? ちょっとぉ、弓月どこ行くの?」
「尊杜。俺の代わりにここの通路を閉じておけ。閉じ終わったらここにいろ。頼んだ」
返答を待たず、そのまま気配に向けて走った。制止の声が遠くなっていくのを、耳を過ぎる風の音に紛れて聞きながら、弓月は速度を緩めず路地を駆け抜けた。
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刀の切っ先がアスファルトを噛む、硬い金属音がした。
(――油断した……俺としたことが)
小さく舌打ちをして、現状を見た。一面に浮かぶ火の玉は、弓月を取り囲むようにして燃え盛っている。
うかつだった。天火人はおとりに過ぎない。目的は妖狩――氷室弓月。
気づいたときには遅かった。既に上半身はずたずたに切り裂かれ、手に握る刀の感触も麻痺して遠い。立っていることすらやっとである。
「ゆづ」
幼い少女が、ささやいた。異形の溢れる路地裏に、虚ろな声がこだまする。
「ゆづ。これでもう、邪魔されない。これでもう、邪魔されない」
顔も知らない少女が一人、炎の群れの後ろにたたずんでいる。ひどく間合いが遠いくせに、その姿はくっきりと分かる。虚ろな笑みを貼り付けた顔、狭い額には一対の角、華奢な身体。そして、足元から忍び寄る妖気。
この気配には覚えがある。このしゃべり方にも覚えがある。以前対峙したあの少女。そして、真帆。風穴を開き、妖怪どもを操っていた張本人。
口の中に広がる血の味を、唾に混ぜて吐き出した。あばらが数本折れているのか、気絶しそうなくらいの激しい痛みが、胴体のあちらこちらに張り付いていた。
「……お前、何なんだ? 鬼のくせに、まるで妖魔だ。風穴空けたり、妖怪の奴らをそそのかしたり……無差別に取り憑いたり、人のトラウマ引っ掻き回したり。一体何が目的だ」
妖怪とは、土着の異形をおもに示す。ガシャ髑髏に化け狐、鬼、天火人、すべてはここ日本に居つくものたちだ。一方の妖魔は、空間に風穴を開けてこの世を汚す、平たく言えば異界の邪なるものたちである。どちらも討伐の対象にはなるが、本来なら決して手を組むことなどありえない。
少女は無邪気に微笑んだ。弓月の血に染まった指を舐め、首をかしげてこう告げる。
「ゆづは、お仕事嫌いでしょ」
「何?」
「ゆづは、お仕事嫌いでしょ。だから私、お手伝いしてるの」
意味が分からない。少女は笑う。ころころと笑う。
「だから私、お手伝いしてるの。ゆづがお仕事辞めてもいいように、ゆづがお仕事辞めてもいいように」
ゆづがつらくてお仕事を辞めれば、ゆづはとっても楽になる。何もしなくてもよくなるわ。だって、そうでしょう? ゆづは幼馴染を斬り殺した。とっても痛かったのよ。ねえ、つらいでしょう? 大事な親友を斬ったのはつらいでしょう? ゆづがお仕事をしている限り、比呂也君だってそうなるわ。
弓月は唇を噛み締める。悔しいが、全くもってその通りだ。仕事は決して好きではない。契約に縛られてまですることに、一体何の意味がある。そのせいで真帆は死んだ。比呂也だって、いつそうなるか分からない。
だから突き放したのに、比呂也はそれすら飛び越えてきた。彼を助けるためには、弓月が仕事を辞める――妖狩の使命を放棄するしかない。
あの男のようになるか、そのまま妖に食い殺されるか、結局選択肢は限られる。本当に、妖狩なんて気に入らない。
「ゆづ。ゆづ」
指がついと伸ばされた。
背筋を冷たいものが駆け抜ける。動かない足に力を込め、弓月は後方へ跳躍した。どんとくぐもった音が響き、先ほどまでいた箇所にひびが入る。
「だからその身体、ちょうだい。だからその身体、ちょうだい」
笑んで放たれたその言葉に、弓月の思考が停止した。停止してからわずかの後、笑い出したい衝動に駆られる。
――なんだ。そんなことだったのか。真帆の魂を食った鬼が、真帆に成り代わって復讐に来たのかと……そんなことばかり考えていたのに。悩み損、とでも言うのだろうか。トラウマを勝手に引きずり出していたのは、どうやら自分のほうだったようだ。
弓月は全身を裂く痛みに耐え、それでも不敵に笑って見せた。
「結局、てめぇの望みは妖狩の身体か。なるほど。真帆のときに偶然見つけて……違う奴に乗り移ったか、それとも穴ん中引っ込んでたか、ともかく力を蓄えながら機会をうかがってた……ってわけだ。回りくどくて分かんねぇよ、余計な労力使わせやがって、クソが……で? 何で自分で来なかったんだよ」
少女の魂を食い成り代わった妖は、きょとりと瞳を瞬かせた。
「鬼にトラウマもちの妖狩だぜ。簡単に殺せるだろ。ああ、あれか……結局のところ俺が怖ぇから、俺と鉢合わせしたくねぇから、無様に逃げ回ってたんだろ?」
鬼の身体が、激しく震えた。愛らしい顔が怒りに彩られ、みるみるうちに瞳が血走る。
「なんですって……なん、です、って。怖い? 怖い? この、私が? この……わたし、が、妖狩が怖いと? 怖いと?」
その様子を眺めながら、人のこと言えねぇな、と苦笑する。今までの自分もそうだった。鬼や憑き物憑きが嫌いだから、尊杜に全て押し付けていた。過去の過ちを思い出したくなくて、ただひたすらに逃げていた。目をそむけ、耳をふさぎ、自分の運命を呪うだけだった。
そうやって逃げていたから、責められている気がしたのだ。それこそ、トラウマを自分から引っ張り出してしまうほどに。
もちろん、妖狩の仕事は好きになれない。契約に縛られているのも嫌だ。今だってその契約に基づいて、また誰ともしれない命を奪う。それが嫌でたまらない。逃げられず、また罪を重ねていく。抗っても嘆いても、それだけは絶対に変わらない。変えられない。
そんな自分でも――どれだけ自分が拒絶しても、区別しても、離れても、罪を犯しても、いなくなれば悲しむ人間がいる。妖狩がどう、盾がどうではなく、一人の人間として、見てくれる人たちがいる。その人たちを悲しませるのは、同じくらいにごめんだった。
そのために今、妖狩の使命を全うする。妖狩として戦う。それだけだ。
「やるならいつぞやみてぇに、堂々一対一できやがれよ。まだるっこしいことすんじゃねぇ。俺はもう、逃げも隠れもしねぇ」
罪をいくど重ねても、もう逃げない。逃げるわけにはいかない。その人たちのためにも、今まで奪ってきた、数多くの憑き物憑きの人々のためにも。
ひとつ、ふたつ、間が開く。妖が奇声を発して身悶えた。耳を劈くその声は、妖の炎をかき乱す。次々とはじけ飛ぶ火の粉を避けて、弓月は大きく前進した。
「……ッ、く」
傷口の全てから痛みが走る。
「この……ッ!」
目の前に揺れる天火人を斬り伏せる。ひとつ、ふたつ、みっつ、刀を振るって唄を紡ぐ。
かごめかごめ 籠の中の鳥は
いついつでやる 夜明けの晩に
鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ?
形成された糸の籠、触れるもの全てを裂いていく。次々と火の塊が塵となり、隙間を縫って移動した。痛みは止まらない。気絶する前に、何とかして終わらせなければ。
ふるさともとめて 花いちもんめ
ふるさともとめて 花いちもんめ
あの子が欲しい あの子じゃ負からん
この子が欲しい この子じゃ負からん
「さまよい歩きし迷い子ほしい!」
数十もの針をその手にはさみ、渾身の力で腕を払う。風船の割れるにも似た音が、あちらこちらで響き渡った。
喉の奥で息が絡まっている。呼吸がうまくできない。唄が紡げない。咳き込みながら前に進む。刀を振り上げ、渾身の力で振り下ろす。
しかし――よみがえるのは、肉を裂き、骨を砕く、吐き気を催すあの感触。知らずのうちに手が震えた。ほんのわずかな狙いの狂いが、鬼の身体を通り過ぎる。刀の切っ先はアスファルトを噛み、がつりと硬い手ごたえを伝えた。
哄笑が起こる。視界を何かが横切った。何かを認識する前に、強い衝撃が打ち込まれる。熱いものがこみ上げてきて、歯を食いしばった。足を踏みしめ無理やり飲み下せば、喉を焼いていく感触がする。
胸元の傷が血を流している。先ほどから止まる様子がない。徐々に下がっていく体温は、意識を蝕みつつあった。
「ねえ、どうしたの! ねえ、どうしたの!! たったそれだけ、たったそれだけ、弱いわ、弱いわ!!」
耳障りな甲高い声が、狂ったように哄笑を刻んだ。糸籠を引きちぎり、針を砕き、ゆったりと歩みよってくる。手をつき半身を起こしても、それ以上身体が言うことをきかなかった。
(まずい)
冷や汗が頬を伝い落ちる。血の後を追って生まれる痛みが、集中力と体力を奪っていく。
(……駄目だ、頭じゃ分かってるのに……人、斬るって思うと手が震えちまう)
刀の鍔が鳴る。清炎はもはや、薄っすらと刀身を覆うだけとなっていた。
(……どうする)
ノイズが鬼の背後に散る。天火人の群れが、音もなく亀裂から溢れてくる。鬼が何かを告げているが、耳鳴りがひどくて聞こえない。じりじりと中央に追い詰められる。逃げ道は無い。血は、止まりそうにない。
(……どう、する)
心だけが焦る。虚ろに燃える火の群れが、一瞬だけ笑った気がした。
そのとき、
「――弓月!!」
声が、した。
かすむ景色の手前、自分の目の前に影が一つ滑り込んでくる。もう何も言わなくても分かる――幼馴染の少年だった。
「比呂也……ッ! 馬鹿、何で来たんだよ!」
「昼間に、おかしくなった真帆と同じ気配があったから。真帆のこと思い出して、また声が出なくなっちまったら、って思ったら……いても立ってもいらんなくて」
弓月の肩を支える比呂也の横顔は、普段と違ってひどく真面目だった。冗談で言っているのでも、あてずっぽうに言っているのでもない。
気づいて、いたのか。彼女の中にいた異形の存在に。今まで必死に隠していた事実は、とっくの昔に知られていたのだ。力ない笑いが口をつき、そうか、とだけ呟いた。
天火人の数が、先ほどより増えている。膨れ上がる妖気が傷口を蝕み、生み出された痛みが意識を苛む。
急に力が抜けて、弓月は膝をついて座りこんだ。比呂也の手が肩をつかむ、その感触すら痺れているように遠い。このままでは比呂也も巻き添えになる。それだけは避けたい。
攻撃を受けたときに広がった傷口から、おびただしい量の血が流れ出していた。いまや黒い衣服の大半が、鉄錆の臭いがする体液に染められている。力が入らないのもそのせいだろう。
「俺に、何かできることあるか?」
情けない。妖狩のくせに人間に心配されるとは。盾の使命を全うできていない。人間の力を借りてしまえば、それこそ何もしていないことになる。契約違反になる――いや、違う。朦朧とする意識の一部が目覚めた。
助けを乞うことに、躊躇う必要などない。妖狩がどう、という問題ではない。今は彼の力を借りなければ、両方の命すら危うい状況なのだ。
「比呂也、ちぃと肩貸せ」
言いながら、肩に額を預ける。一瞬だけ彼の体が緊張するのが伝わってきた。なぜか分からないが笑みがこみ上げてきて、思わず笑う。そのままの状態で、低く小さく口ずさんだ。
ほうほう蛍来い あっちの水は苦いぞ こっちの水は甘いぞ
鋭い殺意が向けられて、弓月は比呂也に耳打ちする。
「左だ」
「え」
「左に避けろ」
比呂也が力強くうなずいた。弓月を肩から担ぎ上げながら、自分もまた左側へと逃れる。鬼がその爪をアスファルトへと突き立てて、炎の玉が破裂する。
ほうほう蛍来い 山道来い
「伏せろ」
「合点だ!」
比呂也は弓月に覆いかぶさり、一緒に大地へと伏せた。胸と腹をしたたかに打ったが、文句を言っている暇はない。風船の破裂するのに似た音が、激しく空気を震わせる。火の粉が降り注いでくる。次いで過ぎるつむじ風は、鬼の少女が通り過ぎたことを意味している。頭上を鋭く爪が通る。コンクリートの塀がひび割れる音がした。
行燈の光で また来い来い
鬼が体勢を立て直す前に、唄を完成させた。意識する。この男に相応しい武器を、意識する。
「手」
痛みを堪えて起き上がり、弓月は軋む手を差し出した。わずかの間逡巡し、比呂也は弓月へ手を伸ばす。出された比呂也の手を握り、握ったまま腕を引く。何もない空間から引きずり出されたその弓は、『月朱雀』の持つ色と同じ紅を宿していた。
比呂也に退魔の力を持つ武器を渡し、血路を開くこと。力を消耗しきった自分一人では、比呂也を守ることなどできはしない。突破するにはもうこれしかない。だがきっと、これが結果として彼の命をつなぐことになる。
なるほどな。これがいわゆる『解釈方法の違い』か。勉強になったよ。弓月は心の中で虎牙に感謝した。
「これ……」
比呂也の手は、緊張に震えていた。
「弦を引け。そうすりゃ勝手に矢が装填される」
もうそこまで天火人は迫っていた。何も無い揺らめきの向こう側、そこに邪悪なものが宿っている。鬼の娘は依然として哄笑している。けたけたと笑い続けるその姿に、もはや正気は見られない。あれは、異形のものだ。もう人とは呼べない。
「……怖ぇか?」
しゃべるのが億劫だ。息をすることすら辛い。だが、比呂也に不安を与えてはいけない。弓月は尋ねて、かろうじて笑ってみせる。
「もっと怖ぇの知ってるから、怖くなんてねぇよ」
暗に自分を差しているのだろう。こんなときまで引き合いに出さなくていいのに。気遣いなのだろうか、それともただの皮肉なのだろうか。どちらでもいい。
「上等だ。じゃあ見せてもらうぜ、その自信をよ」
「分かった。だから弓月、」
ぬくもりが離れる。真摯な表情を月が縁取る。いつもと同じ、目をまっすぐに見据えて彼は言う。
「あの子のこと――あの子の心、解放してやってくれよな」
どこまで分かっているのだろうか。相変わらず何も分からないままなのかもしれない。
「お前しか、あの子のこと……助けてあげられるのは、いないんだからさ」
「……俺には斬るしかできねぇぞ」
「分かってる。お前がそれを嫌ってるのも、分かってるつもりだ。だから」
「俺もこれから、ここに立つ。お前が“人の盾”として、使命を果たすところを最後まで見てる。お前一人が苦しむのはもう嫌だから、一緒に背負ってやりたいんだ」
――彼の言葉は。
「……できるわけねぇだろ」
思った以上に深く、強く、弓月の心に響いた。
震える足に力を込めて、立ち上がる。切っ先がアスファルトに擦れて火花を散らす。
「てめぇなんぞに背負えるか。甘ぇんだよ」
「やってみなくちゃ分かんねぇだろ」
真紅の矢をつがえて引き絞る、その横顔は月明かりに照らされて凛々しく見えた。
「お前のこと、支えてやるって決めたんだ」
夏の深夜、妖の刻。夜の気配を切り裂いて、矢が戦いの火蓋を打ち落とした。
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