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前編
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「沢村なつみ、24歳です。整形外科の受付やってます。趣味は読書と映画鑑賞。特技は……料理です」
目の前に並んだ四人の男たち一人一人に視線を合わせて、接遇で鍛えたスペシャルスマイルを炸裂させる。
「わぁ、今日の合コンは当たりだなぁ! 女の子が全員可愛いなんて凄いよ」
場を盛り上げるように男性側の幹事が声を張り上げた。
(マツモトさん……だっけ? 営業だって言うだけあって爽やかそう。顔は……たぶん平凡だけど、同い年だし、話が合うと良いな)
表面上ではにこやかに振る舞いながら、内心では獲物を狩る牙を研いで男性陣を値踏みする。容姿の評価に「たぶん」とつけてしまうのは、育った環境のせいで美形に対するハードルが異様に高いからだ。私が知ってる『イケメン』と比べたら大抵の男性はフツメンになってしまうだろう。
(だけど! 結婚相手に重要なのは如何に平和で穏やかな家庭が築けるかよ! 私は絶対っ誠実で優しい結婚相手を見つけて今の『爛れた生活』から抜け出すんだから!)
「──じゃあ自己紹介も終わったところで! かんぱーい!!」
「かんぱー……」
音頭に合わせてビールジョッキを持ち上げようとした時だった。
持ち手を握った右手に、背後から伸びてきた白い手が重ねられる。
その、嫌と言うほど見覚えのある透き通る肌に、後ろを振り向かなくても手の主がわかってしまった。
(ななななななななななんで?! なんでココがバレたの?! 私、何度も何度もつけられてないか後ろ振り返ったよね?!)
ダラダラと流れる冷や汗が勝負服のワンピースの背中を濡らしていく。
「──ダメじゃん。ナツ。俺達が居ないところで、しかも、俺達以外の男とアルコールを飲むなんて」
軽やかな美声に、そして圧倒的な華やかさを振り撒いているであろう美貌の持ち主の登場に、男性陣は呆気に取られ、女性陣は黄色い悲鳴をあげた。
同じテーブルの私以外のメンバーの視線が私の背後に集中するなか、私はどうしても後ろを振り向くことができなかった。
(ひぃぃぃ! 怒ってる! この声は絶対怒ってるっ!!)
「詩音兄さん。なっちゃんの鞄とコート回収したよ」
後ろに立つ人物とは別の種類の涼やかな美声が私の荷物と共に登場し、掴まれたままだった右手とは逆の左手首を掴んだ。
右に左に。今日一緒に合コンをする予定だった女性たちの視線が面白いほど移動する。
それはそうだろう。今、私の後ろにはタイプの違う洋風の美形と和風の美形(しかも二人とも身長180センチオーバー)が並んで立っているのだから。
(あああぁマツモトさんごめんなさい。女の子たちがこの二人を見ちゃったら、今日の合コンの成功はきっと無理)
「んじゃ、帰るぞ。あ、迷惑かけた詫びにここでの飲み代は俺らに請求するように店側には言っといたから。遠慮なく飲んで帰って」
「ちょうどこのお店はうちの子会社の系列だったので。だから心配しないでくださいね」
決戦の金曜日の夜。私の結婚相手探しを賭けた合コンは、乾杯する前にこうして幕を閉じた。
まるで確保された宇宙人のように両手首をそれぞれ掴まれて、居酒屋の外へと連行される。
繁華街にある雑居ビルのエレベーターを降りると、目の前の道路にこんなごみごみした場所には普段絶対停まらないであろう超高級車が私を待っていた。
「なつみちゃん、お酒が飲みたかったんだったら、言ってくれればホテルのバーでも料亭でもいくらでも貸し切りにしたのに」
言いながら運転席から降りてきたのは──
「鷹ちゃん……」
私の両手首を掴む二人の長兄、三条鷹嗣だった。
「運転手さんじゃなくて鷹ちゃんが運転してきたの?」
「今回は俺達三人だけの方が都合が良いと思ったからね」
「? それってどういう……」
「ほら、話は車ん中でするぞ。お前のミニスカート姿、他の野郎に見せるのムカつく」
そう言って右手を引っ張るのは三条家次男の詩音。詩音は私と同い年だからか他の二人に比べて一番遠慮がない。
「それに寒いしね。ね、だから乗って? なっちゃん」
優しく背中を押すのは三男の司くん。持っていた私の荷物を返してくれる。
「全員乗ったかな? じゃあ出すよ」
甘い鷹ちゃんの声を合図に車は静かに動き出した。
*
私には生まれた時から超ハイスペックな幼なじみがいる。
彼らの名前は三条鷹嗣、三条詩音、三条司。
日本を代表する大企業を経営する三条本家の三兄弟だ。
長男の鷹ちゃんは私より二歳年上の26歳。弟二人と同じく180センチを越える長身で、優しい焦茶の瞳が印象的な彫りの深い端正な顔の美丈夫。会社をいくつか経営している。
次男の詩音は同級生の24歳。天然の金髪と吸い込まれそうな緑の瞳の持ち主でこれまた超絶美形。やっぱりいくつかの会社の重要人物らしい。
三男の司くんは20歳でまだ大学生。サラサラの黒髪と切れ長の黒い瞳は正に和の美! 雅! と言った感じで大学内にファンクラブが有るとか無いとか。目元にある泣きぼくろがやけに色っぽい美青年。
なんでこんなに兄弟で容姿が違うのかと言うと、彼らの母親がそれぞれ違うからだ。つまり全員腹違い。
ちなみに鷹ちゃんのお母さんは旧華族のご令嬢。詩音は元トップモデル、司くんは女医さんが母親だ。
そしてこの三人の父親……義美おじさんはなかなかお茶目と言うかはっちゃけた人と言うか憎めないけど困った人で、つい先日、五人目の奥さんと離婚した。大衆とはかけ離れた価値観を持つおじさんについていくのは大変なことらしい。
そしてそのおじさんの血を引く三兄弟もなかなかにとち狂ってぶっ飛んでいた。
まず、鷹ちゃんも詩音も司くんも、たまたま近所に住んでいただけのしがない一市民の私に何故か執着している。
私がものごころついた時には、既に三人からプロポーズされていた。司くんが初めて喋った言葉はママでもパパでもなく「なっちゃん」だ。
その結果どんな不思議な力が働いたのか、中流家庭の生まれの私が三人と同じ『お金持ちのご子息ご令嬢御用達学園』に幼等部からぶち込まれた。年少さんから高等部を卒業するまで、ずっと詩音と同じクラスだった。
正直、金銭感覚が違いすぎるクラスメイトたちの中でめちゃくちゃ居心地が悪かった。みんな金持ち喧嘩せず精神なのかイジメとかは無かったけれど。
(まぁ私に何かしたらこの三人が黙ってないからな……)
おかげでイジメも無かった代わりに出会いも無かった。この三人の鉄壁のガードが原因で半年前まで私は処女だった。
三人とはずっと幼なじみのままでいたい。だって鷹ちゃんも詩音も司くんも同じくらい大好きだもん。選ぶなんてできないよ。そう三人からの求婚をずっと断ってきた。
御曹司の三人はそれぞれ相応しいお嬢さんと結婚して、私も身の丈に合った家庭を手に入れる。そうしてみんなお互い結婚した後も家族ぐるみで仲良くしていけば良い。
だけど本気でそう言っていた私の考えは甘かったのだと半年前──司くんの二十歳の誕生日に思い知らされた。
義美おじさんの血とモラル感を受け継ぐ三兄弟は、プレゼントを持って三条邸を訪れた私ににっこり笑ってこう告げたのだ。
三人の中から一人を選べないのなら、無理に選ばなくて良いよ。
俺達三人と同時に愛し合えば良い。
──と。
あの日からずっと、私は蜂蜜の中で溺れている気分だ。
目の前に並んだ四人の男たち一人一人に視線を合わせて、接遇で鍛えたスペシャルスマイルを炸裂させる。
「わぁ、今日の合コンは当たりだなぁ! 女の子が全員可愛いなんて凄いよ」
場を盛り上げるように男性側の幹事が声を張り上げた。
(マツモトさん……だっけ? 営業だって言うだけあって爽やかそう。顔は……たぶん平凡だけど、同い年だし、話が合うと良いな)
表面上ではにこやかに振る舞いながら、内心では獲物を狩る牙を研いで男性陣を値踏みする。容姿の評価に「たぶん」とつけてしまうのは、育った環境のせいで美形に対するハードルが異様に高いからだ。私が知ってる『イケメン』と比べたら大抵の男性はフツメンになってしまうだろう。
(だけど! 結婚相手に重要なのは如何に平和で穏やかな家庭が築けるかよ! 私は絶対っ誠実で優しい結婚相手を見つけて今の『爛れた生活』から抜け出すんだから!)
「──じゃあ自己紹介も終わったところで! かんぱーい!!」
「かんぱー……」
音頭に合わせてビールジョッキを持ち上げようとした時だった。
持ち手を握った右手に、背後から伸びてきた白い手が重ねられる。
その、嫌と言うほど見覚えのある透き通る肌に、後ろを振り向かなくても手の主がわかってしまった。
(ななななななななななんで?! なんでココがバレたの?! 私、何度も何度もつけられてないか後ろ振り返ったよね?!)
ダラダラと流れる冷や汗が勝負服のワンピースの背中を濡らしていく。
「──ダメじゃん。ナツ。俺達が居ないところで、しかも、俺達以外の男とアルコールを飲むなんて」
軽やかな美声に、そして圧倒的な華やかさを振り撒いているであろう美貌の持ち主の登場に、男性陣は呆気に取られ、女性陣は黄色い悲鳴をあげた。
同じテーブルの私以外のメンバーの視線が私の背後に集中するなか、私はどうしても後ろを振り向くことができなかった。
(ひぃぃぃ! 怒ってる! この声は絶対怒ってるっ!!)
「詩音兄さん。なっちゃんの鞄とコート回収したよ」
後ろに立つ人物とは別の種類の涼やかな美声が私の荷物と共に登場し、掴まれたままだった右手とは逆の左手首を掴んだ。
右に左に。今日一緒に合コンをする予定だった女性たちの視線が面白いほど移動する。
それはそうだろう。今、私の後ろにはタイプの違う洋風の美形と和風の美形(しかも二人とも身長180センチオーバー)が並んで立っているのだから。
(あああぁマツモトさんごめんなさい。女の子たちがこの二人を見ちゃったら、今日の合コンの成功はきっと無理)
「んじゃ、帰るぞ。あ、迷惑かけた詫びにここでの飲み代は俺らに請求するように店側には言っといたから。遠慮なく飲んで帰って」
「ちょうどこのお店はうちの子会社の系列だったので。だから心配しないでくださいね」
決戦の金曜日の夜。私の結婚相手探しを賭けた合コンは、乾杯する前にこうして幕を閉じた。
まるで確保された宇宙人のように両手首をそれぞれ掴まれて、居酒屋の外へと連行される。
繁華街にある雑居ビルのエレベーターを降りると、目の前の道路にこんなごみごみした場所には普段絶対停まらないであろう超高級車が私を待っていた。
「なつみちゃん、お酒が飲みたかったんだったら、言ってくれればホテルのバーでも料亭でもいくらでも貸し切りにしたのに」
言いながら運転席から降りてきたのは──
「鷹ちゃん……」
私の両手首を掴む二人の長兄、三条鷹嗣だった。
「運転手さんじゃなくて鷹ちゃんが運転してきたの?」
「今回は俺達三人だけの方が都合が良いと思ったからね」
「? それってどういう……」
「ほら、話は車ん中でするぞ。お前のミニスカート姿、他の野郎に見せるのムカつく」
そう言って右手を引っ張るのは三条家次男の詩音。詩音は私と同い年だからか他の二人に比べて一番遠慮がない。
「それに寒いしね。ね、だから乗って? なっちゃん」
優しく背中を押すのは三男の司くん。持っていた私の荷物を返してくれる。
「全員乗ったかな? じゃあ出すよ」
甘い鷹ちゃんの声を合図に車は静かに動き出した。
*
私には生まれた時から超ハイスペックな幼なじみがいる。
彼らの名前は三条鷹嗣、三条詩音、三条司。
日本を代表する大企業を経営する三条本家の三兄弟だ。
長男の鷹ちゃんは私より二歳年上の26歳。弟二人と同じく180センチを越える長身で、優しい焦茶の瞳が印象的な彫りの深い端正な顔の美丈夫。会社をいくつか経営している。
次男の詩音は同級生の24歳。天然の金髪と吸い込まれそうな緑の瞳の持ち主でこれまた超絶美形。やっぱりいくつかの会社の重要人物らしい。
三男の司くんは20歳でまだ大学生。サラサラの黒髪と切れ長の黒い瞳は正に和の美! 雅! と言った感じで大学内にファンクラブが有るとか無いとか。目元にある泣きぼくろがやけに色っぽい美青年。
なんでこんなに兄弟で容姿が違うのかと言うと、彼らの母親がそれぞれ違うからだ。つまり全員腹違い。
ちなみに鷹ちゃんのお母さんは旧華族のご令嬢。詩音は元トップモデル、司くんは女医さんが母親だ。
そしてこの三人の父親……義美おじさんはなかなかお茶目と言うかはっちゃけた人と言うか憎めないけど困った人で、つい先日、五人目の奥さんと離婚した。大衆とはかけ離れた価値観を持つおじさんについていくのは大変なことらしい。
そしてそのおじさんの血を引く三兄弟もなかなかにとち狂ってぶっ飛んでいた。
まず、鷹ちゃんも詩音も司くんも、たまたま近所に住んでいただけのしがない一市民の私に何故か執着している。
私がものごころついた時には、既に三人からプロポーズされていた。司くんが初めて喋った言葉はママでもパパでもなく「なっちゃん」だ。
その結果どんな不思議な力が働いたのか、中流家庭の生まれの私が三人と同じ『お金持ちのご子息ご令嬢御用達学園』に幼等部からぶち込まれた。年少さんから高等部を卒業するまで、ずっと詩音と同じクラスだった。
正直、金銭感覚が違いすぎるクラスメイトたちの中でめちゃくちゃ居心地が悪かった。みんな金持ち喧嘩せず精神なのかイジメとかは無かったけれど。
(まぁ私に何かしたらこの三人が黙ってないからな……)
おかげでイジメも無かった代わりに出会いも無かった。この三人の鉄壁のガードが原因で半年前まで私は処女だった。
三人とはずっと幼なじみのままでいたい。だって鷹ちゃんも詩音も司くんも同じくらい大好きだもん。選ぶなんてできないよ。そう三人からの求婚をずっと断ってきた。
御曹司の三人はそれぞれ相応しいお嬢さんと結婚して、私も身の丈に合った家庭を手に入れる。そうしてみんなお互い結婚した後も家族ぐるみで仲良くしていけば良い。
だけど本気でそう言っていた私の考えは甘かったのだと半年前──司くんの二十歳の誕生日に思い知らされた。
義美おじさんの血とモラル感を受け継ぐ三兄弟は、プレゼントを持って三条邸を訪れた私ににっこり笑ってこう告げたのだ。
三人の中から一人を選べないのなら、無理に選ばなくて良いよ。
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──と。
あの日からずっと、私は蜂蜜の中で溺れている気分だ。
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